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僕は以前、数ヶ月だったがフィリピン人女性の経営するバーでタガログ語を習っていた。彼女は、パンパンガ州出身で、日本に来る前はそこで高校の教師をしていた。大きな潤んだ瞳、丸みのある鼻、厚い唇で褐色の肌をした、美人というよりは愛らしい感じの人だった。僕より10歳ほど年上で、周囲からは責任感のある人物として認められていた。また、彼女の父親は土地に根ざした開業医であった。彼女は別居中のアメリカ人夫との間に子供がいて、米国籍を持っていた。決して貧しい境遇だったわけではなく、子供の教育など生活の向上と安定を期してダンサーとして日本にやってきた。日本では有名英会話教室の講師の面接を受けたこともあったが、自分より英語の下手なイタリア人が採用されて、米英語を立派に話す自分が不採用だったことに腹を立てていたこともあった。
授業は週1回で、バーを開店する前の90分間だった。でも、僕はたいてい閉店までそこにいた、というよりそうさせられた。1人で店をきりもりしていた彼女は、不安を覚える客が来ると僕に一緒にいるよう求めた。客層は彼女目当ての日本人男性か、日本人男性とフィリピン人女性のカップルが大半であった。彼女の授業の内容は、実を言うと僕自身ほとんどわかりきっていたことばかりで、言葉の上達というよりは、むしろその場の雰囲気や人間模様を味わいたいがために彼女のもとに通っていたと思う。
その後、数年が過ぎ、1年ほどのフィリピン出張から戻ったばかり、僕は久々に彼女に会いたくなりバーを訪ねた。しかし、営業時間帯であっても、いつもそこは閉まっていた。バーに足しげく通っていた男性に尋ねたところ、彼女は僕の在比中に日本を出国し、その後は音信不通だという。さらに、日本人男性に金を払って偽装結婚していたことから、足がつく前に日本を離れたという。
数年前、彼女のフィリピンの住所近くを通る機会があった。彼女を訪ねてみようと思ったが、やめることにした。あのときの楽しかった記憶はそのときのままで良いと思った。僕の不自由なタガログ語も、そのときからほとんど変わらない。
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