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 長男小四の宿題の音読を聞いた。

 今西祐行著『一つの花』
 聞き終わってから、何??という場面が多くて教科書にするには如何なものかと思った。
 
 1:事実有ったことのように書いてあるが、作者の創作により一部荒唐無稽になっている。
 2:主人公のいつどこでの記載が無いが内地でのことなのだろうか?満州、朝鮮、南方
 3:もし内地だとすると本土空襲が本格派したのはレイテ沖海戦後の昭和19年11月過ぎだからコスモスが咲いて連日空襲というのは季節的に合わない。菜の花ならば良かった。
 4:主人公父親の出征場面で母親と子供だけというのは聞いたことが無い。主人公家族が村八分だったのだろうか?
 5:いきなり10年後のことが書かれているが父親はどうしたのか?母親が子供に教えないというのは敵前逃亡とか不名誉除隊とか格好悪くて子供に説明できないような状況にあったのだろうか?


 違和感てんこ盛りだったのでnetで色々と調べてみた。もしかすると作者は戦後生まれかもしれないと思ったが、結果は1923年生。1929年の世界大恐慌によって作者の家族は夜逃げをしたのだろう。そして隠れるように住んでいて周囲とは隔絶していた。債務者は父親だったので母親は子供に何も教えなかった。とそんなところだろう。

 このような突っ込みどころ満載の作品を何故教科書に掲載するのだろうか?私の様な子供が教室に何人かいたら国語の授業として成立しなくなるだろう!



*********************************
今西祐行氏 講演「一つの花を求めて」
http://homepage1.nifty.com/moritake/kokugo/imanisi-kouen.html
ここより引用
『一つの花は、今西少年そのものだった。
両親はクリスチャンだった。村長などをしていたが、3歳のときに父が大阪で工場をはじめる。5歳の時に破産して無一文になった。大阪の生駒へわずかな家財道具を持って夜逃げのように引っ越した。』

一つの花
http://cochoo.hp.infoseek.co.jp/kyo-4.1.html


http://www16.ocn.ne.jp/~ondoku/gr4hitotunohana.html

閉じる コメント(14)

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はじめまして!
おかのやさんの主張興味深く拝読しました。
言われてみたらその通りですね!

しかしこの作品は大人の文学ではなく子供のためのものです。
「戦争の悲惨さ」を子供にやんわりと伝えるために
いろいろなものを割愛しているのでしょう。

実際の状況を詳しく書くことで、
かえって子供には情報が多くなりすぎ、
作者の伝えたいこと「戦争の悲惨さ」(としておきましょう)
が薄まって伝わらなくなるからです。

ちなみに戦中生まれの私の母は私の祖父が出征した際、
やはりこの「一つの花」のようだったと言っていました。
そのことを詳しく聞くと、
当時実際の住所と役所に届けてあった住所が違ったため、
届け出の住所(親せき宅)へ向かう駅での家族だけの別れが
母にとっては祖父の出征になったそうです。

2010/2/19(金) 午後 6:56 [ - ]

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kimutakcy様、コメントありがとうございました。自分が小学生の頃には軍艦、戦車、航空機のプラモデルの製作を趣味にしていました。自分の息子がテレビゲームやっている時間がそっくり模型製作だった感じです。そのために教わりもしない大東亜戦争の戦史には随分と詳しくなりました。当時でもへたな大人よりは知識が豊富だったと思います。戦争の悲惨さを教えるのであれば変な小細工をしなくてもできます。

2010/2/24(水) 午前 5:58 おかのや

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かわいそうな記事・・・。
これだからまともなミリオタの肩身が狭いんですよ。
文学の勉強をし、広い視野を持ってください。

2011/1/7(金) 午後 11:51 [ lol ]

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娘が小学4年生なので、教科書でこの作品を確認しました。私も4年生の時にこの話を読みましたが、内容は全て忘れていました。

この話
「空襲が激しくなり、あちこちの街が灰になって行く中、体が丈夫でなく徴兵を猶予されていた父親が召集令状を受けて出征した」
ということになっています。

この話は、昭和20年3月10日の東京大空襲の後でないとおかしいですね。それ以前の日本本土への空襲は、「軍事目標への高度1万メートルからの精密昼間爆撃」であり「街が次々に灰になって行った」事実はありません。この話は、昭和20年の3月〜8月の敗戦までの半年間の出来事となります。コスモスが咲く時期が含まれないのは自明です。

さらに、駅のホームで、他の出征者が、通常の盛大な見送りを受けていたことが描写されています。

作者の今西祐行は、1923年(大正12年)10月生れで、早大在学中に「学徒出陣」したそうです。今西は、盛大な見送りを受けて出征したはずです。今西は、確信犯で「有り得ない出征風景」を描写した訳で、このようなウソが国語教科書に何十年も載っているのは憂うべき事です。

2011/9/10(土) 午後 3:18 [ kum*_z*zz ]

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残念な人たちだ。

2011/10/18(火) 午後 10:46 [ さかもと ]

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悲しい気持ちになりました。

批判するのは簡単なこと。

なぜ今でも教科書に載っているのか、その意義を考えてみてはどうですか。私の学校では、子どもたちが作品を通して、戦争時代のことを真剣に考えていました。物がありふれている現状を当たり前に思っていた子が、物を大切にしようとするようになりました。

作品を生かせるかは教師次第です。作者の思いも考えずに軽率な発言は控えて欲しいと思いました。

2012/5/4(金) 午後 8:50 [ ga_*5*07*_ck* ]

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アスペルガー?と疑いたくなる記事ですね。
そうではなく、表面的な事しか読み取れない方が、日本を憂いているなんて残念です。

2012/10/31(水) 午前 9:49 [ arb**_abri*o ]

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奈良の生駒

大阪に生駒なんてありません

地理を勉強しましょう

2013/8/7(水) 午後 7:42 [ ORANGE RANGE ]

こんな親になりたくない。こんな親に育てられたくない。という気持ちになり、それをまた貴方に伝えたくなりました。無駄で無意味なこととはわかりつつもです。

2014/7/13(日) 午前 1:58 [ bana507na ]

個人が物語をどう解釈するかは自由ですし、自己の解釈を発信するのも自由です。少なくとも今の日本にはその自由が認められています。

『一つの花』は児童文学です。記録の正確さが求められるルポルタージュではありません。児童文学は理屈で成り立っていません。

コスモスの開花時期についての矛盾はあっても、そのことが作品の価値を下げることにはなりません。
本作品では、コスモスは強い生命力〜戦後を力強く生きていく象徴〜として描かれています。これは作者の幼少時の体験に基づいると考えられます。(作者が少年時代に畑に植えたコスモスだけが他の5人の兄弟が植えた植物が育たなかった中で元気に育ち綺麗な花を咲かせた)
また、児童文学作家の令丈ヒロコさんは、コスモスを「家族の幸せの象徴」と解釈しておられます。

子どもたちは、この作品を通して戦争が家族を引き裂く悲劇、平和の尊さを感じるのではないでしょうか。

作者が作品を通して何を伝えたいのかをぜひ考えてみてください。この作品の前では、あなたが指摘していることは重要な事とは思えないのです。
『一つの花』には、あなたの指摘を越えた力強さがあります

2016/7/31(日) 午前 0:32 [ f1s*k9* ]

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50代男性です。
わたしもほぼ同じ感想を持ち、リアリズムのなさに筆者は戦後生まれか、と思い、生年を調べようとこのページを見つけました。児童文学として、伝えたいことを強調するために、余分なことを記述しないことはあるかと思います
。しかし、
・最後の米の飯になるかもしれないおにぎりを夫に食べさせたいと思わないだろうか。
(ゆみこが10年後に覚えていて、申し訳ないことをした、ということを感じている、みたいな描写もないですね)
・魚にする、肉にする?
当時は子供のお使いはあっても、おそらく暮らし向きがいいとは思えない家族構成で食事内容を決める主導権は子供にはないでしょう。(冷蔵庫もないですね)
戦争の悲惨さを伝えるために、食物を使っているのならば、より当時の食物の貴重さを伝えたほうがいいと思います。
私には意外でしたが、主への中傷ともとらえられるコメントがあったので、書いた次第。
登場人物の立場になったら、と考えるとどうでしょう。
皆さんは、どのような行動をとりますか?

2017/10/10(火) 午後 9:26 [ ぷう ]

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ぷうさんのご指摘、確かにそうだと思います。
ただ記事内の戦争詳細が違うという指摘内容とは違いますね。
そしておふたがたの感想はまさに大人になってこそだと思います。
仮に、普通教わりもしない大東亜戦争の知識を持っている博識な子供が異を唱えたとしたなら、おおいに議論してクラス全体がより戦争に詳しくなればいいだけです。



でもやはりそんな子供なかなかいません。それでも、戦争について考える授業になればそれ以上はこの場合重要ではないと思います。詳細についてはおとなになって気付くでしょう。低年齢でも分かりやすい情景で涙を誘う「一つの花」を読んで、漠然とでも戦争が残酷だと子供が感じる事が一番大切です。詳細が違っていても、戦争に関する沢山の物語の中からこの作品が選ばれた事の理由を、批判だけで終わらせず多面的に考えたほうがいいと思います。

ちなみに、小学生の時に読んだこの物語が印象的だったので、大人になった今この記事までたどり着きました。

2018/6/27(水) 午後 2:55 [ oda*tu*7* ]

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今西先生は、広島の原爆の光景を語ってくれました。もう、25年も前のことです。その時の話は、自分の小さな妹が、戦時中に食べるものがなくてゆみこのように、とつちょうだい!と言ってたこと、広島の原爆の焼け野原を歩いている光景が、今でも忘れられないという話でした。たくさんある戦争中の話は、今西先生にとって、地獄を実際に見た経験であり、生涯忘れられない記憶なのです。戦争の悲惨さを生涯をかけて訴え続けていらっしゃいました。

2018/7/12(木) 午後 9:10 [ kumi ]

アスペルガーの方に失礼です。考えなさい。> arb**_abri*oさん

2018/7/27(金) 午後 4:07 [ pan***** ]


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