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こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

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周りの人の反応

 強迫性障害を患うと、いろんな事が不安なったり怖くなったりし、自分が恐れている物事を自分でやれなくなったりします。
 患者は不安から、周りの人達に不安を絶えず口にしたり、相談したりなどし、時にはその回数も尋常じゃなくなり、周りの人達の都合や気持ちを考えず、とにかく自分の気持ちを晴らしたいことばかりに囚われてしまい、しつこく誰かに自分の気持ちを聞いてもらおうとしてしまったりもします。そして、場合によっては、自分が恐れていることを、家族や友人など、周りの人に自分の代わりにやってくれるようお願いするようになったりします。または、自分の強迫行為を周りにもやってくれとお願いしたりもします。

 例えば、
 「自分の代わりに戸締まりを確認してくれ」
 「外出から帰ったら、石けんで家族もゴシゴシ手を洗ってくれ」
 「外に1人で行けないから、付いて来てくれ」などなど…

 周りの人達は、かわいそうだと思ったり、何とか患者を楽にさせてあげたいと思って手伝ったり、あるいは逆に、あまりにもしつこくお願いされるために、どうしようもなくなって、手伝ってしまったりします。でも、これが病気を悪化させる原因になるのです。手伝ってしまうと、患者はどんどん自分で出来なくなってしまい、どんどん周りを頼るようになります。そしてそのうち、周りの人はどんどんと患者の強迫行為や悩み相談の渦に巻き込まれて行き、周りの人達の生活ペースまでおかしくなり、家族崩壊にもつながりかねなくなったりもします。

 また強迫性障害と言うのは、患者自身が自分で自覚して、自分で不安を抱え、不安を断ち切る訓練をしない限り、克服出来ないのです。周りの人達が永遠に患者の身代わりに確認行為などの儀式行為をしてあげられるなら良いですが、ずっと四六時中、一生涯、患者のそばに付いていてあげる事は出来ませんし、患者自身も自分でいつまでも出来ない事で、どんどんと気持ちが鬱屈し、卑屈になったり自信が無くなったりして行き、生きている充実感や達成感を味わえなくなり、気持ちもウツウツとして行ってしまいます。

 私も確認行為をずっとずっと家族に代わりにやってもらっていました。また、不安な気持ちから逃れたくて、周りにいかに自分が苦しんでいるかをわかってもらいたくて、いつも、しつこくしつこく、周りの誰かしらにグチや相談や不安を訴えていました。しかし、それをやっていると、いつまで経っても症状を克服出来ないばかりか、どんどん悪化させることになると医師に言われました。

 医師は私の家族に、
 「娘さんには1人で何でもやるようにさせて、娘さんがどんなに頼んでも無視して下さい。絶対に強迫行為を手伝って代わりに確認してあげたりとか、また、娘さんが何度も不安を訴えたり、相談をして来たりしても、それもいっさい無視して下さい。親御さんは『石』になって下さい。石は何もしゃべりませんよね?娘さんが泣こうが叫ぼうが、気絶しようが、やけになって暴れようが、いっさい無視して放っておいて下さい。娘さんは自分の力で自分の不安や恐怖を抱えて耐えて、それに立ち向かうようにならなければ、いつまで経っても治りません。そして、誰かを頼っている限り、頼れる場所がある限り、娘さんは結局そこに逃げ込み、自分の力でやろうとしないままになってしまいます。とにかく、娘さんはこの世で1人ぼっち、1人きり、自分でやらなきゃどうにもならない、という状態にして下さい」というような事を言いました。

 私の家族は最初はとても躊躇していました。
 「だって、子供が目の前で苦しんでいるのに、助けてあげ、手伝ってあげるのが親心では?」とか「しかも娘は、言うことを聞いてあげないと、いつまでもしつこく頼んでくるし、こっちも、あー、もう、そんなにしつこくしてくるなら、こっちでやってあげるわ!と、ついなってしまう」とか言っていました。

 しかし私の主治医の先生は、
 「親御さんも我慢して、ついつい娘さんの言葉に耳を貸してしまうのをこらえて下さい。親御さんのそういう姿勢が、娘さんをダメにしてしまっている部分もあるんですよ。親御さんにとっても、これは治療に当たるわけです。娘さんが八つ当たりしようが、泣きわめこうが、死ぬとか言おうが、いっさい無視して放っておいて下さい」
 そして、結果として、うちの家族は私の言葉にいっさい耳を貸さないように努力していました。

 「ねえ、お母さん、聞いて。やっぱりアレがすごく気になって怖いんだよ。だから一回だけでいいから、私の代わりに大丈夫かどうか確認して?」
 「ねえ、怖くて怖くて死にそうなんだよ。本当に苦しくてたまらないよ。どうしてわかってくれないの?」みたいなことを、私は家族にしつこく言いまくっていましたが、家族は腹をくくり、ガンとして、私の言葉に耳を傾けなくしていました。

 なので私は最初は、「ひどい」とか思ったり、「先生はああ言ったけど、1人で出来るわけなんかない、1人で不安をこらえられるわけがない、こんなに怖いのに!」とか、ムカついたり、絶望したり、とにかくメソメソしていました。
 でも、親などの、私の不安やグチを聞いてくれる人が1人もいなくなり、また私が怖くて出来なかったことを身代わりにやってくれる人が1人もいなくなってしまったので、とうとう私も自分で何とかしなくては生活が回って行かなくなって来ました。

 なので、「もう自分でやるしか無いんだ。自分でやらなくては、いつまで経っても出来るようにはならないんだ」と観念して、少しずつですが、出来なくなって避けていたことを自分でやるようにしました。
 本当に恐ろしかったし、もういっそ、死んだ方がマシと何度も思いました。誰かにこの不安な気持ちを聞いて欲しい、自分の胸にしまっておけない!と何度も思いました。しかし、よくよく考えると、いろんな人に悩みを訴えても、誰かがいろんなアドバイスをくれても、結局は自分のことは自分で決めるしかなく、また、人に悩みを訴えてどんなに聞いてもらったとしても、スッキリとせず、また違う誰かに同じ悩みを訴えてみたりしている自分がいたりすることに気づきました。

 自分が納得の行くような答えなど、誰も持っていないんだな、って気づきました。それに、誰かが話を聞いてくれて、何かアドバイスをくれたとしても。それを素直に受け入れずに、自分の都合の良いような言葉を望んでいた自分にも気づいたりしました。結局、答えは自分の中にしか無いんだな、と気づいたんです。なので、誰かに悩みや不安やグチを聞いて欲しくても、私もいっさい他人に悩み相談をしないようにしてみました。不安でも、自分でこらえて、自分がその時にやれることにとにかく行動を移すようにしてみたんです。

 言葉で書くと、サラーッとやってるような風に見えてしまいますが、現実は、一筋縄では行かなかったです。地獄かと思うくらい苦しかったです。ダメな日もありました。でも、自分で乗り越えなくては、これからも一生このままだ、と思い、上手く行く日もあれば、全くダメな日もありましたが、もうとにかく、やるしかないと思い、頼れるようなもの=つまり退路をいっさい断って、自分でやるようにしました。 

 結果、病気がだんだん良くなりました「もう自分でやるしかない」という、イヤイヤでもそういう風になるには、とにかく本人に逃げ道があっては、なかなか決意出来ないものです。周りの家族や友人、恋人などは、放っておけなくて、ついつい手助けしてしまいますが、周りの人が「手助け」と思っていることが、実は本人をさらにダメにしてしまい、病気がどんどん悪化していくことに加担してしまうのです。

 患者本人が自分の力で不安を持ちこたえて打破することが出来ることを助けるには、周りの人が出来る本当の手助けは
 「放っておくこと」
 「手助けしないこと(強迫行為を手伝ったりなどしないこと)」
 「本人の責任において、本人のことは本人にやらせて、本人に解決させること」なのだな、と今は思います。

 私の主治医の先生がおっしゃられたことの意味が今はとてもよくわかるのです。周りの家族や友人の人達は、目の前で自分の家族や友人が苦しんでいたり、あるいは何度も何度も苦しいなどと悩みを訴えてくれば、放っておけないものですが、本人のためと思って、周りの人は心を鬼にしなくてはならないのだと、実際に体験してみて、強く思ったりしています。
 もしもご家族などで、患者の確認行為を手伝ってしまっていたり、本来は1人で外出しなくてはならないのを付き添ってしまっていたり、患者が強要してくる儀式行為をご家族なども一緒になってしてしまったりなどしていたら、即刻やめた方が良いと思います。

 また、誰かが身代わりに強迫行為をやることによって、患者本人がその強迫行為をやらずに済む、と思うのも間違いです。始めは誰かが代わりに確認などをしてくれるから、患者は楽になったような気持ちでいます。でも、そのうちだんだん、たとえば、
「お母さんは確認したと言ったけど、本当に確認してくれたのだろうか?」とか、
「お母さんは確認したつもりかも知れないけど、見落としたんじゃないか?」などと、
次々と不安が沸くようになっていきます。

で、親が「確認したよ」と言ってるにも関わらず、親にも何度も確認するよう強要したり、あるいは患者の気が済む「やり方」で確認などをするように強要するようになってしまいます。家族も周りも巻き込まれての強迫儀式が延々と続くことになってしまい、患者本人も結局、「不安が起こっても自分でこらえて、自分で抱える」という根本をやらないわけですから、不安が起こるたびに他力を頼り、頼るたびに不確実な気持ちが浮かび(結局、他人にやってもらってるから)、際限なく、どんどんと不安や強迫儀式をやり続けることになり、どんどん悪化してしまいます。

 強迫観念に打ち勝つには「怖くても自分でこらえる」「強迫行為をいっさいやめる」ことを決意し、それを断行しない限り、改善の道につながらないのです。

 長くなりましたが、もしご家族など周りの方々で、患者の強迫行為を手伝ったり、あるいは何度も何度も悩みを訴えてくるのに付き合ってしまっている方がいらっしゃったら、その手助けを辞めて、患者本人がもう自分でやるしかないのだ、と観念する状態にしてあげることが大切だと経験から思います。

 患者本人も周りの人も、自分の人生は自分しか歩くことが出来ないから、自分の力で歩く訓練をしない限り、いつまで経っても出来るようにならないからです。酷なように聞こえるかも知れませんし、私も実際に主治医に言われたときは「酷だなぁ」と思いましたが、優しい言葉をかけることだけが手助けではなかったのだとわかりました。
 親が心を鬼にして、私のことをいっさい無視するように親も努力してくれたのだと、今になってわかりますし、親が主治医の言うことを忠実に守って、私を放って無視し続けたことで、結果、私は自力でやらざるを得なくなり、それが回復につながっていったので、今では感謝しております。

 うちの親は
 「無視するって、本当にキツかったよー。しつこく言われれば、こっちもついつい反応したくなっちゃうから。本当に苦しかったけど、こっちがアンタの言うことを聞いたら、アンタはいつまで経っても治らないと思って、こっちも相当ガマンして辛かったよー。こっちも頭がどうにかなりそうだったわ!」
 と言っていました。

 当時は自分の苦しみでいっぱいで、周りの気持ちを思いやることが出来ずに私は自分1人が一番苦しんでるような気持ちになっておりましたが、でも実際は、苦しい苦しい、助けて助けてと悩みを吐きまくっていた私を無視する、ということをしていた私の家族も、とても苦しい思いで主治医の言いつけを守り通して無視をし続けていたのだ、とわかりました。私は自分のことしか考えていなかった事を恥じ、同時に、固く主治医の言いつけを守って、私を放っておくことで私が自分で自分のことをやる状態に誘導してくれた家族に感謝しています。
 優しい言葉や、その場の目先のことを手助けしてあげることは、時として、ただのその場を何とか取り繕うための付け焼き刃にしかならず、本当の問題にフタをしてしまっており、長い目で見れば、問題が解決されないまま、その場の応急処置だけで時間を過ごしてしまって、問題自体はどんどん悪化をし続けてしまっている…ということになりかねないのだな、と今では思っています。
 ご参考になるかわかりませんし、絶対そうした方が良いと断言も出来ませんが、私が良くなるために経験した体験として、ご参考までに記しました…

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