自己愛性人格障害の嘘の被害 子育てママの闘いと回復まで

自己愛性人格障害にターゲットにされた経験から 闘うことの大切さ、その後の現実を生きる力を学んでます

ひさしぶりの図書館

ひさしぶりに子供と地元の図書館に行きました。

小学生のころから本は大好きだったので、大人になった今も相変わらず 本に囲まれた落ち着いた雰囲気は、とても豊かでほっとする大好きな空間です。

図書館に入って目が留まりました。最近の時流なのでしょうか?
入口はいった右側のコーナーに、ウソや詐欺の本をならべたコーナーができていました。おそらく最近話題の本を集めているうちにそうなったのかもしれません。

なんだかテレビをみていても、今年は日本中で うそや忖度が話題にのぼる変な年だなと思いました。

なかでも62歳の女性が38歳と偽っていたのはまさにスゴイ!
「私も 38歳〜!」と 旦那に冗談で言ったら、固まっていました。。。。。

そんな中、図書館で、片田珠美さんの「他人を攻撃せずにはいられない人」という本を読みました。 
「他人を攻撃」というと、まるで自己主張のつよい人のイメージですが、実はいろいろなタイプがあります。
誰にでもわかりやすいやくざみたいな人もいれば、陰湿に他人を落としれ自分がのし上がろうとしたり、周囲を支配をしたい人もいます。
そして、攻撃欲の強い人は 同時に自己愛が強く、責任転嫁と逃げるのもうまい。

誰かから攻撃されて 心が傷ついてしまっている人

「私が一体何をしたというのだろう
なぜ私がこんなに責められなければならないのだろう

この人ってなんでこんなことするんだろう、
なんで、ほかの誰かのせいにして、被害者のふりしているんだろう、
一体何いってもわからない相手にどう対応したらいいんだろう、
どうやったら逃れられるんだろう」

と悩みます。

しかし、相手は
話し合いにならず、質問にはちゃんと答えす、はぐらかす達人。 
被害者はこちらのはずなのに、逆転させてしまう名人。
なにか問題が起こったときに責任転嫁ばかりしている人

 そんな自己愛の強い人で困っている人の参考になる本です。

 



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とにかく、こんな理不尽なことの理由が私にないというがわかってよかった。当然といえば当然である。なんで身内の葬式の事で、施行した葬儀会社から批判されたり、けなされなきやいけないのか。
どう考えても当然なんだが、その当然の常識をいくら葬儀会社へ言っても葬儀会社経営者幹部には 通じなかった。ええかっこしいで、取引業者との、今後の取引のことも考えて 外ヅラ良くしたい円満に解決したい気持ちはわからないでもない。
しかし、ミスや問題が起きた時  「部下の首根っこ掴んで謝罪させる、この機会にすべての社内の悪しき膿を出す!、双方から問題をきちんと聞きどこに虚偽があるか確認する」その位の気迫がないから、自己愛社員に舐められる。
こんな問題が起こる。
上に立つ人間がそんな甘い姿勢だから、最後の最後まで、自己愛が下請け会社と協力して、「すわっこさんが 同じ会社に入るなら自分が辞めるというベテランスタッフがいたからすわっこさんを辞めさせた。すわっこさんにはそのことを言えなかったので、他の理由にした。自己愛担当者さんのせいではない。」などと、ウソをでっち上げることを 止められないのではないか。
 じゃあ、その発言したスタッフの人は誰かと聞けば、名前は言えないらしい。当然である、そんな事実などありもしないのだから。失礼にもほどがあるのではないか。勘弁して欲しい。まじ、終わって欲しい。とにかく自己愛たちは 最後の最後の最後の最後の最後の最後まで 責任逃れと言い訳につきる。しかし それを許したのは 葬儀会社だということを忘れて欲しくない。トカゲの尻尾切りみたいに彼に全責任を押し付けて終わりではない。

今回 初めての経験だったが、こんな問題のその裏に、相手の人格障害を疑ってみる必要があった。
経験したことのない人には理解してもらえないかもしれませんが、自己愛から受けた被害で一番大きいのは、身に覚えのない濡れ衣を着せられ、勝手に悪者ににされること。それを抗議し 指摘しても、保身の為 今度は 自分の非を認めず さらに 中傷。余計傷つく。簡単に解決出来る相手でない。

我慢してもどうせ 苦しいのは一緒、傷つくのは一緒なら 闘って 自分を守れ。
自分を守ってあげれるのは、世界で たった1人 自分しかいないのだから。

意外と 正面切ってケンカするのはすごく精神的に負担が大きかったが、本人たちと会い、相手の気持ちや人間性、事件の背景を理解できたこととで自分なりの答えが判り、自分自身が心に受けた 悲しみ悔しさの感情、長年抑えていたつらさを人に聞いてもらったりしたことで間接的にも自分自身が癒されていったのだと思います。
同時に 「私には責任はない.問題の責任はすべてあっち」と 言い切れるほど証拠もあり、自尊心も取り戻すことができました。ちゃんと向き合わなかったら、こうはいかなかったと思います
ただ、忘れろといわれても、これらを乗り越えることなく、私は ただ簡単に忘れることはできなかったと思います。乗り越えるための巡礼のようなもの。
結果としては、残念なところもありますが 人生の修行だったと思うことにしましょう。素敵な人の方がもっと多いし 私を大事に思ってくれて仲良く出来る人も周りにいるのですから これで、the end です。

でも、今この瞬間からは 自分で作っていくことができます。

いつか また新しい素敵な出会いがこれからもあるだろうし、これからは 人に頼るだけでなく 頼りにされる人になりたいと思います。

日本は やさしい理性ある常識ある方が圧倒的に多いし、その中で 幸せに生きれます。未来や希望がありますし、人を信じ心通わせる 気持ち良さ 安心感もあります。私たちの前にあるのは 未来を作っていくのは、希望と人を信じ合う思いやる心や、正直な素直なこころ。弱さを許しあえる愛情、笑顔です。

学校では大切なことを教えてくれています。
子供の文部科学省の小学3・4年の道徳の教科書にこんな言葉がありました。

正直に明るい心で
自分に正直になれば心はとても軽くなる。「正しいことをしたい」という心を大切にして自分の心に真っ直ぐに向き合うと、きもちがすっきりとして心が軽くなります。
反対に「自分に都合が悪いから」「失敗を認めたくないから」「本当のことを言うのがこわいから」といって、素直になれなかったりごまかしたりすると、心がくらくなりませんか。
「心のつな引き」で自分と向き合おう。


今までこのブログを読んでくださってありがとうございます。
またこれからも 良心のある皆様とよいご縁で結ばれ つながっていられるよう願っております。お互いがんばりましょう。

                                                                                   すわっこより

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そして私の場合、最悪だったのは、人の心、命、精神、一生に一度の瞬間を大切にすべき心の商売をしている葬儀会社の人であるのも ショックが大きいです。なぜ、遺族に寄り添うべきこの人たちから こんな理不尽なことをされなくてはいけないのか、葬儀会社から納得できる正当な理由などもちろんありません

しかしながら 今思えば当然、だって相手は悪魔ですから。
悪魔と気持ちを通わせあえるはずありません。
天使は天使と、悪魔は悪魔と理解し合う。当然のことなのに、それがわかるのに 3年もかかったんです。
世の中本当に、そんな世界の人が 普通に生きているなんて知らなかったから。

自分たちを守る為に わざとわたしに落ち度があると思わされていた。「まさか、そんなことあるはずない、信じたくない!私の思い過ごしだ、世の中そんな悪い人がいるはずない。」という気持ちで、人を信じたい気持ちが強いからこそ 苦しい。信じていたのに 裏切られた思いが強いからこそ 苦しい。
そっちの人は、なにをカッコつけようと、本心では自分たちの身を守ることしか考えていません。うまくまるめこんで 穏便に、自らの悪をなかったことにしたいのです。
本来悪魔がかぶるべき責任を 身代わりとして取らされるので、10倍傷付きます
良心のある人は、良心のない人には勝てないのです。
この世で一番勝てないのは、良心のない悪魔の人です。最後に 今回 経験したことから感じたことです。

「人」とは、「何をもって人というのか。」
今回の事で感じた永遠の課題です。

世の中、大事なことを学校ではおしえてくれません。
社会には、そういう人もいるということを。
愛とかやさしさとか、思いやりとか 彼らには無縁です。良心を悪用する人がいるので、振込詐欺もあるし、横領もあるし いじめもあります。
私もそんな甘いことを言っていたので やられました。
世の中、へんな人には 気をつけてください。へんなひとは、普通に隣に生きているかもしれないことを、お子さんがいればぜひ 子どもに伝えて下さい。
私もそうしています。
必要な時には、闘うのも大事です。

私だって平和でいられたのに、嫌な事に巻き込まれて、大切な人間関係を壊した彼らが憎かったです。何にも悪くない私を悪者にして当事者は、のうのうと好きな事して生きている。
  私が、ひどく苦しみ体調を壊すほど迷惑をかけられていたことを、葬儀会社へ伝えていたはずなのに、肝心の張本人の耳に届いてなかった。情報共有されていない。そんな事って有りなのか?  
しかしまあ社会とはそんなものでしょう。

私よりあんな嘘八百の信頼できない男の言葉を会社の人間も信じて私たちを信じてくれなかった。しかしまあそれも社会というものでしょう。

感じたこと❹に続く

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すごいですよ。

論理的な思考回路はまるでないので、普通が 通用しません。
学校の勉強も、法律も、道徳も、倫理も常識も、一切 役にたちません。つまり 
❶普通が通用しない→❷普通のひとではない→❸相手にしてはいけない
のですが、❶から❷へのプロセスが、「私たちは普通だから理解出来ない」のですが、ここで、全ての責任転嫁されて「 普通の人である自分たちの方が悪いからいけない、問題があったのは自分のせい」という気持ちにさせられます。自分の責任を遺族に押し付け平気で、お客様である遺族の中傷する彼の理屈が本当に理解できません。どうしてここまで思いやりがないのでしょうか。なぜそこまでして平気なのでしょう。

本来トラブルを起こして責任をとるべき人の心が痛む代わりに、身代わりにされた自分の心が痛むのです。
そして彼の心は、スッキリです。これは彼にとって、一度やったらやめられない魔薬のようなものでしょう悪魔は、自分の心が痛むのを嫌がりますし、プライド高いですから、当然 見事に 真の謝罪はありません

そもそも悪いという自覚すらないでしょう。普通の常識も人の気持ちもわからないから、自分の言動がどれだけ人を傷つけているか想像できないでしょう。都合の悪いことは、ウソでごまかすのも  その場その場で言うこと違うのも  ミスはひとのせいにするのもみんな彼には当たり前。バレていよいよ都合が悪くなると、弱い者アピールしてにげます。さすがです。それが彼の普通の処世術。「正直者が馬鹿をみる。悪いことしたもの勝ち、逃げるが勝ち」の世界
  全く 巻き込まれたこっちは 本当に不愉快で、最悪です。
その場しのぎのウソは空気のようにペラペラ出てきて、よくまあここまで多弁だとある意味プロです。関心します。どこが口下手でしょうか。
嘘で嘘の上塗りして、また新しい嘘のでまかせ言って嘘で上塗りするだけ。
こんな虚言癖のある人間の言葉を、よくまともに上司も信じて今まで仕事できていたなと、よっぽど、本性ばれないようにしてたんでしょう。

バレても証拠があっても何言われても 責任だけは一切取りません。当然です。よく考えて下さい。どこの世界にキチンと責任とる悪魔がいるでしょうか。繰り返しますが、相手は悪魔と思えば、責任とったら悪魔落第です。
悪魔がするのは 破戒なんです。
悪魔は、謝罪は 何より嫌いです。悪魔が、謝罪したら変です。
そうなんです。 「悪魔」だから ウソも平気だし謝罪も出来ないのです。
どこの世界に ウソをつかない,悪いことをしたら謝る悪魔がいるでしょうか。
悪魔と思えば 最初から理解できたのです。
私たちは、悪魔を普通の人と思おうとしたので、無理があるのです。

同じ日本語をしゃべっているのに、目の前で会話をしているのに 全然 話が通じません。ここまで なんも関係ない人に平気で責任転嫁できる人が 今までよく生きてこれたものと 彼自身も生きづらさを感じているでしょう。同情します。
そして、なに言おうと、どう話をしてあげようと、普通の人のように こころを通わせることが出来ないのです。3年かけて知ったのは、悪魔&悪魔側についた人と平和的な着地点など そもそも 最初からなかったのです。
何とか丸く収めたいと気遣ってあげたのに、全く無駄な努力と時間でした。

ほんとに不思議な体験でした。
本当に起こっていた事実や、彼の行動、被害を受けたのは わたしの方で私は悪くないと 訴えても、彼お得意の「 覚えてない、記憶にない」の逃げセリフと、プロ級のウソで撃墜され、 普通の人は到底勝てません。

自分が こんなひどい目に遭っているの にそのつらさ苦しさを訴えているのに 周りに理解してもらえない。恥ずかしいし、じぶんの方の考え方がおかしいのかという気持ちにさせられます。誰にも相談できず 自尊心が壊され 心も体も壊れます。世の中、こんな 理不尽なことが  なぜあるのかと、涙しかでません。
それでも頑張って自分の自尊心の為に訴えると逆ギレされて クレーマー扱いされます。とにかくアリ地獄です。



経験から感じたこと❸に続く

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ブログを読んでくださった皆様へ


被害に遭っている最中、また 本当に苦しんでいる時、辛い時、悲しい時、助けて欲しい時は 自分のことを人に話すことはできませんでした。
こうして人に話せるようになるまで 3年。こころも整理出来るようになって、だんだん忘れること、こころをとりもどせています。
何が起こっているのか理解できるようになるまで後遺症という精神を壊され長く嫌な気持ちに取り憑かれてしまいます。
そっちの人たち(人格に問題がある人たち)は、一般の基本的な思考回路から その一つ一つが 大きく 大きく大きく ズレていて常識では理解出来ない人です。
とにかく、普通に話してても 基本的コミュニケーションがうまく成り立ちません。普通の人間関係で築いてきた想定する答えの真逆をついてきます。

 責任逃れ、言い訳の為の彼お得意の「でまかせ お作り話」を武器に、まるで原因はこっちにあるように、仕立て上げられます。 そのせいで 被害者は訳もわからず 、彼のもっともらしいうそをそのまま信じた周囲の人から含め 多大な2次被害 、3次被害 にあいます。さらに彼にとって都合のいい理解者、味方(一緒にタゲを悪く言う人)ができると悪行は倍増です。
彼の話は「彼にとって都合のいい内容であると同時に、周囲にとってもまさに本当にあったことように信じやすい内容」を話すので、普通に聞いた第3者は「彼の話はとてもウソついているようにはみえない」と言います。
そりゃそうです。卑怯でずるい悪魔は、ウソがすごーーーーく上手なのですから。ここまで堂々と力強く真面目にウソを主張できる人がいるとは。。。まさに悪魔です。

しかしちょっと待ってください。
それは本当にウソを言っていたのか。。なにを持ってウソというのか、です。

私の彼と会って感じた推察ですが、もしかしたら 彼自身は、「自分がしていることこそが正しいと本気で信じていて、ウソをついているのではない、悪いことはしていない。」と本気で思っていた。それをさらに彼の心の偏見が相手の悪いイメージを一方的に膨らませ、妄想で有る事無い事作り上げていった。彼の中の常識では、「自分は正しいことをしている」のですから、自信たっぷりで堂々と悪びれることなく話せるのです。彼の脳内変換で作り上げられた妄想内容が「彼の真実」になる。彼の論理でいうと、私の方が悪魔なのです。

おそらく彼は「相手(私)の方に非がある。むしろ嫁ぎ先の家族の和を壊し、好き勝手やってでしゃばりで身勝手な、問題のある嫁(私)に、正しい俺が罰として制裁を与えている」くらいではないでしょうか。
(義理母、姉、夫からは感謝されることをしている、お前こそ反省しろ!です。

だから、担当者の彼によっていくら私が深く傷ついている、迷惑を掛けられたと伝えても、うるさいなあ、面倒だなあ、と思ってるくらいで、私への謝罪など当然するはずありません。
私に対し、わざと嫌がらせをやってるのだから当然ですよね。

真の本質の問題は、悲しみで打ちひしがれる遺族の家族に対し、根拠なく一方的に判断して自然とそういう思考回路をするところがまさに 常識を逸しています。
そんな彼には、私たち普通の人の常識、人間関係や仕事のマナー、人の気持ちもわからないし、私達も彼(悪魔)のやること考えが想定できないで当然です。
そして、わたしが無邪気に彼の悪行がバレてしまいそうな行為をしたり、彼の行為を社長に指摘するなど悪魔に対して無邪気に行ってしまったので、悪魔から詫びをもらうどころか、逆に返り討ちにあい、一方的に 悪者にされ、ひどい目にあったのです。
どこの社会でも起こり得る、よくあることです。
しかし、まさか葬儀の担当者からされるとは想定外過ぎましたね

私たちは普通人間関係の基本は思いやりです。「困った人がいたらたすけたい」「悲しんでいる人がいたら声をかけて力になりたい」という気持ちです。
そして みんなが社会で暮らす上で一人一人が守らねばならない決まりもあります。子供の道徳の教科書からは抜粋します。
① 人を傷付けない。
②人の物を盗まない
③ごまかしたりウソをいわない
④弱いものいじめをしない
⑤ひきょうなことをしない

しかし、悪魔のルールはそれと真逆です。

悪魔のタゲに対する言い分はこんな感じです。
「お前は悪魔だ、なんでこんな悪魔の行為をするんだ。やっぱ、悪魔なんだから、お前は一人ひどい目にあわされても当然、排除しよう。だってお前は悪魔だろ、悪魔のくせに図々しく俺に文句言いやがって」と一方的に言いがかりを言っているのに 似ています。常に、一部のタゲには上から目線です。

そして言われた方は、「私は、悪魔じゃないーーなんでそんなことを言うの、えーん(泣)」と訳わからず泣きながら、結局悪魔に喰いものにされてしまうのです。普段お花畑で平和に暮らしてますから 周りの人も良い人で、そんな理不尽な悪魔の存在すら知らなかったのです。

そうやって 自分と合わない都合の悪いやつは うまく排除し、上の人間には本性がバレないよう気をつけ、目の届かない所ではお山の大将気分で弱いものいじめをしてストレス発散。万が一バレても「僕は 口下手 対人恐怖症でうまく説明出来ない」などと大の大人の男性が普通口にしない弱者アピールして生き続けています。

でも彼の目は本当に怖い悪魔の目、ずっと睨まれ続け ゾッとしてこちらの精神がおかしくなりそうでした。私たち夫婦は、わたし含め子供達にも危険を及ぼすのではと心配になりました。葬儀会社の部長に 強く私たちの住所がばれてないか確認しました。本当の話です。実際に個人情報も勝手に持ち出していた事実を知っていたので、彼には常識が通用しません。そのくらい なにしでかすかわからない異常な 非常識さで「あいつはヤバイ」そんなカンがしました。

二度と会いたくないです。

経験から感じたこと❷へ続く。。。

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いきなり 理由もなく 勝手に 敵視して、勝手に 嘘の人の悪口を いろんな人に勝手に言いまくってクラクラするほど でたらめの事実を捏造し、人のせいにしまくって 人々に 人とは思えないほどの数々の傷を残し、いろんな人間関係を 壊しに壊しまくった。

葬儀担当者がやった行為は、実際の葬儀で自己愛担当者が起こした行為以上に、私たち家族に悪影響を与えた。

葬儀という人の悲しみの場で現れ、私たち家族の 大切なもの、平安な日常を壊され それらを、どうして簡単に忘れることができようか。

簡単に忘れろと言える人は、同様の被害を受けてないから。
もし、自分が自分の家族の葬式で  同様に、同じ目にあったとしたら そんなことは言えない。

そして、その担当者の行動を本当の事実を言っているのに、葬儀会社社長が、うそつきの虚言を信じて うそつきの味方してこっちを信じてくれない苦しみ。悲しみ。数々の葬儀会社からの傷に塩を塗る暴言。

とにかくーーーー そんな人間として基本的な行動も出来ないヤツ、まともな話も出来ないヤツを  私たちの前に出させたことが許せない。

にもかかわらず、私たち夫婦の方に問題があると言わんばかりの言い草。

すごいな。っこの人たち、ヤクザか 人か 悪魔か 。すごいです。
葬儀という仕事にたずさわっていると、こんな人の気持ちもわからない人になってしまうのか。
世の中って、なんて非情なんだ。すごい。悪夢にうなされた日々。
こんな理不尽なことが許されるのか。私たちが、若いから、家族葬で親族も少なかったから、足元見られた。お金とってそんなことするか。

っハハハ、笑える。
でも 今は怒りの感情も悲しみもない。
非常に冷静に なっている。スッキリ。
忘れることはないだろうが、これは 被害ではない。闘いだった。

私たち夫婦は、一つの勉強として  この経験を乗り越えて
自分の 心から 外に切り離すことはできた。

一つ一つ一つ一つ、自分なりの答えを納得して 
自分自身を強くすることができた。

気がついた。

ただ、忘れるのは 消去法。
それでは、自分は弱いまま。
自分を大切に思うからこそ 忘れるなんて出来ない。
モヤモヤが残ってしまうのだ。

乗り越えて強くなる。
自分を守る。信じる。それでこそ 強くなる。経験が いきてくる。

そうそう、もし 今後 私たちになんかしてきたら 今度こそ許さん。

 今 自己愛担当者の勤務しているお寺に行って、住職や兄弟子の僧侶さんたちにてめえと会った時の録音聞かせて 、てめえの起こした葬儀会社とのファイル1冊分の資料の証拠出して
どんなに、僧侶としての資格がないか、前職で遺族にどんなことして 何十年も仕事をしていたのか 全部話す! 

んで、葬儀会社の名前をネット上にアップして、録音したデータをマスコミに送るから。

っつい、汚い言葉遣いになってしまいましたわっ。ごめんあそばせ。🙏

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誰だって、世界中のあらゆる生命、生き物も動物も、 いろんなことが  じぶんの思う通りになったらいいなという希望があるだろう。
好きな事だけして、ラクしてお金がもらえて、美味しいものをいっぱい食べて 好きな人と、褒められ認められ 。。。。。など。

そんな妄想 あります。ありますよ、私も。。。。

でもまあ、常識では 世の中 努力と忍耐、人への思いやりなどの道徳や勉強なしに、じぶんの思い通りに物事進まないでしょう。

でも 人格障害者は、違う。
彼らはもともと常識がない。良心がない。
かわりにあるのは「自分の思う通りにしたい欲望」

だから、彼の発言
「葬儀の時に、担当者でありながら 遺族にそういう態度を察しさせてしまった。。。ことが 私の落ち度だった」
につながる。

何という 俺様発言!

私たちにバレたと思っていなかったので、最初は 会った時も終始上から目線だったのも、マジで納得。

また 一つ わからなかったことが スッキリした!

自己愛性人格障害者は「自分の思う通りにしたい」
自己愛性人格障害者は「自分の思う通りにならないとムカつく」

それだけなんだあ、ヘェ〜〜〜〜〜〜。

えーーーーー、ううううっそでしょーー
そんなの三才の子どもとかわらないじゃん。

ーーーーっつそうかそうかそうかそうか。

人格障害者は、大人になっても、頭の中は 三才の幼児とかわらないから 
何でこの人大人なのに、こんなことするんだと、こっちも自己愛君のその行動全て理解できなかったのか。

自分の思う通りにしたい」
   それを邪魔するのは敵
   それが 彼の原点なんだ。







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前回、自己愛性人格障害者の「意味がわからないいやがらせ」のことを書いた。

普通の人は、「そうはいってもやはり理由があるのでは?」と思うだろう。

そう考えて当然だ、だって実際の本人の私すら 3年も考えた。

でも本当に わからず、昨年 直接本人に聞いてみた。

返ってきた答えが、すわっこさんと「相性があわないから」という答えだった。
この答えも 半分合っていて、 半分は うそだ。

というのは、自己愛担当者は、一番最初の会った瞬間から担当者としての仕事を果たしていなかったのだ。まだ相性があう、あわないの前のタイミングから するべき仕事をしていなかった。

義理の父が亡くなり、翌日が通夜だったので 翌日の午後 通夜の式場に子供二人と3人で行った。
自己愛君に そこで初めて会い、その時 最初に聞いたのが、遠方からの親戚の宿泊ホテルがあるかどうかであった。
義理父は岡山の生まれなので、叔父たちはみんな遠方だ。
今も覚えているが、事務所の廊下の前で主人と二人でホテルについて 尋ねた。

すると、担当者は 
「宿泊の提携先はないので 自分たちで手配をお願いします。」と はっきりそう答えた。

「へえ,こういう ところは いくらでも宿泊先の問い合わせがあるだろうに 提携先ホテルもないのかあ」と思い、自分たちで 手配した。後日知ったが、実際は ルートインの提携先があるそうだ。

つまりまだ自己愛君が、 私について「相性があう、あわない」といったことがわかるほどの会話もない状態から、彼は 担当者として 仕事に手を抜いていた。つまりそういう態度で、日頃から仕事をしていたといえる。ハハハ、笑える。

こうして一番最初のいやがらせが始まった。
こうやって、些細なことから、他のスタッフには バレないところで 本来するべき仕事をせず 、仕事をするふりをしていた。本当に出会ったばかりの最初の最初から、遺族のために何か役に立ってあげようという動きがまるでなかった。もちろん 気持ちも感じない。

この話を、後日その葬儀会社の自己愛君の上司の人へ話をしたら、
「何であいつは、宿泊の手配なんて 電話一本でいいのに、それも出来ないんだ。」とのこと。

さあ、問題です。
この担当者の行動。
いやがらせに、何の意味があるのでしょうか?

答えは、担当者の「自分の思い通りにする」です。


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先日 久しぶりに会ったママ友に、近況報告をして、今回の「えらい目に遭った話」をした。

友達は、一言
 核心をつく事を言った。

ふうんーーー、んで そんな事して、その担当者は なんの得があるの?」

そうなのよ、そいつは そんな事してなんの得があるのか 一般的な普通の人には理解出来ない。
そこで私たちは考える。

「何か 理由があるのではないか。」

でも分からない。
おそらく、自己愛性人格障害の人に聞いても 持ち前の虚言癖がでて とても信じられる内容ではないだろう。
なにかするには目的や原因があってもいいのに、トラブルを見事なくらい 次々生み出しながら
人格障害者は、行動の理由も、まして まるで何のために そこにいるのか 分からない。

 それでいて、信じられない行為を上司に指摘されても、「弱いものアピール」をして、やり過ごす。上司にあいつは、ダメだ、そう思われても また 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し。

しかし、そんな事 社内だけにしてくれ。
社外の人にはするな!!!!そう思っても、人格障害者には 通用しないだろう。

そんな迷惑行為だらけの行動をして、自分にとって何の得があるのか

おそらく、私たちは分からない 快感があるのではないか。
アドレナリンが出るんだろう。
きっと楽しくて、一度やったら やめられないんだろう。

バレたらやばいけど やめられないんだろう。 
おそらく、自己愛性人格障害者の「快感の感覚」が、普通の人とは違う。

わざとする嫌がらせ。。。

いやがらせを受けた人が苦しむのも快感。
そういうしてはいけないことをして、バレないこともたのしい。
人の困った様子を見ること。
わざと出来ることもしてあげないこと。それによる支配感。
今その瞬間の主は俺だ!というみんなを支配して従わせているような快感。

普段自分に辛く当たる嫌いな上司、一生懸命がんばっているのに認めてくれない周囲の人間
でも、おれは出来る、がんばっている。おれに逆らうな!!!
その気持ちをどこかで発散させたい。

幸い、遺族は、葬儀のしきたりややり方を知らない。
おれが教える立場だ。おれがやってやってんだ。

おれのいうこと聞かないと、こっちもやってやらないんだぜ!
俺の思う通りにするんだから、うるさいこと いってくんなよ。


葬儀担当者のそんな本心を、 私は 義理父の葬儀のたった2日間の出会いの中で感じ取った。
負のオーラ、バリバリ出まくってた。

心の中の何かに怒りをぶつけてる?
 
 





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戦争でも何でも 正義のための大義名分が必要だ。
領域に侵略してきたから自国を 守るために戦争をする。。。。などとは 戦争をしたい時の 都合のいい口実だ。

ビジネスの場でもおこる。
仕事とはいえ、人と人とのコミュニケーションで成り立つものだが、人との距離感や倫理、社会常識など、子供の頃から 学生時代をとおして身についた基本的な人間性というものがある。

そっちの方の態度が、自分を侮辱した。
こんな失礼なことをした。
だから こっちも その報復として、俺らも やり返しても問題ない。
先にしかけてきたから報復されるのも当然。悪いのは そっちだ!落ち度があるのはそっちだ」
だから 俺らのしていることが正しい。もちろん謝るなんてまっぴらごめん。
そっちこそ、自分の態度反省しろ!」

これと同じ理屈を、ガチでされた。

一方的な身勝手な正義で 意味がわからない。
大人のビジネスで 感情ひとつでこんな仕事をしている人が集団でいたら
 あまりに 痛い人たちだろう。
その報復の論理を正当化しようとするしょぼい発言を、自分で言ってておかしいと思えてないのが、あまりに異常だ。

かわってる。動物園の動物と変わらない。
  
自分の受け止め方が悪いだけで、周りのせいにするのは  どうかと思う。

そういう人にかぎって、上の人間関係には おべっちゃらをつかい 黙りこくる。
そのストレスを、部下や周りの弱い人間で発散する。。

自己愛の強い人は、物事の とらえ方が へんだから。

大人の会社でも 同様なことは起こっている。




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