2004年の10・23といえば誰もが忘れない『中越大震災』の日
人は誕生日、記念日、有馬記念、1・4東京ドーム(新日本プロレス)などなど各々の思い出の日付があると思う。
3月20日といえば!? さて皆さんにとっては何の日だろうか?
上野動物園開園記念日、1995地下鉄サリン事件・・・竹中直人の誕生日・・・。。。
おっと、キリン・ザ・ゴールドの発売日!!
二年前の今日『2005・3・20』それは小千谷の角突きが復興に向け確かな一歩を確信できた日!
男達が男の熱き思いに賛同し今までではありえなかった一大イベントが開催された日である。
当時を振り返る。
10・23の地震で牛舎に戻ることのできなくなった牛達は遠くは岩手、村上、長岡、市内とそれぞれの仮設の牛舎にわかれ、いつぞやの角突き開催を夢見て、ただただ毎日を乗り越えていた。
そんな中、東栄イベント『パラソル市場』は開かれた。
『その会場にぜひ角突き牛を!!』とのイベントの実行委員長の呼びかけがあった。
しかし牛飼いの面々はすぐに否定を示した。
牛は見せ物じゃない!!
呼び物に利用させらんね!
牛に負担がかかる!!
こんなときにそんなことしてらんないだろ!!
言ってみたいが仮設牛舎での共同生活・・・自分の牛ばかり外にだしてて他の牛に影響は!?
・・・
けど・・・この機会は牛を外に出してやれる・・・
牛の気分転換にも・・・
・・・
あのオヤジさんのことだ、そんな浅はかな思いじゃないはずだ!?
ずっと、角突きを愛好しいつも応援してくれてるじゃないか!?
やはり直接きくべきだ!
向き合わないで噂ばかりに惑わさせてると悪いほうにばかり考えちまう!よし!顔だしにいこう!
牛が人々に!地域に活力を!!
そんな熱き男(イベント実行委員長)の想いに若き牛持ち達の心は動いた!
しかし初のこと、期待もあるが不安は拭い去れない。。。
結果、4頭の角突き牛がイベントに参加することとなった。
『小杉』『丑蔵』、『若桜』そしてお供に『平澤』。
小杉、丑蔵はヨツコ牛舎、若桜、平澤は長岡市片田のタカノファーム牛舎からの出陣。
時間を打ち合わせ、牛の到着時にはイベント役員の皆さんが車を止めて誘導した。
ありえない!!
牛が東栄町を行進した。
牛のつなぎ場にはムシロが厚々と敷かれていた。
牛飼いたちはその配慮に感謝した。
大勢の人々が集った。
恐る恐る触る子供。
泣く赤ちゃん。
生き返るお年寄り。
闘牛場の顔が集う。
まさに同級会のようであった。
このような機会がなければ会う機会がもてない地域の人たちはお互いの再会を喜び労わった。
『お〜〜生きてたか!?』、『お前いまどうしてんだ?』
そこらじゅうで談笑と笑顔、会場に活気がこみ上げる。
あらためて牛が紡ぐ(ツムグ)パワーみたいなものを感じた。まさに牛はこの地域の笑顔の架け橋。
そしてなによりはこのイベントの開催に踏み切った男の情熱!!
わたし達はこのイベントのことを生涯忘れないことと思う。少なくとも私は・・・
毎年思い起こし当時を思い出すだろう。
正直、辛かった。開催日程もきまらない、日々に疲れていた。はっきりとした目標がみえてなかった。
牛舎ごとの牛飼い達の気持ちのズレもあった。
そんな中のイベントへの参加決行。
『こんなにも角突きに想いをよせてくれてる・・・』みなが自分達を振り返った・・・。
参加を決心した理由のひとつは牛の眼つきをみたかったこともあった。
参加した牛達がライバル達を意識し眼が変わったのを確認できた。
『地震なんかでこいつらの気持ちは折れてない!!』
『かならず復活開催ができる!』 いまでもハッキリ思い出せる、あのときの感慨・・・
= =
男は男に動く。
牛のことを芯から考え、ひるむことなく信念を貫いた熱き男が、牛飼いの男達を動かし、確実な復興闘牛
への第一歩を踏み出すキッカケを作ってくれた日。
『やってよかった』『牛達をつれてきてよかったと思う』牛飼いたちの言葉が飛び交った日。
それが3・20!
暖冬気分でたるんでた心にカツが入った。たるんだ体を調整し背油を落とし・・・初場所に向けできるこ
とを取り組んでいきたい。
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すばらしいイベントだったんですね! 皆さんの熱き心が伝わってくるようです。 これからの皆様のご活躍をお祈りします。(牛君たちの活躍も!!) またみにいきますよーーーー(^^ゞ
[ Gen846 ]
2007/3/21(水) 午後 2:56