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1969年にガロ誌上に発表したのは、2作品だけで7月号に「チェッ」24頁、10月号に「石匠」36頁、ともに単行本未収録だ。
「チェッ」 ガロ1969年7月号
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楠 勝平
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ガロ創刊が64年9月号(発行日は7月24日)で、楠勝平の初掲載作品は「仙丸」で、第2号の10月号から65年6月号までの間で全7話掲載された。
その後の作品だが、単行本化された作品について次に紹介するが、単行本は4冊と少なく、それも今では手に入りにくいのだ。
A ガロ別冊 増刊号
B 作品集 1975.3
C おせん 1978.8 以上青林堂
D 彩雪に舞う 2001.2 青林工藝社
1966年10月号 名刀 17P ABD
11月号 いざかや 13P ABC
12月号 おせん 24P ABCD 以上66年は短編3作品
1967年1月号 殿さまとざらざらした味 AC
2月号 喧嘩 12P A
3月号 鎧 9P 未収録
5月号 冷たい涙 12P A
6月号 参加 25P AD
7月号 どろ棒とこん棒 13P ABD
9月号 茎 前編 26P ABCD
後編 25P ABCD
12月号 赤水 前編 27P 未収録 以上67年は9作品
1968年 1月号 後編 31P 未収録
5月号 臨時ニュース 34P AD 以上68年は2作品だ。
1968年5月号 臨時ニュース
社会に出たばかりの娘が交通事故で足に障害が残ったのだが、日々の生活は進んでいく、ある時、電車で加害者を見つけ、家まで尾行するが…そこにも普通の家庭があったのだ。朝、ギターを練習するために出かける娘と犬を散歩する主人公とが一緒に家を出るが、その時、臨時ニュースが流れるのである…「北京都市に於いて、日中親善団員58名は民兵に虐殺されました。その模様を目撃した者は次のように語っています。」 しかし、ただ普通の生活の時間が流れていくだけなのだ…
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なぜ、祝言(しゅうげん:今で言う結婚式披露宴)から逃げたのか、その女性はどこにいるのか、そしてその理由がじょじょに分かるのだ。「赤水」後編8頁。
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赤紙とは「召集令状」の事で、赤色の用紙に印刷されていた。戸籍地の連隊(陸軍の地方組織)に出頭したのだ。私の父も大阪に住んでいたが、本籍地が兵庫のため、姫路にあった連隊に出向き、入営(にゅうえい)したと仄聞(そくぶん)している。
そう言えば「またも負けたか八連隊」という囃子言葉(はやしことば)があったな。大阪の第八連隊は弱く、いつも負けていたそうで、戦後生まれの私だが、小さい時にこの文句で囃子立てたものだ。もし、記憶違いならご容赦(ようしゃ)願いたいのだ。
召集令状が来た若者に結婚式を挙げようとするが、肝心の花嫁が行方不明なのだが…
「勝って来るぞと勇ましく、誓って国をでたからにゃー…」の歌が響く中、徴兵検査に落ちた青年は悪酔いし、七転八倒(しちてんばっとう)するが、雨天の中、その場を立ち去るのだった。
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