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よく見ると、コマに番号が振ってあるが、これを便宜的に「コマ番号」とさせていただくが、このころまで少年雑誌には振られていたようだ。マガジンは69年に廃止されている。この「コマ番号」の役割は、次にどこをよんだらいいか、読者が迷わないためにつけられていたようだ。
43Pの一段目と二段目のコマをぶちぬく構図、これは回想シーンとして場面を切り替えるという高等なテクニックなのだ。また、白黒でオーロラを表現するという技巧に舌を巻くのは私だけか?
「週刊少年マガジン」 1968年39号 43〜46P
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2014年02月16日
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復刊ドットコム 「ブラック・ジャック大全集」 5 2013年1月29日
第76話の「水頭症」、第77話の「ドラキュラに捧ぐ」は講談社手塚治虫全集にも未収録で、第76話は「少年チャンピョンコミック」のみ収録されている。これは第22話「血がとまらない」、第36話「しずむ女」と同じ扱いだ。
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内田勝編集長の「少年マガジン」はもはや「少年」を取り外そうかの勢いで、読者の年齢が上がっていくのだ。1959年創刊当時の小学生が10年後の68年に高校生・大学生になっており、さらにその周りを読者として固めていくのだ。68年には第1号から「あしたのジョー」(ちばてつや・高森朝雄)、15号から「野生犬サボ」(石川球太・戸川幸夫)、42号から「八つ墓村」(影丸譲也・横溝正史)の長編、そして「黒部の太陽」「富士山頂」「強力伝」などの短編が掲載され、いわゆる「文芸」路線がますます強化された。
新田次郎原作の「北極光」があすなひろしの手により、漫画化されたのだ。
週刊少年マガジン 1968年39号 39〜42P
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