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またまた遅れながら、9月3日第一期第四回配本の2冊の内「ロケットマン 他」よりの紹介だ。
解説に水木しげる夫人の 武良(むら)布枝さんの解説が面白いのだ、彼女が水木しげるのアシスタント第1号だった!!
一見アメコミ(アメリカンコミック)の感じだが、表紙はあの紙芝居で有名な「黄金バット」の加太こうじ、そうこの「ロケットマン」が水木しげるの最初の貸本で、1958年2月25日、あの「兎月書房」から発刊された。
関東水木会の山口信二さんが作成された「水木しげる 貸本漫画のすべて」で2007年5月に やのまん から発刊された。すべての貸本の表紙と解説があり、非常に貴重な内容だ。なんとこの本は私の住んでいる市立図書館にあったのだ。観たい人は訪館してくれればいいが…
主人公の「ロケットマン」まるでクラーク・ケントの○○○ーマン そっくりであるが、この際それは置いといて、メチャクチャ面白いストーリー、画の構図も斬新だ、さすが神童と言われた水木しげるだ。当時の日本首相が岸信介だから、時代が分かる。岸なんとかて知らない、元総理、現副総理・財務大臣のおじいさんなのだ。私は小学生の時、冬は寒いので体を温めるために、「押し競らマンジュウ」をしたもので、その時の囃子言葉(はやしことば)が「安保反対」だった。オシクラマンジュウを知らない、食べ物ではない、ああ、疲れたのでこれで中断!
ということは続くのだ!!!乞うご期待
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水木しげる漫画大全集
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それぞれ「茂鐵新報」がついているが、その解説が面白い。
今日は広島に原爆が投下された日、9日は長崎、68年目、黙禱。
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潮出版社の「少年ワールド」(「希望の友」の改称) 1979年1月号、2月号に掲載された作品。水木しげるの体験に基づいており、70年に「別冊少年マガジン」に掲載された「敗走記」は有名だが、それよりさらに詳しく描かれたもので、今では原作を手に入れるのは極めて困難である。ぜひ、お読み下さい。
80年5月1日号 カスタムコミック №7に掲載された「グリーン島脱出記 KANDERE」
80年9月30日 ビッグゴールド №6に掲載された「レーモン河畔」 この2作品はこまめに捜せば原作で読める。
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戦記短編集「幽霊館長 他」 16話が収録されている。「地獄と天国」は前後編なので実質17話、「姑娘(クーニャン)」(中国語で娘)は結末が変更され、改訂版も掲載、これはこちらの方が胸にグーッと来る。昨日3日が発売日で五百数十頁を1時間半かけて、その間休みもせず、読み切った。とても読みごたえがあった。
戦記(戦闘や交戦の記録)と水木しげるが聴いたり、実際に体験した軍隊や先頭の話と大きく二つの漫画だ。
水木しげるはラバウルで終戦を迎え、引き揚げてくるのだが、じつは私の父も同じようにラバウルで終戦を迎えている。父は一切戦争の話を子どもたちにはしなかったし、子どもたちに手を上げることはしなかった。そういう意味ではいろいろな苦労をしたと思うが…
この「ゴキブリ」の話は、非常につらい物語である。フランキー堺のちにはスマップの仲居くんも演じていたが「私は貝になりたい」の話と同じだ。国のため、みんなのために戦争に行ったのに、敗戦後今度は同胞に追われる身になるというみじめさ…。1970年の「サンデー毎日増刊」に掲載された作品だが、その後の単行本化ではバックの赤が黒にかわり、ヒゲが見えなくなっている。
この作品も実にかなしい。話は水木しげるの体験を基本に描かれているが、最後は死に、ガイコツ(シャレコウベ)だけが海辺に漂っているのだ。ただ波の音を聞きながら…。1974年週刊朝日増刊に掲載。
この項続く
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8月第三回配本は「河童の三平」 下 だ。五巻目、六巻目と迫力ある絵柄になってきている。
そこそこは売れたのだが、最終的に主人公の死という結末で終りのなのだが、なにより水木しげる自身が執筆の中断を決定したのだ。ただ、魔女花子とその家族(母は蜘蛛にメタフォーゼ)の登場、猫町という妖怪の巣窟の設定と話がスピーディに変化していくのは興味深い。第八巻冒頭で主人公が死んでしまい、読者の期待むなしく生き返らず、かわりに河童が三平の代わりに母と暮らす、まさしく「河童の三平」だ。
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