ずっとフィリピンで暮らすとは?

長らくぶりのブログ再開。このままここで続けようかどうか?

雑感

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 この間、FransisとErdyというパンを食べた。Fransisは1個2ペソ、Erdyは1ペソだった。Francisはフランスパンのような形をしている。だからFransisと呼ばれているのだろうと勝手に解釈している。一方のErdy(綴りを書き留めておいたメモをなくしてしまったので、この綴りが正しいかどうか疑問である)について友人にたずねてみると、このパンの名は世界チャンピオンになったフィリピン人ボクサーの名前にちなむという。このパンの形がボクシングのグローブの形に似ていることからこの名前がつけられたそうだ。
 早速、世界チャンピオンになったフィリピン人ボクサーについて調べてみると(ボクシング データ・ベース  http://www007.upp.so-net.ne.jp/k-makoto/datastation/boxing/boxing.htm )、過去に8つの階級で18人いることが分かった(以下に列挙しておく)。友人はErdyとはマニー・パッキャオの前のチャンピオンで1970年代に活躍したと言っていたが、それらしい名前と思えるのは1970年代にWBAとWBCフライ級で計3度の防衛を果たしたエルビト・サラバリアと、1960年にNBAスーパー・フェザー級で10度王座を守ったガブリエル・フラッシュ・エロルデだ。エロルデのほうが10度も防衛しているし、Erdyの語源らしく思えるがどうだろう。
 ちなみにある市場にいた露天商が、パッキャオのロゴが入ったパンツを売っているのに出くわした。写真を撮ろうとしたら「撮影禁止だ」と断られてしまったが、Erdyもパッキャオも人々に身近で尊敬されている国民的英雄だなと感じた。


<フィリピン人ボクサーの歴代世界チャンピオン>
WBAミニマム級
(10) ジョマ・ガンボア(ガンボア小泉)(暫定)1999 [1]
(11) ガンボア小泉 2000 [0]

WBCライト・フライ級
(15) ローランド・パスクア 1990 [0]

WBAフライ級
(3) バーナベ・ビラカンポ 1969 [0]
(8)  エルビト・サラバリア 1975 [1]

WBCフライ級
(5)  エルビト・サラバリア 1970 [2]
(18)  フランク・セデニョ 1983 [0]
(28) マニー・パキャオ 1998 [1]
(30) マルコム・ツニャカオ 2000 [1]

NBA(WBAの前身)フライ級
パンチョ・ビラ 1923 [4]
リトル・ダド 1939 [0]

WBCスーパー・フライ級
(4)  ジェリー・ペニャロサ 1997 [3]

WBAバンタム級
(17) ルイシト・エスピノサ 1989 [2]

WBCフェザー級
(23) ルイシト・エスピノサ 1995 [7]

WBAスーパー・フェザー級
(3) ベン・ビラフロア 1972 [1]
(5) ベン・ビラフロア 1973 [5]

WBCスーパー・フェザー級
(1) レネ・バリエントス 1969 [0]
(9) ローランド・ナバレッテ 1981 [1]

NBAスーパー・フェザー級
ガブリエル・フラッシュ・エロルデ 1960 [10]

WBAスーパー・ライト級
(1) ロベルト・クルス 1963 [0]
(20) モーリス・イースト 1992 [0]

WBCスーパー・ライト級
(1) ペドロ・アディグ 1968 [0]

*( )内の数字は歴代順位、[ ]内のは防衛回数。

禁酒法?

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 5月14日はフィリピンの選挙の投票日だった。支持した候補者の当落が生活に直接ひびいてくることから、みんな必死のようだ。今年も100人以上が選挙に関連するいざこざから命を失っている。だから、選挙期間中は銃の所持や酒の販売が禁止されている。
 銃の所持はともかく、酒の販売禁止は僕の生活にもわずかながら影響した。酒の販売禁止期間は5月13日〜14日にかけてであったようだが、マラテのロビンソンやセブンイレブン、そして商店などでは酒の販売を禁止する張り紙が張られていた。ちょうど酒を調達する必要があったので、なんとか買い求めようとしたのだがどこでも断られた。ある商店で「ねえ、内緒で売ってよ」と頼み込んでみたが、「あんたに酒を売ったせいで、ここの従業員がみんな警察に捕まって明日からブタ箱生活になったらどうしてくれるのよ」と切り返されてしまった。
 でも、レストランなどではあまりうるさくないようだ。ある日本人向けのカラオケバーでは、選挙管理委員会からの許可を取り付けているので日本人客に限り酒類の提供が可能であると張り紙されていた。どうやら外国人は規制の対象外のようだ。13日はフィリピン人の友人とレストランに行って酒を注文したのだが、そこの店主は「あんたは外国人だから酒を注文しても良いけど、フィリピン人のお連れさんはどうか遠慮してもらいたい」と釘を刺してきた。結局、僕だけ酒を飲んで、友人はジュースを飲む羽目になった。
 レストランで外国人に酒を飲ませるのなら、商店などでも同様に売ってくれても良さそうなものなのに。でも、これまで何度か喧嘩などの場面に遭遇したことがあるだけに、酒があるよりはないほうが時期が時期だけにより安全であると思える。とにかく14日が過ぎ、これから当面は普段通り酒を楽しめそうだ。たった2日間のことだが、なんだか長く感じた。

 数日前に、A航空のマニラースリガオ間の片道航空券をオンライン予約した。今日の12時頃、同社から返信があり、15時までにクレジットカードで入金するようにとの指示があった。しかし、あいにく不在にしていて入金できなかったので、予約はキャンセルされてしまったであろう。
 さて、その航空券の値段は3650ペソであった。しかし、会社からの請求額は113米ドルとなっていた。「あれっ」と思って同社のホームページを再確認してみると、ドル建てでの支払いの場合113米ドルとなっている。113米ドルと言えば、今日のレートで5361ペソに相当する。オンライン予約では1700ペソも余計に支払う算段となる。
 小さくて薄い表記だったのでよく確認しなかったのだが、「フィリピン国外からの予約」の場合、ドル建ての高い料金がかかるようだ。
 と言っても、予約したときは日本だったが、今やフィリピンでの短期滞在を始めようとしている。うっかりしていたが、改めてフィリピン料金で購入することにしようか。それにしても、このところパソコン仕事の悪影響か、小さな字を読むのがかなりつらい。明後日でも眼鏡を新調することにしよう。

『南の探検』

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 久々に面白い本を読んだ。蜂須賀正氏『南の探検』(平凡社、2006年、1700円)だ。1943年に公刊された同著の復刻版だ。
 蜂須賀正氏は阿波藩第16代当主として生まれ、鳥類学者でもある。この本では、彼の異国での学者との交流や鳥類標本を求めた探検について主に取り上げられている。中でも、多くの頁を1928年から1929年にかけて行ったアポ山をはじめとするフィリピン・ミンダナオ島南部での鳥類の調査と標本採集の記録に割いている。また、ミンダナオ島に渡る前のマニラ滞在やルソン島山岳部への旅行話なども織り込まれていて、当時のフィリピンの様子や生物地理について知ることができる貴重な記録である。
 当時、正氏は若干26歳であり、その若さみなぎる行動力と、それに相反する熟した分析能力には驚かされる。ただ、彼の旅行は従者や軍人の護衛を引き連れた、いわば「御上」的なものであった。この点、彼自身、ミンダナオの奥地に単身で乗り込み生活している華人を見て、自身の旅行ぶりを恥じている。加えて、怠惰なフィリピン人の軍人をぶん殴ったり、日本国内でもその素行は「若き公爵の乱行」として随分叩かれたようである。しかし、こうした天真爛漫な探究心が、日本の鳥類学の発展に寄与し、この記録を世に残した意義は大きいと思う。
 正氏はたった50歳で没したが、その死が早すぎると悔やまれるほどこの「南の探検」という記録は魅力的な旅行記であり、博物誌として一読に値する。

久々の投稿

3月はこれまで全くブログが書けなかった。とにかく仕事に苛まれて時間がなかった。時間が気にかかると、書くネタも思いつかない。でも、来月から主にフィリピンで働くことになる。これを機に、現地での生活や出来事を満喫し、それらについて書いていけたらなと思う。フィリピンが待っている。

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