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こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

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強迫症状が辛くて、会社や学校を辞めたいと思うこともあるかと思いますが、私は出来る限り辞めない方が良いと考えます。

 その理由は、
1:「ヒマは強迫の敵」とも言われるように、空いた時間が出来てしまうと、ますます強迫観念のことばかり考えてしまうようになるから。
2:強迫行為を治すには、強迫行為をやらないでおく事が一番の治療ですが、自分の意志のみで強迫行為を制御するのはなかなかに困難です。もし仕事や学業など、自分がやらねばならない何かしらの責任のあるものがあれば、その仕事なり学業なりを果たすために、どこかのタイミングで、嫌でも強制的に強迫行為を辞めねばなりません。
なので、強迫行為を制御する訓練のためにも、強制的にでも制御しなければならない環境に身を置いていた方が結果的に良いと思うのです。実際に私は強迫症状がひどくて会社を休職していましたが、現在の主治医の先生は、すぐに職場復帰するように、と言われました。結果として、それは苦しいことではあったけど、でも治療にとって効果的でした。

3:仕事なり学校をやめてしまうと、ただでさえ強迫症状でいろんな日常のことが普通に出来なくなって悲観しているのに、それに加えて、辞めてしまったことで、自分が何も出来ない人間に思え、無能感を抱いてしまったり、ますます社会から断絶してしまった気がして、どんどん落ち込んでしまいます。そのことで、ますます悲嘆的になり、自分の足で立とうと言う気持ちになりづらくなったりします。苦しくても何とか踏みとどまって、まかりなりにも自分は仕事を、あるいは学校を続けている、という事実は、自分を保つことにつながるように思うのです。

4:いったん辞めてしまうと、またやっぱり仕事につきたい、学校に戻りたい、と思っても、物理的にも精神的にもハードルが高くなってしまいがちです。
5:会社や学校をやめて一時的に楽になっても、基本的にはいつかは、そう言った社会の中で生きて行かねばならず、
また、社会生活を上手く営むためには、社会生活の中で訓練を積むのが一番だと思うのです。また、いったん逃げてしまうと、次からもどんどんと逃げてしまうようになり、なかなか自分の力で踏ん張ったり、不安や困難に対する耐性を身につける機会を逸してしまいます。
 
 強迫観念に打ち克つ、また、強迫行為をしたくてたまらなくても我慢出来るようになるためには、何もしないで受け身で待っていても、いつまで経っても現状打破は出来ず、自分で制御出来る力を訓練により身につけねばなりませんが、そしてその訓練がすなわち行動療法ですが、それをやらねばならない環境に身を置く=会社や学校をやめずいる、と言うことは、苦しみも伴いますが、結果として、治療に大きな効果をもたらすことでもあると、以上、箇条書きにして書いた内容も含めて自ら体験した気持ちや状況ですが、経験からそのように思います。

 人によって状況はさまざまなので、一概には言えないと思いますが、なかなか自分の意志だけで強迫行為をやらずに次の行動に移る、というのを始めから実践するのは難しいので、仕事をしていれば嫌でも強迫行為を振り切って仕事を完了させねばならないし、また会社や学校では人目があるから、いつまでも強迫行為をやり続けることも出来ないので、一見この状況はとても辛くて疲れる状況に見えますが、裏を返せば、それらが強制的にでも抑止力となって、強迫行為を永遠にやり続けてしまうループを断ち切ってくれる、とも言えます。強迫行為はやればやるほど、どんどん深みにはまり、やがて何時間も辞められなくなってしまうので、強迫症状を抱えながらの仕事や学校は辛いものだけど、逆にその強制的に強迫行為を辞めざるを得ない環境を利用して、治療の一助とするのが良いように感じています。

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