ここから本文です
こだわり力
これはY子さんのブログからの引越しです

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

原井先生が、患者みんなを集めて言いました。
「では今から自由行動にします。それぞれ自分の症状に合わせて、今日いろいろ教えた方法を各自試してみて下さい」
その後みんなは何かあった時のために原井先生の携帯電話番号を教えてもらい、夕方4時半に病院に集合、という事になって、各自、今日一日で習った自分にとっての行動療法を、今度は先生なしで自分で行うよう、それぞれ散って行きました。

私はどうしようかな?と思っていると、「あなたは、もうちょっと一緒にやってみようか」と原井先生に言われ、エスカレーターに乗って、また別の売場に連れて行かれました。いろんな商品が並ぶそのフロアに連れて行かれると、原井先生はポケットから自分の財布を出し、財布からクレジットカードを出して、商品と商品のすき間にポトンと落としました。

先生のクレジットカードはわりと奥に入ってしまって、どこに落ちたのか見えなくなってしまいました。「さあ、今度はあなたがやってみて」と言われました。恐怖で頭がカーッとなって、足がガクガク震え、自分でも意図せず、涙がボロボロ流れました。心臓が早鐘のように鳴り、胸が恐怖で鋭くつんざかれたように痛み、胃のあたりがゾワゾワして、いても立ってもいられなくなりました。

「イヤです!出来ません!絶対出来ません!無理です!」私は顔をくしゃくしゃにして泣きながら、原井先生に断固として拒否しました。本当に本当に、あり得ないくらい怖かったのです。こんな事をやるくらいなら治らなくてもいい、とすら思うくらい、私にとっては怖い事だったのです。

「さあ。勇気出してやってみようか」原井先生は私の目を真っ直ぐ見ながら言いました。
「絶対出来ません!怖いです!ほんとに怖いです!無理です!出来ません!」私は号泣していました。

他の客が私の横を通り過ぎながらジロジロ見て行きましたが、原井先生は一歩も引かずに、私の顔を眺めて立っていました。やるべきなのか?やるべきなんだろう。それをやりに私は名古屋まで来たんじゃないか… 
一瞬私の心はせめぎ合い、葛藤しましたが、でも自分の大事なカード、落としたりして無くして誰かに拾われたら困るカード、それを財布から出すだけでも怖くて出来なくなっていたのによりによって、知らない店の商品のすき間に落とすなんて…
もしやった後、カードを回収しても、私の事だから「本当にカードは回収したのか?目の前のカードは偽物なんじゃないか?本物は落としたままなのではないか?」と思ってしまって、さらに怖くなってしまうだろう。やっぱり出来ない。絶対、無理!怖い!怖くてたまらない!

私が泣きながら、20分くらいずっと拒み続けていました。「じゃあ、まずは財布からとりあえずカードを1枚出して」原井先生が「やらなくていいよ」と言うはずもなく、先生が目の前に立っているのに逃げ出すわけにも行かず、私はボロボロに泣きながら、おそるおそる地元の雑貨屋のポイントカードを出しました。 
「そういうカードは落としても怖くないでしょ。キャッシュカードとかクレジットカードにして下さい」原井先生は、私の魂胆を見抜いて、すかさず言いました。それでまた私は号泣しました。

そして、しばらく出来ない、出来ない、怖い、怖いと訴え続けましたが、原井先生がガンとして引かないので、郵便局のキャッシュカードを、本当に気が狂いそうに思いながら取り出しました。
「じゃあ、それをこの上に置いてみよう」
目の前にある商品の箱の上に置くように言われ、カードを置きました。

「ここまでは出来たねぇ。じゃあ、そのままカードをボクがやったようにすき間に落として」
「それは出来ません!これで精一杯ですっ!」
「うん。怖いなら、ますます怖くなるようにやってみよう」
「イヤです!もう帰りたいです!」
「あなたは何で名古屋に来たの?治したいと思ったから来てるんでしょう?」
「そんな事言われても、まさかこんな事までするとは思いませんでした!出来ません!」
「やらなきゃ、いつまで経っても怖いままだよ。それでもいいの?さあ、やってごらん」 
「絶対イヤです!」
私がまたダダをこねて泣きじゃくってると、そこへ他の患者の1人がたまたま通りかかった。
「あ、X君、ちょうどいいところに来た!」
原井先生は、そのX君という若い男の子の患者を呼ぶと、
X君に、カードを出して、同じように商品のすき間に落とすよう命じました。
「ええっ!なんかイヤですねぇ…」
X君はちょっとだけモジモジしていましたが、言われた通りにカードを落としました。 
「さあ、X君も出来たよ。あなたもやってごらん」
私は、X君は私とは別な事が怖くて悩んでいて、キャッシュカードは怖くないから出来たんだと言って、
とにかく泣きじゃくってやろうとしませんでした。
X君は泣いてる私に
「ボクもとても怖かったし、無くしたらイヤだなって思いましたよ。頑張って下さい」 
と言いました。

二人が私を見つめて待ち続けているので、私は仕方なく自分のカードをすき間に落とそうと手を伸ばしましたが、どうしても怖くて手が動いてくれませんでした。
「じゃあX君、落とせるように手伝ってあげて。それかX君がY子さんのカードを落とそうか」
と原井先生が言い、X君が私のカードを箱の上で滑らせて、すき間に落とそうと動かし始めたので、人に落とされてしまうと、自分で落とした感覚が無い分、本当にここに落としたのか?と思って、また怖くなる!ととっさに思い、私も恐る恐る手を伸ばして、X君と一緒にカードを箱の上で滑らせて移動させ、すき間に落としました。

落とした瞬間、もうMAXで恐怖の絶頂を感じて、激しく泣き出してしまいました。
「やったねぇ。やれたねぇ。」
そう言った後に、すかさず
「じゃあ、次に行きましょう」
と原井先生が言ったので、ええっ?と思い、
「先生、カード、拾わずに行くんですか?」と言うと、
「そのまま落としたまま、違う場所に行きましょう」と原井先生が言ったので、頭をカチ割られるくらいのショックを受けました。

X君も、ちょっとウロたえていました。
「だって先生っ!もし誰かに見つけられて拾われちゃったらどうするんですか?」
「もうカードは他人に拾われてしまったと思いながら、次に行きましょう」
「えっ!イヤですっ!もし悪い人に拾われて、悪用されたらどうするんですかっ!」
「何かあったら、何かあった時に考えましょう」
「それじゃ手遅れです!先生だって、クレジットカード拾われて使われちゃったらどうするんですかっ?」
「何か大きな買い物されたら、カード会社から連絡があるでしょう。銀行も紛失届け出せばいいからね」
「私、紛失届け出したのかどうかって事も不確かで心配になっちゃいます!回収させて下さい!」
「そのままにして次に行きます」
原井先生はキッパリ言うと、ズンズン歩き出しました。

X君は歩き去る原井先生と、泣きじゃくる私を交互に見ながらオロオロしていましたが、 原井先生の後を追って歩いて行きました。
私はもうすっかり恐怖のどん底な気持ちになってしまい、泣くなと言われても無理で、「ヒック、ヒック」としゃくり上げながら、すき間に落としたままのカードが心配で、 拾いたくて拾いたくてたまりませんでしたが、拾ったら拾ったで、また「本当に私はカードを拾ったのだろうか?」と怖くなってしまい、その場で確認行為を繰り返して、一人じゃその場を立ち去れなくなってしまうとも思い、 カードを置きっぱなしのまま、泣きながら二人の後を追いました。
原井先生は、店内のあちこちに、自分のカードをバラまいて歩きました。とある商品の下にカードを隠し、そのまま、また違う売り場に移動して積んであるカタログの間にカードをしのばせたり、また歩いて違う売場に行って商品の後ろにカードを置き…そうやって置いたら置きっぱなしのまま、その場を離れて違う場所に行き…X君も原井先生に言われるまま、自分のカードを財布から出してはあちこちに無造作に、店内中にカードをバラまいていました。

私はもう、怖くて怖くてたまりませんでした。
私ももちろん一緒にやるよう言われたのですが、怖くて出来ず、泣きっぱなしのまま後を付いて歩くだけでした。
「さあ、あなたもやらなくちゃ」
私があまりにもやろうとしないので、原井先生が言いました。
「出来ないです!怖いです!こんなに店のあちこちにカードを置いたら、どこにカードを置いたかわからなくなって、本当にカードを無くしてしまいます!覚えられません!」

「そうだねぇ。覚えられないよねぇ。じゃ、やってみよう」
「だから、イヤですっ!」
私はますます激しく泣きながら、必死で抵抗しました。

やらなければやれるようにならない事は、前日の講義で治療について説明されたのでわかっていました。
そりゃ、理屈じゃそうかも知れないけど、こんな怖い目に遭うのは絶対無理!
なんでここまでやらなきゃならないのか!と恐ろしくて恐ろしくてたまりませんでした。 
でも同時に、名古屋まで私を車で連れて来てくれて、私が治療をやり遂げる事に望みをかけ、 ホテルで待っている両親の事を思うと、激しく心が揺れました。

やらなきゃ、やらなきゃ!これをやるために私はこんな所まで来たんじゃないか!親まで巻き込んで来たんじゃないか!でもすぐに、怖い!怖い!やれない!無理!何かあったらどうしよう!と思えて来てしまって、

「最悪なストーリーを設定して、自分にとって怖い事に対して、考えられる一番怖い事をやる事で、出来なくなっていた事が出来るようになる」
「やらずに逃げてばかりいたら出来ないまま。多くの患者が同じ思いをして治療して治って行ったんだ」
という事はわかっているのだけど、やっぱり怖い!私には出来ない!と、泣いて動こうとしませんでした。

原井先生は私の目をじっと見ると言いました。
「あなたはまだ40代の始めでしょ。これから彼氏と結婚して子供も産むかも知れないじゃない。そしたらあなたは母親として、しっかり生きて行かなくちゃならないんだよ」
「結婚するつもりはありません!子供も産みません!」
「そんなのわからないじゃない。子供が産まれたら、銀行のカードを使ってお金を出して、おもちゃを買ってあげたりしなきゃならないんだよ。使えないままでいいの?」
「だから、子供は絶対に産むつもりはありません!」
「怖くてもやらなきゃ、いつまで経ってもやれないままだよ。あなたは本当に治したいの?」
「治したいけど、これは出来ません!絶対に無理です!」
「あなたはキャッシュカードと、自分のこれからの人生と、どっちが大事なの?」
「…そんなの選べません!」
「あなたが今怖いからと治療を止めて、この先ずっとカードに怯えて暮らして行くのか、 怖くても今がんばって治して行って、今まで病気のせいで出来なかった事をまたやれるようになるのか、どちらを選ぶかは、あなた次第です」
「………でも…ほんとに怖くてたまらないんです…」
「あなたは将来やりたい事は無いの?病気が治ったら、これをやりたい、って物は無いの?」
「…あるけど…でも…」
「あなたの人生にとって一番大切なのはキャッシュカードじゃありません。あなたが送りたい未来です」
「………」
「あなたのそのやりたい事を大切にしなさい。さあ、カードを置いてみましょう」
その時、突然、
「あっ、ちょっと良いですか?ボク、ほんとにどこにカード置いたかわからなくなっちゃった!」とX君。

「そうだねぇ。あちこちに置いて来たからわからなくなるのは当然です」と平然と言う原井先生。 
「ちょ、ちょっと、困るなぁ。無造作に取り出して沢山バラまいたから、どのカードをどこに置いたか覚えてない…
何のカードを財布に入れてたかも、いちいち意識して覚えて無かったし…何か大事なカードだったらどうしよう?」
X君はアワアワしながら自分の財布の中を見たりしていました。
「ではね、帰り際に店員さんに落とし物で届いていないか聞いてみましょう。それで無かったら、出てくるのを待つしかないね」

原井先生は全く動じず、テキパキ言いました。
「もしキャッシュカードとかクレジットカードが無くなっていたら、銀行やカード会社に連絡してね」
X君は、キャッシュカードなどを紛失する事については怖いとは思ってなくて、また私とは別の事が怖くて今回の集中治療に参加していましたが、それでもいくら怖くなくても、もしX君が、無くしたカードのせいで何かの犯罪に巻き込まれたら、原井先生は、どうやって責任取るんだろう?
たとえ怖くなくても、何かあったらX君は相当困るだろうに…
私は他人事ながら、とても不安になりました。

「大丈夫。命までは取られないから」原井先生が笑いながら言い、X君は、
「…あ、はい…わかりました…」
と言いました。

信じられない!

私がX君の立場だったら、何か犯罪に巻き込まれて、抜き差しならないハメになるくらいだったら、今すぐ命を取られた方がマシ!
すると原井先生は言いました。
「さあ、今X君はカードを探す事を辞めたね。どういう気持ちで辞めたの?」
「ああ…もう無かったら無かった時と思って、あきらめました」
「そう!そうだねぇ。あきらめたねぇ。さあ、X君はあきらめました。よく出来ましたねぇ。次はあなたがやってみよう」
原井先生は、私に振って来ました。
「無くしてもいいやと思ってやってごらん」
私の心臓は破裂しそうでした。
あきらめる…
もう無くしてしまったと思いながらやってみる…
私、これ以上、ダダをコネてていいんだろうか?
X君は別にカードが怖いわけじやないのに、
たまたま私達に出会ってしまって、カードを店内にバラまいていくのに付き合わされて、
本当にカードを無くしてしまった…
私のせいでそんな目に遭ったのに、あきらめてちゃんと平静を保ってる…
カードが怖い張本人の私がやらないなんて、ダメに決まってる!
必死で自分に言い聞かせて、勇気を奮い立たせようとしました。
でも…
こんなあちこち、何枚もカードを置き去りにして、もしキャッシュカードを本当に無くしてしまって、それがたまたま悪い人に拾われて、たまたま暗証番号が合ってしまって、私が気づいた時には貯金を全額引き出されてしまったら、私は貯金ゼロから生活を建て直して行けるのだろうか?

もうこんな年齢だし、手に職はあっても優れているわけじゃないから、そうそう私を雇ってくれる所も無いに等しいだろう…今の会社は契約社員で、月収も新入社員並みな金額で、ボーナスと昇給は無い…今の会社の給料では貯金をする金銭的余裕は無い…仮にカツカツな暮らしで我慢するとしても、年取ったらどうなるんだろう?

それに相棒は宵越しの金は持たないタイプで貯金もゼロ…その日が暮らせりゃ、それでいいや的な相棒が、老後の貯金のために働くわけが無い…もし私の貯金が無くなってしまったら、相棒と私は年を取ったら浮浪者になるかも知れない…やっぱり私が何とかしなくちゃ!

やっぱり貯金が危険な目に遭う可能性がある事は、何としても避けねば!私は再び怖くなって、やっぱりカードをあちこちに置き去りにする事は出来ない!と思いました。
「先生、すみません…どうしても出来ません…」

私はまた泣き出しました。
原井先生は私の顔をじっと見て、私がやるのを待っていました。
X君もじっと立って待っていました。
私はしばらくその場で泣いていました。

そのうち、いくら出来ないと訴えても、先生は私がやるまで待ってるのだろう、と思いました。
怖いけど、私には逃げ場が無いと思いました。
このままやらずに帰してはもらえないんだと思いました。
治すためとか、もうそう言う事は全く頭から無くなってしまっていて、
原井先生とX君が私を待ち続けているこの状況を何とかしないと、いつまでも終われない、と思いました。

私はグシャグシャに泣きながら、免許証を財布から取り出し、目の前にあった商品カタログの束の間に入れました。
「はい。じゃあ、どんどん置いて行こう」
原井先生が歩き出しました。
私はひたすら泣いて、泣き過ぎて頭がボーッとしながら、やぶれかぶれな気持ちで、結局キャッシュカードを2枚、免許証、保険証、病院の診察券を、その店のあちこちに置き去りにしました。

やる度に原井先生は笑顔で「はい。やれたね」と言いましたが、私自身のその時の気持ちは、怖くてもやれた!と言う達成感はまるで無く、ただただひたすら怖く、本当に恐ろしい事をしてしまったと恐怖で気が狂いそうで、

「自分でやった」では無く、「先生に無理矢理やらされた」と思い、置き去りにして来てしまったカードの安否ばかりを、ドキドキしながら心配していました。

つづく

http://static.wixstatic.com/media/f1206f93fb330eb82947038f4a387451.jpg

全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事