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相手の立場になって考えてみることの重要性

この話も読みたい人だけ読んでください
読まなくても信じなくてもあなたは幸せです(笑)

人生がうまくいかない人の特徴に
相手の立場になって物を考えられないというものがあります

親なら子供の立場に立って考えて見る
こういう言い方をしたら傷つくだろうな
逆に反発するだけだろうな
もっと違ういい言い方はないだろうか

会社なら上司の立場でものを考えてみる
社長の立場でものを考えてみる
社長が喜ぶのはどういう社員なのか
返事は、はーいじゃなくてハイッ!って気持ちよく言われるとうれしいだろうなとか

相手の気持ちになって物を考える必要があるのです

ゴマをすれといっているのではないですよ

返事が気持ちいい人間は、誰からも好かれます
当然社長からも好かれますし出世もします

自分の立場でしかものを考えられない人は、誰からも好かれません

あなたがもし社長だったら
自分の権利や主義主張ばかりいう社員はいりませんよね

でも周りの人間や会社の利益になることを文句も言わず
一所懸命している返事の気持ちいい社員なら
誰だって主要なポストに抜擢します

奥さんは、旦那さんの気持ちになって
旦那さんは奥さんのの気持ちになって
いつも相手の気持ちになってみて
それから相手にものをいう

こう言われたら相手はどう思うだろう
ああ言われたら相手はどう思うだろう

これは、人生を幸せに生きている人が
全員出来ていることです

相手の気持ちを考えられない人が幸せになることはありません
理由は、相手も自分のことしか考えられない人だからです。

転載元転載元: ことたま社長のバラ色の空

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不倫はなぜ罪深いのか――「貧困型不倫」と「富裕型不倫」

7/24(月) 7:00配信
文春オンライン
 映画版「昼顔」の結末があまりに残酷なものであったことで、私の周囲の斎藤工ファンがメソメソしている。しかしセンセーショナルな不倫ドラマは、やはりあのようにしか終わり得なかったのだろうし、私的には不倫がよくも悪くも人の関心を惹きつけ、多くの場合は拒絶反応を引き起こすということを再認識させられた。
不倫は希望を奪う
 ここ2年ほどの過剰とも見える芸能人の不倫報道も、「昼顔」の悲劇的なラストも、単に近年よく見られるような行き過ぎた道徳心の引き起こした結果であると一蹴してしまうのは簡単だ。ただ私がそれほどシニカルになりきれないのは、もっと根本的で本能的な拒否感を感じるからだ。不倫が忌み嫌われるのは、ものすごく愛し合っているにせよそれなりに惰性の関係であるにしろ、夫婦関係の片割れである残された妻や夫から、世界で一人だけしか救えない状況になった時、必ずその一人には自分を選ぶであろうという希望を奪うからに他ならない。

 少なくとも彼だけは自分を救ってくれるだろう、という辛うじてある希望を失うことは、人間にとって耐え難く心細いものである。「昼顔」は映画となってより一層、妻の不安と絶望を顕著に描いたが、私自身、独身のまま昨年母を亡くして今まで以上に強くそう感じている。

 もちろん、自分の味方になってくれる人を増やし、守ってくれる人を増やすというのは誰にとっても人生の一側面であり、幸運な星の下に生まれ、またそこに甘んじずに努力すれば「社長のためになら自分が犠牲になってもいい」という部下を多く持つかもしれないし、「何よりも優先すべきはタクヤ」というファンを増やすかもしれないが、多くの凡人達にとってそれは結婚して生涯ともに歩もうと誓った相手たった一人の票しか期待できない。また、運が悪ければそれすらも手に入らないわけである。
なぜ「銀座ホステス裁判」は、オヤジ臭い判決になったのか
 物議を醸したことで覚えている方もいるだろうが、2014年に判決が出た銀座ホステス枕営業裁判というものがある。裁判を起こしたのは女性で、夫と銀座のクラブのママが長年に渡って深い仲にあったことで精神的な苦痛を強いられたとしてクラブのママに慰謝料を求めたものだ。裁判官は不貞行為の事実の追及に重きを置かず、クラブホステスにとって「枕営業」というのは営業行為であるとしてその訴えを退けた。

 確かに広義の不倫、つまり婚姻関係がある人がパートナー以外の人と肉体的あるいは精神的に強いつながりを持つ行為には二種類あるという見方はできる。「純愛型」の不倫と「愛人型」の不倫と言ってもいいし、「感情型」の不倫と「理性型」の不倫と言ってもいい。つまり、それこそ「昼顔」の上戸彩と斎藤工のようにお互いどうしようもなく惹かれあって、結婚している自分の事情など考えられないほど愛し合ってしまってチョメチョメるというのと、クラブホステスに入れ込んで通いつめ、チョメチョメまでありつくというのとではだいぶ印象が違う。

 おそらく、古き良き時代の男、正しく言えば前近代的な思想の男は、「イエ」に対する責任愛と、遊女や芸妓を愛でる愛とは別物であり、妻と愛人は別物であるという認識だったからこそ、かの銀座ホステス裁判は革新的でありながらどこか懐古的な、オヤジ臭い判決という印象を帯びたのであろう。実際、決して多数ではないが成功した男たちが妻以外の女性を妾や愛人などと呼び、一定の責任をとって面倒をみた時代は確かにあった。
1/3ページ

転載元転載元: nk8**6eのブログ

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⑩介護

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↑公的介護保険だけで大丈夫? 民間の介護保険は必要か?
 

★意外とかかる介護保険料。自分でも準備が必要?

 

…… ……

 

★介護生活敗戦記=果てなき介護に疲れ、ついに母に手をあげた日―母の“意外な”反応と、介護者側の暴力への対応策

 

……

 

★育児と介護の「ダブルケア」 仕事とどう両立―地域で相談し合い悩み軽減

 

育児と介護を同時に担うダブルケア問題が顕在化してきた。内閣府の調査で、この問題に直面するのは25万人に上る。背景には晩婚化に伴う出産年齢の上昇がある。働く女性にとって課題の仕事と育児の両立、さらに迫る介護をどうしたらいいのか。

転載元転載元: おとしより問題研究グループ『シルバー・ウルフ』リポート

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降り注ぐ夜風。。












梅雨が
明けたという





ここ毎年
晴れであろうが
雨が降ろうが
忙しくも
ないくせに



ただただ
時間だけが
流れ
過ぎてきた
日々




今日
久しぶりに
本当に
久しぶりに
夜の空を
眺めてみた




長い
ながい
月日の中で
どれだけの
人たちに
逢っただろう




それが
どれほどに
貴重な
出会いなのかも
気づかずに



幾つの
別れを
告げてきただろう




そして
思う




遥か遠い
昔には
もしかしたなら


この人とも
あの人とも
どこかで
出逢っていたかも
しれないと



それが
奇蹟なのか
必然なのかは
分かりは
しなくても



そのどれもが
必要な
出会いで
あったのだと



この先に
100年後
1000年後


ずっと
ずっと
遠い未来に


また
行き交う
そんな
人々が
きっと
いるのかも
しれないと



当たり前の
ことなのに
今さら
気が付く


どこまでも
自分は
鈍感だと
笑ってみる




そんなふうに
して
空を見上げて
みれば




あまりに
ありふれて
いるけれど




あの人にも
この人にも
離れてしまった
人にさえ



ありがとう



そう伝えたく
なるなんて
遅すぎるのかな




もしかしたなら
こんなに
ありがとうを
伝えたいと
思ったのは
初めてかも
しれないな




人は
こころから
感謝する時には
言葉なんて
出なくて



目から
雫が落ちる
ものなんだな




空に向かって
何度も
何度も

なんども
つぶやく




優しい
あの人に
ありがとう


思いやり深い
あの人に
ありがとう



そうしたら
不思議だね



こんな
わたしにさへも




ありがとうの
風が
吹いてきた




今日の
夜空は
なんて
なんて






綺麗なんだろう。。








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訪問が後になりました。。
ごめんなさい。。





転載元転載元: Tomorrow's way of life with 紫穏

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聖路加国際病院(東京都中央区)の名誉院長の日野原重明(ひのはらしげあき)さんが18日、呼吸不全のため死去した。105歳だった。
 
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日野原さんは、山口市出身で、少年期を神戸で過ごし、京都帝大(現京都大)を卒業。1941年から聖路加国際病院に勤務している。
早くから生活習慣病の予防や終末期医療の充実などに取り組み、同病院院長、聖路加看護大(現聖路加国際大)学長などを歴任し、国際内科学会会長も務めた。
 
100歳を超えても医師として活躍し、講演などで全国を飛び回った。
また、75歳以上の元気な人に呼び掛けて「新老人の会」を設立し、高齢者が積極的に社会に参加、貢献する意義を説いた。
 
おもしろいのは100歳になってからFacebookを始め、2013年には「日野原重明のわくわくフェイスブックのすすめ」 (小学館101新書)という本まで出しているのには驚きである。
 
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新しい挑戦をあきらめる理由に「もう年だから」という言葉は通用しないことを日野原さんは自ら証明してみせたのである。 
 
東京大空襲や地下鉄サリン事件では、多くの被害者を病院に受け入れた。1970年に、ハイジャックされた「よど号」に乗り合わせたことも当時話題となった。99年に文化功労者、2005年には文化勲章も受賞した。
 
 
また、自身の戦争体験から、平和への思いと憲法を守ることの重要性をくりかえし説いた。
 
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本日の「東京」の夕刊には、日野原さんの憲法への思いが「憲法守ることが命守る 戦争体験から」と題してまとまって書かれているので、その記事を引用したい。
 
 「日野原さんは自身の戦争体験から平和や憲法への思いが強かった。『老人が戦争中の体験を伝達する使命がある』と、100歳を超えてからも子どもや若者に平和の尊さを伝えようと、精力的に活動を続けた。
 徴兵検査の結果、召集はされず、太平洋戦争が始まった1941年には聖路加国際病院で内科医として勤務。東京大空襲で運ばれてきた何百人もの患者を救えず、2009年に東京大空襲・戦災資料センター(江東区)が開いた『語り継ぐつどい』で、『今も忘れられない、ひどい戦争だった。地獄だった。子どもたちには“非戦”の世界をつくってほしい』と語った。
 102歳だった14年には、5月3日の憲法記念日に合わせ、『十代のきみたちへ−ぜひ読んでほしい憲法の本』を刊行。『自衛隊が戦争をできるように憲法を変えるのは反対』と訴えた。当時の本紙記事ではこう語っている。『私は戦争体験から憲法に関心を持ちました。かつて日本は戦争で間違ったことをした。だからこそ、憲法を守ることが命を守るためにどれほど大切かを、まず子どもたちに分かってほしいんです』
 安全保障関連法案が国会で審議中だった15年7月には、反対する医療関係者の集会にメッセージを寄せ、『人のいのちの重要性は医師が一番よく知っている。医師こそ平和の最前線に立って、行動すべきだと考えています』と呼び掛けた。
                           (以上 引用)
 
 
上記の記事中にある日野原さんが、2015年に「9条の会・医療者の会」のホームページに寄せたメッセージとは次のようなものだった。

「 メッセージ

  私たちが、究極的に守りたいものは、天から与えられためいめいの命です。
  どんな外力をも排して、守り貫かなければなりません。
  人間の一番残虐な行為は、自らを守るために他を殺すことです。人命を守ることは人間の本性でなくてはなりません。
  アルベルト・シュバイツァーは次のように述べています。
 『人間に対する真実の愛(いのちへの畏敬)とは、ともに経験し、ともに苦しみ、そして助けること』つまり相手のことを自分のように考えること、『恕す』ということです。
  シュバイツァーは人生の最後にノーベル平和賞を受賞していますが、我々も彼の発言に従って平和を守りたいと思います。
  W・オスラーが言う如く、人のいのちの重要性は、医師が一番よく知っています。医師こそ平和の最前線に立って、行動すべきと私は考えています。

       2015年7月6日 聖路加国際病院 名誉院長 日野原重明
 
 
 
そこには、人の命を守る医師として、平和に対する強い思い、自身がその行動の先頭にたつんだという並々ならぬ決意が満ち溢れている。
 
 
この記事で紹介されている3年前に刊行された「十代のきみたちへ──ぜひ読んでほしい憲法の本」(冨山房インターナショナル)の一節で、日野原さんは次のように述べている。
 
 「いのちを守る憲法を持っている日本の人たちは、もっともっといのちを大切にしなければなりません。
 いのちの大切さを忘れ、お金もうけばかりに気を取られていると、そのうち憲法を変えようとする人たちに、いのちを守らない憲法をつくられてしまうかもしれません」
 
 
憲法施行70年の年、そして秋の臨時国会にでも憲法改正案が提出されようとしている今だからこそ、日野原さんの遺したこの言葉をかみしめたい。
 
 
日野原さん、安らかに。
 
合掌。

転載元転載元: TABIBITO

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