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今月16日、京都市に住む60歳代の男性がフィリピンで犬に噛まれ、帰国後に狂犬病を発症して意識不明の重体に陥った末、17日未明に死亡したというニュースを知った。
狂犬病(rabies)に関する情報や対策については、「海外渡航者のための感染症情報」(http://www.forth.go.jp/tourist/kansen/20_rabies.html)が簡明に伝えているし、他にも情報はいろいろあるので、ここでかいつまんだことを述べるつもりはない。
ただ、この死亡した男性の不幸な結果は残念であり、ぼく自身もフィリピンで狂犬病の不安にさらされただけにその気持ちがことさら強い。
4年ほど前、フィリピンの片田舎で、ぼくは犬に集団で襲われた。犬たちは放し飼いで、まともに飼われているとは思えない粗野な風貌をしていたが、飼い主を認めてとにかく番犬としての役目は果たしていた。ぼくは、この犬たちにいつも激しく吠えられていたが、手荷物を持ち歩いていたので、犬は警戒してかそれ以上のことは何もなかった。
しかし、ある日、たまたま手ぶらで歩いていると、その姿を無防備と判断したのであろう、どこからともなく7〜8匹の犬が一瞬にしてぼくを取り囲んだ。そして、威嚇しながら周りをぐるぐる回りはじめた。その地域では、犬が集団で猪を狩ることがあるというが、彼らが狩猟慣れしていることはそのときの行動からはっきり読み取れた。
日本の猿山で「猿と目を合わせないでください。相手への威嚇や挑発となり、危険ですのでお止めください」といった注意書きを目にした憶えがある。確かに犬や猿はそうである。だが、このときぼくは犬たちをきつく睨みつけてしまった。そうすることで、相手が怖じ気づくと思ったからだ。
でも、結果は違った。犬たちは牙を最大限に露出し、ぼくに対する敵意を剥き出しにした。とても彼らから逃げおおすことはできそうもないし、事実ぼくの行く手をしっかりふさいでいる。そして距離を詰めてくる。こうなったらやるしかない。
ぼくは、少しばかり武術の心得がある。旋回する犬たちを見やりながら、リーダー格と思しき犬に目星をつけた。そいつは、まさにぼくに飛びかからんとしていた。そして、案の定、飛びかかってきたので、ぼくはそいつに注意を向けた。しかし、次の瞬間ふくらはぎに痛みを感じた。目をやると、ぼくの背後にいた犬が噛みついているのである。見事な狩りである。
この状況からすると、ぼくも猪と同様、彼らの獲物となっていたであろう。ここで、遅すぎたが、運良く飼い主が現れ、犬たちを怒鳴り散らして、ほうきで叩いて追い払ってくれた。彼の一声で、犬たちはあちこちへ散っていった。
噛まれた箇所に目をやると、犬の牙の形がくっきりと残って出血していた。ただ、長ズボンをはいていたのが幸いしてか、傷口は浅かった。犬の飼い主は、ニンニクをつぶして傷口に擦り込んでくれた。帰宅してから、傷口をアルコール消毒し、抗生物質の軟膏を患部に塗り、その錠剤を飲んだ。土地の診療所に狂犬病のワクチンがあるというが、一本あたり2,000ペソだったか4,000ペソだったか記憶が定かでないが、とにかくべらぼうに高かった。
幸い狂犬病にはならなかった。今にして、本当に幸運だったと思う。そして、不用心だったと反省している。まず、犬に対して不用心であった。土地の人のなかに、大型のエイの尾ひれを乾燥させて作ったムチを持ち歩いている人がいた。このエイの尾ひれはざらざら、ごつごつしていて、これでぶたれたらひどい擦り傷になりそうだ。土地の市場でも売られていたようだ。何に使うのかとたずねると、「犬を追い払うためだ」という答えが返ってきた。しかし、ぼくはそのとき半信半疑で、犬の恐ろしさにまったく気づいていなかった。
そして、患部の処置に対しても不用心だった。すぐにワクチンを打っておくべきだった。そのときは、ただ面倒だったのだ。おそらく、今回亡くなった男性もたいしたことではないと感じていたのであろう。しかし、最悪の結果がもたらされた。
今回狂犬病で亡くなられた方の死は、不運な死であった。しかし、防げた死でもあったはずだ。ぼく自身の体験をここでしっかり反省しつつ、心よりご冥福をお祈りしたい。
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