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ホラ、イワンこっちゃない。
原子力発電が安全だって、保証はまったくないじゃない。
作るときは、これほど安全、効率の良いものはない、などと謳って
いざ、何か起こったら、
「想定外の問題が起きました。」
想定外・・・。
なんて胡散臭い言葉だろう。
この言葉の裏には、
「想定外でした。考えられませんでした。思いも寄りませんでした。
だから、責任は取れません。」
という言葉が、そのとどのつまりにはある気がして、私は
この、”想定外”という言葉、どうしても好きになれない。
というよりも、信用できないといったほうがいいだろう。
まったく潔くないこの言葉は、私自身、使いたくない言葉だ。
人為的に人間が作り出すもので、命の危険を冒す可能性のあるものについて、
「想定外」は、ありえない!と思う。
想定外を想定して臨むべきではないのか。
かけがえのない命は、一度失われたら戻ってくることはないのだ。
“今回の地震の規模は想定外だった。”
確かにそうだろう。
思いも寄らない破壊力を持ったとんでもないパワーの地震。
しかし、原子力などといったものは、使い道を誤れば、
直ちに利便性の高いものから、脅威、凶器へと変貌を遂げる。
だからこそ、その想定外の数値も加味して作られるべきではないのか?
安全性を謳っているが、では実際問題、総理が、はたまた
政府の高官が、官僚が、その家族達を
安全と謳う爆発した原子力発電所周辺に
これからしばらく住むか、といったら、誰一人として、
「住む」人間なんていないのではないだろうか。
政府の安全、安心は、疑って掛かるべきだ。
エイズ製剤でも、アスベストでも、餃子問題でも、
過去の事例を挙げれば枚挙に暇がないではないか。
専門家も、メディアもしかり。
彼らの言葉を即座に鵜呑みにすることは危険極まりない。
だからと言って全てを否定せよ、というのではないけれど、
自分の目と耳、その他、五感をフルに活用して、
こういうときこそ、冷静かつ公正な判断をくだせる眼を
持っていないといけないと思う。
少なくとも、今の政府は、弱者(国民)の味方とは言えまい。
とにもかくにも、早急に原発の爆発の原因が何か、
その危険性がどれほどのものなのか、
正確なものを知ることができたら・・・
今回の地震で被災された多くの皆様、今回の原発周辺にお住まいの方々に
心からのお見舞いを申し上げたい。
願わくば、チェルノブイリのような惨劇とならないこと、
それだけを切に願いたい。
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