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きのうの 夕空。 雨上がりの 曇り空の向こうに 水色の山並みがきれいでした。 ずーっとずーっと どこまでも 続いています。 古い食器を整理していたら おじいちゃんが記念にいただいた 鉄瓶の急須をみつけました・・・古き良き物・・・ですね。 敬老の日に、主人とプレゼントを持って おじいちゃんの所へ行ってきました。 最近では 帰るという言葉もほとんどなく とても穏やかに 暮らしているそうです。 敬老のお祝いの日に写した写真と 手紙をもらいました。 職員の方が冗談で 「早く迎えに来て・・・と書いたら・・・」 と言ったそうですが・・。 手紙の文章は 文字が抜けたりしていましたが 内容は理解できました・・・。 「 元気で いるから 安心しろ 」 思ってもいなかった 文章でした。 とても とても せつない 文章でした。 涙が こぼれました。 ここまでが 2007年9月21日に書いたものです。 アップしようと思っても どうしてもできなかった 一年前。 消すこともできずに 書庫にしまったままでした。 ギリギリの選択で 6月に施設に入所。 12月に 病院に入院して 三ヶ月。 三ヶ月間、精一杯お世話が出来たから・・・と いって 後悔が 消えたたわけではありません。 少しずつ 気持ちが落ち着いてきたので アップできたのかもしれません。 認知症は 本人も 周りの者も せつない病気です。
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かいごろくの 部屋
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2月12日 午前4時19分 |
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昨夜、「呼吸があらいので・・・」と、病院から電話があり たくさん積もった車の雪を降ろす時間ももどかしく タクシーに乗ってすぐ病院へ向かいました。 たくさんの管につながれ人口呼吸器をして痛々しい姿。 心肺停止が、どれくらいあったのか・・・ すぐ処置をしてくださり、心臓と呼吸が動き始めました。 昨夜は、どんなことにも反応せず。 頭に酸素がいかない時間が長すぎたのか・・・。 今日から、少しずつ反応が出てきて、 夕方には眉をしかめるまでになってきました。 「食べさせてあげたい・・・」 という、家族の願いに答えようと 先生、看護婦さん、スタッフの方々が出来るだけのことをしてくださっています。 点滴につながれて約2ヶ月近く・・・。 「大好きな甘い物を食べさせてあげたい・・・」 と、願っています。
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おじいちゃんが 12月25日に処置を終えて、こちらの病院へ戻ってきました。 こちらの先生から「お正月はおうちで2〜3日過ごさせてあげてください」 と言われ、準備をして待っていました。 でも、なかなか食事を始めることが出来ず点滴が続いているので、 外泊は無理だということになり、 元旦に2時間の外出許可を貰って 家に帰ってきました。 おじいちゃんに届いた年賀状を見て、自分の部屋を見て・・・ 大好きな家の事は 忘れていませんでした。 座っているのも辛そうで 半分は寝ていました。 足も随分、弱ってしまいました。 一人で歩くのは困難で両脇を二人で支えてやっと・・・。 家に連れてくることが出来てよかった・・・。 出来るだけ病院へ行って、顔を見せてあげようと思っています。 早く 好きなものを食べられるようになるといいのだけれど・・・。 結婚して20数年、娘のように可愛がってもらいました。 同居してからの5年間の辛さは、今はどこかへ隠れてしまったようです。 可愛がってもらった思い出のほうが多いからかな・・・。 なにも出来ないけれど、少しでも安らかな気持ちになってもらえたら・・・ ・・・そう 思っています。 元旦の朝日と夕日です・・・☆
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無事に義母の七回忌を終えました。 遠方から来ていただく親戚の方々も高齢になってきたため、 雪が積もる前にと 2ヶ月早めて行いました。 義母の一生は 女子挺身隊として東京へ行き、東京大空襲で命拾いをし、 22年前にくも膜下出血で大手術をして、無事退院ができて、 と、大変な体験をしてきた人です。 それだからこそ、義母はいつも寛大な心を持ち続けることができたのでしょうか。 突然なくなった義母に 22年前、 5歳と2歳の子を実家に預けて 病院でお世話を出来たことが やさしくしてくれた義母への ほんの少しの恩返し・・・だったのかもしれません。 6年が経ったのですね・・・ 主人、私、子供達にとって とてもとても長い6年間でした。 主人や子供達にとっては 大切な時期の6年間でもありました。 私にとっては ぬるま湯に浸かっていた生活が ガラッと変わった6年間でした。 そんな私に 我慢を知らせてくれた 6年間だった・・・とも思います。 勿論、主人や子供達にとっても・・・。 今年相次いで子供達が独立して、無難に自立をしていっているのも この6年間があったからかな・・・などと勝手に思ったりもしています。 親としては淋しいけれど・・・喜ばなければいけないことでもあるし・・・。 神様は生をこの世に送り出すとき、全員に同じ数の幸せと不幸を与えるそうな。 一生 幸せで楽しいばかりではない・・・ということも知った6年間でした。 ・・・楽しいことばかりが続くのが一番いいのだけれど、 いい経験をしたのかな・・・とも、 思えるようになった今日このごろです。
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