自己愛性人格障害の嘘の被害 子育てママの闘いと回復まで

信じること、愛すること、本物の大きな優しい人になりたいから、学び続けます
今日でブログの最終章
とても常識では信じられないありえない出来事に遭遇した経験。
苦しくて悲しくて人間不信になりました。
誰かの心に宿る悪意は、罪のない誰かの心を深く傷つけ悲しみの淵へ追いやります。
それでも立ち直るのは、信念と人を思いやる心、優しさや愛情。
同じように 信じて裏切られて 嘘で貶められて 苦しむ人のお役に立てれば幸いです。

今まで 誰かに相談することもできなかったので ブログで気持ちの整理をしてきました。
自分に自信がないからか。いつまでもくよくよ悩んでしまい、どうすることもできない感じでしたが、なんとか、結果として自己分析して心の気持ちの整理もできてきたようです。汚染された心をきれいにするために、 どうしたらいいか悩みました。苦しんだ結論として、私は、前向きに「意識して考えない」「その部分の記憶を飛ばす」ことにしました。

嫌なことの過去は 全く忘れることは出来ない(インパクトが強ければ強いほど忘れにくい)けれど、自分の好きなことやりたいこと、周囲の役に立つこと、人の気持ちのわかるやさしい大きな器の人間になること、そんなことを目標に じぶんの考える幸せを 意識していけば 自然と不快な出来事は心の片隅に小さくなって記憶を飛ばす忘れることができるのではと思っています。

 私はお料理することやバラを育てることが好きなので、好きなお菓子やお料理をつくったり、真心込めてバラのお世話をしたり、ジムにいったり、子供のお世話や勉強をみてあげたり、今年から始めた小学校の絵本の読み聞かせも楽しいので 周りのひとと温かく関わりあいながら 過ごしていきます。
今週は旦那さんが、畑で白菜や大根をたくさんつくったので冬越しの保存準備をしなくては。
長女が、来週期末テストなので 勉強見てあげなくては。
長男が九九の勉強で、7の段と9の段が苦手で 一緒に覚えていかなくちゃ。
お料理では、安いビーフを買ってきたのでほろほろのビーフシチューの研究もしたいの。どうすれば柔らかくなるかなって。
それから最近 太ってきたので ランニングもしなくては。また フィットネスクラブに入会し直そうかな。身体動かすことが好きなの。

過去は変えられなくても、心の持ちようは変えることができるし、未来を明るくすることはできる。人を憎むのが苦手。批判するのが苦手。それが自分。
もし今後 ブログを開設することがあれば 楽しい素敵な話題の内容にしたいな。
立ち直りの回復の秘訣は 人それぞれだと思いますが、私は今日から、過去の嫌な記憶を捨てます。いらないものを捨てるように、記憶だって捨てれるはず。
何年後すると、そんなことあったっけ?って、「起きてなかったこと」とすら思うかもしれません。記憶に終わりにできそうです。

「意識して 被害すら出会いすら事実すらなかったことにして、自分らしく自信を持って、自分の周りのものを大切に愛情豊かに笑顔で生きる。」それが私の学んだしあわせと未来への答えです。

一貫して 私の主張した信念は、人が人として大切なもの。曲げることはできない 冠婚葬祭に携わる人として忘れてはいけない心。
いつか 相手方の人たちもそのことに気づくことを願っています。


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もし、自分に起きたことが 本当に自分自身だけに起こったことであれば よかったな。

亡くなった義理のお父さんが好きだったし、葬儀だけはちゃんとやってあげたかったのに、葬儀会社の担当者の変な想いのために、なんの非もないのに ちゃんとできなかった無念がどうしてもあるんだろうな。
自分自身だけのことなら 今頃すっかり忘れていられるのだろうに、あああ一体何故なの?

 本当に変な話だ。変な話すぎて聞いたことないけど、でもあるんだよ。でも 立ち直っていかなくては。
愛する家族の最後を適当に扱われたことは忘れることはできないのは、愛している家族だったから。
いつまでも気にしてはいけないのはわかっている。もう過去は変えられない。 もちろん 普段は家族と仕事を大切に毎日過ごしているけど でも どうして わすれられないの?
生きている周囲の人への、温かい愛している気持ちを、生きている人たちに向けていかなければ、天国の義理のお父さんも 自分自身のお父さんも浮かばれない。
もういいよ、と天国で言っているはず。もういいよ、もういいよと。気にしてないよと言っているはず
あああ、どうして 人の死を扱う 葬送の場で 彼らと出逢ってしまったのだろう。

愛しているから 辛い、後悔の念で辛いのだ。いつまでも消えない。
その場で出会いたくなかった。

自分自身だけのことであって欲しかった。どうして葬送の場に居たの?
へんなの。誰か教えてください。どうして彼はそこに居たの。

精神科の病院とかいけば このモヤモヤとか消えるのかなあ
いつまでも消えない モヤモヤ 一体何故なの、なんなの?
精神科のお医者さん診てもらおうかな。


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痴漢された感覚と同じ

とても興味深い記事をみました。
ぜひ多くの女性に参考にしてほしいと思います。

「性犯罪者は“マジック”で自己正当化する」 加害者臨床から見た“男が痴漢になる理由
うすうす感じてはいましたが 私が経験した不快感は 電車の中の痴漢の加害者と被害者のようです。記事を読んでいて 場所や相手 方法は 異なるけれど 被害者の心情は同じように思います。

加害者は、誰にも ばれないように 被害者に卑劣な行為をする。
その行為は 被害者以外には気が付きにくいし、被害者自身も なぜ加害者がそんなことをするのかわからない。
勇気を出して告発し、その下劣な行為が明るみになると 加害者は 逆に被害者のせいにし、ウソをつき 逃げようとする。仕事のストレスなど、まるで理由にならない理由で 自身の行為を自己正当化する。そのウソが上手なので、か弱い立場の被害者が悪いことになる。証拠が残りにくい。恥ずかしいので訴えにくい。我慢する。

痴漢にあうのは、被害を訴えそうにないおとなしそうな女性である。(その女性に100%非がない)

社会の社会問題でもある、男性の中の女性への見下し、女性軽視、男尊女卑の考えに基づいている。

ぜひ多くの女性に参考にしてほしいと思います。

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仕事でご一緒させていただいた牧師先生に救いを求めました。
人に話をすることはとても大事だと思います。

経験豊かな先生と奥様が ご一緒に私の置かれている状況、葬儀会社からのひどい対応を親身になって聞いてくださいました。
葬儀をきっかけに、こんな理不尽な対応をされどれだけ 辛いか、変な話が起きているか 録音した音声を 一緒に聞いてくれました。

人に話をしたのは初めてだったのですが、先生と奥様は、私と同じ感覚、同じ反応をされたことに ホットしました。同じ世界の人なのだと思います。
先生と奥様は、担当者のこの人が自ら 発言する単語が、まるっきり 仕事でお客様にする発言でないと 共感してくれました。

有り難かったです。人に話をして迷惑かなと思いましたが 先生と奥様のおかげで救われました。
心から感謝してます。人に話をすることは大事です。




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このブログの題名は 自己愛性人格障害者の嘘の被害 としました。
「うそ」というのが、トラブルを引き起こします。

人ですから、ミスもあるのですが、この人が 人格障害者とわかったかというと「何を言っても 反省、謝罪の言葉がなく嘘をつくこと」と「彼の悪意の敵意丸出しの目」です。
彼が うその報告を上司や社長にしていた為、葬儀会社は 自分の会社の社員が遺族に対して葬儀で何をしていたのか理解していません。身内のひいき目で、その担当者の言葉を信じて こっちに非があると堂々と言ってきました。
一体どうしたらいいのでしょうか。事実がねじ曲げられ、ただ周囲は混乱し破壊と決裂しか答えはありませんでした。
葬儀会社の上司や社長に、担当者自身の 保身のための嘘で、遺族のわたしの行動を批判するという信じがたい行為を平気でしていたので 葬儀会社は わたしが、まるでわたしが因縁をつけているようにしか考えてくれず まるで 邪魔者扱いでした。
ただ 最後は葬儀会社の社長も心の中ではわかっていたと思います。が、担当者本人が認めない為 どうすることもできない、社長も社内のことでありながら、この非現実な問題に正面から向き合うこと、真摯に対応することから逃げていたと思います。
関わりたくないということでしょう。
その時まだ友人でしたが、人の心の善と悪の区別もつかないなんて、友として見損ないました。
その後も 担当者は 相変わらず 自分の保身のための嘘で 真実を語りません。
仕事で葬儀という心の仕事に関わっていながら、何故まともに仕事をせず、指摘されても 嘘や、都合の悪いことは忘れた!などというのでしょうか。
それを 「人の死」に直面し、悲しみで死にそうな人に対して行うとは どこかネジが外れているとしか思えません。この世に、この場所にそんな卑怯で いてはいけない人が堂々と存在し、偉そうに仕事をしているのは何故か、その絡んだ糸を 丁寧に解き始めて いくことで  闇から 少し  抜け出すことができました。
自分で覚悟を決め、命がけで 追求するしかありません。

そしてわかりました。彼は、心の闇の中で生きていた人間だったのです。
聞いたところでは 会社の中でも孤立して 変人扱いされ、一人でお経など読んでいたそうです。
暗い人で 親しい人はいなかったそうです。社内でパワハラもあったようです。彼自身も社内では、被害者だったのかもしれません。
可哀想に。可哀想に。可哀想に。
死に近いところで生きている方が安心できるそんな世界の人なのだと思います。

彼には、上から目線で「相性が合わない」と言われました。
当時は、何故 いきなり人に失礼なことをいうやつだとおもいましたが、今は まさにその通りだと思います。
人の笑顔と幸せのために 仕事をすることが大好きなわたしは、人を支配しようとし見下しながら 嘘で固め闇で生きる彼にとって 敵だったのです。

闇でいき、人の仮面を被り、闇の本性がばれないように生きている人にとってわたしは、自分とは違う 憎らしい空気感を持ったムカつくやつだったのです。

そういうことが理解するにつれ、問題の責任は自分にないことがわかりました。やっとやっと こころのモヤモヤが晴れ始めました。



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ちょうど2年前の今頃です。父が他界しました。父が亡くなる時もいろいろ悲しいことがありました。
わたしの仕事は めちゃくちゃ忙しい時期でした。
さらに 父の他界の1ヶ月前は 幼稚園年長さんの息子が 某県内の大学病院で手術していて、2週間の入院の付き添いなど心身ともに限界でした。
頑張って頑張っていましたが 12月の大晦日 追い詰められて、ストレスでうつ状態になっていました。
とうとう心にヒビが入りました。
わたしの大切なものをなくしてしまったと 前回書きました。
わたしは ストレスで 生理が止まってしまいました。
先日あさイチで、女性の更年期のことをやっていましたが 、まさにわたしは そのくらいストレスが体にも現れていました。

そして やっと 何故 そこまで その人たちにひどい思いをされなくてはならないのか 向き合おうと思いました。

ただ理由を知りたい、ただ その一点だけ でした。何が起きているか 確認したい。
これ以上 悠長なことを言っていたら わたしはうつで 自殺していたかもしれません。

旦那に相談してやっと 相手の葬儀会社の人と正面から向き合おうと決めました。


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闇の世界から回復の道のり ステップ①

わたしは、自分に起きていたことに向き合うことからはじめました。
振り返ると、世間の常識では測れない 信じられない考え方と行動をする人から被害を受けた時 皆さんは どんな反応をされましたか?

わたしは、目の前で起きている非常識な出来事が、なかなか信じられませんでした。よくわからないから、誰かに相談したくても、それすら誰に相談して良いか、何から話をして良いかわかりませんでした。
一生懸命わからないまま一人でもがいて、一人で自分を責めて苦しんでいるうちに 無意識に不快な感情が蓄積されていきました。心が汚染されていく感じでした。

常識では理解できない よく 分からない状況が続いて、それでも一歩踏み出す、相手と正面から向き合うことに、なんだか恐怖もあり、ただ勇気もなく ただ 時間だけが無駄にすぎていきました。
いつまでもいつまでも 忘れようと努力しても 何故かわすれられません。

自己愛性人格障害者の相手方の悪意としか考えられない行為(これは、その本人は悪意ともおもわず本人にとっては普通の行為をしている)の被害は、相手方の嘘で、自分の大切な自尊心を壊され、同時に自分の中に 怒りや理不尽な行為に対する憤り、不満が生じてきます。まるで 自分の心に闇の世界が生まれ、地獄に引きずり落とされたきぶんです。

抜けだすために、本当に死ぬほど苦労しました。いえ、まだ正直苦しんで抜け出せてはいません。
こういう闇の世界から 抜けだす方法を 誰も教えてくれません。
だから わたし自身に与えられた心の修行共思い まだ 今日ももがいています。

先週、自殺したいという女性が 被害を受けた事件がありました。
「なんで、見ず知らずの人のところへ行くんだろう。」と考える人もいるかもしれませんが、私は、彼女たちの気持ちがよくわかります。
多かれ少なかれ、なんらかの理由で 闇の世界に連れていかれ 苦しんで 助けを求めていたのです。
優しい言葉と自分の話を聞いてくれるだけで嬉しいのです。
正直 私も自分に 家族や子供がいなければ、気が狂い 死にたいと自分を追い込んでいたと思います。
  そのくらい 私が苦しんで辛い思いをしているのに 当時 誰も 手を差し伸べてはくれませんでした。
死にたいほど辛い →  自殺したい と なるのです。自殺はしませんでしたが、わたしの中のストレスで、わたしの大事なものをなくしてしまいました。
 それでやっと、事実と向き合おうと思いました。

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働くとは キャリア教育

子供の中学校でキャリア教育として職場見学をしてきて、明日の参観日で発表するそうです。

働くとは。。。には、こう書かれていました。

相手の笑顔のために心と体を動かし、相手の幸せな笑顔で、結果として自分が幸せを感じる事が出来る。
相手や自分が嬉しくなる笑顔を作るために動くということだそうです。
仕事を通して 誰かの役にたち、周りとつながりを持つ事が出来 一緒に楽しく前向きに生きがいを持てると嬉しい。
どんな仕事でも相手の笑顔のために働けるのは素敵です。
頑張れ、中学生。





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ネガティブな感情が私は苦手です。

自分でいうのもなんですが、生まれてこのかた 周囲のやさしい素晴らしい人に囲まれ 愛にあふれた穏やかな毎日をずっと過ごして平和な日々を送って来る事が出来たと、私に関わってくれている方々には心から感謝しています。

悪意とか、敵意とか 嘘とか中傷とか、傷つけるとか いじめるとか かなり無縁でしたので、周りの人も 自分と同じように優しく理解し合えると信じて疑いませんでした。
 でも、今回出会った人は そういうタイプの人ではありませんでしたので、いくら考えてもその行動や考えが理解出来ませんし 結果として平和的解決も出来ませんでした。何年経った今もわかりません。

今回私が知ったのは 世の中には、残念ながら 人と信頼関係を築けない人、意地悪な悪意や敵意の中で生きてきた人もいるということでした。
前向きに考えたら、 そういうタイプの人がいると教えてもらったのは、子育てして行く上で 子供たちに世間を教えてあげれる一つのアドバイスができるのでよかったと思います。

私の支えの一つにユダヤ人のフランクルという人がいます。
第二次世界大戦のドイツ、経済格差と失業率の増加の中 多くのドイツ人に不満が生じてくる時、ユダヤ人は裕福層に位置して居ました。自分の不遇に比べ、普通の庶民がもつユダヤ人の彼らに対するねたみの感情が、ユダヤ人迫害の無言の土壌としてあり、結果としてユダヤ人迫害へと繋がっていったのでしょう。ユダヤ人の人にとっては、何にも悪いことをしていないのに 何か一方的に因縁をつけられ 差別されて  殺され、財産を没収されるのは まさに 地獄だったと思います。ユダヤ人でなくても、自分に災難が降りかからなくてもその空気感は 国全体が暗黒の闇世界に支配されていたようなものでしょう。これは、個人一人一人の心の闇が生み出し 大きなうねりとなったものでしょう。
闇の世界で群衆を支配するのは表立った攻撃でなく、今年流であれば「忖度」というか、強い者への同調圧力であり、権力者の強い自分勝手な「正義」でしょう。人の心の闇が大きくなると 望まずして 争いを生みます。
どんどん話がこじれて いろんな人を巻き込んで 悪の感情に支配され始めます。
 フランクルは、そんな中でも希望を持つ意味、生きる使命を唱えたお医者さんです。人ごとではありません。フランクルの使命論は義理の父の葬儀の時から悲しみを乗り越えた私の支えです。今はほぼ苦しみから自分が回復してきたなあと自分で思います。
今は、そういう悪意のある危険が世界にあることを知りつつ、それでも自分は人と人とのやさしい、思いやりや愛情、信頼という何より大切な温かいかけがえのない大切なものを大切な人の未来へつなげていこうと思います。
 



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いじめ問題が後を絶たない。
いじめは、今に始まったことではなく、大昔から 社会的にもある、人間の心の問題といえる。ただ、私も中学生の親で 自分の子が いじめられたりしないか やっぱり心配だ。最悪の結果になった時、いじめた人間も、学校も 問題が起きたら、抗議したら最後は 正直に反省したり 改善できると考えるのは 性善説だろう。出来たら最初からしない。そもそも、自分の不都合な事を隠すのが 加害者側の心理だろう。こいつをいじめると親がうるさいから手出しできないと思わせたりすると同時に、戦う戦略も大事。しかし、教育機関である学校とそういう状態に引き込まれた時点で悲しい。でも相手も人間、自分が可愛い。自分の立場や認めたくない事実もある。不都合な事実ほど認めなくないものだ。
リアルな学校現代版生存競争。
昔からどこにでもある。
それが、現実。
それが現実。

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