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ますむらひろし 1952年生まれなので、マンガ少年創刊時23才、山形県米沢市の出身だ。1973年集英社上半期手塚賞準入選「霧にむせぶ夜」、その後「ガロ」73年8月号で入選第73人目(通算)「1975」という作品、74年には3月号「Good bye」、4月号「春街スケッチ」、5月号「星ふる夜の天使たち」、8月号「アップルタウン」の4作品を発表、75年5月号から76年2月まで「ヨネザアド物語」を全8話も発表しているのだ。マンガ少年創刊号「ファンタジーゾーン 第1話自動販売機」にはまだ ヒデヨシ は登場しないのだ。
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マンガ少年解体新書
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マンガ少年は手塚治虫のライフワークの「火の鳥」を掲載するために創刊された月刊雑誌だ。1970年後半は「宇宙戦艦ヤマト」の大ヒットに見られるようにSFの大ブームでもあった。当然、創刊時はSFが中心だ。
「火の鳥」は構想新たに虫プロ商事発行の「COM」に連載された作品で第8部まで発表されたが、第8部第2話で中断、また、第9部も第1話で中断されていた。そもそも「COM」が「火の鳥」のために創刊されていたのだ。
マンガ少年掲載の「望郷編」は構想を練り直し、「COM」版とは全く内容が異なっている。地球から脱出し、辺境の惑星に到着した若い二人、ジョージとレミ、しかし、その星は人も住めない荒涼とした悪環境だった。そして、水掘作の際にジョージが事故死に、残されたレミ。男の子を産むが、その子と結婚し子どもを作るために冷凍睡眠装置に入るのだ。子どもはロボットに養育され、20年の月日が経ち、レミが目覚めたのだ…
76年9月創刊号から一部休載をしながら1978年3月号まで全16話424Pの大作だ。その後の単行本化では原作とエピソードが入れ替わっており、また、角川版では大きく内容が変わっている、これは編集頁の都合だ。
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手塚治虫の「火の鳥」は33P、石森章太郎の「ワルカロー」は16P、松本零士の「ミライザーバン」は32P、石川賢の「聖魔伝」は45P、ますむらひろしの「フアンタージーゾーン」は20P、ジョージ秋山の「戦うナム」は31P、読切の藤子不二雄の「みどりのまもり神」は31Pで208Pとなる。みなもと太郎の「お楽しみはこれもなのじゃ」、吾妻ひでおの「美美」はそれぞれ4P。表紙も入れて236P中、マンガは216Pだが、読み物は8Pだった。この「ヤング講座」もちょっと違和感?があったようだが…
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創刊号は手塚治虫、石森章太郎、松本零士、ジョージ秋山、石川賢、ますむらひろしの連載陣、藤子不二雄は不定期の読切だった。みなもと太郎、吾妻ひでおも連載している。
当時無名と言ってもいいような ますむらひろし の起用はなかなかの好判断だった。その後大ブレイクし、長期の連載となる。
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マンガ少年創刊号 本誌の宣伝・広告
天体望遠鏡、ギター、ステレオなど少年のみならず大人も大好きなグッズだ。
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