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色白な手の上で、ひやっと滑らかに動くそれを、絹子は可愛いと感じている
「お蚕さん」地元では、親しみを込めて呼ばれていた。
繭になる前の幼虫、吐き出す糸は絹となり最高の生地をつくる。
「リーン」手押しの呼び鈴がなった
絹子は手早く蚕を飼育箱に戻し、廊下を挟み向いにある部屋に入った。
「絹さん、紹介します。」
ここでは、なぜか絹子は絹さんと呼ばれていた。
大柄で鷲鼻のブリュナ、声は体にあわず優しい
ブリュナの横に外人にしては小柄で幼さの残る顔立ちをした若い男がいた。
「フランスから呼びました建設技師のミールです、私同様、通訳として助けてあげてください。」
「コンニチハワ」
深ぶかと絹子に向かい、日本式に青年技師はお辞儀をした。
通訳として絹子は雇われているのだ
明治に成り立ての田舎で、フランス語が話せる女性など、ほんとに貴重な存在である。
幕末、養父は通詞として徳川家に使えていたが、徳川幕府崩壊後
田舎に隠居し幼い絹子に持てる知識を教え込んだ。
絹子は聡明で、18歳になるころには養父も舌を巻くほどフランス語も近代的知識も身に着けていた。
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