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こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

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 私は2度目に受ける事にした集団治療プログラムを、とにかく積極的にこなすように努力しました。また前回の時の大型ショップにも行って、カードのバラまき置き去り体験もやりました。ただ一つ、何とも情けない、今にして思えば、とても言い訳じみた事をしてしまったのですが、私が集団治療に出向く際に、自分で持つのが怖くなってしまって母に預けたカード類、 「持って行かなきゃならないから出して」と母に頼んだら、「キャッシュカードや免許証は、万が一、本当に無くなったらダメやで、持って行くな!これ持って行け!」と、お店のポイントカードや、美容院のメンバーカードのようなモノだけを渡されました。本当ならば「それじゃダメ!ちゃんとキャッシュカードをちょうだい!」と言わなければならなかったのでしょうが、その時の私は、キャッシュカードでは無い、無くしたってどうって事のないお店のカードを見ても、「これは本当はキャッシュカードなんじゃないか?」と思ってしまい、お店のカードなども強度な確認行為の対象となっていたので、「そうやな。こういうカードも無くすのが怖くて確認してしまうで、これ持って行けばいいよな」と言って、本当に現実的に大切な貴重なカードは持って行かなかったのです。

 原井先生に「今日もまたあの店で、カードの行動療法、やってみようね。ちゃんと持って来たよね?」と言われて、「キャッシュカードとかは本当に無くすと大変だから持って行くなと母に言われて持って来ませんでした」と言って、何枚かのお店のポイントカードを見せました。

 「あああ…」原井先生は、アチャーと腰がくだけたようなポーズになり、病院の受付台に突っ伏しました。「なんだー、持って来なかったのー?あなたのお母さん、あなたのためを思ってるんだか思っていないんだか…」とため息をつかれました。
 「うーん!しょうがない!」原井先生は伏せていた顔を上げると、自分のクレジットカードを取り出しました。そして、私の店のポイントカード類を貸してと言いました。それらを名前が書いてある方を表にしてコピーを取り、カード型に切り取ると、「これをあちこちにバラ巻いて!」と言われました。そんなわけで、それは本物のカードでは無く、カードのコピーではあったのですが、「カードの形をした四角いモノは、例えそれがカードじゃなくても、自分のキャッシュカードなんじゃないか?」と思ってしまって怖い私にとっては、それをバラ巻いて置き去りにするという行為は、やっぱりとても恐怖な事でした。

 「コピーを置いたと自分では思っているけど、本当は本物のキャッシュカードを家から持って来ていて、自分でも気づかない間に本物を置き去りにしてしまっているのでは無いか?拾われたらどうしよう?」
 何度も何度も強迫観念が浮かび、その度に、ガクガク手足が震え、怖くて怖くてたまりませんでした。
 「やりたくないっ!怖い!すごく怖い!どうしよう!」と何度も思いました。ちょっとだけ泣きそうになりました。
 でも、泣いてみてもどうにもならない、もうやるしか無いんだから、と、何だか前回よりは腹がくくれていたので、
 「よし。この怖さは治るための怖さだ。治るために味わわねばならない怖さだ。必要な怖さなんだ。良薬、口に苦し、だ!」と思って、どんどんやり続けました。

 コピーとは言え、店に置きっぱなしにするわけにも行かないし、まして自分の名前や電話番号なども書かれていたカードのコピーもあったので、置き去りにした後は、回収しました。でも1枚だけ、どこに置いたか忘れてしまって見つかりませんでした。ちょうどその前後に、病院のM先生に出くわし、M先生と一緒に回って探したのですが見つからず、「まあ、いっかー」と思わず私がつぶやいた言葉を聞いたM先生が、「あっ!今、まあいいかって言いましたね!言えましたね!」と笑顔で言いました。

 そういや、私、そう言ったなぁ、何だか面倒くさくなっちゃって、探すの無理!って思ったなぁ、と唐突に起きた心の変化に少し驚いたりしました。でも、しつこい私は、やっぱり探し続け、無事に発見して回収したのですが、ほんの少しでも「まあ、いっかー」と思えたのは収穫だと思いました。そんな感じで、とてもガクガク震えながら、恐怖におののきながら、吐きそうな気持ちでやったのですが、やり終えた後も怖くて怖くて不確かで、「ほんとは本物のカードを置き去りにしてるのでは?」と何度も思い、その度に、言いようのない恐怖に襲われて、息がハアハア荒くなって過呼吸っぽくなったりしましたが、「とにかく、恐怖は去らないけど、やる事はやった!」と、ちょっとだけ達成感が生まれました。

 自分の意志で、自分の力で、自分の決心で物事をやったのは、本当に何年ぶりかだったので、それまで死にたい、死にたいと思っていたけれど、何だか自分の力で生きている、という、生きる事に対しての充実感が生まれました。そうは言っても、あれだけ怖くて悩んでいた事だから、そうそう簡単には慣れてはくれませんでした。名古屋の街中での行動療法が終わった後、原井先生から、病院の入っているビルの喫煙所に、自分のカバンの中身やサイフの中身をブチまけて、それをいちいち確認せずにカバンにしまい、振り返らずに病院に戻って来るように、と、課題を出されました。忘れ物や落とし物が怖い私にとっては、それは清水の舞台から飛び降りる程の恐怖でしたが、もうやるしかないし、ほんとに治りたいと思っていたので、みんなが先にエレベーターで病院に戻った時、私はビルの喫煙所に行って、カバンやサイフの中身をブチまけました。ゾーッとしました。そして、確認せず、いちいち「これは何、あれは何」と確認せず、手に取ったら自動的にカバンの中に放り込みました。

 「どうしよう!入れたと思っているのは勘違いで、本当は携帯電話が落ちてるんじゃないか?」と思ってしまいました。携帯電話が誰かに拾われて、勝手に使われたらすごく怖い!と思いました。どうしよう?それで私は、怖さに負けて、カバンを開けて、携帯電話が確かに入っているか、何度も何度も確認をしてしまいました。私の戻ってくるのが遅いので、患者さんの一人が原井先生に言われて、私を喫煙所まで迎えに来ました。私はそれでも踏ん切りが付かなくて、その後も何度か確認して、やっとの思いで病院に戻りました。
 「遅かったね。確認しちゃったでしょ?」原井先生は言いました。
 「はい。ちゃんと本当に全部カバンの中にしまったか不安で確認してしまいました」すると原井先生は、自分のサイフからクレジットカードを取り出し、「これを喫煙所に置いて来て。確認しないで戻って来てよ」と言いました。
 「ええっ!そんな自分のカードにも責任持てないのに、先生のカードが無くなったら、私、責任持てません!」私は言いましたが、
 「いいから、今すぐ置いて来て!」と原井先生は言いました。
 部屋を出ようとすると、背後から「絶対確認しちゃダメだよ」と原井先生の声がしました。

 原井先生に言われて、私は原井先生のクレジットカードを持ってビルの喫煙所に行きました。置き去りと言っても、どこに置けばいいんだろう?まさか床に放り投げるわけにも行きません。なので、そこにあった自販機の上に置きました。人のカードとは言え、私のせいでカードが取られて使われて、原井先生に莫大な損害を与えたらどうしよう?と思い、とても怖くなりました。でも、確認しないでねと念を押されたし、そもそも私は、この恐怖を味わうために、今回参加したのではないか、と思い、そのまま振り返らずに病院に戻りました。
 「置いてきた?」原井先生に言われて、
 「はい。確認なしで置いたまま出て来ました」と私は答えました。
 それから2時間くらい、今日行った行動療法の反省や復習、原井先生の講義がありました。私は極力それに集中しましたが、ひょっとした間に、「原井先生のクレジットカード、大丈夫かな?」と思ってしまって、その度にゾッとしました。
 言い様もなく不安が込み上げて、身体がワナワナして来て、今すぐにでも確認しに行かないと、頭がおかしくなってしまいそうに思いました。だけど、頭の中で繰り返し、大丈夫か考える事も、目には見えないけど強迫行為、確認行為なので、原井先生やみんなの発表に気持ちを集中させるように努めました。諸々が終わった2時間くらい後、
 「じゃ、カード、取って来て!」と原井先生が言われたので、ホッとした気持ちになり、急いで喫煙所まで降りていって、原井先生のクレジットカードを取り戻しました。取り戻した時に「これは本当に原井先生のカードだろうか?誰かがすげ替えてたらどうしよう?」と思い、とても怖くてたまらなくなり、何度も原井先生のカードかどうか確認したくてたまりませんでしたが、こんなクレジットカードみたいな大事なカードを、いくら患者とは言え、他人の私に貸してくれて、自分のカードを犠牲にしてまでも、私の治療をやってくれた原井先生に申し訳が立たない、と思い、確認せずに病院に戻りました。

 「先生、ありがとうございました」私が原井先生にカードを渡そうとすると、
 「あ、それ、今度診察がある時まで持ってて!」と言うので、とてもびっくりしました。
 「えっ?先生、だって、無かったら困るんじゃないですか?」
 「いいからあなたが持ってて。人のカードを無くしたらどう責任取ろうって不安に思うでしょ?だからこれ、持ってて」
 「でも…」
 「これをサイフに入れて、いろんな所で出したり入れたりしてやってみてね。ちなみにこのカード、限度額無いから。無制限に使えるカードだから」
 そんな…無制限なんて…もし私がこのカードを無くしたら、先生は無制限にお金を使われてしまうかも知れない…
 「そんな大切なカード、責任持てないです」
 「このカードよりも、あなたが将来どうなっていたいかの方が大切です」
 私は感動のあまり、絶句してしまいました。いくら仕事とは言え、こんなプライベートな大切な物を、ただの患者の一人に過ぎないアカの他人の私に貸してくれるなんて…原井先生は本気なんだなと思いました。本気でこの病気で苦しむ患者を、助けようとしているんだ…原井先生が治療熱心なのは、これまで接して来てわかっていたけど、まさかここまで情熱があって、真剣だとは思ってもみませんでした。医者としてどう、と言うより、人間の生きざまとしてスゴいと思い、感激し、カッコいい!と感動してしまいました。損得を度外視して私の治療のために、いわば全財産を賭けた先生の事を思うと、先生のとてつもない大きな善意に恥じぬよう、私は何が何でもやり遂げなくてはならない!本気で腹をくくらねばならない!私も真っ直ぐに情熱的に生きてみたい!そういう気持ちがあふれて来ました。負けない!自分に負けない!私は心に誓いました。

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