ずっとフィリピンで暮らすとは?

長らくぶりのブログ再開。このままここで続けようかどうか?

雑感

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 先の記事で取り上げたエロルデのパン関して、その名前の由来となったフィリピン人ボクサー、ガブリエル・フラッシュ・エロルデについてたまたまWikipediaに記述があったので(http://en.wikipedia.org/wiki/Flash_Elorde)、ここでかいつまんでその内容を仮訳して引用しておきたい。

 ガブリエル・エロルデ(愛称"Flash")はサウスポーのボクサーで、1935年3月25日セブ島のボゴで生まれ育った。彼はマニー・パッキャオや1920年代に活躍したパンチョ・ビーリャらと共に、最も偉大なフィリピン人ボクサーとして周知されている。ビーリャに次いでフィリピン人国際ボクシング王者となったことから、彼はフィリピンのスポーツ・文化の象徴として非常に親しまれた。
 彼の戦績は、116戦87勝27負2分(33KO)。1960年3月20日から1967年6月15日までWBCスーパー・フェザー級王者、1963年2月16日から1967年6月15日までWBAの同級王者として君臨した。7年と3ヶ月に渡る防衛はスーパー・フェザー級史上最長である。1974年にはWBC史上最高のスーパー・フェザー級世界王者と賞賛された(ちなみに、その後、世界スーパー・フェザー級王者は沼田義明が継承した)。
 引退後の彼は、サンミゲル・ビールのCMにも登場し、"...isang platitong mani"(「一皿のピーナッツ」という名言を残し、それは今日でもフィリピンで最高のCMであり続けている(このCMは彼が、Bert MarceloとRico Punoとともに制作したという)。
 ヘビースモーカーだった彼は肺がんのため1985年1月2日49歳でこの世を去ったが、1993年にはアジア人初の国際ボクシング殿堂入りを果たした。

フィリピンへのお土産

 フィリピンに来る前、彼女が日本のチョコレートが欲しいと言うので、明治製菓のチョコレート効果(カカオ86%)などをお土産に持って行った。ダイエットにも良いというらしいので、最近太り気味の彼女に減量を促す意味合いも込めてこの商品を選んだ。
 しかし、彼女とマラテのロビンソンの食料品売り場をのぞくと全く同じものが並んでいて、がくっときた。値段も日本で売られているのとさほど変わらない。そのほか、めぼしい日本食も目についた。
 フィリピンで簡単に日本の食材が手に入るのは結構なことなのだが、今後何をお土産に持って行ったら良いものかどうか考えてしまう。彼女のおばは仕事で日本にちょくちょくと出張していて、その度にSOGOでメリーチョコレートを買って帰ってくるという。彼女はこのチョコレートが好きで、これならフィリピンで売られていない(から今度買ってきて)と言う。
 現地で同じ商品が同程度の値段で売られているとしたら、わざわざ日本から運ぶのが馬鹿らしく思えてきて仕方ない。フィリピンで手に入らない、日本のお土産(とりわけ食品)で、たいへん有り難がられて、値段も安くて持ち運びにかさ張らないようなものって何があるだろう。最近、現地の知り合いが多くなり、たくさんのお土産を持って行かなければならいことに疲れ、何とかならないものかと思っている。楽に持って行けて、かつその努力(手間)が報われるようなものを選びたいが、これがなかなか容易ではない。
 

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 初めてMall of Asiaに行ってきた。そこの民芸品など土産を扱うKULTURAという店で色々と買い物をした。一緒に行った彼女とプレゼントの交換をしようということになった。僕は彼女にカバンをプレゼントした。彼女は僕が欲しいと言ったジープニーのミニチュアを買ってくれた。
 他にもジープニーのミニカーやオブジェ、そしてトライシクルなどがあったが、この決して精巧な作りではない車高9cm、全長20cmほどの鋼製のものに目が止まった。3種類の色のうちボディーがオレンジで、屋根が緑色のものを選んだ。タイヤはゴムが使われていて、木の床上ではゴロゴロという音を立てて走るので、その音が本物の「ブロロロロ」というような排気音に聞こえないでもない。このジープニーはBaclaran-Jai Alai-Quiapo間を走っていることがサインボードから分かる。ナンバープレートや泥よけにはManilaやPhilippine Jeepneyというステッカーが貼られているだけで、もう少しばかり忠実に再現してもらいたい。値段は729.75ペソだった。
 子供がミニカーで遊ぶようにしばらく床を走らせて遊んでいたが、糊付けが甘い泥よけ部がはがれてきたので、これからは飾っておくことにする。何か物足りないと感じていたが、彼女が「これから人を乗せないといけないね」と言ったのでやはりそれだと思った。でも、いざ人を乗せるとなると何人必要となるだろう。運転手の他、満席にするなら15人は必要だ。屋根や後部の足場にも乗せるとなると、倍に増えるだろう。幸いこのジープニーは首都圏を走るので、屋根に人が乗ることはないだろう。でも、いざ16人もの人形を集めるにはどうしたら良いだろうか。フィリピン人のミニチュアなんて売っているところがあるのかな。あるいは自作の必要ありか。でも、16人となると面倒だ。運搬用のジープニーに仕立てて、段ボールや米袋でも積むことにしようか。
 当面はオーナーとしてジープニーの操業形態について考えたい。人がたくさん乗ってにぎやかなジープニーか、荷物をたくさん積んで景気の良いものにしたいと思う。

Cafe Havanaでのひととき

 先日、マラテのアドリアティコ通りにあるCafe Havanaに行ってきた。美人でのりの良い女友達が一緒だ。ひょっとしてこの機会に何かあるかもという懲りない期待がないわけではなかった。
 Cafe Havanaはラテン音楽の生バンドの演奏が聴ける落ち着いた感じの店である。でも、以前「騒音文化」の記事でもぼやいたが、とにかく音量がすさまじく大きくとてもおしゃべりを楽しむ余裕がない。友人に耳の側で話しかけてもらっても会話が聞き取れない。まわりのフィリピン人たちはと言えば、おしゃべりと言うよりはやはり音楽に聴き入っているようだが、適度に会話も楽しんでいる。僕の友人も含めてどうやら彼らにとっては、どうってことのない音量のようである。演奏自体は文句の付けどころがないのであるが、もう少し僕自身、おしゃべりも演奏も同時に心地よく楽しめる店を望んでいる。でも、いまだそういう店を見つけられないでいる。
 一緒した女友達がこのあと踊りに行こうと誘ってくる。時刻はすでに夜10:30頃だ。彼女は楽しみはこれからだという顔をしている。僕はこの日、地方からマニラに着いたばかりでやや疲れていたが彼女の誘いに応じることにした。踊り方を知らない僕に彼女が教えてくれるという。これはいいチャンスだと思っていた矢先、きれいに着飾った彼女の友人だという女性2人が僕らに合流した。どうやら彼女が事前に打ち合わせておいたらしい。「聞いてないよ」。そして、酒をおごらされ、この後も一緒についてくるという。ここで一気に我に帰ったというかどっと疲れが出てきたので、彼女たちと別れることにした。今思えば、一緒に行っておけば良かったが、いつもながらはめを外そうにもそれができないでいる自分がもどかしい。
 Cafe Havanaでのひとときは心なしかの夢心地を与えてくれたが、心地良い夢は願わくば覚めないでいて欲しいものだ。
 

マラテの路上にて

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 一昨日まで4日間、マニラのマラテにあるホテルに宿泊していたのだが、外を歩いていると今回に限ったことではないのだが昼夜を問わず色々な人が声をかけてくる。いずれも歓迎すべきものではないのだが。
 一番多かったのがチラシの配布であり、これはさほど迷惑ではない。4日間でけっこう色々なチラシを受け取った。今、それらを整理してみたところ、大半は日本人向けのカラオケパブのチラシだ。同じ店のチラシを4、5回受け取った場合もある。可愛い女の子たちの写真が印刷されていて、500ペソぐらいから飲めるようだが結局行ってみる機会を失した。
 次に多かったのが、レストランのチラシだ。生ビール1杯のサービス券やホテルSOGOの割引券が付いたものもある。日本料理店のものがほとんどだが、これらも行くことができなかった。
 そして、ライブハウスとマッサージのチラシが半々程度だ。マッサージには行くことができた。
 嫌なのは、1万円あたり3900ペソ程度の相場しかないのに「日本円、4800ペソで交換するよ」といってレートを書いた紙切れを見せてきたり、「女、いらないか」と声をかけてくる連中。でも、これらはそれほどしつこくないのでまだ良い。
 バクラ(おかまちゃん)には3回ほど声をかけられた。いずれも女性で通用するやも知れないほど女らしく見えないこともない。3人とも共通して「500ペソほどで私と遊ばない?」と誘ってきた。みんな日本語をしゃべる。丁重に断ると、いずれも「ただでもいいからあなたとしたい」と食い下がってくる。ひどいのは、ホテルのガードマンや受付嬢とすでに知り合いらしく、堂々と部屋までついてくる。でも、こちらにはまったくその気がないので、時間は浪費したが何とかお引き取り願った。
 根負けしたのは、路上でコイン(3枚1000ペソ)やバイアグラ(1箱400ペソ)を買わないかと声をかけてきた男たちだ。とにかくしぶとい。それに、「お前がこれを買ってくれないと、俺たちは食うに困るんだ。買ってくれなきゃ、俺たちはひったくりでもおっ始めるしかない」と訴えかけてくる。仕方がないというか、正直負けたと思ったので、これらを買うことにした。お金をほぼ使い果たしていたので、いずれも言い値より安いニ百数十ペソ程度で買い取った。コインは2枚買ったが、フィリピンの古いコインだと思っていたがアメリカのものだった。インターネットのオークションでおおよその価値を調べてみたところ、一方は1円から100円程度の値段しかついていなかった。もう一方は、5700円ほどの値段がついていたが、「ただし本物なら」という注意書きが書いてあり偽物の可能性もなきにしもあらず。バイアグラは好奇心で買ってみたものの、当面使う予定はなし。
 最初に歓迎すべきでないと書いたが、歓迎すべきでないことが結局は歓迎すべきことの一部であるかのような路上歩きであった。


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