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司会の言葉が、マイクを通して広い会場に響きわたる。 本日、みなさまにスペシャル料理のプレゼントがございます」 各テーブルには、すでに料理が並べられていたが、式場の厨房を使い焼き上げたばかりの ハンバーグが追加された。 キッチン秋風 自慢の秘伝のデミグラスソースがたっぷりとかかっている。 つづいて、各テーブルに一つずつ、銀色の容器が、くばられた。 「なにが入っているのかしら」 興味深げにそつと銀のつまみをもちフタを開ける。 魔法の器から人間を魅惑する香りが、立ちこめていく。 あゆ子のカレーは人々に魔法をかけ いちど口にしたら誰もが呪縛から逃れられなくなる。 「すごい、こんなおいしいカレー初めてよ」 パンにつけたり、ライスに添えたり、食べ方は、おもいおもいだが、 誰もが魅了されていた。 キッチン秋風のおやじ、自慢のハンバーグの話題が出てこないのに 少しがっかりしながら、カレーを口にしてみた。 「おお、なんという深見のある香り、こくのあるうま味」 「これは、もしかすると、あの 幻のカレー では」 町の小さな洋食屋の店主とはいえ、秋風も料理人のはしくれである。 昔、仲間うちで聞いた事があった。 ・・・一流シェフの作るまかない料理のカレーがとにかくうまいのだと。 幸運にも、食べる事のできた人はわずかだが、 ほかの料理人には、誰も真似して同じ味を作ることができなかった。 そのうち、なにかが原因で料理界の表舞台から去って行き それ以来・・幻のカレー・・という伝説だけが残った・・・ もちろん、秋風も食べた事などない だが、秋風の料理人としての感が、 あゆ子のカレーは幻のカレーだと認めていた。 |
あゆ子のカレーライス
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あゆ子のつくるカレーライスをめぐる人間模様
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キッチン秋風の店主は、朝から機嫌がよかった。 息子の結婚式がまじかに迫っていたのだ。 結婚披露宴には、彼の秘伝を使ったハンバーグを出す事が決まっていた。 100人を超える料理を作るのは、久々でもあった。 仕込みの準備に忙しい毎日を過ごしていた。 店主が床の荷を持ち上げようとしたその時である。 「あいたた」 腰にズキっと痛みがはしった。 やってしまった、ぎっくり腰である、過去に何度かやっている、 ・こんな大事な時に・もうハンバーグが作れない・ 材料など惜しくなかった、自慢の料理が出せないことがくやしかった。 座りこんだ店主を見つけて、あゆ子支えながら奥の部屋に寝かす。 「無理したのが、利いたのね、でも披露宴にでるくらいなら私が車いすをかりて 押して行ってあげるわ」 「ありがとうよ、でもそれじゃあだめなんだ、俺のハンバーグを出したかった」 あゆ子落胆する店主を見て 「ねえ、おじいさん、私じゃあダメかしら、おじいさんのハンバーグ毎日見ていたから 作り方覚えちゃったの」 「デミグラスソースはおじいちゃんの味で、もう必要なだけ出来ているから、 ハンバーグは私に作らせてほしいの」 「しかし、100個からの数だぞ、おまえさんに造り切れるか」 「大丈夫、そばで、見ていて必要な指示をだしてくれればいいの」 しかし、その必要はなかつた、あゆ子は次々と手際よくハンバーグを作っていった。 「おいおい、おまえさんは、いったい、俺は教えたことは一度もなかった 見て覚えたのか俺のつくり方を、俺より手際がいいじゃないか」 あゆ子は手を休めることはなかった、店主の方を見ると 「おじいさん、一つだけお願いがあるんですけど、私からも お祝いをあげたいのですけど」 あゆ子、にっこりとほほ笑む。
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あゆ子は、生活費を稼ぐため洋食屋でアルバイトをしていた。 10人も入れば満員になるカウンターだけの、小さな店である。 店主はあゆ子の父、川水と同じ位の年齢である。 店は、店主の名をとって、・キッチン秋風・ 売りは、店主自慢の秘伝デミグラスソースを使ったハンバーグである。 当然あゆ子も、食べている。 あゆ子の舌には、秘伝というのは、はばかられる味に思えた。 しかし、店主は長年、自信をもつて居る味なので、あえて余分なことは いわぬようにしていた。 ランチタイムには、近くのサラリーマンが食べにきてそれなりに繁盛していた。 「いらっしゃい」 あゆ子の澄んだ声が店内に響いていた。 少しずつだが、訪れる客は増えていた。 狭い店内、てきぱきと動く若くて可愛いあゆ子を見ながらなら、 食も進むというものである。 「おまちどうさま」 「ありがとう、あゆちゃんのやさしい手でこねられたハンバーグと思うと 食べるのが、もったいないなー」 「ごめんなさい、私にまかせられているのはサラダとライスだけなの」 「おやっと、次ぎの人が待っているから早くたべないとな」 「そういわれると、このサラダしゃきっとしてうまいなー」 「ライスもハンバーグとよく合っている」 確かに、あゆ子がつくるようになってからサラダもライスもうまくなっていた。
食材は前と同じである、米も変って無いし電気釜で炊いているので 炊き方も変わってない。 あゆ子が変えたことは、少しだけである。 サラダは切り方が違う 普通トントンと小刻みなリズムで押し切る、このやり方だと 切り口はつぶれ微妙なサクサク感に違いがでる。 あゆ子は、微かに前後にも動かしていた、傍から見ていても上下に動かしているとしか見えない。 ライスは炊く前にいちどボールの中で水を吸わせ、釜の水加減も変えている。 店主は何か違うなと思っていたが、あゆ子の手腕にはきずいていなかった。 |
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料理学校の理事長は、びびつていた。 川水あゆ子の資料を持ってホテル日高に来るよう、呼びつけられたからである。 この世界で、ホテル日高 シェフ山下の威光と実力を知らぬ者はいない。 前日、学園祭から、予定の途中で帰ってしまわれた。 よほど、気分を害されることが遭ったのではないのかと。 ホテルの山下の部屋にとうされると、世界中の料理コンクールの優勝盾や、感謝状を背に 山下が座っていた。 「お手数かけて申し訳ない、さっそくだが頼んだ資料を見せていただきたい」 理事長、2年半に及ぶあゆ子の成績表、もろもろの資料を机の上に置く。 しばらく山下は、目を通していて、 「なかなか、優秀な子だな」 「どうかね、春の日高の厨房試験を受けさせてみないかね」 「えっえー、よろしゅうで、ございますか」 日本語になっていない。 それほど、あせったのである。 料理界で超優秀な者しか挑戦はできない、しかも、合格するのも難関である。 年によっては一人も、合格者がいない時もある。 もちろん、学校創設以来の出来事である。 まんまんいち、合格でもしたら、学校の格は上がり、入学希望者が鈴なりになること 間違いないのである。 ホテルを出て行く理事長の顔は まんまんの笑顔であった。 一時間に一本しか止まらない電車が、駅を出て行った。 田舎の駅前の小さな食堂に、不似合いなリムジンが止まっている。 ホテル日高 総料理長 シェフ山下が、長年の想いをかなえていた。 「川水先輩、お久しゅうございます。」 最初けげんな顔をしていたが、山下とわかると、50年前の2人に戻っていた。 「ああ、いいにおいだ」 「これで、最近2度目です先輩のカレーの香りをかぐのは」 「はて、以前この店に寄ったかな」 「いえ、東京で」 「学園祭で、あゆ子さんのカレーをいただきました」 「そうか、あゆ子が作ったか」 「ところで、今日は先輩にお礼を言いたかったのと、一つお願いが、あってきました」 「なにかね、田舎の食堂のじじいに出来ることなどあるかね」 山下、突然エリをただし。 「あゆ子さんに、ホテル日高の厨房試験を受けるよう進めてもらえませんか」 「失礼ながら、あゆ子さんの学校での成績を調べさせていただきました」 「申し分ない実力です、私は、えこひいきはしませんが、あゆ子さんに日高に来てもらいたいのです」 「そうだな、決めるのはあゆ子だ、」 「もう昼だ、カレーを食べていくかね」 懐かしい味を、一口、一口確かめながら、山下は思っていた
先輩の手前ああいったが、あゆ子さんを特別な目で見ないという 約束は守れそうになかった。 |
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リムジンの中で、山下はずっとうつむいたままだった。 運転手は心配して、声をかけた。 「どうしましたか、お身体の具合でも悪いのですか」 「いや、なんでもない、運転意外に気をまわすな」 すこし、どなられぎみに返事をされ困惑する運転手。 じつは、山下、運転手に気ずかれたくなかったのだ。 何十年ぶりかに、こぼれ落ちる涙を。 ・・とうとう見つけましたよ、先輩・・ 山下の顔は、50年前に帰っていた。 ・・仕事の終わったあと、先輩が作ってくれたまかない料理のカレーライス。 あの黄色のカレー・・ こんなにおいしいのに、なぜ、ホテルのメニューに加えないのか尋ねたら 「この色と味は、ホテルの高級洋食向きではないのさ」 ・・さりげなく、先輩は言ってましたね。 ホテルのオーナーとの見解の相違で突然、先輩はホテルを去っていった。 とうとう、先輩のカレーのつくり方だけは、教えてもらう時を失ってしまいました。 あれから、自分なりに工夫しましたが、いまだに同じに作る事ができません。 世界の名シェフの一人に数えられるまでになった山下ですが。 ここまでこれたのも、全て先輩にきたえてもらった、料理人としての、腕と心です。 ホテルを去る時に、先輩がオーナーに掛け合ったというはなしを後あと聞きました。 まだ若すぎるゆえ、任せることに不安がるオーナーに対し・・ 「私の後継者は、山下しかいない彼に私の全てを教えてある」 ・・自信をもって言い切る先輩の言葉でオーナーが決心をしたということを。 ホテル日高のシェフを任され、今の私が有るのです。 風のうわさで聞きました、不幸なことにまもなく 、 息子さん夫婦を交通事故で亡くされ、一人娘のお孫さんを引き取られたとか。 それ以後、先輩の消息がわからなくなりました。 ずいぶんと手を尽くしましたが・・ ・・川水あゆ子 あのカレーの味、何拾年たとうと、私の舌は忘れません・・ |




