|
マンガ少年 創刊2号目の新規作品なのだ。
古谷光敏の「寝太郎」 落語を連想するユッタリした作品
横山光輝の「ムササビ」 短編読切で次号も掲載されたがどうやら「マンガ少年」の読者の好みとは合わなかったようだ。2回で掲載は終わった。
石森章太郎の「ワルカロー」 第2話 「お城をとるには子孫を断の巻」
ますむらひろしの「ファンタジーゾーン」 第2話 夏の終わりにやって来た春
|
マンガ少年解体新書
[ リスト | 詳細 ]
|
サンコミックはこの時点で400冊を数え、新書版中でもカバーの出来がひときわ良かったのだ。あなたはどれだけ読まれただろうか?また、「鉄腕アトム」も数多く単行本化されているが、講談社の手塚治虫全集(発表順の編集)かこのサンコミックが一番良い、サンコミックには描き下ろしの小品も掲載されている。お持ちの方は一度チェツクして下さい。
「映画の窓」だが、この「オーメン」は怖かった、いまでも頭のどこかに666の数字が無いか…を思い出すのだ。
|
|
朝日ソノラマ最初の月刊雑誌の「マンガ少年」、創刊第2号の1976年10月号、創刊号よりさらにパワーアップ。表紙の宣伝もコーヒーメーカーも加わり、かなり大人向けのCMだ、しかし17500円とはかなりいい値だと思うが…
新しく古谷光敏の「寝太郎くん」の連載、特別ゲストとして横山光輝の「ムササビ」、楳図かずおイラストが掲載。また、荒木経惟の「花の中学美少女」、フィルム紹介の「映画の窓」の連載が始まったのだ…それと森田拳次の「モリケン時笑」の一コマもお忘れなく!
|
|
マンガ少年創刊から最終号まで全57巻の内、全16作品を発表している。少年向けとして作品化されているが30頁前後の作品としてかなり質は高く、大人が読んでも十分堪能できるのではないか。小学館の「ビッグコミック」に掲載された短編とは一味違う、まろやかな作品に仕上がっていると思うが…
高地に墜落した飛行機から辛うじて生き残った少女、しかし人類はほとんど生き残ってはいなかった。そして、人類探しに出発するが、そこには絶望しか残されていなかったが…最後のどんでん返しが最高だ。
当時藤子不二雄も超多忙だったと思われる。しかし、師の手塚治虫の「火の鳥」を掲載する雑誌のために、一肌脱いだのだ。石森章太郎、松本零士とともに…
|
|
漫画家であり批評家でもあり漫画家のすべてを知っているみなもと太郎、マンガ少年創刊号から全36回の連載、4Pだがさまざまな漫画の評論を楽しく載せているのだ。
手塚治虫の「光」は1959年6月号から12月号まで「冒険王」で連載、講談社手塚治虫全集MT54に収録されている作品で約130頁の作品。手塚治虫の「あとがき」に「この時代はまだ戦後と、高度成長時代、安保時代のハザマにあって、少年漫画界にとって古きよき”俗悪読物”時代だったといえるでしょう」と書き結んでいる。
石森章太郎の「黒い風」は1961年5月号から10月号まで「冒険王」に連載された初の本格的時代劇連載漫画なのだ。忍者の面白さより、現代社会に忍者を投影させ、その”黒い風”の生き方を通して現代社会を語ろうとした作品とも言えるのだ。アサヒソノラマの新書版「サンコミック」第1号だ。
雑誌「ガロ」1968年12月号から69年11月号、70年7月号まで全13話の作品。滝田ゆうの代表作とも言える。戦前の遊郭のにある飲み屋を舞台に主人公の少年、両親と姉、そして猫の家族のお話。
桑田次郎の「まぼろし探偵」は1957年3月号から61年12月号の「冒険王に連載され、その後64年11月号から65年4月号まで連載された。「月光仮面」「少年ジエット」「七色仮面」「怪傑ハリマオ」などと並び大ブームを巻き起こした。「赤い帽子に黒マスク、黄色いマフラーなびかせて…オートバイが空飛べば、事件が起きた時なのだ…」というなつかしい主題歌、ラジオ、テレビ、そして映画化は3回。テレビではオートバイの代わりに空陸両用自動車「まぼろし号」が活躍し、子役に吉永小百合、藤田弓子が出演している。
|




