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1976年創刊号のマンガ少年内の宣伝広告だが、表紙2の「切手」、3の「日曜修理セット」、4の「ラジカセ・集音パノラマ」…懐かしいものばかり。ラジカセは子どもたちだけでなく、大人も欲しかったのだ。しかし、カセットテーフはとても高かった…4万円台の価格は当時は高卒の初任給ぐらいではなかったか?
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マンガ少年解体新書
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1960年代末には月刊誌が休刊し、それに替わって週刊誌が席巻した漫画界、そして一冊当たりのページ数が増え行くという傾向が高まり、戦後の漫画界が大きく変化した。読者対象も小中学生だったのが大学生、青年と年齢が拡大し、編集方針もそれに呼応し、内容がハイレベル化していくのだ。「面白い」ものだけに止まらず、政治・経済など社会問題をもその俎上に上がっていくことになる。そんな中、それらの流れに逆行するがのように「マンガ少年」が月刊誌として登場。1976年7月に創刊されたのだ。
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