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先日、久方ぶりに友人のフィリピン人神父から電話があった。彼がカトリック教会の神父として来日して、すでに5年以上が経っているはずだ。
彼によると、自身の日本での神父としての任期が来年の10月で切れるそうだ。その後は、フィリピンに戻らなくてはならないという。
「今度は、日本にいるフィリピン人や日本人キリスト教徒のためではなく、フィリピンにいる貧しい、チャンスに全く恵まれないような人々に奉仕しないといけないね」と、私は電話越しに彼にエールを送った。
すると、彼は「いいや、フィリピンには戻りたくないんだ。できれば日本で働きたい。だから、何か日本で働ける仕事を紹介してくれないだろうか。もし、それが駄目でも、フィリピンの日系企業で働けるようにサポートしてくれないだろうか。もう神父の仕事は終わりにしたい」と、思いを打ち明けた。
この彼の告白を、私はいささか残念に感じる一方、まあ当然なのかなと受け入れた。
まず、残念というか疑問に感じたのは、彼が神父として聖職に一生涯身を捧げると思っていたからだ。たまたま私は、フィリピン滞在中に彼の司祭任命式に立ち会った。その式は、地元の知事を始め地域の人々が大勢集い、日本からもキリスト教会関係者らが列席する盛大なものだった。多くの人々が彼を祝福し、期待を込めたはずだ。彼もまた大勢の前で献身を誓ったはずだ。
一方で、彼の告白を当然と感じたのには理由がある。彼と同じようなフィリピン人牧師を知っていたからだ。その牧師もまた、任期付きで日本の教会に勤めたという。彼は、その機会を利用して、アルバイトに精を出し、日本人がやりたがらないような高層ビルの窓ふきの仕事もやったという。そして、お金を貯めて、日本で知り合ったフィリピン人ダンサーと結婚し、フィリピンに帰って土地を購入して、不動産業のようなことをしている。土地の人は、みな彼のことを「牧師さん」と呼び、日本での成功者のようにもてはやしている。
神父や牧師である当の本人たち、そして社会もまた「こうあるべきだ」と私が思い込んでいることに対して、全く厳格ではないようだ。フィリピン人、そしてキリスト教徒でない私には、こうした寛容さ、あるいは曖昧さが理解困難で、特に仕事の場面や利害が絡むとしばしば拍子抜けしたり、どっと疲労感に襲われる。しかし、それが彼らの生き方であり、考え方でもあり、信仰の形の側面でもあるのだろうと思っている。私自身、そういう生き方ができれば楽なのだが、実際そう簡単ではない。
些細なことを言い出せば自分のいやしさのようなものが浮き上がってくるので、そうしたことに捉われず、できる限り友人の職探しに協力しようとは考えている。
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