|
蘇我入鹿が「遣唐使」を提案するが、歴史上は628年唐が中国を統一、630年宝皇女立后、犬上三田鍬、恵日らが遣唐使として派遣されている。
遠山美都男氏の「通説を見直す日本古代史の読み方」によると「鎌足は蘇我入鹿の最近の行動に危機感を募らせていたのであった。このまま放置すれば、入鹿は遠からず天皇家に取って代わろうとするのではないか。(中略)すると、蹴鞠を楽しむ貴公子の中に中大兄の姿を発見する。なんという偶然か。と思う間もなく、鎌足の足許に勢いあまって中大兄の沓が落ちた。鎌足はそれを拾い上げると、中大兄に近づき恭しく献じた。」
いや待て!作品上の男は中臣鎌足(後の藤原鎌足)ではなく、百済王子の豊璋ではないか!!さあ、お話はどのように展開していくのか、たのしみだ…
|
天智と天武
[ リスト ]




