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その頃、1964年当時の少年マガジンはどのような作品が掲載されていたか?ギャクの少年サンデーに大きく差をあけられていたことも加味するとなかなか興味深いのだ。
白土作品は1960年29号から52号までの「風の石丸」、61年1号から4号までの「狼小僧」そして65年の「ワタリ」なのだ。少年サンデーの「0マン」や「海の王子」は鮮明に憶えているのだが、マガジンの作品は記憶になく、「黒い秘密兵器」「8マン」「紫電改のタカ」は覚えているので、たぶん63年以降と思う。当時マガジンはサンデーと比べて、「野暮ったい」感じがしたのだ。
白土作品は「ワタリまでに、読切で63年15号「幻の犬」、64年2号「一本やぐら」、3・4号に「傀儡」が描かれているのだ。
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堂々の完結、水島新司の「あぶさん」 1973年から始まり41年、976話の超巨歩、いや超本塁打だ。水島先生長い間ご苦労様でした。ちょくちょく”代打”でまた登場お願いします。これでオリジナルも何万部減るかもしれないのでよろしく。
昔、大阪では南海ホークスファンが品よく、礼儀正しかった。ナンバの大阪球場で南海が何連敗しても決して野次は飛ばさなかった。しかし、観客が千人もいない時、人数が数えられるときは、あのアルプス内野席も寒かったのだ。「グランド照らす太陽の…」、7回裏にはホークスの応援歌を大きな声で歌ったのだ。今は南海ホークスも大阪球場もなくなったが、球場跡にはピッチャーとボックスの跡がくっきりと残っている、時間あれば覗いても見るのだ。
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コミックボックス ふゆーじょんぷろだくと 1999年1月 第109号 「特集・少年マガジン」
野口文雄による「白土流忍法劇画『マガジン』的変遷」が掲載されている。65年からの「ワタリ」は少年マガジンでは連載第3作目なのだ。「ワタリ」の原稿料は「カムイ伝」のために稼いだと白土三平は述懐している。
末尾の白土三平のプロフィールのガロのくだりは正確な表現でなく、白土が「カムイ伝」を発表するためにガロを創刊したという方が正しい。 |
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