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こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

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相棒に助けられて

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集中行動療法プログラムを終え、自宅に戻った私は、結局何一つ、うまくやれるようにはなりませんでした。次々と浮かぶ強迫観念に怯え、それを打ち消し安心を得るために、確認行為を繰り返していました。また岡嶋先生から出されていた日常でやるべきエクスポージャー(怖くて出来ない物を避けずにやる事)も、なごやメンタルクリニックに通い出した頃は、何個か少ないけれど、避けずに何とか出来るようになった事もありましたが、それすらも再び怖くなって出来なくなってしまいました。

私は、せっかく治療を受けたにも関わらず、何もやれるようになっていない事に、とても焦っていました。私は岡嶋先生から、「今まで診て来た患者さんの中では重症だ」と言われていたので、 私はあまりにも重症過ぎて、行動療法は効かないのかな?とも思ったりもしていました。 

一緒に受けた患者さん達は、みなそれぞれ自分の症状の事でとても怖がり苦しんでいたけど、私のように目で見えるもの全て、日常生活で起こる全てが強迫の対象になっている人はいなかったので、みんなは私よりも症状が軽いから、平気で出来るようになったのかも、とも思ったりしました。

でも、どうして私は怖さに耐えきれずに、治療を上手くやれなかったのか?と考えました。避けずにやれ、確認はするなと言われても、それは私にとっては死ぬ事よりも怖い事に思えていたので、いきなりやった怖い事がその場で出来なくても、それは当たり前な事じゃないか、あの場で上手く出来なくても、どれくらいのレベルの事をやれば良いかは教わったわけだから、少しずつ自分のペースで日常生活で実践して行けばよいのではないか、とも思いました。 

だけど岡嶋先生に言われた「あなたはわかっていません」という言葉が心に引っ掛かっていました。
どういう事なんだろう?私は何がわかっていないんだろう?と思いました。
考えても考えても、それが何を意味して言った言葉なのか、まったくわかりませんでした。

強迫性障害の患者たち、そしてその家族で作る患者の会、「OCDの会」というのがあり、その会が患者の体験談、行動療法治療を受けた体験談、 どうやって治っていったか、また家族の体験談などをまとめた冊子を発行しており、原井先生と岡嶋先生は、その患者の会をサポートしており、時々、治療の研修会や講演会も行っているそうで、その関係からか、名古屋の病院でもその冊子が売られていました。

OCDとは、強迫性障害の英語名、Obsessive-Compulsive Disorderの略です。私はとにかくこの病気の治療情報が欲しくて、全冊買って持っていたのですが、改めて、行動療法をやって治っていった患者達の体験談を読み返してみました。どの症状の患者さんも、それなりの辛い治療を行っていました。怖くても実践して、自分で進んでやり続けるうちに、改善していったとありました。

中には私の症状ととても似た確認強迫の人の体験談もあり、その人も家族に確認を何度も強要して、家族にやってもらっていたという点でも私と同じであり、この人は果たして、どうやったら平気になっていったのか、を知りたく思いましたが、 原井先生に言われて家族が助けてはダメだとなり、自分でやらねばならなくなって、仕方なく?自分でやるようになったような事が書かれてありました。

やっぱりみんな、最後はあきらめの気持ちで、やるべき事に挑戦していった結果、治っていったんだな、と言う事はわかりました。
でも、私はあきらめの気持ちなんて持てない、それに怖い事をやる勇気も持てない、怖い物はやっぱり怖い、どうやったらみんな、あきらめの気持ちを持てたのか、また怖い事に挑戦する時に、どれほどの苦痛を感じたのか、どうやって耐えたのか、という事は、書いてはいなく、わかりませんでした。それこそが、私の一番知りたい事だったのに…

みんな、やってみたら案外出来たとか、怖かったけど怖い気持ちのまま挑戦を続けたとあるけど、それって、どういうレベルの怖さだったの?どういうレベルの我慢だったの?みんなは私ほどは症状が重くなかったんじゃないか?中には勇気があって、重症でも挑戦していった人もいるだろうけど、そうそうみんながこんな風に、出来るものなのだろうか?
それとも何かコツはあるのだろうか?
岡嶋先生は、私はわかっていないと言った。それって何かコツの事なんだろうか?気持ちの持ち方とか、そういう事なのだろうか? 毎日グルグル考え続けていました。

岡嶋先生は、患者にメールアドレスを公開しており、いつでも無料で相談を受け付けており、さらに私は携帯電話を使う事が怖くて出来なかったので、毎日岡嶋先生とメールのやりとりをする課題が出ており、私はたびたび岡嶋先生に、どうしたらいいか、怖くてもやっぱり行動療法をするしか無いのか、とても怖くて苦しい日々で確認が止められない事を訴え続けました。

岡嶋先生からは、
「怖い時は筋肉が硬直して緊張状態になり、身体がそういう状態になると余計に不安は増すものなのです。なので筋肉を緩める体操や、身体の力を抜く訓練をして下さい」
「怖い事に挑戦する前に、「怖い!」と緊張したら、身体の力を抜いて、筋肉を緩める体操をしながら挑戦して下さい」
というアドバイスがよく来ました。

確かに怖くて緊張している時は、私は知らず知らずのうちに肩にとても力が入っており、 また奥歯をギュッと噛みしめて、全身に力が入りまくっていました。私は岡嶋先生からカウンセリングの時に習った筋肉を緩める体操のいくつかをやり続けました。
でも、確かに少しは不安が薄れるような気もしたけど、恐怖感の方が強くて、やっぱり怖くて何も出来ないでいました。そして確認ばかり繰り返していました。

「岡嶋先生、どうしても怖くて出来ません」
私は先生に訴えのメールを送り続けました。
「怖くてもやるしかありません」
岡嶋先生の返事にはそう書かれていました。
怖くてもやるしかない…
それしか方法はない…
だからやらなくちゃ…
やるんだ、やるんだ、私!
何度も自分に言い聞かせて、出来なくなっていた事をやろうとしました。
でも、ゾワゾワとこみ上げる恐怖感はたとえようもなく大きく、頭では「やろう、やれ、がんばれ、やれ!」と言っているのに、身体が震えて来てしまって、息が出来なくなって来て、頭がカーッとのぼせあがって、苦しくて苦しくて、とても出来るようにはなりませんでした。

「とても怖くて、身体がこういう状態になってしまうのですが、それでもやるしか無いんですよね?」
私は焦りと自信のなさと、どうしたらよいのかわからない気持ちになって、岡嶋先生にまたメールを出しました。
「それについては、すでにあなたに教えています」
そんなような意味のメールが返事で来たのを最後に、私が出来ない事、怖い事、それに対してどうすればいいのか質問したメールには、いっさい岡嶋先生から返事が来なくなりました。
どうして?私は、あまりにも出来ない出来ないと情けない事をしつこく訴えたから、岡嶋先生はあきれて私を見放したのだろうか?私には何を言っても無駄だと思ったのだろうか?私は何だかとてもショックを受けて、どうしよう?どうしよう?とウロたえ続けました。 

そこで直接的にズバリと尋ねるのではなく、なんとなく、ただ参考意見程度にアドバイスをよかったら聞かせて欲しい、みたいにして、文章の表現を変えてメールを出してみました。でも、そんな小細工は、岡嶋先生はお見通しでした。表現をいくら変えてみても、結局は私が同じ事をしつこく質問し続けているだけなのに先生は気づいておられたようで、とにかくそういう類のメールには、いっさい返事が来ませんでした。

でも、その時の私は、どうしてこんなに本気で悩んでいるのに、アドバイスをくれなくなっちゃったんだろう?私の何かが気にくわなかったのだろうか?何かで先生を怒らせてしまったのだろうか?と、答えの出ない問いをグルグル考え、落ち込んでいるだけでした。

そんな風に、煮え切らなく、やるせない日々の中で、いったんは辞めていたのに、また再び、私は母に、私の代わりに確認をしてくれるようお願いするようになってしまいました。母は先生から言われて、絶対手伝ってはいけない、手伝ったら余計に悪化していくという事を知ったので、なかなか手伝ってくれませんでした。

「お願い!今日のこれだけで頼むのは終わりにするから!これだけ確認して!」
私が懇願すると、
「うるさいっ!私は原井先生から石のように口を閉ざせって言われとるんやっ!私はやらんよっ!」
と、母はとりつくしまもありません。
やってもらえないとなると、ますますやってもらわねば気が済まなくなって来て、「頼むから!本当に1回だけ!今日だけ!明日からは自分で我慢するから!」
また泣きながら、母の手をつかんで、懇願するようになってしまいました。

その度に、母は私をビンタし、「しつこいっ!うっとうしいっ!私から離れろっ!」とわめき散らしました。でも、どうされても私が引き下がらないので、
「ああーっ!ほんっとにうっとうしい!そんなにしつこくくっつかれたら、ご飯の準備が出来んわーっ!」
母も、しつこい私から早く解放されたくて、怒り狂いながらも、結局、私の確認を手伝っていました。
また、私が実家に戻ってから、彼氏である相棒は遠くから月に1回、うちに来てくれていましたが、私は相棒に対しても確認を強要し、相棒には親に対してよりも、いつも赤裸々に自分の感情を吐き出していたので、
「ねえ、これ、大丈夫?確かに大丈夫?」
「うん」
「えっ?もう一回ちゃんと言って!」
「だから、大丈夫!」
「ほんとに絶対に大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
「ちゃんと聞いた気がしないっ!もう一回言って!」
「だから!本当に大丈夫だからっ!」
「怒り口調で言わないでよっ!わからなくなってくる!」
「お前がしつこいからだろっ!ちょっとは我慢しろよ!怖いのを我慢しないと、いつまでも怖いままだぞー!」
「あんたには、この怖さがわからんのやっ!」
「苦しいのはわかるけど、お前、我慢しなさ過ぎだぞ!そうやって避けてたら、いつまでも怖いままだって言ってるだろっ!」
「私の我慢が足りないんじゃないもんっ!散々我慢してるもんっ!毎日朝から晩まで恐怖でいっぱいなの、我慢してるもん!」
「お前、病気なのはわかるけど、病気って事と、怖いのを我慢出来ないってのは違うぞ!」
「同じだもん!こんな病気になっちゃって、勝手に恐怖がどんどんわき上がるから、こうなっちゃってるんじゃん!」
「違うよ。怖いのが沸くのは病気だからかわいそうだって思うけど、お前、自分がこらえ性が無いことを、病気のせいにして言い訳してるだけだぞ!」
「ひどいっ!」
「だって、そうでしょ!よく考えて見なよ。病気に限らず、何かその人にとって大変な事が起きた時に、それをどうしよう、どうしよう、怖い、怖いって怯えてばかりいるか、それとも怖くても自分で耐えて乗り越えていくかは、その人次第だろ!怖いのはわかるけど、そうやって人に頼って自分でこらえようとしないのは、病気のせいじゃなくて、お前自身に弱いところがあるからだよ。それを治さないと、何もこれから解決出来なくなるよ!」
「そんな事言われたって…ひどいよ…本当にめちゃめちゃ怖くて辛いのに…あんたはこの病気になった事がないから、そんな一般論みたいな理屈を言えるんだよ。私の身にもなってみなよ」
「とにかく、今、試しに一回我慢してみな。オレ、お前が頑張るなら、本当に応援するから」
「じゃあ、明日からがんばるから、今のこれが最後って事で、頼むから大丈夫かどうか確認して!」
「それじゃ、いつまで経ってもキリがないよ。今、我慢しなくちゃ、明日もきっと出来ないよ」
「………」
「なっ。とにかく今、我慢してみなよ。みんなそれぞれ、お前よりも大変な事を抱えても耐えて生活してる人もいるんだから」
「そんな、よその人の事なんか知らないよー!やっぱ怖いよー!」
「なっ、怖いんだろ?怖くてたまらないんだろ?それを耐えて一回乗り切れれば、次もまた耐えられるようになるから、なっ!」
相棒の言うことは、今にして思えばいちいちもっともで、まったくその通り、

ともすると原井先生や岡嶋先生が行動療法を通して教えてくれた事と全く一緒の事を相棒は偶然にも言っていたのですが、私はとにかく、自分は耐え難い恐怖にとらわれた、とてつもない病気に冒された、とても不幸な、なのに誰からもこの怖くて辛い気持ちを理解してもらえない、誰も本当に私を救える人はいない、そんな風に、どこか自分を被害者意識丸出しな感じで特別視してしまっており、確かに、この病気になった事は、私が今までの人生で味わったどんな辛かった事よりも一番最悪に辛い出来事ではあるけれど、そんな「病気だ」という事をタテにして自分の欲求ばかりを他人に押しつけてしまっており、しかも、そうして自分の弱さや甘えを「病気だ」という事で言い訳してるだけな事を、その時の私は全く自覚しておらず、何度もねばり強く私を励ます相棒の事も、
「応援するなんて言葉を言ってるくらいだったら、今、この確認をしてよ!ホントに怖いんだからっ!」と、どこかで思ってしまっていたフシがありました。

私は泣いて泣いて泣きまくり、相棒が私の気持ちをわかってくれないと泣き、相棒も根負けしたのか、かわいそうに思ったのかはわからないけど、
「じゃあ、これ一回だけだぞ!一回見たら、あとは見ないからな!」と、結局、私の代わりに確認を手伝って、「よし、見たよ。ちゃんと見て、大丈夫だったから」と言うハメになるのですが、そんな事を何回か繰り返すうち、私の確認儀式のやり方は、どんどん複雑にしないと不確かでたまらなくなって行き、
「○時○分、○○という事に対して、○○は確かに○○な状態になっていました。間違いありません。保証します」
と、事細かく、私の気の済むようなセリフと段取りで言ってもらわないと、何度「大丈夫」「うん、大丈夫」という言葉で言われても、ちゃんと頭に入っていかないような気になってしまい、相棒は何度も私を「それじゃ、よくならないよ」と説得しつつも、あまりにも私が、本当に気が狂ったように泣いてわめいて絶叫するので、最終的には相棒が折れて、私に命じられるまま、私が指示したセリフ通りに、確認したものが確かに大丈夫だと言う事を、何度も何度も言わされていました。

相棒は、その度に、とても怒っていましたが、そんな状態の私の事を、なんだかんだで見放さず、私にイヤな目に遭わされて、せっかく遠方から訪ねたにも関わらず、確認の手伝いと、私のしつこい訴えを聞くだけになってしまって、何一つ楽しい事は無いのに、今でも変わらず、私の実家に毎月来てくれる事を、本当に感謝しています。

でも、その時の私はすでに身勝手さと他力本願と責任転嫁に拍車が掛かってしまっていて、その事に自分で気づく事が出来ず、そんな状態になっているという自覚も全く無く、相棒が来てくれるのは当たり前なような、そして私の代わりに確認して大丈夫だと保証してくれるのが当たり前のような、
「それは違うぞ!お前の治さなければならないのは病気よりも、まずはお前の態度だぞ!」と言われる度に、
「私を理解してくれない、ひどい!」と相棒に恨み言を言うのが当たり前のような、そんな状態になってしまっていて、本当は相棒は、私の事を考えてくれているんだという事に気づかないまま、ひたすら、ひどいひどい、わかってくれない、と相棒に訴え、泣き続けていたのでした。 
つづく

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