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こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

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ATMとキャッシュカード

 私は「知らぬ間にキャッシュカードとか免許証とか保険証とか、落としたら悪用されてしまうかも知れないような大事な物をうっかり落としたり忘れたりして、さらには、もしかしたらそんなつもりも無いのに無意識にその場に置いてしまったりして、それが誰かに拾われて悪用されてしまい、気づいた時には自分では取り返しもつかない事態に陥ってしまうんじゃないか?」という強迫観念がありました。症状が軽い時にはそんな観念が浮かんだら、財布の中を何度も確認をして「大丈夫」と安心していたのだけど、症状がひどくなるにつれ「今、目に見えているのは本当は幻想で、実際には失ってしまっているんじゃないか?」と、目で見えているものが上手く脳でカチッと認識してくれず、見ても見ても不確かで、別の次元の物を遠くから見ているような感覚になってしまいました。「目で見て確認した事実」をまったく信じる事が出来なくなって怖くなり、しまいには銀行の前を通ったり、テレビで銀行のCMを見てしまうのもとても恐ろしく感じてしまうようになっていたので、ATMに近寄る事すら考えられなくなっていたのに、よりによって出された課題は、「サラ金のATMに入っ

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て、しかもいじること」でした。本当に恐ろしく思いました。

私がブルブル震えて身体を硬直させながら突っ立ってると、「さあ、やってみよう!」と原井先生が追い討ちをかけ、他の患者もじっと見守って立って待っているので、後に引けなくなった私は、「ええいっ!」と思って中に入りました。機械を見ると、ますます怖くなりました。私はその時すでに、何かパッと目に入った物を、全く関係もなく、全く違う色や形をしているのに、「これは私の目にはメモ紙に見えてるけど、そう錯覚しているだけで、本当は私が無意識に置いてしまったキャッシュカードなのでは?」などのように思ってしまうようになっており、その妄想は非現実的だとどこかでわかっているも、「うっかり誰か悪い人に拾われて、たまたま暗証番号が合ってしまい、貯金を全額引き出されて、将来の生活に困るのでは?」とか考えがわきました。「ニュースや新聞で見た、免許証とか保険証などの個人情報を悪用して、他人が勝手に住民票などを書き換え、それを元にサラ金で借金されて、気づいた時には自分の名義で莫大な借金を背負ってしまっており、本人確認の書類が提出されて自分名義になってしまっているので、見ず知らずの借金を返す羽目になることが続く」というのが頭に浮かんでしまいました。自分のちょっとしたミスで、そんな空恐ろしい事になったらどうしよう?とか思えて来てしまい、「もし紛失してたら、銀行に紛失届けを出せばいいだけじゃん」と納得しようとしても、「私の場合は『本当に紛失届けを出したんだろうか?記憶違いで本当は出していないんじゃないか?』と思ってしまうだろうから、それも怖くて出来ない。」と思って、もう背水の陣な気持ちになりました。

 例えば道を歩いていて、目にパッと映った道に落ちている葉っぱでドキリとし、「これ、葉っぱに見えるけど、本当は私が知らぬ間に落としたキャッシュカードなんじゃないか?」と思ってしまい、その場から動けなくなり、「葉っぱ、葉っぱ、葉っぱ、葉っぱ、葉っぱ…」と何度も唱えて頭に叩き込むように確認し、でも、確認してもしても大丈夫、これは確かに葉っぱだ、と思えず、全然ちゃんと見ている気がしなくて、そのうち「葉っぱって、こんなんだったっけ?」と葉っぱ自体の事もよくわからなくなって来て焦り、「色は緑、だから葉っぱ、色は緑、だから葉っぱ、色は緑、だから葉っぱ…」とより精度を増す形で延々と再び確認作業をし、すると「あれ?緑…緑って、何色?今見ているのは本当に緑?」と突然思ってしまい、とても怖くなり、「葉っぱの筋がある、葉っぱの筋がある、葉っぱの筋がある、葉っぱの筋がある…」と違った条件で確認のやり直しをし、それもまったく不確かで、全然頭にちゃんとインプットされていかず、もうどうにもこうにもやりようが無くて怖くなってしまい、目がその葉っぱにクギ付けになって離す事が出来なくなり、道の真ん中で葉っぱを凝視してずっと立ち続けているので、道行く通行人に変な目でジロジロ見られ、「恥ずかしい!早くこの場を去らなきゃ!」と焦って緊張しまくるも、それが確かに葉っぱだという確信が持てず、目を離すと全てがウソになってしまうような気がして、そこに立ちすくんだまま、30分、ひどい時は1時間くらい、ずっと葉っぱを見つめざるを得なくなったりしていました。

そう言った現象は、ありとあらゆる物を対象に起き、壁や床のシミ、道ばたのゴミ、何かの看板の模様、店においてある商品、喫茶店の灰皿、 とにかく何でもかんでも、何かを見た途端にギュンと胸を貫かれるような恐怖感が突然起こり、一回そうやって引っかかってしまうと、それが全くあり得ない場所にあったり、とても大きなサイズの物であっても、「これは私のキャッシュカードでは?」と思ってしまい、自分を安心させるために、何度も何度も確認をし続け、その場を離れられない、というのを繰り返していたので、サラ金のATMに入って、機械のタッチパネルを見ると、そこに書いてある文字が目に入った途端、ドキッとなって引っかかってしまって、「これは文字に見えているけど、私が無意識にここに置いてしまったキャッシュカードだったら…」と怖くなり、「そんなわけはない。私はカバンから財布を出してないし」と言い聞かせるんだけど、 「記憶にないだけで、本当は財布を出したんじゃないか?」と怖くなって来て、何度かその文字を、繰り返し読み返して、本当に文字なのかどうか確認してしまいました。

案の定、確認してもしても不確かで納得出来ず、言いようのない恐ろしさが胸にせり上がってきましたが、原井先生とみんなが外で待っているし、私が確認行為を繰り返した事を知られたくなくて、「治療に来たんだから、確認しちゃいけない!」と思い直して、無理矢理振り切って、外に出ました。サラ金の店から出ても、ずっと心臓がバクバクして、呼吸が荒くなってハアハアし過ぎて頭がクラクラし、こんなクラクラで余裕が無い状態じゃ、もしかしたらうっかり、何か知らぬ間に大きなミスを犯してしまうかも?と思えて来て、ますます怖くなり、そうするととても緊張が増して、ますますバクバク、ハアハア、クラクラなり、頭も身体もどうにかなっちゃいそうな、気が狂いそうな感覚になって来て、とても尋常な気持ちでいられなくなったのですが、「じゃあ、もう一軒、行きましょう」と原井先生は何食わぬ顔で言い、私をまた別のサラ金のATMに連れていって、結局私は、3軒ほど立て続けに、サラ金の店めぐりをさせられました。

サラ金めぐりでいっぱいいっぱいな気持ちでいた私でしたが、私は症状の一つに「火のついたタバコを無意識に持っていて、それを引き出しの中や洋服の間やとにかくどこかにうっかり入れたり置いたりしてしまい、火事を出してしまうのでは無いか?」というのがあり、本当に手にタバコを持っていないか何度も手を見つめて確認してみたり、引き出しや何かのすき間などを何十回も何百回も確認し続けてしまうというのがあったので、タバコの吸い殻を、名古屋の街のあちこちに置いて、確認なしで戻ってくる、というのもやらされました。

地面などの燃えない素材の上に置くのはわりと何とかやれましたが、停めてある自転車のサドルとか、パチンコ屋の店先に飾ってある花輪の花びらの上に置いて来る時はもし火が消えて無くて、私が去った後に火事になったらどうやって責任を取ればいいんだろう?と怖く、本当はそのままその場に置いて立ち去らねばならないのに、ビクビクしながら置いて、そしてすぐに拾って持って帰って来てしまいました。

「持って来たらダメだよ」と先生に言われましたが、何だかいろんな事を立て続けにやり過ぎて気持ちもアップアップで、もうこれ以上不安を抱えると自分が潰れてしまうと思い、言うことを聞かずに持って帰って来てしまいました。あとあとになって考えると、私はやはり先生が言われた通り、怖くても持ち帰るべきでは無かったと思いますが、この時はどうしても怖くてダメでした。

原井先生は次に、私たちを名古屋駅近くの、とある大型ショップに連れて行きました。 私は「うわぁ、嫌だなぁ…」と、本当に嫌に思いました。何故かと言うと、先程も書きましたが、私はありとあらゆる物で「これは本当は私のキャッシュカードでは?」という強迫観念が自動的に沸いてしまい、地元の小さなスーパーに行くのも怖くて出来なくなってしまっており、こんな都会の雑多とした、色とりどりの沢山の商品が、所狭しと置いてある大型ショップなどは、もうその時の私にとっては格好の強迫観念のえじきになる場所で、案の定、入り口付近にあった携帯電話売場では、「どうしよう!これ、もしかしたら私の携帯を無意識に置いたものなんじゃないか?」 と、カバンの中に携帯をちゃんと持っているにも関わらず思ってしまったり、ゲームソフトか何かの四角いパッケージを見ると、「四角い」という事だけで、「これ、私のキャッシュカードだったらどうしよう?」など、とにかく目にするもの目にするもの、次々と強迫観念が浮かんで恐ろしく、だけど確認したくても先生も一緒だから確認するわけにも行かず、そもそも確認ゼロでその場を立ち去る事を治療の一つとして言い渡されていたので、もうガチガチに緊張しながら、なるべく何も目に触れないよう、うっかり意識してしまわないよう、ビクビクしながら、みんなと一緒に原井先生の後について行きました。
他の患者の症状に対する直面治療をいくつかやった後、「じゃあ、刃を出したカッターを持って、おもちゃ売場をうろついて下さい」と、私は原井先生に言われました。

先日書いた闘病記にあるように、自分の記憶という物について不確かで怖くなっていた私は、「自分では覚えていないだけで、知らぬ間に、無意識に、人を殺していたらどうしよう?」という強迫観念があり、それで外出も出来なくなってしまったのですが、原井先生はそれに対する治療として、カッターの刃を出した状態で持参し、無抵抗な子供が多い、店のおもちゃ売場をうろつくように言ったのでした。さすがに刃をむき出しで歩けば、店員が飛んで来て通報されてしまうので、刃の出たカッターをポケットに入れてうろつくように言われました。

素手で歩いても怖くて外出すら出来なくなっていたのにわざわざカッターの刃を出した状態で、しかももし私が無意識に襲ってしまった場合、 私よりも力が弱くて、うっかりするとすぐに死んでしまうかも知れない子供が沢山いる所をうろつくなんて、もし何か本当に起こったら、先生はどうやって責任を取るんだろう?私はその場合、頭がイカれているとして無罪になるんだろうか?でも強迫観念が浮かんで、バカらしい事が怖くなってしまうとは言え、正常な判断は出来るし、私は判断能力があると言う事で実刑になるんだろうか?など色々考えてしまい、まったくもって、やりたくも無かったのですが、どんなに拒んでも、先生はやるまで待ち続けるから逃れられないと思い、カッターをポケットに入れて、気が遠くなりそうになりながら、おもちゃ売場をうろつきました。

気が遠くなりそうにはなったけど、怖くてたまらなくてぶっ倒れそうにはならなかったので、何とかクリアし、原井先生のもとに戻り「やって来ました」と言いました。「そう、出来たねぇ。じゃ、次に行こう」、原井先生がずんずん歩き出したので、その後をついて行きました。

その後、私がいろんな症状の中で、もっとも怖れる事に対する直面が待っていました。 それは、他の普通の人にして見れば、何がそんなに怖いのか全くわからない、と言った事かも知れませんが、人殺しも放火も火の元の不始末も戸締まりも書類のミスもその他全ての事、例えば電話やメールや、時にはごはんを食べながら、「私は今、口をモグモグさせているけど、これは本当に私は物を食べているんだろうか?」など、自分が本当にそれをちゃんとやったのか、やっているのかという事もとても不確かで怖いし、その時々で、そこで生じる強迫観念が、その場では一番怖いと思うので、いろんな観念のうち、どれが一番怖くてどれがそうでもないか、などの順番を付ける事は出来ないのですが、たぶん今現在も根強く症状が残っているので、私にとって、数ある怖い事のうち、これがきっと今の自分にとって、一番怖い事なのかもな?と思う事に挑戦させられる事になるのです。

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