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こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

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岡嶋先生から、2週間ずっと寝たきりになりなさいと言われた私は、上司に事情を話して、再び会社を休職する事になりました。そして2週間、トイレ、食事、風呂の時間以外は、ずっとずっと布団の中で過ごしました。何もやる必要のない生活は、最初は安心で安全だと思いました。私は怖い洗濯物たたみをする必要も無いし、怖い会社のトイレに入らなくてもいいし、 止まらない確認行為と仕事の締め切りの狭間で焦らなくてもいいし、ご飯は黙っていても自動的に出てくるし、掃除も洗濯も何もしなくて良いし、とにかく、日常生活のありとあらゆる事で強迫観念が沸いて苦しんでいた私は、それらに触れる事なく過ごせる寝たきり生活に、安堵を覚えたりしていました。

しかも先生からのお墨付きで、何もやらなくてもいいわけですから、何の罪悪感も情けない感も無く、最初の二日ほどはグーグー寝て過ごしました。しかしそのうちに、ふと、新たな強迫観念が沸くようになったのです。寝ながら天井をふと見た時に、換気扇カバーの網が目に入った途端、何だかゾクリと胸に恐怖を覚えました。この感覚は何だろう?どうして換気扇カバーを見て怖くなったのだろう?と、一瞬頭によぎった途端に、「あれは換気扇カバーではなく、何か発火するものだったらどうしよう?」と、何故か突然思ってしまったのです。

そんなハズはない、あれはずっと前からあそこにあったじゃないか、しかも天井なんて手の届かない所に、私が何か燃えてる物を置けるハズもない…自分を納得させようと、自分に理屈を言い聞かせるのですが、意に反して、恐怖感はゾクゾクゾクゾクと胸の中にせり上がって来るのです。
「怖い!」
やみくもに沸いてくる恐怖の感覚に耐えかねて、私は換気扇カバーに対して確認行為を試みます。あれは換気扇カバー、換気扇カバー、換気扇カバー、換気扇カバー…頭にしっかり刻み込まれるように、何度も何度も心の中で唱えます。
「ヨコ」
すると今度は、カバーの網目が怖くなって来ました。本当にあれは換気扇カバー?換気扇カバーに網目があれば、それは確かに換気扇カバーなのだ!そう思うと、網目がある、網目がある、網目がある、網目がある…
と、延々と網目の存在を確認しだしてしまいました。そのうちに、パッと見た目で網目と捉えていた物が、何だかよくわからなくなって行き、 網という物はこういう物だったっけ?などと不確かな気持ちが沸いてしまい、網目のタテとヨコの線を、一本一本なぞりながら、タテ、タテ、タテ、タテ、タテ、タテ、タテ、タテ………よし、タテの線がある、ヨコ、ヨコ、ヨコ、ヨコ、ヨコ、ヨコ、ヨコ、ヨコ………よし、ヨコの線もちゃんとある、だから網…と、延々と何百回も確認しなければ、不確かでわからなくて、自分の不安を鎮める事が出来なくなってしまいました。

そうやって、一つの事で引っ掛かってしまうと、目に見える全ての物が、不確かで恐怖の対象になって行きました。カーテンの模様は本当に模様という物なのか?頭の下にある枕は本当に枕という物なのか?タンスの上の置物は本当は置物では無いのではないか?自分の認知力や記憶力という物に対して、すっかり自信を失っていた私は、自分が知覚した事に対して、何もかもが疑問に思え、よくわからなくなって行きました。 その不確か感から来る漠然とした不安感に対して、漠然で理由がない不安という事がこれまた不安で、この不安の正体は一体何なのだろう?と、意識的には自覚は無かったのですが、無意識の部分で答えを出したがっていたのであろう、私はその訳もなく溢れてくる恐怖感の正体に、「あれは実は、自分が認識しているような物では無く、本当は発火する何かでは無いか?」という、突拍子もない理由を、本気で付けてしまい、それから目に見えるありとあらゆる物が、実は自然発火するか、現在燃えている物なのでは無いか、と思ってしまうようになり、燃えていないかどうか、本当にそれは自分が知覚した通りの物なのかと言う事を、果てしない回数、確認しなくてはならなくなってしまいました。そのうちに、目に見えない物、例えばタンスの中に入れてある洋服とか、引き出しにしまってある文房具とか、本棚に挟んだ書類とか、そういった物が、私の知らない所で燃えてしまうのでは無いか?と思うようになり、それらに対しても、布団から抜け出して、何度も確認せざるを得なくなって行きました。 

そうこうするうちに、トイレなどに行って再び布団に入った時、実は私、気づかなかっただけで、何か燃えている物を布団の中に持って入ってしまったんじゃないか?とまで思うようになり、布団という物が怖くなってしまい、何度も掛け布団をはぐっては、何も無いかを確認し続け、浮かぶ強迫観念もとても恐ろしいのに加え、何度見ても見た気がしなくてヘトヘトになるまで確認し続けなければならなくなるので、 確認行為自体も怖く思え、もうどうしたら良いのかわからなくなり、何も見ないよう見ないよう、極力目をつむり、でも見なくても沸き上がってしまう強迫観念に襲われ続けて、朝起きた瞬間から夜眠ってしまうまで、一日中激しい動悸にさいなまれ、身体はガチガチの緊張状態になり、意識がある間は絶えず、大きな恐怖感に襲われて、恐怖で一日中、胸がゾワゾワ、ギューッと締め付けられて、そのうち頭がギンギンにさえ渡り、一睡も出来ない日が続くようになってしまいました。 

寝たきりにも関わらず、心身共にヘトヘトに疲れており、なす術もなく、怖くて怖くていられなくて、ずっと布団の中で泣いていました。そうこうするうちにも、強迫観念は、確認しろ、確認しろと頭の中で鳴り響き、布団から抜け出しては、泣きながら延々と確認行為を続ける…そんな2週間を過ごしました。

寝たきりになる事で、何か良い改善策になるのだろうか?と思ってやってみた結果、余計に苦しくて、にっちもさっちも行かない気持ちになり、岡嶋先生は何で、こんな課題を出したのだろう?と思いました。
さらに具合が悪くなってしまった私は、親の前でも執拗に確認行為を繰り返していました。例えばご飯を食べて、何気なく茶碗を机に置いた瞬間、「はっ!もしかして、茶碗の下に燃えてるタバコを置いてしまっていたらどうしよう? 誰も気づかずに、そのままタバコが原因で、火事になったらどうしよう?私の責任で、家族全員が家を失うか、最悪は焼け死んだらどうしよう?」と思ってしまい、何度も茶碗を持ち上げては、確認を繰り返してしまったりしました。 

確認をすればするほど、症状が悪化する事を先生から言われて知った両親は、激しく私を叱責しました。「いい加減にしないかっ!」「確認したらダメだろう!お前は何を名古屋で習って来たんだ!今すぐ茶碗を置け!」 怒鳴る父に、
「ごめん!茶碗の下が燃えたらどうしようと思って…」と私は茶碗の下の机から目を離さず、何度も確認をし続け、「辞めろ!お前は手から火が出せるのかっ!お前はイリュージョニストかっ!」と母に茶碗を取り上げられて、ビンタをされたりしていました。何度注意されても全く確認行為を止めない私に、そして再びしつこく私の代わりに確認をしてくれと母に追いすがる私に、父はとうとうブチ切れてしまい、私の胸ぐらをつかんで、グーで私のほっぺたを殴り付けると、「もうお前はダメだ!何をやっても無駄だ!先生からやるなと言われている事も守れない!何のための行動療法だったんだ!お前は何も気づいてないっ!
自分の弱さに負けて治る努力もしないっ!お前には何をやっても無駄だっ!お前は本気で治す気が無いっ!もう名古屋に行くのは辞めろ!無駄だっ!明日の集中治療プログラムは断れっ!いいなっ!今すぐ岡嶋先生にメールして断れっ!私にはやれませんと断れっ!」と、怒鳴りました。

私は泣いて、そんな事は言わないで!と言いました。「ダメだっ!名古屋には絶対連れて行かないからなっ!そんな態度で何回治療を受けても無駄だっ!やるなと言われた事をやって、勝手に苦しめばいいだろうっ!お前がここまで弱いヤツだとは思わなかった。情けないっ!今すぐ岡嶋先生に断れっ!」

私は、再び集中治療プログラムをやるのは死ぬ程怖くてイヤでしたが、でも、いざそれが出来ないとなると、もう病気が治る可能性がゼロになると思い、是が非でも治療を受けなければならない気分になりました。このまま名古屋の通院を辞めてしまったら、もう頼る所も無く、なす術もなく、私のこれからの人生の事を思うと、暗澹たる暗闇しか見えませんでした。怖いけど、それがかすかな光になるなら、それを辞めてしまったら、もう私はどうしたら良いのかわからないと思いました。
「ごめんなさい、そんな事は言わないで下さい、明日の集中治療を受けさせて下さい、 名古屋に連れて行って下さい、お願いします、お願いします!」
「ダメだっ!絶対に許さんっ!早く岡嶋先生にメールしろっ!」
「お願いします、今度こそちゃんと頑張ります、連れて行って下さい、お願いします」 私は完全に怒り狂ってしまった父に、泣きながら土下座して、何度も何度も頭を下げ、頼み続けました。
つづく
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