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こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

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「ちょっとっ!」
突然声を掛けられたので、驚いて顔を上げました。
「こんな所にいたの?集合時間、1時間も過ぎてるんだよっ!」
そこには、病院の先生の1人、たぶん私よりも年が若いM先生が立っていました。

「店内中探し回ったんだよ!店内放送で呼び出してもらったの、気づかなかった?」
M先生は怒っていました。
「さあ、帰ろ!」
M先生は私の手を引っ張って、歩き出そうとしました。

「待って下さい!どうしても不安で…あと1回だけ確認させて下さい!」
私は足を踏ん張って、M先生に抵抗しました。
「見れば見るほど不確かになるのはわかってるでしょう?あと1回が、結局何十回になっちゃうんだよ!」
「本当に、あと1回で絶対止めますから!」
「あなたは他の患者さんを待たせてしまってるんだよ!あなたのせいで、みんな帰れないんだよ!」
「お願いします!あと1回で、本当に止めますから!」
「何のためにこの治療を受けたの?治したいからでしょう?確認儀式をやってはダメでしょう?」
「すみませんっ、すみませんっ、あと1回!それで絶対に帰りますから!」
「はい、帰ろ!『カードはもう置きっぱなしにしてしまった!』『忘れて来てしまった!』。あきらめて下さい!」
M先生は再び私の手を引っ張って、ぐいぐい歩き出そうとしました。
「ほんとにあと1回!あと1回で振り切るだけでも、私、とっても勇気のいる事なんです!頑張ってるんです!」
私は情けない事に、またまた泣き出して、M先生に懇願しました。
「あと1回だけ、あと1回だけで終わりますから、いいですか?」
「………、あなたが自分で決めて下さい。好きにしなさい。私は帰ります」
M先生は、そう言うと、ずんずん歩いてエスカレーターに乗って、行ってしまいました。 
ううう…

私はまた、確認作業に戻りました。
銀行のカード、郵便局のカード、保険証、免許証、診察券…
1,2,3,4,5…ちゃんと5枚持っている、1,2,3,4,5…ちゃんと5枚持っている…
やっぱり頭にちゃんと入ってくれなくて、不確かなままでした。
でも、早く帰らないと、病院が閉まる時間になってしまう…
他のみんなを待たせてしまっている…
もうこれ以上は粘れない…
5枚あった、ちゃんとあった、5枚あった、ちゃんとあった…
頭の中で何度も何度も思い出し確認を繰り返しながら、私は歩き出し、下りのエスカレーターに乗りました。
何度も頭で確認中の事を繰り返し思い出し確認しながら、心臓をバクバクさせて店の入り口に行きました。

するとM先生が、そこに立って待っていました。
「さあ、帰るよ」怒った声でそう言うと、M先生が病院に向けてどんどん歩き出したので、私も急いでその後について行きました。
外は雨になっていました。M先生は雨で濡れていました。私のせいで、M先生をこんな目に遭わせてしまった…
情けなくて情けなくて、涙がこぼれてきました。
「すみません…雨に濡れることになってしまって…」
「雨なんて、どうでもいいよ。それより待たせた事をみんなにちゃんと謝るんだよ」
「はい…」
「さ、よく頑張った、よく振り切って出て来た」
M先生は私の背中をパンパンッと叩くと、そう言いました。

病院に着き、みんなが集まっている部屋へ入ると、みんなは原井先生が見せるスライドを見ながら、今日の復習の講義を聞いていました。
「あ、帰って来た!」と原井先生が言いました。
「どこにいたの?」
「ほんとにごめんなさい…確認が止められなくて、ずっと店にいました…」
「うーん。やっちゃたー?」原井先生が困った顔で言いました。
「本当に、お待たせしてすみませんでした…」
「あなたは何もわかってないです。原井先生、放っておいて、続けて下さい」
キビキビッと岡嶋先生が言いました。
「うーん、そうだね。じゃ、空いてるイスに座って」
原井先生に促されて、私はイスに座りました。
それから少し、病気についてのレクチュアがあり、続いて、今日の行動療法をやってみてどうだったかを各患者が述べる事になりました。 

みんな、朝集合した時には、怯えて暗い顔をしていたのに、治療後の今は、何だか余裕のある顔つきをしているように見えました。

「やる前はとても怖かったんですけど、やってみたら案外平気でやれました」
「店の中を一人で歩き回ってみて、いろんな物に引っかかって強迫観念が沸いたけど、わざと不安になるようなやり方で試してみました」
「まだ怖いは怖いんですけど、今は半分くらいは平気な気持ちです」
「怖い事をいろいろやってるうちに、まぁ、いいや、って思いました」
みんな、とても前向きな意見ばかりだったので、私はとても焦りました。

みんな、あれほど怖がってて、あれほど嫌がってたのに、何で出来たの?
本当に今日一日で、そんなに平気になれたの?
何で私は、あんなに怖い思いをしたのに治ってないの?
みんながつかんで、私がつかめなかった物は何なの?
嬉しそうな顔で報告するみんなを見て、私はとても劣等感にさいなまれました。
どうしてどうして?
私にとって、この集中治療プログラムは無駄だったの?
覚悟を決めて、あんな怖い思いまでしたのに私だけ良くならないなんて…
とても重い気分になり、ぐったりしました。

それに、そうこうするうちにも、「実は店に置きっぱなしになってるかも知れない!」と思ってしまっているカードの事が心配で、頭の中ではずっとずっと、グルグルグルグル、カードの事を心配し続けていました。
原井先生は、この行動療法を受けた患者用の掲示板を作っていて、そこでは治療後の経過報告や、日常生活での治療に対する疑問点を書いたり、患者同士が、まだ上手く出来ない患者にアドバイスや体験談を語ったりするようにしており、今回の治療を終えた私たちの事を掲示板に記録するために、それぞれハンドルネームを決めるよう、原井先生に言われました。

みんな自分の症状をもじったりして名前をつけており、私は先生から「店の名前にしたら?」と、私がなかなか立ち去れなくなった場所を提案されましたが、もうその店の事は、とても深い心の傷になっていて、トラウマになっており、思い出すだけでも怖かったので、自分が病気になる前までバンドでベースを弾いていた事を思い出して、「ベーシストにします」と言いました。

「ベーシストなんて、そんなカッコいいもんじゃなかった。泣いてばかりいて」岡嶋先生が言いました。
うっ!とショックでしたが、まったくその通りの事実だったので、何も言えませんでした。
「では、家に帰ったら、この3日間でやった事を、今度は自分の家でやるように。そして、一ヶ月後にまた集まって下さい。そこで経過を発表して下さい。それまでに何か心配事がある人は、僕の診察か、岡嶋先生のカウンセリングを受けて下さい。あと、不潔恐怖の人は、今日から3日間、「水抜き」をして下さい。3日間、手洗いも風呂も無しで過ごすようにして下さい。それから確認強迫の人は、確認の場合は、行動で確認しなくても、頭の中で繰り返し、思い出し確認しちゃうから、なかなか儀式妨害するのが難しいんだけど、確認をしないで生活するように努めて下さい。はい、じゃあ、これで終わります。おつかれさまでした」

原井先生が言い、最後にみんなで記念写真を撮って、解散となりました。さて、3日の集中行動療法プログラムは終わりました。終わってしまいました。何も肝心な事が出来なかったまま終わってしまいました。患者のみんなは名古屋以外のよそから来ている人ばかりだったので、名古屋駅まで何人か帰り道が一緒でした。
「私、全然儀式妨害出来なくて、最後の最後まで、何度も確認止められなかった…」
私が言うと、一緒に受けた患者さんが、「うん。私もやっぱり何度かやっちゃうし、強迫観念も相変わらず浮かんでいるよ」
「でも、前よりも平気になって来たんでしょう?」
「うん。怖いし不安だけど、前みたいに怖くて怖くてがんじがらめみたいな気持ちでは無くなったかな」
「どうしたら、そう思えたわけ?」
「やらなきゃ治らないんだと思って、勢いでヤケクソでやってみたら、案外平気で出来て…」
「ふうん。そっかー。私はまだ気合いが足りなかったのかなぁ?」
駅の改札付近でバイバイして、私は両親の待つホテルへ戻りました。
「どうだった?やって来た?」
母がいそいそと聞いてきました。
「うん…、やって来た…」
「怖い事、やったの?」
「うん…、すごく怖かった。怖くて結局、確認が止められずに、集合時間に1時間も遅れてまった…」
「何やったの?」
「いろいろやったけど、最後に何階もあるような広い店で、自分のキャッシュカードとか大事なカードを何枚もあちこちに置きっぱなしにして、その場を去る、ってのをやった…」
「えっ?じゃあ、何?キャッシュカード、その店に置きっぱなしのまま帰って来たの?」 
「まさか。しばらく時間が経ったら回収したけど、ほんとにちゃんと回収したのか怖くなって、何度もカードを確認してまった…」
すると父が言った。
「そんな事までやったのか。それはボクでもちょっとやりたくないな」
「お父さん、店にわざとカードを置きっぱなしに出来る?」
「うーん。やらなきゃならないんだったらやるけど、やっぱりイヤだな」
「もしそれで、自分のクレジットカードとかを他人に拾われちゃって、使われちゃったら、やっぱ、怖い?」
「怖いとかはないけど、やっぱり心配になるし、第一、困るよな」
「そうやろ?やっぱ、普通の人でも心配になるやろ?」
「でもまあ、最後にはあきらめるな。そして現実的な処理に動くな」
「うう…、私、その処理もしたかどうか不安になってまうで、やっぱ怖くて確認やめられんかった。
せっかくお金も貸してもらって、名古屋まで連れて来てもらったのに、私、ちゃんと出来んかった…」
「まあ、いいさ。とにかく怖い事をやってみようと思っただけ、前より進歩したさ。もう終わった事を嘆いてみても仕方がない。さあ、メシ食いに行くぞ!」
「そうや。あんたの悪いクセや。終わった事をいつまでもグジグジグジグジ。考えたって終わってまったもんはどうしようもないに。ああ、腹減った!お父さん、私、天ぷらがいい!」
さあ終わった、終わったと、あっけらかんと晩ご飯を食べに歩く両親の背中を見ながら、 私はとても自責の念にかられ、なのに、相変わらず「カードはちゃんと取り戻して来たか?」と言う事をドキドキしながら考え続けていました。

「さあさあ、大仕事をやって来たんだから、今は忘れてご飯食べなさい」
例え上手くやれなかっても、ずっと寝たきりで怖い怖いと怯えていた私が怖い事に挑戦した事が嬉しかったらしく、父も母もとても上機嫌で嬉しそうでした。
この人達の期待を裏切ってはいけない!と思って、怖い気持ちを必死で我慢して食べました。ホテルの部屋に戻り、私は母と同室だったので、母が好きなお笑い番組を一緒に見て、 風呂に入って寝る事にしました。母は終始上機嫌で、「今日はがんばったで、明日、高島屋で何か洋服買ってやろうか?」とまで言っていました。
それまで母は、私の事でイライライライラして過ごしており、いつも苦虫をかみつぶしたような顔をしていて、態度ではガミガミしたり、わめいたり、私をぶったりしていましたが、私の世話をする事で母はとても精神的に追いつめられていて、体重が5キロも減り、不眠症になって、医者から出された睡眠薬を飲まねば眠れなくなっていました。

母が嬉しそうな顔をするなんて、何年ぶりだろう?と思いました。
だから、今、まさに心の中でゾワゾワゾワゾワしている、吐きたいような恐怖感を、表に出してはいけない!と思いました。
だから部屋に戻っても、怖いとか苦しいとか訴えずに、ひたすら平静を装っていました。 
「ううん。いいよ、別に。欲しい服、ないもん」
「でも、あんた、もう何年も洋服買っとらんろ?見れば欲しい物、見つかるかも知れんよ」
「うん、別にいい。治療代で結構お金、使っとるし」
「ふぅーん、ま、そやな。今回の治療でお金使ったしな。じゃ、明日は早いで寝るよ!」 
表面上は静かな静かな時間が流れて、母が部屋の電気を消そうとした時、私の胸は、張り裂けそうになりました。
もう我慢の限界でした。

「ごめん、お母さん!電気はつけといて!先に寝て!」
「はあ?何で?」
「ごめん!いいから先に寝て!」
私はカバンの中からサイフを取り出すと、中に入れていたカードを確認し出してしまいました。
「あんたっ!何やっとるのっ!確認しちゃダメやろ!何のために治療受けて来たんや!」 
「いいからっ!お母さんは、寝てて!」
「あんたは一体、この3日間、何を学んで来たのっ!親にこんな所まで連れて来させてっ!貸せっ!」
母が私からサイフを奪い、そのはずみで中に入っていたカードが何枚か床に落ちました。
「ああっ!何で余計な事するのーっ!カード、床に落ちてしまったじゃんっ!またちゃんと拾ったか怖くなるじゃんーっ!」
私は母の手からサイフを奪え返し、床に落ちたカードを慌てて拾いました。
そして、無我夢中で、口でブツブツ唱えながら、カードがちゃんとあるか、何度も何度も確認を始めてしまいました。
「なんやーっ!治療受けても意味ないじゃんっ!止めろっ!」
再び母とサイフの奪い合いになり、いい加減にしろと母にビンタをされましたが、
私はガンとして譲らず、そのままずっとずっとずっとずっとブツブツ確認を繰り返しました。
「もう、あんたの事は知らん!勝手にしろっ!もうあんたの面倒は見んからなっ!」
怒った母は、布団をかぶって寝てしまいました。

私はその後もずっと確認が止められなくて、夜の11時に確認を始めたのに、夜中の3時過ぎまで、枕元のスタンドの明かりを頼りに、確認をし続けていました。

つづく

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