自己愛性人格障害の嘘の被害 子育てママの闘いと回復まで

いろんな人が生きています。本物の大きな優しい人になりたいから、学び続けます
セカンドハラスメント  そんなぴったりの言葉あったのね。

一旦 嫌な思いをして苦しんだあと、再度 その不都合な事実を認めたくない人達により、いわれもないことを言われて苦しむ被害

後になって、自分たちの立場だけ護りたいだけに、相手に寄り添いたいとか、申し訳ないとか、口先だけの謝罪をしながら 円満に加害者の都合のいいように解決したいのが 本音でしょう。

セカンドハラスメント。。。二重被害。

相手にそもそも期待しても 期待どうりの回答がされると思うのは 性善説だろう。
そもそも誰かの悪意によって自殺したり 引きこもりになって、それを相手に訴えても 素直にやりましたと、相手が認めるだろうか。自分に不都合な事実をたとえ、真実であっても 加害者の親も子も命がけで否定してくるだろう。死人に口なしとばかりに悪意の言葉をかけられるのも容易に想像できる。
 その過程が、被害者を苦しめる。親も地獄。

どんなに訴えても 社会とは  加害者が処分されることはない。残念だが、それが いまの社会といえる。だから 最悪の結果になる前に 大切なものを守らなくてはいけないと思う。

そして 残されたものの その苦しみからどうしたら回復できるのか真に寄り添い 心のケアをしてあげるのが大事だと思う。
私も 、話を聞いてくれ 辛い気持ちに寄り添ってくれた いろんな立場の人達の存在が大事だった。感謝してもしきれない。
人で傷ついた気持ちが、人によって救われる。
ありがとう。気持ち、わかってくれて 受け止めてくれた人。

悩んで苦しんでいる人、周りにぜひ相談してほしい。
人に話して 自分の気持ちが整理されて行くうちに救われることもあるから。

















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自分の自尊心のために 自分の心を守るために 彼らのスケープゴートのままでいることは出来なかった。

いてあげようと思ったけど、とうとう 自分が壊れたから。

彼らの組織を守りたいスケープゴートの犠牲だった。

スケープゴートとは
現在の意味はこのやや宗教的な意味合いから転じて、不満や憎悪、責任を、直接的原因となるもの及び人に向けるのではなく、他の対象に転嫁することで、それらの解消や収拾を図るといった場合のその不満、憎悪、責任を転嫁された対象を指す。簡単な使われ方として、事態を取りまとめるために無実の罪を着せられた「身代わり」や、無実の罪が晴れた場合の「冤罪」などが存在する。
政治の一つの手法として使われる意味合いとしては、方針や主義に不利益とされる小規模な集団や社会的に弱い立場の人間をスケープゴートとして排除するなどして、社会的な支持や統合を目的とするといったものもある。具体的には、第二次世界大戦中のナチスが行ったホロコースト(この言葉も聖書からきている)は、ユダヤ人をスケープゴートの対象としたものであることが挙げられる。また、ユダヤ人は上述のホロコースト以外でもあらゆる時代や地域で差別を受けているため、スケープゴートとして犠牲になるまえに、他の地域へ移住することによって難を逃れることもある。
心理学の一つの用語としても存在する。特に精神分析学社会心理学において、人は無意識のうちに、不満や不快を覚えると、不快感やルサンチマンなどを他者に対して抱く。このような現象はあらゆる集団で発生しうるものであり、そうした不快感を押し付けられたり被られたりした個人は、その特定の集団内においてスケープゴートとなるのである。それ故、スケープゴートとして犠牲者になるまえに、上述のユダヤ人の移動行動のように適切な対処を行わなければならない

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いじめと同じ。外から受けた心のけが。どこに助けを求められたのか?

その事実よりそのことで傷ついたトラウマのほうが長く苦しい

怖かったこと。死にそうだったこと。壊されたこと。

嫌だったこと。意味がわからなかったこと。最低な人たち。

悲しかったこと。悪いことしてないのに責められる、悪者にされる。

その嫌な気持ちを理解してもらえないこと。

人に伝えるのも大変だったのに、訴えても信じてもらえなかったこと。

その無力感。絶望感。ぎりぎりの精神状態。追い詰められた苦しみ。

心的外傷後ストレス障害といわれる精神的苦痛。
(しんてきがいしょうごストレスしょうがい、裁判用語で精神的苦痛。Post Traumatic Stress Disorder、PTSD)は、命の安全が脅かされるような出来事(戦争、天災、事故、犯罪、虐待など)によって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害である[1]。症状がまだ1か月を経ていないものは急性ストレス障害である。
心的外傷(トラウマ)には事故・災害時の急性トラウマと、児童虐待など繰り返し加害される慢性の心的外傷がある。

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秘書の方に同情します。

この音声を記録せざるをえない状況に至るまで どれだけ 苦しまれたことでしょう。

どれだけ 悩み 苦しまれたことでしょう。


話しても、直接経験したものしかわからない恐怖。

言葉以上に、その人間から出る 悪意のオーラ。恐怖は おそらく しいたげられたことのある人でないと本質はわからないかもしれない。

モンスターに、逆らうことが どれほど勇気がいるか 自身の自尊心の為に されたのだと思います。


良く頑張ってお仕事されていたと思います。

モンスターから貴方を守るのは、やはり 証拠。誰が聞いても 相手がおかしいという証拠。

証拠が大事です。すべて 証拠。彼女こそ わかりやすい自己愛性人格障害者ですね。

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あんたは 何者なんですか? 

どうして 自分がいけないのに、 人のせいにできるの?

どうして 嘘を平気で言って、さらに「私は間違っていません。」とか 言いながら 被害者アピールして、僕は 対人恐怖症 とか 弱者アピール するの?

もうすぐ50歳にもなる男なのに、自分で自分のこと どう思っているの?


 あなたが 性格悪い悪魔なのか、弱虫なのか わかりません。

それで、僧侶とかなって 偉そうに 袈裟着て お経読んでるのが わかりません。


あんたは 何者なんですか?


苦しみとか あるんですか?


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気がつきました。

気がついてはいけないと 深層心理で思っていたのでしょうが  私は、やっと気がついてしまいました。嫌だけど。。。。

誰とでも仲良くおおらかな愛と笑顔と幸福を、が 私の信条。

でも どうしてもどうしても どうしても できない 人たちがいます。

許したい、忘れたい プライド持って普通に一生懸命真剣に生きてる 私が  人間的にも会社の組織的にも破綻している彼らに  嫌な思いをさせられなくちゃいけないのーー。わかってる。
彼らは自己愛の強い、自己中な勘違いモンスター。

そういう類いの人間だから、自分に都合の悪い人を排除したり 誠実に謝ることもできないかっこ悪い人として卑しい人だから、普通に自分と合わないのだと。

でも、理性と感情は別。
人格障害者のやつと、彼をかばい私を 一人地獄に落とした彼らを 死ぬ程 憎んでいることを 気がつきました。気が付きたくないけど憎んでいると気がつくと 意外とらくですね。

実際に 実行すると 犯罪者になるので できませんが  大切にしていたものを 失うと、そういう気持ちになるのでしょう。

そして、最後にわかった理由が 人格的に未熟と会社社内でも分かっていたやつの仕事の手抜きを上司にバレたくない 自己保身の嘘のせいだった。そんな最低なやつ 生きていていいのか。。。。

誰かの嘘で それも全く 身に覚えのない嘘のせいで 自分の大切な家庭にヒビが入り、大事な義理親の葬式もめちゃくちゃにされて、生きている人間の、その関係にヒビが入りまくりだったら、正直 そんなのいない方がマシでしょう。小さい二人の子育てで大変で、嫁姑問題や介護などいろいろ苦労している大変な中でお義父さんなくなって悲しくて辛くて辛くてやっとの思いで葬式だしてるのに、まったく 遺族に寄り添う気持ちがゼロ、自分の未熟さを 遺族の嫁の私のせいにして 主人の家庭を壊しているような言い草して、自分の仕事の怠慢を客のせいにした。

大事なお義父さを、侮辱した。
人としてありえない。

仕事としてありえない。
人間じゃない。人間じゃないよねー。


そういえば、昔のテレビでありましたっけ。。。

必殺仕事人ってやつ。

あれは、  強いものに虐げられた 弱いもの悲しみ、苦しみが 生み出すのでしょう。

人の死に近い場所で 自分も 地獄に落とされるような目にあわされると  殺したいほど憎い。

復讐すると せいせいするの⁇
 
やったことないのでわかりません。
そういう人種でないのでわかりません。
 私は 卑しい人間ではないのでわかりません。

でも、そういう気持ちがある上で、心と向き合い 自分で 立ち直っていかなければならないことも 知ってます。




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いい加減、わすれようよ。そう思うでしょう。
 
そういう人は、もしもしもし、貴方の大事な人が 人格障害者に殺されたらどうしますか?大事な人が、その人のせいでうつ病になったり、ひきこもりになったらどうしますか?
殺してても、 そいつは、やってない。自分はいなかった。 勝手に死んだというでしょう。100%否定されるでしょう。やられた側の被害者が浮かばれません。
泣くしかありません。その後の人生 ずっと苦しみが続いていきます。大げさに思われるかもしれませんが、心にうけた傷や集団でいじめられた行為はなかなか回復できません。だから自殺するひともいるのでしょう。
そのくらい 心ってそう簡単ではありません。

正直、悲しいことですが、いじめで自殺した子供を持つ親は、単にいじめられ殺され損です。
子供が死んでも そのことで不利益が生じる人たちは そのことを認めません。
悲しみに悲しみの上塗りされるだけ。どっちかっていうと、そのこが自殺したせいで
自分に迷惑をかけられた位に思っているでしょう。迷惑に巻き込まれた、うるさいっとでもおもっているでしょう。 いじめをして子供が死んだだけでも悲しいのに、それを同じ気持ちで寄り添って悲しんでくれるかと思えば、逆に 「自分たちは関係ない」と突き放され、確認するどころか 謝りもしません。世の中理不尽です。

そいつらは 人間ではありません。人間ではないので、悪さと嘘と他人の中傷が得意です。勝てません。 私が会った人格障害者は 絶対いてはいけない葬儀の担当者で、私の親の葬式という場所で、遺族にストレス発散をして、いじめていました。
その人格障害者は、僧侶にお仕事転職しました。
さすが悪魔です。さらに、自分の悪の行為がバレにくい居場所をみつけましたね。

もともと悲しい中さらに100倍傷つきなかなか回復できません。さらにそいつの自己保身の嘘のせいで、いろいろこちらは多くのものを失いました。
口先だけの申し訳ありませんでしたではありません。

すべてもとどうりにしてほしいです。頭にくるのか、葬儀事態の本人の手抜きやいじめなど以上に、ウソをでっちあげ、「私の性格が自分勝手で、勝手な行為をしていたと侮辱し、担当者の自分は、その中で大変ながらも頑張って精一杯やった」と、ぬけぬけと偉そうに言っていることです。事実を変えようとし、あったことさえもなかったことにしようとすること、こっちのせいにされることです。
 どの口でそんないい加減なこと言えるのでしょうか?
会ったことありません。そんな人。ふつういません。悪魔ですから・・・。

「事実は常にひとつ」、名探偵コナンもいってるじゃありませんか?
そのことを訴えても取り合ってもらえず、悔しくて なかなか忘れることができません。

葬儀担当者の 事態が発覚した後の 自己保身の行為が あまりに見苦しく 嘘で遺族を侮辱し、腐りきっていて、死ぬほどつらかったです。認めたくはありませんが、まだ回復の途中です。
どうすれば 本当に、本当に 本当に 回復できるのでしょうか? 

すべて元に戻してほしいです。 大事な人の笑顔を返してほしいです。
そしたら許せます。元通りにしてくれたら 許せます。私の大事にしてきたものをすべて 元通りに回復してほしいです。

よく 宗教って、人が死んだときや病気の時に 勧誘されやすいといいます。
あの人格障害者は、葬儀の担当者として、 親が死んで悲しんでいる時に 現れて、そのことを指摘すると、反省するどころか 自分の至らぬ悪魔の行為を 遺族の私のせいにするって やっぱり悪魔です。「配慮不足」どころの話ではありません。
葬儀の担当者は本性は悪魔でしたので、「自分は悪魔じゃない」と 周りにばれないようフォローするのに必死です。しかし事実 悪魔なのでどっか変です。悪魔だから感情がないので、「人の死」を扱う仕事が天職の職場なのでしょう。

そんな悪魔の仕打ちからどうすれば 克服し、回復できるのか 永遠の課題です。
だれか 同じような目にあった方がいれば 教えてください。お願いします。
大事な人を殺された人は、どうやって 忘れることができるのか知りたいです。

相手の気持ちを思いやる人なら そもそもいじめをしません。問題が起きません。
自分が問題を起こしていながら、問題を起こしたとこっちのせいにしたりして その理不尽さが 今もなお自分自身を苦しめます。 葬儀会社の理不尽な行動、そんなことをしながら きちんと謝罪をしてもらっていなので こころの落ち着けば所がなく 心が昇華しません。

もやもやが自分を苦しめます。自分自身の問題とわかっていますが まだ未熟です。

だれか助けてほしいです。
葬儀会社の幹部も、悪いことしている担当者が、そのことを正直に認めるはずはないのに、いじめた加害者の言葉を信じて 被害者の遺族のほうをわるくいうって 鬼ですか?
 人の死を商売にしていると、慣れで、人の悲しみに鈍感になるのでしょうか?
そういう人は、自分の奥さんや子供が同じ目にあったら 同じことできますか?

テレビで見ましたが、刑務所には、一見「虫もころさないようなおとなしい人、暗い被害妄想の人間」が犯罪を犯しやすいそうです。
でも、証拠がでて そいつが殺していたことが分かったとき、 どうしても認めなければならないとき、口先だけの 「不快な思いをさせて申し訳ございません。」の一言で許せますか?

「まあいいか いいよっ」と 忘れることができますか?
人殺しだろうがなんだろうが、人格障害者は、何やっても、その一言で すまされるので、 いい勉強させてもらいました。 

世の中、悪いことやったもの勝ち、言ったもの勝ち 、ばれなければ なにやっても許される世界が、きちんと通用することを教えてもらいました。
 今の政治もそうですが・・・・。悪い意味で人生の駆け引き学んでいます。

人格障害者は、交通事故のように、いきなりなんの悪いこともしていない他人に、 人殺しのようなひどいことをしながらものうのうと普通に生き続けています。 

人を思いやる気持ちを持っていないので、相手がどんなに悲しい苦しいつらい思いを長年したか 家庭や大切にしてきた人間関係を壊されてどんなにショックか想像できないでしょう。

 失礼ですが、まわりに不幸をまき散らして よく生きていられると思います。
病院にいって直してから 社会で生活してほしいものです。

自分が、その加害者の立場でなくて良かったです。
恥知らずな人たちが 周りにいなくて 幸福です。

 



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今日の朝イチで 怒りについて 放送していました。

怒りも恐怖も記憶に残りやすい。そのため 昔のことも思い出して 怒りが増幅してしまうそうです。

人によって 怒りが生まれるレベルって 変わってくるとは思うけど 、怒りは 不快感と攻撃性からできているそうです。
怒りの感情、気持ちとセットになっている記憶を 自分で書き換えるのがいいそうです。ささやかな怒りを抑えるのは訓練で出来るでしょう。


自己愛性人格障害者の不当な行動については しっかり反論していきましょう。わざと悪意を持って、平気な態度で こっちがが悪いことにされますので。

いろんな人がいるからーーと、一言でかたずけてはいけません。
「人」ではありませんから。


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待ちに待ったバラの季節です。去年、新苗で購入したアルベルティーヌ、
あまりの品の良い可愛らしさは 花嫁さんのドレスのようです。

すごく幸せで華やかなバラです。
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田んぼに水が貼って、田植えされた稲がすくすく育っています。
夜は カエルの合唱がこの時期の恒例ですね。

さて、先日あった子供の話。
夕方小学校から、元気に「ただいま〜」と 小学2年生の長男が帰ってきます。
その元気な声と、運動会の練習で、日々頼もしくなり日に焼け赤らめた顔は 母親の喜びですね。
ところが、1週間ほどまえ、玄関を開けて いつもは聞こえる元気な「ただいま」が、ありません。
「あれ?どうしたの?」と聞くと 目に涙を浮かべながら 「田んぼに落ちちゃった」とのこと。
「アレアレ、大丈夫だよ、まだ いいお天気だったからよかった、洗えば大丈夫、キレイにしてあげようね。」と声をかけ、泥だらけの靴をサンダルに、泥だらけの靴下やズボン、シャツ、パンツと脱がして着替えさせあったかいタオルで体を拭いて 一緒に泥だらけになった運動靴を洗いました。

泣きべそだった長男も、だんだん元気になり、いつもの明るい笑顔が戻ってきます。ホッと一安心したところで、おやつのアイスをあげてご機嫌が治ってきた子供に理由をきくと、どうやら お友達に 田んぼに背中から落とされたとのこと
アレアレ、と思いながら、経過を聞くと お友達の一人が わざわざ、ふざけて?長男を通学路の道から田んぼの方へ手を引っ張っていき、嫌がる子を背中を押して田んぼに落としたいうことがわかりました。

最初から、その理由を言えばいいものの お友達に落とされたことを 聞かれるまで言わない。お友達の非難をするようなことを 自ら言わないでいるのが 男らしいと、小学校2年生にしてその大きな器とやさしい性格に関心する。

その後1時間位して、さりげなく もうちょっと聞いてみると、同じクラスの男子で、特別支援クラスへ週何回か通っているお友達で、クラスので一番身体が大きいとのこと。周りにいた男の子たちが、泣いている息子を心配してくれたことを話してくれた。
私が、「そうかあ、嫌だったね〜、でも その子はやっていいことと、いけないことがまだよくわからないんよね。」と、声をかけると、「うん、知ってる」と 一言、そのあとは お友達のことを悪くいうことは一言もありません。えらいです。えらいです。えらいです。それでこそ 男というものです。これが男の強さと優しさというものです。相手の子は 発達障害なので気を使ってあげなければならないことをすでに知っています。
小学2年生でも出来る子は出来るのです
その次の日、自分で 学校で先生に話し、先生からその子に指導してくれたらしいです。そしてその子も認めて謝ってくれたそうです。
人の嫌がることをふざけててもやってはいけませんね。まあ当然のことです。

もし、これが 私の出会った最悪な人格障害者だったら、どういう結果になるでしょう。

まずは、自分がやった証拠がないと、事実も認めません。
 謝罪をするどころか、反対に責任逃れのため 長男の言っていることが間違っていると保身の為に 先生にうそつきまくるでしょう。

そんなことされるともう解決するものも解決しない。
人格障害者とはそんな 人です。ふう、全く。。。。。小学生にも劣る残念な人です。

さて、長男のこの話 さらにオチがありまして、田んぼに落ちた為に 稲が倒れてつぶれてしまった稲たちを ちゃんと、まっすぐに直してから 田んぼから上がってきたようです。子供にとっては ずっと忘れられない思い出の一つになったことでしょう。

息子ながら本当に感心してしまいます。

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