お嬢のお部屋

最近おでかけしてないぞ☆せめてバーチャルで!!!

思うこと。

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父と母

今日はサークルの先輩とご飯を食べました。
先輩は、男の人の割にはみょーにおしゃべりな人(てゆーか口数が多い?)で、
しゃべってても話が切れない人なんですが。

しゃべった内容はまあいろいろ飛びに飛んだんですが、その中からちょっと思ったことを。

親の話。

先輩んちはご家族仲がよくってご飯を一緒に食べなきゃダメ、って意識があるそう。
それが仲いい要素だから自分が家庭を持つときもそんなんにしたいそう。
それで、親御さんも先輩の人格を認めて、
やりたいようにやらせてくれる・・・みたいなかんじなんだとか。

一方、我が家は父が職業遅くにしか帰ってこないってのもあり、家族はみんなバラバラでご飯を食べます。
しかも私の父は明治時代の封建主義の権化みたいな人で、亭主関白だったりします。
怒るとめっさ怖いし。

先輩んちと比べて、私んちは現代社会にありがちなよろしくないモデルの家族ですよねー。
娘はグレるし、息子はヤクザー 妻はベンツで空を飛ぶー。
、の世界ですよ。
でも、私んちは別に特段仲悪くない、むしろいいほうなんじゃないかな、と思いました。

それはなんでか、ちょっと考えてみた。
でも、すぐに答えは出た。

なんでかっつーと。
お父様もお母様も偉大だからです。
「家族」にとって必要なものを二人は全て兼ね備えてる。
それに、父にないものを母は絶対持ってるし、母にないものを母は絶対持ってる。

あと、何より必要なもの。
家族愛。

書いてて恥ずかしーけど、
私も姉も、父と母にはかなり愛されてると思う。ええ。そりゃあもう。ウザいくらいに。
しかも、父も母もそれを直球・剛速球で私たちに投げてくる。
そんなもんを受け止めながら育って、誰がひねくれるもんか。
生活は全然すれ違いであっても、そんなんは容易く感じ取れるもんです。

ただ、ひとつ私を間違って育てた。
それは「末っ子」として育てたこと。
おかげで私は、人になにかしてあげたり、人の痛みのわかる人間に育ちませんでした。
ドSだし。(笑)

ではどんな父・母か。ですが。
父は、めっちゃ頭いいです。マジで。
たぶんそれは、あくなき探究心と底なしの好奇心を持ってるから。
それは姉から「そう病じゃないの?」と言われるほど。
知識とか教養とかってよく努力や才能で得られるもの、っていうじゃないですか。
でも、父を見てると、「好きなもの」じゃないかと思う。
好きなものに対しては何でも費やす精神。
それが多ジャンルになればなるほど、知識・教養の幅は広がってくんだろうな、と思います。
まさに父はそれ。
しかも、話すの大好きだからその話をするために
十分に理解してるんですよね。
いつか父を越えることが私の密かな目標です。←ブログに載せてる時点で密かじゃなくなってますが(笑)

そして、母。
母は父ほど、知識・教養があるわけではありませんが、それでも父と政治談議を行うほど。
よく父にボロクソ言われてますが(笑)
でも、それよりもっと母がすごいとこは父を完全にコントロールしてるとこ。
父は自分が仕切ってると思ってるけど、実際は母が、ってことが多い(笑)
前述したとおり、封建主義の権化&頭がいい父、ということは、
ものっすごい融通が利きません。
それをうまいことうまいこと、母は対処してんですよね。
私だったらマジギレしてんだろうに、ってときがよくある。
普通に尊敬に値します。


本人たちには絶対言わないけどね。母には言ってる部分はあるけど。

今日何言いたかったんだろ?
眠い。寝よ。おやすみー。

不思議ちゃん。

大学入ってから、なんか不思議ちゃんの友達が急増した。
不思議ちゃんって、ただピントが外れたこと言う人。ってイメージがあったけど、
どうやら違うらしい。

その理由のひとつとして、“伝達不足”ということがある。
彼女たちは彼女たちの中で、ちゃんと論理だった考え方をしてるのだ。
ただ、それが言わなくても伝わってる、言わなくても皆わかると思い込んでいるのが不思議に思われるゆえんなのである。
つまり、三段論法で、1段目の話題があったら、2段目を頭の中で考え、3段目を発言してしまうのだ。
それを会話として自然なタイミングで発言するから、普通の人より頭の回転が早いのではないだろうか。
そう思うときが時々ある。

また、2つ目の理由として、“自分独自の世界がある”ということだ。
彼女たちは周りの人間とはひときわ異なった趣味をしている。
趣味、というのは個人個人が好きで持っているものであるから、アイデンティティとも言えるだろう。
当然ながらアイデンティティは誰しもが持つものである。
しかし、そのアイデンティティが「不思議ちゃん」につながってしまうのは、
その趣味が彼女の持つ世界・主観全てであるから、
この世界は皆に共通するものである、ということが前提で話をしてしまうからである。
したがってその世界観をもっていない人間(これはたいがい大多数である)にとって、
彼女たちの話すことは理解不能になってしまうのである。

そして、3つめの理由は“ただの天然ボケ”である。
天然ボケの場合、自分の主観を大いに交えてしゃべる。
主観など、誰一人として同じものは持っていないのだから、理解するはずもない。
ようするに、前述の理由1,2を両方兼ね備えた人間が天然ボケであると言えよう。


これらの理由が確かならば、「不思議ちゃん」は作りえないと思われる。
なぜなら、3段目を言う前に2段目を言わないよう、少し止まってしまうし、
故意的に趣味を持つことなど、できないからである。

ちなみにこんな文章を書いているのだから、私は少なくとも天然ではない。
漫才で言えば確実にツッコミである。

幸せと子供

今日は幹事番&TOEICの勉強のために研究室に行った。
つもりだったが全然しなくって先輩と同期と後輩と性的に真面目な話をした。
(とはいえかなり下ネタも入ったが)
私たちが持たねばならないモラルについてね。

だから今日はそれにちなんで語りたいと思う☆

法律では、人間は権利主体としてとらえてる。
それで、権利能力はいつから発生するか、っていう問題があるんです。
もし胎児に傷害なり何なりの不法行為をしたとしよう。
民法だと人間は誕生をもって人権享有主体になってて、
胎児が母親の体から完全に出ないと人権享有主体とは認められない。(全部露出説)
一方、刑法だと、胎児が母親の体からちょっとでも出たら侵害することができるから権利能力者として認めるべきだと考えるんです。(一部露出説)
                     ・・・・・書いててなつかしーな。オイ。
だから中絶法(って名前だっけ)で28週以内にせい!!ってなってるけど、
現実には「法で決まってるから」って割り切れる人なんかいないよね。

私は基本、中絶が悪いこととは思わない。
がんじがらめにダメってして無理やり産んでも誰も幸せにならないと思うから。

やっぱ子供って、夫婦の、幸せの象徴だと思うんですよね。
子供ができて改めて自分たちは「家族」になったんだって感じがする。
子供がいないと家族じゃないって言ってるわけじゃないけど、
自分の遺伝子と相手の遺伝子が入った人間って、なんだか自分と相手の「絆」っぽいじゃないですか。
だって、どう頑張っても私は相手と絶対に他人なんだもん。
それが、子供っていう「絆」をつくるって「私はあなたと家族なんだよ」っていうことを許されてるように思えるんです。
そんなこと許してもらえるなんて、なによりも幸せなことじゃないですか。

幸せになるのは、子供以前に自分たち親が先。そうじゃないと、子供も幸せにならないもん。
だから、私は幸せです。
ありがとね。親。


※私は結婚したことも妊娠したこともないです(笑)

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