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こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

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集団行動療法プログラムを受けて2週間目に、私は原井先生の診察と岡嶋先生のカウンセリングを受けました。相変わらず一人で外出出来ないままだったので、父と母と一緒に病院へ行き、診察室に一人で入るのも怖くて、母に一緒について来てもらいました。
「その後、どうですか?」原井先生に尋ねられ、
「ダメです…怖くて何も出来ないままです…」と伝えました。
「そう。とにかく習った事を実践して行ってね。必ず治るから」
「でも、怖くてやっぱりどうしても出来ないのです」
「じゃあ、ますます怖い目に遭うようにやって行って下さい」
私が絶句して、うろたえていると、
「先生、この子、もう一回集団行動療法をやらせた方がいいですかね?」
母がいきなり言いました。

「主人とも話してたんですよ。この間は怖がって、結局ちゃんとやらなかったから、もう一回やらせて、怖い事に直面させた方がいいんじゃないかって」
そんなー!聞いてないよー!そんな提案しないでよー!あんな目に遭うの、二度とごめんだよー!
私はとても焦りました。
すると原井先生が言いました。
「そうだね。この間は怖がって、ちゃんとやれなかったもんね。ちょっとどうするか、岡嶋先生と相談します」
原井先生が岡嶋先生に相談しに行っている間、
私は母に抗議しました。
「ちょっと、余計な事、言わないでよ!やりたくないよ!出来ないよ、もう、あんな事!」
「あんた、このまま何もしなくても、自然には治って行かないよ。何年患ったと思ってるの!」
「イヤやさーっ!やりたくない!」
「今の医療では、行動療法しか治せんのや。いくら薬飲んでも何年もダメやったろ?治りたいんなら腹くくるしかない」
「イヤやさ、やれんもん!やりたくない!」
「やるかどうかは先生が決める事や!」

原井先生が戻って来て、「岡嶋先生も、もう一回やった方がいいって言うし、来月、もう一回やってみようか」 
と言いました。何だか死刑の宣告みたいな気がしました。
「でも私、たぶんまた出来ないと思います…」
「じゃあ、出来るようになるように、是非もう一回やりましょう!」
原井先生はキビキビと言って、薬を2週間分出すと、
「はい。じゃあ、今日はいいですよ。岡嶋先生のカウンセリングに行って下さい」と、 
もう私が口をはさむ余地がない感じで、退席を促しました。
ああ〜。やるのか〜。やるしかないのか〜。ああ〜。
とてもとてもイヤな気持ちでいっぱいでした。それに心臓がドキドキしてきて、息苦しくなりました。

またあんな目に遭うなんて、絶対イヤでイヤでたまりませんでした。
だけど、心の片隅にちょっとだけ、前回ちゃんと出来ずじまいだった事に対する後悔というか、情けなさというか、悔しさもありました。
あの日以来、私は強迫の症状だけでなく、ダメな自分を情けなく思い、とても落ち込んで、ウツ状態になっていました。強迫性障害の患者は、その3分の1がウツ病を同時に患うとの事ですが、私も例に漏れず、そうなっていました。私は元気だった頃、どんなに仕事が大変で、どんなに締め切りが迫っていても、上司がどんなに無理な仕事発注をしてきても、文句は言いまくったけど、絶対投げずに、何日でも徹夜して、仕事をやりこなしていました。私は絶対負けない!という自負がありました。

そんなに出来のいい仕事をしたわけでは無いですが、どんな無理な発注をされても、絶対に締め切りは落とさない自信がありました。また、そのように頑張って来ました。それとプライベートでバンドをやっていて、私はとても下手くそなベース弾きではあったけど、でも、どんなに仕事が過酷で睡眠不足でも、バンドも真剣にやりました。

過労で倒れて救急車で運ばれた事もあったけど、だからと言って、後に退いたりはしませんでした。明け方まで仕事をして、2時間くらいの仮眠を取り、朝、電車で仕事の打ち合わせに行って、午後はまた自宅で作業、夜に1時間かけて都心に行き、バンドの練習をやって、帰って来て、ごはんを食べながら、また仕事。ライブがある日も作業がある日がほとんどだったので、ライブを終えて、夜中に家に戻り、風呂に入ったらまた明け方まで仕事。少し仮眠を取って、また早朝に起きて作業と打ち合わせ…土日も祝日も関係なく、毎日仕事をしていました。そんな生活をもう7年くらい続けていました。経済的にも自立していました。自分の稼いだお金で、全部やりくりしていました。同居人の相棒が、貯金ゼロなくせにお店を開いて、でも売上が無くて、金銭的に困窮した時も、私が働いて、まかなっていました。だから、私はグチや文句は言いまくっていたけど、自分はタフで、強いと思っていました。根性があって、気力がある方だと思っていました。

でも、行動療法をやって、泣いてばかりで全然出来ないまま帰って来た事で、私のそんなちっぽけな自負心は、粉々に砕け散ってしまいました。今まで強いと思い込んでいた自分を恥ずかしいと思い、今まで何て、身の程知らずだったのか、と激しい自己嫌悪に陥りました。そして、私は子供でも平気で出来るような事が怖くて出来ない、ただの弱虫じゃないか、と落ち込みました。それもこれも、みんなこの病気のせい!そんな気持ちを持って、自分に言い訳して、自分の弱さを認めようとしなかったけど、 心のどこかでは、ほんのちょっとだけ、治療を上手くやれなかった自分に腹を立てていて、出来なかった自分が悔しいと思ってもいました。だから、ここでまた逃げたら、私はますます落ち込んで、また死にたくなるだろうと思いました。
死ぬのは全然構わないけど、「逃げる」という事に対して、私はROCKなんかをやっていたクセして、逃げる自分が許せない、と、ちょっとだけ思ったりしました。

ハレちゃんと言うバンドの友人が、私に、「Y子はROCKERなんだから、こんな所で折れちゃダメだよ。踏ん張らなきゃダメだよ」と言った事を思い出しました。
ROCKERだなんて、私はそんな、全く上手くもないし、カッコよくも出来ないし、とても声を出して名乗れたもんじゃないけれど、でもやっぱり、ROCKERな人生に憧れていたし、一生ROCKをやって生きて行きたいと思っていたから、逃げてばかりじゃダサい!カッコ悪い!ROCKやる資格ない!とほんのちょっとだけ思いました。

私は現実的には、とってもダサダサですが、それに輪を掛けてダサくなるのはイヤだなぁ、と思いました。他の人からすると、とってもアホな、とても40代が考える事じゃないように思って、鼻で笑われてしまうかも知れませんが、その時は、わりと真剣に、そう思いました。ただし、ほんのちょっぴり、ほんのかすかに心によぎっただけですけど…ROCKがあったから救われたの?と聞かれれば、そうではない、と答えると思います。単純に、逃げてばかりのダサい自分にムカつく、という気持ちが、今にして思えば、あの時にあったのでは、という感じです。

ただ、確かに自分に自分でムカついてはいたけれど、その時の私は、恐怖感の方が大きかったとも言えます。なので、2度も集団行動療法を受ける事に、とても心が揺れて、ざわめいていました。 
「どうぞー」
ざわめいた気持ちで待合室のソファに座っている私に、岡嶋先生がカウンセリング室のドアを開けて声を掛けました。私は、岡嶋先生に何度も質問メールを送った挙げ句、返事が来なくなってしまったのと、 岡嶋先生は私にあきれ果てているのでは無いか?という推測から、ちょっと先生と顔を合わせるのに抵抗がありました。どんな風な顔をしたら良いか、戸惑いました。
「次の集団治療、受けて下さいね」開口一番、岡嶋先生は言いました。
面と向かってそう断言的に言われてしまうと、何だか「イヤです」というのが、はばかられました。でも、やっぱり出来る自信が無かったから、ちゃんと拒否した方がいいのかな?と思いました。でも、力強い大きな目でギッと先生が私を見つめ続けていたので、私はビビッてしまって断れず、
「はい…」
と言ってしまいました。
「前回の集中治療もそうだけど、あなたは怖い怖い、出来ない出来ない、イヤだイヤだの一点張りで、全然本気で治そうとしていなかったから、私はもう、あなたを放っておいたんです。そういう風に、なんだかんだで逃げているという事は、あなたは本当に治したいと切羽詰まっていないんです。まだ余裕があるんです」岡嶋先生は言いました。
切羽詰まってないと言われても、私は怖くてたまらなくて、毎日切羽詰まったギリギリの気持ちで生きてるんだけど…余裕も何も、あったもんじゃないのだけれど…私は、岡嶋先生が言われた事に対して、あまりピンと来ませんでした。

「それで調子はどうですか?」岡嶋先生に尋ねられたので、私は怖くて何も出来ない事、ちょっとだけ平気で出来るようになった事まで出来なくなった事、確認行為が止められない事、また母に確認をお願いしてしまっている事を告げました。 
「では、何もやらないで、一日ずっと寝て過ごして下さい」
岡嶋先生の言葉に、どういう事だろう?と思いました。だって治療のためには、積極的にいろいろやってみる事が必要なのに、何故、逆の指示が出たんだろう?
「トイレとごはんとお風呂以外は、何もせず、ずっと布団の中で寝て過ごして下さい」 
「…はい…」
「2週間、そうして下さい」
「わかりました…」
「寝ている間、考え事をしてはダメですよ。とにかく何も考えずにずっと寝ていて下さい」
それから岡嶋先生に、不安時に起こる身体の緊張を取るための体操などを習って、
カウンセリングは終了となりました。
でも、私は心に引っ掛かっている事があり、それをどうしても先生に聞いてもらって、判断してもらいたい事があり、
「先生、私、新しい事が怖くなるようになってしまったんです。強迫観念がひどくなってしまっているんです。机の上のシミや、会社の廊下のホコリを見ただけで、それが自分のキャッシュカードだったらどうしよう?って思ってしまうようになって…どうしたらいいでしょうか?」
「はい、今日はおしまいです」
「あ、でも、全然関係ないものが目に入るたびに、それが自分の大切な物を落としているんだったらどうしようって…」
「症状は何でもいいんです。質問したくてたまらなくなるのも、強迫の症状です」
「すみません…ただ質問とかでは無くて、新しい症状がどんどん出てくるので、伝えた方がいいと思って…」
「自分はこんなに大変なんだ、こんなに苦しくてかわいそうなんだと訴えても意味はありません」
「あ…そうではなくて…」
「これで今日は終わりです。言いたい事をスッキリするまで言わないと気が済まないのも強迫行為です」
「………」
「中途半端な気持ちのまま、部屋を出ていって下さい。中途半端なまま終わる、それも治療です」
私は中途半端な、すごくモヤモヤした気持ちで診察室を出て、来月の初めに行われる集団行動療法プログラムを再び予約しました。
中途半端なまま…中途半端な煮え切らない気持ちのまま過ごす…スッキリするまで、自分が思った事を全部言いきるまで伝えようとする…疑問が生じたら、すぐに答えを知りたくなる…そう言われてみれば、私は強迫を患う前、ずっとずっと昔の子供の頃から、わからない事があると、「なんで?どうして?これは何?どういう意味?」と自分が納得するまで親に尋ねていたのを思い出しました。

学生になって授業中にわからない事があると、積極的に先生に質問していました。大きくなっても、何か疑問に思ったり、腑に落ちない事があると、図書館に行って本で調べたり、ネットを使うようになってからは、ネットで調べまくったりしていました。とにかく「わからない、疑問に思ってモヤモヤする」という状態がイヤだったのです。 

物事を何でも白黒ハッキリつけないと、気が済まない所がありました。今でもそういう性格です。なので人間関係においても、まわりくどい言い方でどう思っているのか煮え切らない人には、「どういう事なのか、態度をハッキリして欲しい」と詰め寄ったりしていました。バンドなどにおいても、メンバー間に活動に対する温度差が生じたりすると、
「本気でやりたいと思っているのか?このバンドに対してやる気はあるのか?」というような事をメンバーに言って、バンドが解散してしまう事もありました。

会社で、いい加減で責任感が無いと感じた上司には、「上司として責任を感じているのか?どうしてこんないい加減な段取りが組めるのか?仕事をなんだと思ってるんだ?」と、いつも詰め寄っていました。

それでも上司がお茶を濁したような返事を言って、相変わらずいい加減なスケジュールを組んだりすると、会議の場で、その上司を糾弾したりしていました。
とにかく態度をハッキリ、そしてちゃんとしてもらわないと気が済みませんでした。私は白黒つける事こそが、より正しい結果を導き出す事であり、あいまいな、灰色な感じは、生きざまとしてもカッコ悪いと思ってさえいました。それにわからない事を納得が行くまで出来得る限り徹底的に調べて知ろうとする事は、 良い事だとさえ思っていました。

そして自分自身の態度についても、出来るだけハッキリ、キッパリ、態度を表明する事こそが人に対しても自分に対しても誠実な事であり、礼儀である、とも思っていました。私の価値観、美意識は、そういう所で形成されていたのです。私は小学生の頃から大人になるまで、親や学校の先生、そして上司などに、
「あなたは四角四面過ぎる」
「真面目に受け取り過ぎる」
「白黒ハッキリしないと気が済まなさ過ぎる。灰色の部分も世の中にはあると知るべき」 
「完璧を求め過ぎる」
「自分にも厳しい所があるが、他人に対して厳しすぎる」
と言われ続けて来ました。

でも私は、そうする事が誠実で正直な事であり、美徳でもあると思っていたので、そのように指摘されても、自分が間違っているとは思いませんでした。むしろ、そのように指摘してくる人のその考えが、よくわかりませんでした。だから、わからない事をわからないまま放置する事は怠惰だと思っていたし、人に対して煮え切らない、あいまいな態度を取る事は、相手に対して逆に失礼にあたると思っており、期せずして、自分があいまいな、うわっつらな態度を取ってしまった時は、激しい自己嫌悪におちいったりしていました。そして、もっとしっかり、ハッキリしなくては!と心に誓ったりもしていたのです。

しかし岡嶋先生に指摘されて、中途半端なまま終わると言われてみると、「私は、本当は、自分がスッキリしないから、気が済まないから、そういう白黒ハッキリした態度を取っていたのでは?」「礼儀とか誠実とか、勤勉とか責任の所在とか、そういうのは本当は建前で、実は自分の心がモヤモヤするのがイヤなだけだったのかも?」と思い、ハッとしました。
そう言えば、一番最初に岡嶋先生のカウンセリングを受けて、自宅でやる行動療法の課題を出された時、どうしても上手くやれなくて、「なかなか出来ません」と先生にメールをした時に、「強迫の人はすぐに答えを出そうとします。すぐに完璧を求めようとします」と言われた事があったのを思い出しました。確かに、自分の中の疑問、不安、そういったものが即座に解決したり、判明したり、スッキリしないといても立ってもいられずモヤモヤする傾向がとても強い気がしています、強迫性障害を患う方々に何人か接してみると…そしてそれは岡嶋先生の言葉から解釈すると、不安や疑問を持ったまま、持ち続けたまま、それを我慢することが出来て、なおかつ他のやらなくてはならない事に行動を移行することがとても苦手で、心の耐久性がとても低いがゆえに白黒ハッキリ、速攻で解決しなくては気が済まないのだと今にして思います。

とにかく、疑問や、あるいは先生などに訴えたい、聞いてもらいたいことがあっても、聞いてもらわず、中途半端なまま、わざと放置する…放置して耐える訓練をする…それこそが訓練、いわゆる治療の一つに当たるのだとこの時知りました。また、この治療をされて、当時はとても辛かったですが、でもそのおかげで良くなったのも事実でした。
つづく

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相棒に助けられて

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集中行動療法プログラムを終え、自宅に戻った私は、結局何一つ、うまくやれるようにはなりませんでした。次々と浮かぶ強迫観念に怯え、それを打ち消し安心を得るために、確認行為を繰り返していました。また岡嶋先生から出されていた日常でやるべきエクスポージャー(怖くて出来ない物を避けずにやる事)も、なごやメンタルクリニックに通い出した頃は、何個か少ないけれど、避けずに何とか出来るようになった事もありましたが、それすらも再び怖くなって出来なくなってしまいました。

私は、せっかく治療を受けたにも関わらず、何もやれるようになっていない事に、とても焦っていました。私は岡嶋先生から、「今まで診て来た患者さんの中では重症だ」と言われていたので、 私はあまりにも重症過ぎて、行動療法は効かないのかな?とも思ったりもしていました。 

一緒に受けた患者さん達は、みなそれぞれ自分の症状の事でとても怖がり苦しんでいたけど、私のように目で見えるもの全て、日常生活で起こる全てが強迫の対象になっている人はいなかったので、みんなは私よりも症状が軽いから、平気で出来るようになったのかも、とも思ったりしました。

でも、どうして私は怖さに耐えきれずに、治療を上手くやれなかったのか?と考えました。避けずにやれ、確認はするなと言われても、それは私にとっては死ぬ事よりも怖い事に思えていたので、いきなりやった怖い事がその場で出来なくても、それは当たり前な事じゃないか、あの場で上手く出来なくても、どれくらいのレベルの事をやれば良いかは教わったわけだから、少しずつ自分のペースで日常生活で実践して行けばよいのではないか、とも思いました。 

だけど岡嶋先生に言われた「あなたはわかっていません」という言葉が心に引っ掛かっていました。
どういう事なんだろう?私は何がわかっていないんだろう?と思いました。
考えても考えても、それが何を意味して言った言葉なのか、まったくわかりませんでした。

強迫性障害の患者たち、そしてその家族で作る患者の会、「OCDの会」というのがあり、その会が患者の体験談、行動療法治療を受けた体験談、 どうやって治っていったか、また家族の体験談などをまとめた冊子を発行しており、原井先生と岡嶋先生は、その患者の会をサポートしており、時々、治療の研修会や講演会も行っているそうで、その関係からか、名古屋の病院でもその冊子が売られていました。

OCDとは、強迫性障害の英語名、Obsessive-Compulsive Disorderの略です。私はとにかくこの病気の治療情報が欲しくて、全冊買って持っていたのですが、改めて、行動療法をやって治っていった患者達の体験談を読み返してみました。どの症状の患者さんも、それなりの辛い治療を行っていました。怖くても実践して、自分で進んでやり続けるうちに、改善していったとありました。

中には私の症状ととても似た確認強迫の人の体験談もあり、その人も家族に確認を何度も強要して、家族にやってもらっていたという点でも私と同じであり、この人は果たして、どうやったら平気になっていったのか、を知りたく思いましたが、 原井先生に言われて家族が助けてはダメだとなり、自分でやらねばならなくなって、仕方なく?自分でやるようになったような事が書かれてありました。

やっぱりみんな、最後はあきらめの気持ちで、やるべき事に挑戦していった結果、治っていったんだな、と言う事はわかりました。
でも、私はあきらめの気持ちなんて持てない、それに怖い事をやる勇気も持てない、怖い物はやっぱり怖い、どうやったらみんな、あきらめの気持ちを持てたのか、また怖い事に挑戦する時に、どれほどの苦痛を感じたのか、どうやって耐えたのか、という事は、書いてはいなく、わかりませんでした。それこそが、私の一番知りたい事だったのに…

みんな、やってみたら案外出来たとか、怖かったけど怖い気持ちのまま挑戦を続けたとあるけど、それって、どういうレベルの怖さだったの?どういうレベルの我慢だったの?みんなは私ほどは症状が重くなかったんじゃないか?中には勇気があって、重症でも挑戦していった人もいるだろうけど、そうそうみんながこんな風に、出来るものなのだろうか?
それとも何かコツはあるのだろうか?
岡嶋先生は、私はわかっていないと言った。それって何かコツの事なんだろうか?気持ちの持ち方とか、そういう事なのだろうか? 毎日グルグル考え続けていました。

岡嶋先生は、患者にメールアドレスを公開しており、いつでも無料で相談を受け付けており、さらに私は携帯電話を使う事が怖くて出来なかったので、毎日岡嶋先生とメールのやりとりをする課題が出ており、私はたびたび岡嶋先生に、どうしたらいいか、怖くてもやっぱり行動療法をするしか無いのか、とても怖くて苦しい日々で確認が止められない事を訴え続けました。

岡嶋先生からは、
「怖い時は筋肉が硬直して緊張状態になり、身体がそういう状態になると余計に不安は増すものなのです。なので筋肉を緩める体操や、身体の力を抜く訓練をして下さい」
「怖い事に挑戦する前に、「怖い!」と緊張したら、身体の力を抜いて、筋肉を緩める体操をしながら挑戦して下さい」
というアドバイスがよく来ました。

確かに怖くて緊張している時は、私は知らず知らずのうちに肩にとても力が入っており、 また奥歯をギュッと噛みしめて、全身に力が入りまくっていました。私は岡嶋先生からカウンセリングの時に習った筋肉を緩める体操のいくつかをやり続けました。
でも、確かに少しは不安が薄れるような気もしたけど、恐怖感の方が強くて、やっぱり怖くて何も出来ないでいました。そして確認ばかり繰り返していました。

「岡嶋先生、どうしても怖くて出来ません」
私は先生に訴えのメールを送り続けました。
「怖くてもやるしかありません」
岡嶋先生の返事にはそう書かれていました。
怖くてもやるしかない…
それしか方法はない…
だからやらなくちゃ…
やるんだ、やるんだ、私!
何度も自分に言い聞かせて、出来なくなっていた事をやろうとしました。
でも、ゾワゾワとこみ上げる恐怖感はたとえようもなく大きく、頭では「やろう、やれ、がんばれ、やれ!」と言っているのに、身体が震えて来てしまって、息が出来なくなって来て、頭がカーッとのぼせあがって、苦しくて苦しくて、とても出来るようにはなりませんでした。

「とても怖くて、身体がこういう状態になってしまうのですが、それでもやるしか無いんですよね?」
私は焦りと自信のなさと、どうしたらよいのかわからない気持ちになって、岡嶋先生にまたメールを出しました。
「それについては、すでにあなたに教えています」
そんなような意味のメールが返事で来たのを最後に、私が出来ない事、怖い事、それに対してどうすればいいのか質問したメールには、いっさい岡嶋先生から返事が来なくなりました。
どうして?私は、あまりにも出来ない出来ないと情けない事をしつこく訴えたから、岡嶋先生はあきれて私を見放したのだろうか?私には何を言っても無駄だと思ったのだろうか?私は何だかとてもショックを受けて、どうしよう?どうしよう?とウロたえ続けました。 

そこで直接的にズバリと尋ねるのではなく、なんとなく、ただ参考意見程度にアドバイスをよかったら聞かせて欲しい、みたいにして、文章の表現を変えてメールを出してみました。でも、そんな小細工は、岡嶋先生はお見通しでした。表現をいくら変えてみても、結局は私が同じ事をしつこく質問し続けているだけなのに先生は気づいておられたようで、とにかくそういう類のメールには、いっさい返事が来ませんでした。

でも、その時の私は、どうしてこんなに本気で悩んでいるのに、アドバイスをくれなくなっちゃったんだろう?私の何かが気にくわなかったのだろうか?何かで先生を怒らせてしまったのだろうか?と、答えの出ない問いをグルグル考え、落ち込んでいるだけでした。

そんな風に、煮え切らなく、やるせない日々の中で、いったんは辞めていたのに、また再び、私は母に、私の代わりに確認をしてくれるようお願いするようになってしまいました。母は先生から言われて、絶対手伝ってはいけない、手伝ったら余計に悪化していくという事を知ったので、なかなか手伝ってくれませんでした。

「お願い!今日のこれだけで頼むのは終わりにするから!これだけ確認して!」
私が懇願すると、
「うるさいっ!私は原井先生から石のように口を閉ざせって言われとるんやっ!私はやらんよっ!」
と、母はとりつくしまもありません。
やってもらえないとなると、ますますやってもらわねば気が済まなくなって来て、「頼むから!本当に1回だけ!今日だけ!明日からは自分で我慢するから!」
また泣きながら、母の手をつかんで、懇願するようになってしまいました。

その度に、母は私をビンタし、「しつこいっ!うっとうしいっ!私から離れろっ!」とわめき散らしました。でも、どうされても私が引き下がらないので、
「ああーっ!ほんっとにうっとうしい!そんなにしつこくくっつかれたら、ご飯の準備が出来んわーっ!」
母も、しつこい私から早く解放されたくて、怒り狂いながらも、結局、私の確認を手伝っていました。
また、私が実家に戻ってから、彼氏である相棒は遠くから月に1回、うちに来てくれていましたが、私は相棒に対しても確認を強要し、相棒には親に対してよりも、いつも赤裸々に自分の感情を吐き出していたので、
「ねえ、これ、大丈夫?確かに大丈夫?」
「うん」
「えっ?もう一回ちゃんと言って!」
「だから、大丈夫!」
「ほんとに絶対に大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
「ちゃんと聞いた気がしないっ!もう一回言って!」
「だから!本当に大丈夫だからっ!」
「怒り口調で言わないでよっ!わからなくなってくる!」
「お前がしつこいからだろっ!ちょっとは我慢しろよ!怖いのを我慢しないと、いつまでも怖いままだぞー!」
「あんたには、この怖さがわからんのやっ!」
「苦しいのはわかるけど、お前、我慢しなさ過ぎだぞ!そうやって避けてたら、いつまでも怖いままだって言ってるだろっ!」
「私の我慢が足りないんじゃないもんっ!散々我慢してるもんっ!毎日朝から晩まで恐怖でいっぱいなの、我慢してるもん!」
「お前、病気なのはわかるけど、病気って事と、怖いのを我慢出来ないってのは違うぞ!」
「同じだもん!こんな病気になっちゃって、勝手に恐怖がどんどんわき上がるから、こうなっちゃってるんじゃん!」
「違うよ。怖いのが沸くのは病気だからかわいそうだって思うけど、お前、自分がこらえ性が無いことを、病気のせいにして言い訳してるだけだぞ!」
「ひどいっ!」
「だって、そうでしょ!よく考えて見なよ。病気に限らず、何かその人にとって大変な事が起きた時に、それをどうしよう、どうしよう、怖い、怖いって怯えてばかりいるか、それとも怖くても自分で耐えて乗り越えていくかは、その人次第だろ!怖いのはわかるけど、そうやって人に頼って自分でこらえようとしないのは、病気のせいじゃなくて、お前自身に弱いところがあるからだよ。それを治さないと、何もこれから解決出来なくなるよ!」
「そんな事言われたって…ひどいよ…本当にめちゃめちゃ怖くて辛いのに…あんたはこの病気になった事がないから、そんな一般論みたいな理屈を言えるんだよ。私の身にもなってみなよ」
「とにかく、今、試しに一回我慢してみな。オレ、お前が頑張るなら、本当に応援するから」
「じゃあ、明日からがんばるから、今のこれが最後って事で、頼むから大丈夫かどうか確認して!」
「それじゃ、いつまで経ってもキリがないよ。今、我慢しなくちゃ、明日もきっと出来ないよ」
「………」
「なっ。とにかく今、我慢してみなよ。みんなそれぞれ、お前よりも大変な事を抱えても耐えて生活してる人もいるんだから」
「そんな、よその人の事なんか知らないよー!やっぱ怖いよー!」
「なっ、怖いんだろ?怖くてたまらないんだろ?それを耐えて一回乗り切れれば、次もまた耐えられるようになるから、なっ!」
相棒の言うことは、今にして思えばいちいちもっともで、まったくその通り、

ともすると原井先生や岡嶋先生が行動療法を通して教えてくれた事と全く一緒の事を相棒は偶然にも言っていたのですが、私はとにかく、自分は耐え難い恐怖にとらわれた、とてつもない病気に冒された、とても不幸な、なのに誰からもこの怖くて辛い気持ちを理解してもらえない、誰も本当に私を救える人はいない、そんな風に、どこか自分を被害者意識丸出しな感じで特別視してしまっており、確かに、この病気になった事は、私が今までの人生で味わったどんな辛かった事よりも一番最悪に辛い出来事ではあるけれど、そんな「病気だ」という事をタテにして自分の欲求ばかりを他人に押しつけてしまっており、しかも、そうして自分の弱さや甘えを「病気だ」という事で言い訳してるだけな事を、その時の私は全く自覚しておらず、何度もねばり強く私を励ます相棒の事も、
「応援するなんて言葉を言ってるくらいだったら、今、この確認をしてよ!ホントに怖いんだからっ!」と、どこかで思ってしまっていたフシがありました。

私は泣いて泣いて泣きまくり、相棒が私の気持ちをわかってくれないと泣き、相棒も根負けしたのか、かわいそうに思ったのかはわからないけど、
「じゃあ、これ一回だけだぞ!一回見たら、あとは見ないからな!」と、結局、私の代わりに確認を手伝って、「よし、見たよ。ちゃんと見て、大丈夫だったから」と言うハメになるのですが、そんな事を何回か繰り返すうち、私の確認儀式のやり方は、どんどん複雑にしないと不確かでたまらなくなって行き、
「○時○分、○○という事に対して、○○は確かに○○な状態になっていました。間違いありません。保証します」
と、事細かく、私の気の済むようなセリフと段取りで言ってもらわないと、何度「大丈夫」「うん、大丈夫」という言葉で言われても、ちゃんと頭に入っていかないような気になってしまい、相棒は何度も私を「それじゃ、よくならないよ」と説得しつつも、あまりにも私が、本当に気が狂ったように泣いてわめいて絶叫するので、最終的には相棒が折れて、私に命じられるまま、私が指示したセリフ通りに、確認したものが確かに大丈夫だと言う事を、何度も何度も言わされていました。

相棒は、その度に、とても怒っていましたが、そんな状態の私の事を、なんだかんだで見放さず、私にイヤな目に遭わされて、せっかく遠方から訪ねたにも関わらず、確認の手伝いと、私のしつこい訴えを聞くだけになってしまって、何一つ楽しい事は無いのに、今でも変わらず、私の実家に毎月来てくれる事を、本当に感謝しています。

でも、その時の私はすでに身勝手さと他力本願と責任転嫁に拍車が掛かってしまっていて、その事に自分で気づく事が出来ず、そんな状態になっているという自覚も全く無く、相棒が来てくれるのは当たり前なような、そして私の代わりに確認して大丈夫だと保証してくれるのが当たり前のような、
「それは違うぞ!お前の治さなければならないのは病気よりも、まずはお前の態度だぞ!」と言われる度に、
「私を理解してくれない、ひどい!」と相棒に恨み言を言うのが当たり前のような、そんな状態になってしまっていて、本当は相棒は、私の事を考えてくれているんだという事に気づかないまま、ひたすら、ひどいひどい、わかってくれない、と相棒に訴え、泣き続けていたのでした。 
つづく

「ちょっとっ!」
突然声を掛けられたので、驚いて顔を上げました。
「こんな所にいたの?集合時間、1時間も過ぎてるんだよっ!」
そこには、病院の先生の1人、たぶん私よりも年が若いM先生が立っていました。

「店内中探し回ったんだよ!店内放送で呼び出してもらったの、気づかなかった?」
M先生は怒っていました。
「さあ、帰ろ!」
M先生は私の手を引っ張って、歩き出そうとしました。

「待って下さい!どうしても不安で…あと1回だけ確認させて下さい!」
私は足を踏ん張って、M先生に抵抗しました。
「見れば見るほど不確かになるのはわかってるでしょう?あと1回が、結局何十回になっちゃうんだよ!」
「本当に、あと1回で絶対止めますから!」
「あなたは他の患者さんを待たせてしまってるんだよ!あなたのせいで、みんな帰れないんだよ!」
「お願いします!あと1回で、本当に止めますから!」
「何のためにこの治療を受けたの?治したいからでしょう?確認儀式をやってはダメでしょう?」
「すみませんっ、すみませんっ、あと1回!それで絶対に帰りますから!」
「はい、帰ろ!『カードはもう置きっぱなしにしてしまった!』『忘れて来てしまった!』。あきらめて下さい!」
M先生は再び私の手を引っ張って、ぐいぐい歩き出そうとしました。
「ほんとにあと1回!あと1回で振り切るだけでも、私、とっても勇気のいる事なんです!頑張ってるんです!」
私は情けない事に、またまた泣き出して、M先生に懇願しました。
「あと1回だけ、あと1回だけで終わりますから、いいですか?」
「………、あなたが自分で決めて下さい。好きにしなさい。私は帰ります」
M先生は、そう言うと、ずんずん歩いてエスカレーターに乗って、行ってしまいました。 
ううう…

私はまた、確認作業に戻りました。
銀行のカード、郵便局のカード、保険証、免許証、診察券…
1,2,3,4,5…ちゃんと5枚持っている、1,2,3,4,5…ちゃんと5枚持っている…
やっぱり頭にちゃんと入ってくれなくて、不確かなままでした。
でも、早く帰らないと、病院が閉まる時間になってしまう…
他のみんなを待たせてしまっている…
もうこれ以上は粘れない…
5枚あった、ちゃんとあった、5枚あった、ちゃんとあった…
頭の中で何度も何度も思い出し確認を繰り返しながら、私は歩き出し、下りのエスカレーターに乗りました。
何度も頭で確認中の事を繰り返し思い出し確認しながら、心臓をバクバクさせて店の入り口に行きました。

するとM先生が、そこに立って待っていました。
「さあ、帰るよ」怒った声でそう言うと、M先生が病院に向けてどんどん歩き出したので、私も急いでその後について行きました。
外は雨になっていました。M先生は雨で濡れていました。私のせいで、M先生をこんな目に遭わせてしまった…
情けなくて情けなくて、涙がこぼれてきました。
「すみません…雨に濡れることになってしまって…」
「雨なんて、どうでもいいよ。それより待たせた事をみんなにちゃんと謝るんだよ」
「はい…」
「さ、よく頑張った、よく振り切って出て来た」
M先生は私の背中をパンパンッと叩くと、そう言いました。

病院に着き、みんなが集まっている部屋へ入ると、みんなは原井先生が見せるスライドを見ながら、今日の復習の講義を聞いていました。
「あ、帰って来た!」と原井先生が言いました。
「どこにいたの?」
「ほんとにごめんなさい…確認が止められなくて、ずっと店にいました…」
「うーん。やっちゃたー?」原井先生が困った顔で言いました。
「本当に、お待たせしてすみませんでした…」
「あなたは何もわかってないです。原井先生、放っておいて、続けて下さい」
キビキビッと岡嶋先生が言いました。
「うーん、そうだね。じゃ、空いてるイスに座って」
原井先生に促されて、私はイスに座りました。
それから少し、病気についてのレクチュアがあり、続いて、今日の行動療法をやってみてどうだったかを各患者が述べる事になりました。 

みんな、朝集合した時には、怯えて暗い顔をしていたのに、治療後の今は、何だか余裕のある顔つきをしているように見えました。

「やる前はとても怖かったんですけど、やってみたら案外平気でやれました」
「店の中を一人で歩き回ってみて、いろんな物に引っかかって強迫観念が沸いたけど、わざと不安になるようなやり方で試してみました」
「まだ怖いは怖いんですけど、今は半分くらいは平気な気持ちです」
「怖い事をいろいろやってるうちに、まぁ、いいや、って思いました」
みんな、とても前向きな意見ばかりだったので、私はとても焦りました。

みんな、あれほど怖がってて、あれほど嫌がってたのに、何で出来たの?
本当に今日一日で、そんなに平気になれたの?
何で私は、あんなに怖い思いをしたのに治ってないの?
みんながつかんで、私がつかめなかった物は何なの?
嬉しそうな顔で報告するみんなを見て、私はとても劣等感にさいなまれました。
どうしてどうして?
私にとって、この集中治療プログラムは無駄だったの?
覚悟を決めて、あんな怖い思いまでしたのに私だけ良くならないなんて…
とても重い気分になり、ぐったりしました。

それに、そうこうするうちにも、「実は店に置きっぱなしになってるかも知れない!」と思ってしまっているカードの事が心配で、頭の中ではずっとずっと、グルグルグルグル、カードの事を心配し続けていました。
原井先生は、この行動療法を受けた患者用の掲示板を作っていて、そこでは治療後の経過報告や、日常生活での治療に対する疑問点を書いたり、患者同士が、まだ上手く出来ない患者にアドバイスや体験談を語ったりするようにしており、今回の治療を終えた私たちの事を掲示板に記録するために、それぞれハンドルネームを決めるよう、原井先生に言われました。

みんな自分の症状をもじったりして名前をつけており、私は先生から「店の名前にしたら?」と、私がなかなか立ち去れなくなった場所を提案されましたが、もうその店の事は、とても深い心の傷になっていて、トラウマになっており、思い出すだけでも怖かったので、自分が病気になる前までバンドでベースを弾いていた事を思い出して、「ベーシストにします」と言いました。

「ベーシストなんて、そんなカッコいいもんじゃなかった。泣いてばかりいて」岡嶋先生が言いました。
うっ!とショックでしたが、まったくその通りの事実だったので、何も言えませんでした。
「では、家に帰ったら、この3日間でやった事を、今度は自分の家でやるように。そして、一ヶ月後にまた集まって下さい。そこで経過を発表して下さい。それまでに何か心配事がある人は、僕の診察か、岡嶋先生のカウンセリングを受けて下さい。あと、不潔恐怖の人は、今日から3日間、「水抜き」をして下さい。3日間、手洗いも風呂も無しで過ごすようにして下さい。それから確認強迫の人は、確認の場合は、行動で確認しなくても、頭の中で繰り返し、思い出し確認しちゃうから、なかなか儀式妨害するのが難しいんだけど、確認をしないで生活するように努めて下さい。はい、じゃあ、これで終わります。おつかれさまでした」

原井先生が言い、最後にみんなで記念写真を撮って、解散となりました。さて、3日の集中行動療法プログラムは終わりました。終わってしまいました。何も肝心な事が出来なかったまま終わってしまいました。患者のみんなは名古屋以外のよそから来ている人ばかりだったので、名古屋駅まで何人か帰り道が一緒でした。
「私、全然儀式妨害出来なくて、最後の最後まで、何度も確認止められなかった…」
私が言うと、一緒に受けた患者さんが、「うん。私もやっぱり何度かやっちゃうし、強迫観念も相変わらず浮かんでいるよ」
「でも、前よりも平気になって来たんでしょう?」
「うん。怖いし不安だけど、前みたいに怖くて怖くてがんじがらめみたいな気持ちでは無くなったかな」
「どうしたら、そう思えたわけ?」
「やらなきゃ治らないんだと思って、勢いでヤケクソでやってみたら、案外平気で出来て…」
「ふうん。そっかー。私はまだ気合いが足りなかったのかなぁ?」
駅の改札付近でバイバイして、私は両親の待つホテルへ戻りました。
「どうだった?やって来た?」
母がいそいそと聞いてきました。
「うん…、やって来た…」
「怖い事、やったの?」
「うん…、すごく怖かった。怖くて結局、確認が止められずに、集合時間に1時間も遅れてまった…」
「何やったの?」
「いろいろやったけど、最後に何階もあるような広い店で、自分のキャッシュカードとか大事なカードを何枚もあちこちに置きっぱなしにして、その場を去る、ってのをやった…」
「えっ?じゃあ、何?キャッシュカード、その店に置きっぱなしのまま帰って来たの?」 
「まさか。しばらく時間が経ったら回収したけど、ほんとにちゃんと回収したのか怖くなって、何度もカードを確認してまった…」
すると父が言った。
「そんな事までやったのか。それはボクでもちょっとやりたくないな」
「お父さん、店にわざとカードを置きっぱなしに出来る?」
「うーん。やらなきゃならないんだったらやるけど、やっぱりイヤだな」
「もしそれで、自分のクレジットカードとかを他人に拾われちゃって、使われちゃったら、やっぱ、怖い?」
「怖いとかはないけど、やっぱり心配になるし、第一、困るよな」
「そうやろ?やっぱ、普通の人でも心配になるやろ?」
「でもまあ、最後にはあきらめるな。そして現実的な処理に動くな」
「うう…、私、その処理もしたかどうか不安になってまうで、やっぱ怖くて確認やめられんかった。
せっかくお金も貸してもらって、名古屋まで連れて来てもらったのに、私、ちゃんと出来んかった…」
「まあ、いいさ。とにかく怖い事をやってみようと思っただけ、前より進歩したさ。もう終わった事を嘆いてみても仕方がない。さあ、メシ食いに行くぞ!」
「そうや。あんたの悪いクセや。終わった事をいつまでもグジグジグジグジ。考えたって終わってまったもんはどうしようもないに。ああ、腹減った!お父さん、私、天ぷらがいい!」
さあ終わった、終わったと、あっけらかんと晩ご飯を食べに歩く両親の背中を見ながら、 私はとても自責の念にかられ、なのに、相変わらず「カードはちゃんと取り戻して来たか?」と言う事をドキドキしながら考え続けていました。

「さあさあ、大仕事をやって来たんだから、今は忘れてご飯食べなさい」
例え上手くやれなかっても、ずっと寝たきりで怖い怖いと怯えていた私が怖い事に挑戦した事が嬉しかったらしく、父も母もとても上機嫌で嬉しそうでした。
この人達の期待を裏切ってはいけない!と思って、怖い気持ちを必死で我慢して食べました。ホテルの部屋に戻り、私は母と同室だったので、母が好きなお笑い番組を一緒に見て、 風呂に入って寝る事にしました。母は終始上機嫌で、「今日はがんばったで、明日、高島屋で何か洋服買ってやろうか?」とまで言っていました。
それまで母は、私の事でイライライライラして過ごしており、いつも苦虫をかみつぶしたような顔をしていて、態度ではガミガミしたり、わめいたり、私をぶったりしていましたが、私の世話をする事で母はとても精神的に追いつめられていて、体重が5キロも減り、不眠症になって、医者から出された睡眠薬を飲まねば眠れなくなっていました。

母が嬉しそうな顔をするなんて、何年ぶりだろう?と思いました。
だから、今、まさに心の中でゾワゾワゾワゾワしている、吐きたいような恐怖感を、表に出してはいけない!と思いました。
だから部屋に戻っても、怖いとか苦しいとか訴えずに、ひたすら平静を装っていました。 
「ううん。いいよ、別に。欲しい服、ないもん」
「でも、あんた、もう何年も洋服買っとらんろ?見れば欲しい物、見つかるかも知れんよ」
「うん、別にいい。治療代で結構お金、使っとるし」
「ふぅーん、ま、そやな。今回の治療でお金使ったしな。じゃ、明日は早いで寝るよ!」 
表面上は静かな静かな時間が流れて、母が部屋の電気を消そうとした時、私の胸は、張り裂けそうになりました。
もう我慢の限界でした。

「ごめん、お母さん!電気はつけといて!先に寝て!」
「はあ?何で?」
「ごめん!いいから先に寝て!」
私はカバンの中からサイフを取り出すと、中に入れていたカードを確認し出してしまいました。
「あんたっ!何やっとるのっ!確認しちゃダメやろ!何のために治療受けて来たんや!」 
「いいからっ!お母さんは、寝てて!」
「あんたは一体、この3日間、何を学んで来たのっ!親にこんな所まで連れて来させてっ!貸せっ!」
母が私からサイフを奪い、そのはずみで中に入っていたカードが何枚か床に落ちました。
「ああっ!何で余計な事するのーっ!カード、床に落ちてしまったじゃんっ!またちゃんと拾ったか怖くなるじゃんーっ!」
私は母の手からサイフを奪え返し、床に落ちたカードを慌てて拾いました。
そして、無我夢中で、口でブツブツ唱えながら、カードがちゃんとあるか、何度も何度も確認を始めてしまいました。
「なんやーっ!治療受けても意味ないじゃんっ!止めろっ!」
再び母とサイフの奪い合いになり、いい加減にしろと母にビンタをされましたが、
私はガンとして譲らず、そのままずっとずっとずっとずっとブツブツ確認を繰り返しました。
「もう、あんたの事は知らん!勝手にしろっ!もうあんたの面倒は見んからなっ!」
怒った母は、布団をかぶって寝てしまいました。

私はその後もずっと確認が止められなくて、夜の11時に確認を始めたのに、夜中の3時過ぎまで、枕元のスタンドの明かりを頼りに、確認をし続けていました。

つづく

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私が持っている大事なカードを店のあちこちにバラまき置き去りにした後、
「やりましたね。では、そろそろ自分のカードを回収に行こう」
と原井先生が言ったので、原井先生とX君と私は、また店内を巡って、それぞれのカードを取り戻しに行きました。

原井先生のカードは無事にちゃんと置いた所にあり、私も必死で記憶した置いた場所に行き、無事に全部のカードを回収しました。結構長い時間置きっぱなしだったので、もし誰かに拾われていたら?ととても不安だったのですが、無事にあったので一瞬ホッとしました。

でも、この闘病記で散々書いているように、私は「目の前の事実」を信じる、あるいは認知する事が出来なくなっていて、
「今、目に映っているのは現実の出来事なんだろうか?」と、何か現実世界と自分との間に1枚ベールが掛かっているような、何か違う次元の別の世界の事を見ているような感覚で感じてしまい、五感で感じた事を脳が実感として認識してくれず、とても不確かな、見ているのに見た気がしない、リアルな体感として脳がキチンと受け取ってくれない現象、医学用語で「離人症」と言う症状らしいのだが、そんな状態にあって、目で見ているものが不確かで、

「私、今、集めて手に持っているカードは本当に私のカードだろうか?そもそもこれはカードだろうか?」
と思って不安になってしまい、カードにある自分の名前を何度も何度も見て、確かにこれは私のカードである、と言うことを、何度も心に刻み込もうとしていました。
「はい。確認はしちゃダメだよ。サイフにしまって」と原井先生に言われても、目に見えなくなるサイフにカードを入れてしまうと、全てが本当に幻になってしまうようで、怖くてサイフの中に入れられず、泣きながらずっとカードの束を手に握っていました。

そこへ、他の患者と行動療法をしながら店内を回っていた岡嶋先生が通りかかりました。
「あれ?泣いてる…」
「怖くてちょっと泣いちゃったんだよね」
岡嶋先生の言葉に原井先生が答えました。

「ちゃんとやれましたか?」岡嶋先生が言い、
「はい、やりました」
と私は答えました。

すると岡嶋先生が言いました。
「何で手にカード握ってるの?」
「怖くてしまえないんです…」
岡嶋先生は少し厳しい顔をすると、私にこう言いました。

「まだやり足りません。もう一回、カードを店内に置いて来て下さい」
ええーっ!!
「私、もうやりました。もうこれで精一杯です!やりたくないです!」
「あなたはまだわかっていません。カードを置いて来て下さい」
そして原井先生にも、
「Y子さんにやらせて下さい」と言いました。

「そうだね。もう一回やろうか。カード、置いて来て」
原井先生も言いました。
「私、もう一度やりました!怖くてもやりました!もう出来ません!」
「そうやって嫌がって泣くようでは、あなたはまだわかっていません。置いて来て下さい」
岡嶋先生は毅然とした態度で言いました。

「じゃあ、1枚だけでいいから、置いて来て」と、原井先生が言うと、
「原井先生、ダメです。本人に自分で考えさせて下さい。Y子さんの事を今日一日見ていたら、私はある事に気づきました。Y子さんは自分からやろうとしてません。いつも原井先生の指示待ちをしています。自分で考えて自分でやろうとしていません。本人に考えさせて、本人の責任でやらせて下さい。人に頼って人に決めてもらっていたら、彼女の病気は治りません」

ガーン!と思いました。
私としては、人に頼っているつもりは無かったので、ショックを受けました。

病気でどうしたら良いかわからないから、専門家である先生の指導を受けねばならないのに、原井先生の指示をあおぐのは当然の事じゃないの?それのどこがいけないの?
と、わからなくなりました。

「私達は、あなたが何をしたら良いか、治すために何をしなければならないかは、すでに教えました。それを受けて、どうするか決めて実行するのは、あなた自身です。どうやるかは、あなたが自分の責任で決めて、自分で実行しなさい」
岡嶋先生はピシャリと言いました。

私は困って、どうしたら良いかわからず、
「じゃあ、やりますから、原井先生、一緒に付いて来て下さい」
と、原井先生の顔を見てお願いしました。
「ダメです。一人でやって来て下さい」
岡嶋先生は言いました。

とても怖くなって、懇願するように原井先生の顔を見ると、原井先生は静かにうなずきながら、
「一人でやりなさい」と言いました。

そんなー!!出来ないっ!! 私はその場でグジグシ泣いていましたが、
岡嶋先生も原井先生も、有無を言わさぬ態度で私を見ていたので、やらなきゃならないんだろうな、と悲しい気持ちで思いました。

「じゃあ、1枚だけでいいですか?1枚だけ置いて来るのでいいですか?」私の切羽詰まった問いかけに、原井先生は無言で私を見ており、
「その質問には答えられません。自分で決めなさい」
と岡嶋先生が言いました。

私は泣きながらその場を離れ、カードをもう一回置き去りにするために歩き出しました。
「16時半に病院に集合だからね」
背後に原井先生の声が聞こえました。
一人でもう一度カードを置きに行かねばならなくなった私は、とりあえず歩き出し、さてどうしようと途方に暮れました。

また怖い事をやらねばならないのかと思うと、身体がガチガチに緊張して、心臓が早鐘のように鳴りました。
やりたくない…
歩きながら、込み上げる不安と必死で格闘しながら思いました。
でも…
あれだけキッパリ、やれと二人の先生が言ったという事は、
やっぱりやらなきゃ治らないって事なのかもな…
やりたくない、でもやらなきゃ、やりたくない、でもやらなきゃ…
2つの気持ちの間で、私は揺れまくりました。
でも…
あれだけの事を言われてやらないのは、なんか自分に負けた気がして悔しい…
やらないと、今度はやらなかった事に対して、自己嫌悪になって落ち込みそう…
私は手に握っていたカードの束から、病院の診察券を抜き出し、このカードだったら、最悪無くなっても、まだマシ…と、目の前の陳列棚にあった商品を持ち上げて、それの下に置きました。

置いた途端、とても怖くなりました。
「私、本当に病院の診察券を置いたんだろうか?それは幻想で、本当はキャッシュカードを置いたのでは?」
居ても立ってもいられず、すぐさま商品を持ち上げて、下に置いた診察券を取り返しました。
「私、本当に診察券を取り戻しただろうか?」
たった今、診察券を取り返したばかりなのに、それがよく自覚出来なくて、
「診察券ならまだ忘れてもいいけれど、もし本当はキャッシュカードで、取り戻さずに置きっぱなしになってたらどうしよう?」
私は確かに診察券をちゃんと取り戻したか、商品を持ち上げたまま、棚の上を凝視し続けてしまいました。
何も無い、何も無い、何も無い、何も無い、何も無い…
頭の中で必死で唱えて、言い聞かせていました。
本当は、確認儀式は絶対やってはダメなのに、不安でたまらなくて、やってしまいました。

「何かお探しですか?」
商品を持ち上げたまま、ずっと立ち続けて棚を血眼で見つめている私を見て、店員が声を掛けてきました。

ああっ!もうっ!途中で邪魔されると、今までの確認がゼロにリセットされて、またやり直しをしなけりゃならないじゃん!
私は、強迫行為中に何か邪魔が入ると、今まで散々確認して積み上げた事が頭の中でリセットされてしまい、とてつもなく不確かな感覚に逆戻りしてしまって、もう一回、確認を1からし直さねばならなくなるのです。
私は声を掛けられた事で、またこの確認地獄を1からやらねばならぬと、激しく動揺しました。
しかし、おかしい行動をしているのは私の方で、そのまま商品を持ち上げたままにするわけにもいかず、「あ、いえ、ちょっと見てるだけですから」とお茶を濁し、仕方なく商品を棚に戻しました。

心の中では、「まだ確認途中なのに…どうしよう…商品の下にカードを置いていたらどうしよう…」
と不安がゾワゾワ沸いていました。早く店員さん、あっち行ってくれ!とひたすら願っていました。
「何かございましたら、また声をお掛け下さい」
店員は言い、私がいた場所からちょっと離れた所に行って、あたりを見回しながら立ちました。
ああ。そんな所に立たれたら、私、再び商品を持ち上げる事が出来ない!あそこから丸見えだから、絶対怪しまれる!
どうしよう、どうしようととても切羽詰まった気持ちになりました。
極度の緊張のあまり、汗で身体中、ビショビショでした。
本来なら、もうこれで振り切って、怖くてもこの場を立ち去らねばならないのですが、 私はどうしても、この場所から立ち去る事が出来ませんでした。

思い切って去ろうとしても、不安の糸でがんじがらめになっていて、何歩か歩くとすぐに言いようのない恐怖感に支配されて、またその場に戻ってしまっていました。
私はそのコーナーで、他の商品も見る振りをしながら、
診察券を置いた商品を時たま持ち上げて、チラ見で確認を繰り返す、という事をやりました。
でも、そんな事を20分ほども同じ場所で続けているので、
「何か気になるもの、ございましたか?」
と、再び店員に声を掛けられてしまいました。
ダメだ!もうこのやり方ではダメだ!私、完全に怪しまれてる!
万事休すでした。
「あ、はい、いえ、ちょっと見ていただけなので…」
そう言って、私はその場を去りました。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう………
歩きながら、激しく動揺し、言いようのない不安に押しつぶされそうになっていました。 
本当は、あそこに、私のカードが置きっぱなしだったら、本当にどうしよう?
激しい不安に耐えかねて、私はあまり人気のない商品コーナーへ入り込みました。
そしてそこで、ずっと手に握っていたカードの束を、必死の形相で確認し始めました。 
銀行のキャッシュカード、郵便局のキャッシュカード、保険証、免許証、診察券…
一つ一つ心で唱えながら、確かめました。
よし、ちゃんと全部ある!
でもすぐに不確かな感覚に襲われました。
もう一回やらなくちゃ。
銀行のキャッシュカード、郵便局のキャッシュカード、保険証、免許証、診察券…
何度も何度も繰り返しカードを確かめながら、延々と40分くらいは唱え続けていました。 
すると突然、「これ、本当に私のカードなのだろうか?」という思いが頭によぎってしまいました。
もしかしたら、これはX君が紛失したと言っていたカードで、私はそれを自分のものだと勘違いして持って来てしまい、私のカードはどこかに置きっぱなしなのかも?!
新たに浮かんでしまった疑念に、私は完璧に支配されてしまいました。
一枚一枚、カードに書かれている自分の名前を確認しだしました。
何度も何度も何十回も、何百回も、繰り返し繰り返し、カードにある名前を読んで頭に叩き込もうとしました。

すると今度は、文字を文字と思えなくなってしまいました。
「これは文字?文字ってこんなだったっけ?カタカナの「ワ」はこういう見た目だったっけ?」
もうどうやっても、どんどん不確かなドツボにどんどんハマって行ってしまい、何もかもが分からなくなってきて、どうしよう!と焦れば焦るほど、ますます「こんなだったっけ?」と、自分で知覚している物がわからなくなっていきました。

「ワ」…
「イ」…
「コ」…
名前の一文字一文字を、目で書くようになぞって、頭に字の形を刻み込もうとしました。 

「ワ」…
「イ」…

なぞり、唱え、刻みつけ、次の文字の確認をしようと目を移すと、
もう前に散々なぞったはずの文字の事が不確かになってしまい、
また前の文字に戻ってやり直す…という事を繰り返し続けるしかなくなってしまいました。
いつまでたっても終われない!
時計を見ると、集合時間を過ぎていました。
早く戻らなきゃ!
でも、怖くてカードから目を離せず、その場を動く事が出来ませんでした。
もう何百回も文字は確認した…
たぶんこれ以上やっても、私はきっと確信を持つ事は出来ないだろう…
文字をなぞるのは時間がかかりすぎる…
よし、方法を変えて確認しよう、そして、とっとと病院に戻らなくちゃ!
私は一つ一つのカードを手で順番に触りながら、「1,2,3,4,5…よし、5枚ちゃんとある、1,2,3,4,5…よし、5枚ちゃんとある…」

と、今度はカードの枚数を数えて、納得しようとしました。
何度も何度も数えて、たまたま通りかかった店員が、突っ立ったままカードを数えまくってる私を不審に思ったのかチラチラチラチラ私の事を見に、やって来ても、
私は何度やっても確信を得られず、見ているのに見た気がどうしてもしなく、その場で確認をし続けました。
「もうこれで最後!これで怖くても絶対に止める!」
心に何度も決意するのですが、やり終えると直後に不安になり、足が震えてその場から動けなくなり、また確認を繰り返す…

そのうち、「あれ?私の銀行のカードって、こんな色だったっけ?」と突然新たな疑念が沸いてしまい、
「もしかしたら私、これの他にもう一枚、別の銀行カードを持っていて、記憶になかっただけで、それを店内に実は置いているのでは?」
などと、今度は幻のカードの存在に恐怖し、恐怖の妄想はとどまる事を知らなくなって、どんどんエスカレートして次々と新たな疑念が巻き起こり、もうどうしようもなくなって、自分の頭で処理しきれなくなって、その不安を少しでも解消しようと、ますますカードを何度も何度も、やり方を変えて、 確認をし続ける事になってしまいました。

気づけば、病院に集合する時間を1時間も過ぎていました。
どうしよう、戻らなきゃ、ああ、でも戻れない、確認が止められない…
私は全身汗だくになりながら、カードを持つ手もプルプル震えながら、血眼になってカードを凝視し、確認をし続けてしまっていました。
つづく
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原井先生が、患者みんなを集めて言いました。
「では今から自由行動にします。それぞれ自分の症状に合わせて、今日いろいろ教えた方法を各自試してみて下さい」
その後みんなは何かあった時のために原井先生の携帯電話番号を教えてもらい、夕方4時半に病院に集合、という事になって、各自、今日一日で習った自分にとっての行動療法を、今度は先生なしで自分で行うよう、それぞれ散って行きました。

私はどうしようかな?と思っていると、「あなたは、もうちょっと一緒にやってみようか」と原井先生に言われ、エスカレーターに乗って、また別の売場に連れて行かれました。いろんな商品が並ぶそのフロアに連れて行かれると、原井先生はポケットから自分の財布を出し、財布からクレジットカードを出して、商品と商品のすき間にポトンと落としました。

先生のクレジットカードはわりと奥に入ってしまって、どこに落ちたのか見えなくなってしまいました。「さあ、今度はあなたがやってみて」と言われました。恐怖で頭がカーッとなって、足がガクガク震え、自分でも意図せず、涙がボロボロ流れました。心臓が早鐘のように鳴り、胸が恐怖で鋭くつんざかれたように痛み、胃のあたりがゾワゾワして、いても立ってもいられなくなりました。

「イヤです!出来ません!絶対出来ません!無理です!」私は顔をくしゃくしゃにして泣きながら、原井先生に断固として拒否しました。本当に本当に、あり得ないくらい怖かったのです。こんな事をやるくらいなら治らなくてもいい、とすら思うくらい、私にとっては怖い事だったのです。

「さあ。勇気出してやってみようか」原井先生は私の目を真っ直ぐ見ながら言いました。
「絶対出来ません!怖いです!ほんとに怖いです!無理です!出来ません!」私は号泣していました。

他の客が私の横を通り過ぎながらジロジロ見て行きましたが、原井先生は一歩も引かずに、私の顔を眺めて立っていました。やるべきなのか?やるべきなんだろう。それをやりに私は名古屋まで来たんじゃないか… 
一瞬私の心はせめぎ合い、葛藤しましたが、でも自分の大事なカード、落としたりして無くして誰かに拾われたら困るカード、それを財布から出すだけでも怖くて出来なくなっていたのによりによって、知らない店の商品のすき間に落とすなんて…
もしやった後、カードを回収しても、私の事だから「本当にカードは回収したのか?目の前のカードは偽物なんじゃないか?本物は落としたままなのではないか?」と思ってしまって、さらに怖くなってしまうだろう。やっぱり出来ない。絶対、無理!怖い!怖くてたまらない!

私が泣きながら、20分くらいずっと拒み続けていました。「じゃあ、まずは財布からとりあえずカードを1枚出して」原井先生が「やらなくていいよ」と言うはずもなく、先生が目の前に立っているのに逃げ出すわけにも行かず、私はボロボロに泣きながら、おそるおそる地元の雑貨屋のポイントカードを出しました。 
「そういうカードは落としても怖くないでしょ。キャッシュカードとかクレジットカードにして下さい」原井先生は、私の魂胆を見抜いて、すかさず言いました。それでまた私は号泣しました。

そして、しばらく出来ない、出来ない、怖い、怖いと訴え続けましたが、原井先生がガンとして引かないので、郵便局のキャッシュカードを、本当に気が狂いそうに思いながら取り出しました。
「じゃあ、それをこの上に置いてみよう」
目の前にある商品の箱の上に置くように言われ、カードを置きました。

「ここまでは出来たねぇ。じゃあ、そのままカードをボクがやったようにすき間に落として」
「それは出来ません!これで精一杯ですっ!」
「うん。怖いなら、ますます怖くなるようにやってみよう」
「イヤです!もう帰りたいです!」
「あなたは何で名古屋に来たの?治したいと思ったから来てるんでしょう?」
「そんな事言われても、まさかこんな事までするとは思いませんでした!出来ません!」
「やらなきゃ、いつまで経っても怖いままだよ。それでもいいの?さあ、やってごらん」 
「絶対イヤです!」
私がまたダダをこねて泣きじゃくってると、そこへ他の患者の1人がたまたま通りかかった。
「あ、X君、ちょうどいいところに来た!」
原井先生は、そのX君という若い男の子の患者を呼ぶと、
X君に、カードを出して、同じように商品のすき間に落とすよう命じました。
「ええっ!なんかイヤですねぇ…」
X君はちょっとだけモジモジしていましたが、言われた通りにカードを落としました。 
「さあ、X君も出来たよ。あなたもやってごらん」
私は、X君は私とは別な事が怖くて悩んでいて、キャッシュカードは怖くないから出来たんだと言って、
とにかく泣きじゃくってやろうとしませんでした。
X君は泣いてる私に
「ボクもとても怖かったし、無くしたらイヤだなって思いましたよ。頑張って下さい」 
と言いました。

二人が私を見つめて待ち続けているので、私は仕方なく自分のカードをすき間に落とそうと手を伸ばしましたが、どうしても怖くて手が動いてくれませんでした。
「じゃあX君、落とせるように手伝ってあげて。それかX君がY子さんのカードを落とそうか」
と原井先生が言い、X君が私のカードを箱の上で滑らせて、すき間に落とそうと動かし始めたので、人に落とされてしまうと、自分で落とした感覚が無い分、本当にここに落としたのか?と思って、また怖くなる!ととっさに思い、私も恐る恐る手を伸ばして、X君と一緒にカードを箱の上で滑らせて移動させ、すき間に落としました。

落とした瞬間、もうMAXで恐怖の絶頂を感じて、激しく泣き出してしまいました。
「やったねぇ。やれたねぇ。」
そう言った後に、すかさず
「じゃあ、次に行きましょう」
と原井先生が言ったので、ええっ?と思い、
「先生、カード、拾わずに行くんですか?」と言うと、
「そのまま落としたまま、違う場所に行きましょう」と原井先生が言ったので、頭をカチ割られるくらいのショックを受けました。

X君も、ちょっとウロたえていました。
「だって先生っ!もし誰かに見つけられて拾われちゃったらどうするんですか?」
「もうカードは他人に拾われてしまったと思いながら、次に行きましょう」
「えっ!イヤですっ!もし悪い人に拾われて、悪用されたらどうするんですかっ!」
「何かあったら、何かあった時に考えましょう」
「それじゃ手遅れです!先生だって、クレジットカード拾われて使われちゃったらどうするんですかっ?」
「何か大きな買い物されたら、カード会社から連絡があるでしょう。銀行も紛失届け出せばいいからね」
「私、紛失届け出したのかどうかって事も不確かで心配になっちゃいます!回収させて下さい!」
「そのままにして次に行きます」
原井先生はキッパリ言うと、ズンズン歩き出しました。

X君は歩き去る原井先生と、泣きじゃくる私を交互に見ながらオロオロしていましたが、 原井先生の後を追って歩いて行きました。
私はもうすっかり恐怖のどん底な気持ちになってしまい、泣くなと言われても無理で、「ヒック、ヒック」としゃくり上げながら、すき間に落としたままのカードが心配で、 拾いたくて拾いたくてたまりませんでしたが、拾ったら拾ったで、また「本当に私はカードを拾ったのだろうか?」と怖くなってしまい、その場で確認行為を繰り返して、一人じゃその場を立ち去れなくなってしまうとも思い、 カードを置きっぱなしのまま、泣きながら二人の後を追いました。
原井先生は、店内のあちこちに、自分のカードをバラまいて歩きました。とある商品の下にカードを隠し、そのまま、また違う売り場に移動して積んであるカタログの間にカードをしのばせたり、また歩いて違う売場に行って商品の後ろにカードを置き…そうやって置いたら置きっぱなしのまま、その場を離れて違う場所に行き…X君も原井先生に言われるまま、自分のカードを財布から出してはあちこちに無造作に、店内中にカードをバラまいていました。

私はもう、怖くて怖くてたまりませんでした。
私ももちろん一緒にやるよう言われたのですが、怖くて出来ず、泣きっぱなしのまま後を付いて歩くだけでした。
「さあ、あなたもやらなくちゃ」
私があまりにもやろうとしないので、原井先生が言いました。
「出来ないです!怖いです!こんなに店のあちこちにカードを置いたら、どこにカードを置いたかわからなくなって、本当にカードを無くしてしまいます!覚えられません!」

「そうだねぇ。覚えられないよねぇ。じゃ、やってみよう」
「だから、イヤですっ!」
私はますます激しく泣きながら、必死で抵抗しました。

やらなければやれるようにならない事は、前日の講義で治療について説明されたのでわかっていました。
そりゃ、理屈じゃそうかも知れないけど、こんな怖い目に遭うのは絶対無理!
なんでここまでやらなきゃならないのか!と恐ろしくて恐ろしくてたまりませんでした。 
でも同時に、名古屋まで私を車で連れて来てくれて、私が治療をやり遂げる事に望みをかけ、 ホテルで待っている両親の事を思うと、激しく心が揺れました。

やらなきゃ、やらなきゃ!これをやるために私はこんな所まで来たんじゃないか!親まで巻き込んで来たんじゃないか!でもすぐに、怖い!怖い!やれない!無理!何かあったらどうしよう!と思えて来てしまって、

「最悪なストーリーを設定して、自分にとって怖い事に対して、考えられる一番怖い事をやる事で、出来なくなっていた事が出来るようになる」
「やらずに逃げてばかりいたら出来ないまま。多くの患者が同じ思いをして治療して治って行ったんだ」
という事はわかっているのだけど、やっぱり怖い!私には出来ない!と、泣いて動こうとしませんでした。

原井先生は私の目をじっと見ると言いました。
「あなたはまだ40代の始めでしょ。これから彼氏と結婚して子供も産むかも知れないじゃない。そしたらあなたは母親として、しっかり生きて行かなくちゃならないんだよ」
「結婚するつもりはありません!子供も産みません!」
「そんなのわからないじゃない。子供が産まれたら、銀行のカードを使ってお金を出して、おもちゃを買ってあげたりしなきゃならないんだよ。使えないままでいいの?」
「だから、子供は絶対に産むつもりはありません!」
「怖くてもやらなきゃ、いつまで経ってもやれないままだよ。あなたは本当に治したいの?」
「治したいけど、これは出来ません!絶対に無理です!」
「あなたはキャッシュカードと、自分のこれからの人生と、どっちが大事なの?」
「…そんなの選べません!」
「あなたが今怖いからと治療を止めて、この先ずっとカードに怯えて暮らして行くのか、 怖くても今がんばって治して行って、今まで病気のせいで出来なかった事をまたやれるようになるのか、どちらを選ぶかは、あなた次第です」
「………でも…ほんとに怖くてたまらないんです…」
「あなたは将来やりたい事は無いの?病気が治ったら、これをやりたい、って物は無いの?」
「…あるけど…でも…」
「あなたの人生にとって一番大切なのはキャッシュカードじゃありません。あなたが送りたい未来です」
「………」
「あなたのそのやりたい事を大切にしなさい。さあ、カードを置いてみましょう」
その時、突然、
「あっ、ちょっと良いですか?ボク、ほんとにどこにカード置いたかわからなくなっちゃった!」とX君。

「そうだねぇ。あちこちに置いて来たからわからなくなるのは当然です」と平然と言う原井先生。 
「ちょ、ちょっと、困るなぁ。無造作に取り出して沢山バラまいたから、どのカードをどこに置いたか覚えてない…
何のカードを財布に入れてたかも、いちいち意識して覚えて無かったし…何か大事なカードだったらどうしよう?」
X君はアワアワしながら自分の財布の中を見たりしていました。
「ではね、帰り際に店員さんに落とし物で届いていないか聞いてみましょう。それで無かったら、出てくるのを待つしかないね」

原井先生は全く動じず、テキパキ言いました。
「もしキャッシュカードとかクレジットカードが無くなっていたら、銀行やカード会社に連絡してね」
X君は、キャッシュカードなどを紛失する事については怖いとは思ってなくて、また私とは別の事が怖くて今回の集中治療に参加していましたが、それでもいくら怖くなくても、もしX君が、無くしたカードのせいで何かの犯罪に巻き込まれたら、原井先生は、どうやって責任取るんだろう?
たとえ怖くなくても、何かあったらX君は相当困るだろうに…
私は他人事ながら、とても不安になりました。

「大丈夫。命までは取られないから」原井先生が笑いながら言い、X君は、
「…あ、はい…わかりました…」
と言いました。

信じられない!

私がX君の立場だったら、何か犯罪に巻き込まれて、抜き差しならないハメになるくらいだったら、今すぐ命を取られた方がマシ!
すると原井先生は言いました。
「さあ、今X君はカードを探す事を辞めたね。どういう気持ちで辞めたの?」
「ああ…もう無かったら無かった時と思って、あきらめました」
「そう!そうだねぇ。あきらめたねぇ。さあ、X君はあきらめました。よく出来ましたねぇ。次はあなたがやってみよう」
原井先生は、私に振って来ました。
「無くしてもいいやと思ってやってごらん」
私の心臓は破裂しそうでした。
あきらめる…
もう無くしてしまったと思いながらやってみる…
私、これ以上、ダダをコネてていいんだろうか?
X君は別にカードが怖いわけじやないのに、
たまたま私達に出会ってしまって、カードを店内にバラまいていくのに付き合わされて、
本当にカードを無くしてしまった…
私のせいでそんな目に遭ったのに、あきらめてちゃんと平静を保ってる…
カードが怖い張本人の私がやらないなんて、ダメに決まってる!
必死で自分に言い聞かせて、勇気を奮い立たせようとしました。
でも…
こんなあちこち、何枚もカードを置き去りにして、もしキャッシュカードを本当に無くしてしまって、それがたまたま悪い人に拾われて、たまたま暗証番号が合ってしまって、私が気づいた時には貯金を全額引き出されてしまったら、私は貯金ゼロから生活を建て直して行けるのだろうか?

もうこんな年齢だし、手に職はあっても優れているわけじゃないから、そうそう私を雇ってくれる所も無いに等しいだろう…今の会社は契約社員で、月収も新入社員並みな金額で、ボーナスと昇給は無い…今の会社の給料では貯金をする金銭的余裕は無い…仮にカツカツな暮らしで我慢するとしても、年取ったらどうなるんだろう?

それに相棒は宵越しの金は持たないタイプで貯金もゼロ…その日が暮らせりゃ、それでいいや的な相棒が、老後の貯金のために働くわけが無い…もし私の貯金が無くなってしまったら、相棒と私は年を取ったら浮浪者になるかも知れない…やっぱり私が何とかしなくちゃ!

やっぱり貯金が危険な目に遭う可能性がある事は、何としても避けねば!私は再び怖くなって、やっぱりカードをあちこちに置き去りにする事は出来ない!と思いました。
「先生、すみません…どうしても出来ません…」

私はまた泣き出しました。
原井先生は私の顔をじっと見て、私がやるのを待っていました。
X君もじっと立って待っていました。
私はしばらくその場で泣いていました。

そのうち、いくら出来ないと訴えても、先生は私がやるまで待ってるのだろう、と思いました。
怖いけど、私には逃げ場が無いと思いました。
このままやらずに帰してはもらえないんだと思いました。
治すためとか、もうそう言う事は全く頭から無くなってしまっていて、
原井先生とX君が私を待ち続けているこの状況を何とかしないと、いつまでも終われない、と思いました。

私はグシャグシャに泣きながら、免許証を財布から取り出し、目の前にあった商品カタログの束の間に入れました。
「はい。じゃあ、どんどん置いて行こう」
原井先生が歩き出しました。
私はひたすら泣いて、泣き過ぎて頭がボーッとしながら、やぶれかぶれな気持ちで、結局キャッシュカードを2枚、免許証、保険証、病院の診察券を、その店のあちこちに置き去りにしました。

やる度に原井先生は笑顔で「はい。やれたね」と言いましたが、私自身のその時の気持ちは、怖くてもやれた!と言う達成感はまるで無く、ただただひたすら怖く、本当に恐ろしい事をしてしまったと恐怖で気が狂いそうで、

「自分でやった」では無く、「先生に無理矢理やらされた」と思い、置き去りにして来てしまったカードの安否ばかりを、ドキドキしながら心配していました。

つづく

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