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「劇画漂流」の原案の長井昌一がガロに掲載した「劇画風雲録」の第1回なのだ。
1971年11月第99号。
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2016年08月28日
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だんだん面白くなってきたのだ。皇極天皇と蘇我入鹿との間に「月王子」が生まれている話だが…
遠山美都男氏の「壬申の乱で解く日本書紀 天武天皇の企て」によると興味深い内容があるのだ。「天智・天武の母である皇極・斉明は、舒明と結婚する前に用明天皇の孫の高向王と結婚、漢皇子をもうけたと伝えられている。この漢皇子こそが天武天応の正体であり、天武は天智の同母弟でなく異父兄だったのではないかというわけである。また、高向や漢が渡来系氏族のウジナであることから、皇極・斉明の先夫やむすこは天皇家とは無縁の渡来人でだったのではないかとする極論まで唱えられるにいたった」と諸説を紹介している。
さて、皇極天皇は次の天皇に入鹿との子、月王子を考えていたのか、このところは重要なポイントだ。大国唐と朝鮮半島をめぐる緊迫した情勢のなかで、「倭(やまと)」がどういう政治選択をするのか、そして日本と言う国をどのように建設するか、大きく揺れていたのだ。蘇我入鹿は大悪人・謀反人という「常識」?少し横に置いといてください。
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