|
これまで誰が鎧の音について着眼した者がいたか?非凡な作者を垣間見る作品だ。
|
楠 勝平
[ リスト | 詳細 ]
|
1967年1月号(通巻29号) 「殿さまとざらざらした味」 17頁
二日絶食した後飲んだ水のおいしい味が忘れられずいろいろ試すが、二度と同じ味わいは無理だった。そこで、前回と同じようにと考え、自傷するのだが、結果最後の水を味わう日が早まるのだ。しかし、その時にはもう正常に味わうことができなかった。殿さまは「息をひきとる刹那、砂利を飲んだような気がしたのである」
1967年2月号(通巻30号) 「喧嘩」 12頁
魚の佃煮を売る生業(なりわい)の玄次は気の短い男で、すぐに喧嘩をしてしまうのである。「玄次は喧嘩をしたくなかった」のネームが7回出てくる、人間の性(さが)か??
1967年3月号(通巻31号) 「鎧(よろい)」 19頁
この作品は単行本未収録なので…
戦いの最中(さなか)、耳を澄まして何事かを聞いている人が…命がけの合戦(がっせん)でもそれに気づく侍もすごいが!
|
|
1966年10月号(ガロ通巻26号) 「名刀」17頁
火事で焼け出された人たちが一つ屋根で宿泊、旅人の中に武士が混じっていた。届ける品の刀自慢話になるが、子どもに刀をけなされ、大人げなく立腹し、その「名刀」で子どもを「切捨御免」!子どもは大工の見習いで、持っていたのは「鉋(かんな)」、子どもの最後の言葉「鉋は家、や、やしきを」で絶命するのだ。武士の刀は人を切るもので自慢にならないが、家をつくる鉋はすばらしいものだと…今までにない漫画だ!!
1966年11月号(ガロ通巻27号) 「名刀」17頁
居酒屋に十手を持った与力が入ってくるが用件は不明、大工の男がふと心に思いつく、先日武士が落馬し、母上と泣き叫び、その上「肥溜め」に落ちたのを見てしまうのだが、そのことを仲間と大笑いしたことが咎められると思い、居酒屋から逃げ出すのだが、客全員が後ろめたく、同時に飛び出す。後に残された与力と目明しは何事が起こったかとキョトンとするのだが…
1966年12月号(ガロ通巻28号) 「おせん」24頁
何不自由なく育った大工の安が切符のいい、貧乏な娘おせんに好意を持つが、安の叔父の家に二人で訪ねたところ、五両の高価な花瓶を割ってしまう、おせんは自分が悪いのでなく、安のせいだと逃げてしまうのだが。というのも弟や祖母を養っている貧乏生活を考えると弁償などは不可能なのだ。伯父は「お前のように何不自由なく育った者には理解ができぬかもしれん」と諭すが、安は「いやちがう!あの女はああいうきたね女なんだ!」とは絶叫する、雨の中、立ち去る安を見送りながら、泣き伏すおせん…
この三作はガロ増刊号に収録されている。三作とも楠勝平の独自の世界観だ!!
|
|
残念ながら、「ガロ」創刊第2号・64年10月号はもう手元にないので、第3号に掲載された「仙丸」第二話から紹介するが…
第2話 10頁
第3話 ガロ 64年12月号 10頁
第4話 ガロ 65年2月号 15頁
第5話 ガロ 65年3月号 15頁
第6話 65年4月号 15頁
第7話最終 ガロ65年6月号 15頁
時は戦国時代、軍費調達のため不当に価格を下げた領主と紙漉職人たちとの軋轢、また、その城を狙う盗賊たちの暗躍、そして侍になりたい少年の出現と… まるで12月号から連載が開始される「カムイ伝」のミニ版のようだ?画は少年向けだが、まさしく「劇画」!!
|
|
臨時増刊号に収録された作品は1966年10月号から68年10月号の「ガロ」に掲載された作品だ。
1974年3月に30歳で夭逝した作者は東京生まれで白土三平に師事、「忍法秘話」に作品を発表、64年10月号の「ガロ」に「仙丸」を発表、65年6月号まで7回にわたって連載した。その後、一年余り期間が空くが、66年10月の「ガロ」に「名刀」を掲載する。
|



