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雑誌「COM」1969年8月号から70年9月号まで13回掲載された作品で、「COM」誌上では一番の話数と頁数で扉を入れて387頁、さらに頁の入れ替えや省略など単行本化に際して、かなり手が加えられた。作者の手塚治虫としては毎日が多忙で十分な出来とは思えず、その後に見直し、手直しをしたと推測できる。そこが手塚治虫の「天才」たる所以(ゆえん)だ。
1969年9月号 第1話 扉
第1話 4〜5頁 原作はスミ一色だ。この話から原則「ルビ」が省略された。「COM」は当初は少年向け(おおよそ小学校5年から中学1年生対象)として発刊されたが、実は中学生以上、高校生の16,17歳が中心だったから。もちろん読みにくい固有名詞などは振ってある。
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火の鳥
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1月29日配本の「第5部鳳凰編」と「第6部復活編」「第7部羽衣編」だ。「COM」で発表されて作品は全8部、57話だ。最後の「第8部望郷編」は第1話のみで、第2話は72年1月号(創刊?)の「COMコミックス」で発表され中断した。確かな資料はないが、読者の中では「第6部復活編」が一番人気のようだ。なにせ、「ロビタ」の「出生」の秘密が解き放されるところかも知れない。私的には「第6部鳳凰編」が好きなのだが…貴方は?
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1969年3月号から連載が開始された「火の鳥 第4部宇宙編 第1回」、今回初めて2頁のカラーが描かれた。
他の頁は2色と墨だが、角川版ではフルカラー(4色)になっている。いみじくも、永島慎二の「フーテン」の中断、そして石森章太郎の「ジュン」の掲載中止がこの3月号からなされ、三本柱のうち二本が欠け、COMは大ピンチを迎えるのだ。起死回生のためにも、カラーを取り入れなければなかったのだ。今と比べると量と質とも比べようにならないが、当時は少年誌でもカラー扉2〜3点が普通で本誌の4色カラーはなかったのだ。
小学館版、COM原作と続く。コールドスリープから眼が覚めた四人だが、それぞれネームが微妙に修正されている、なぜか「牧村」の固有名詞が増えているのだ…
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すべて、ナレーションはカットされている、いわいる不適切な言葉だ。そしyて、「ヒッピー」という言葉は死語?になったようだ。
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1968年9月号から69年2月号まで6回にわたって雑誌COMに連載された「火の鳥第3部ヤマト編」
まず、今回配本された小学館版の単行本だが、角川版用のカラー原稿から作成しているのだ。
原作には無く、2頁増えている、右側は原作最終頁の画を使用、ネームはプロローグ用に書かれており、左の頁は単行本用に加筆されている。
次は原作のCOM1968年9月号 「ヤマト編 第1話」だ。
三段目右のコマ、単行本では「カセットテープ」と修正、次の単行本発行時は「ディスク」になってるかも知れない?
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