おけらの いつか青空 脱原発

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今日、地元で「泥の河」をこれで三回目になる上映会をしました。
3回目ですが、初めて観たという方がけっこういらしたので観てていただいてよかったです。
みんな、今のこまっちゃくれた子役にくらべて、きっちゃんを始めとする三人の子どもたちの自然な演技に驚いていました。
小手先の下手な芝居をさせなかった監督の勝利でしょう。
それでも、ちゃんと子供たちに役と設定を理解させて撮っています。スピルバーグが小栗監督に子役の指導を教示してもらったとエピソードが残っています。

私は最後の信男の「きっちゃ〜ん」という声を聴きながら、これは日本版の「禁じられた遊び」だ〜と思いました。
「ミッシェール」と女の子の名前を呼んでいる声で「禁じられた遊び」は終わります。似てますよね。もしかしたら小栗さんは、あの映画に影響されているのかも。
何回みても、いい作品はいいです。「泥の河」はやはり戦後の映画の中の20本には入るんじゃないかしら?
溝口や黒澤、小津さん、成瀬にひけをとらない。しかも小栗康ール平監督35歳の作品。
私と同じ年齢の、その視線での作品。
私達の親世代が戦争でどんなに人生を狂わせられたか、その子どもたちはおとなたちのそれを背負わされたか。
子ども世代の小栗監督の演出には体験してきた世代だからこその真実が宿っています。、
最初に馬車引きの雁之助が明日中古トラックを買うんだと喜んでいたその日に、馬車の下敷きになって死にます。(まず最初に強烈な印象を残しますね)
信男(うどん屋の田村高広の子)の何気なく見ていた前で「ゴカイ採り」のじいちゃんが川に落ちて死にます。
田村と藤田弓子が終戦直後の闇市でしりあい子どもができてしまって(それが信男)棄てられた元妻(八木昌子・・非常に印象に残ります)が、信男に会いたいと言って死にます。
加賀まりこの夫は、腕のいい船頭だったけれど仕事中に無理をして死んでいます。
加賀まりこ演ずる舟に暮らす娼婦は、それしか生きられない最底辺の暮らしです。水上生活者は東京にもたくさんおいででしたが。
満州、シベリアと命からがら生きて帰れた田村高広の主人公も、「スカみたいな」しがないうどん屋のくらしです。
それでも登場人物の中では「成功」している部類。
「もう戦後は終わった」と政府は言い立てている(昭和31年の)新聞が写されます。
(朝鮮)戦争で神武景気となったらしいけれど、しかしほんとうはそんなでなくて庶民の戦後は続いていたと映画では告発していました。
おとなたちには、それぞれに戦争の影が色濃く刻印されています。
ふつうの庶民の戦後を描いて、こんな悲しい映画、成瀬己喜男の「浮雲」くらいでしょうか。
でも、「浮雲」には恋愛というロマンがあります。戦後の混乱の中で貪欲に精力的に生きる人々が登場します。
「泥の河」には、哀切極まりない暮らしそのもの、しかない。飽くまでも「スカ」である人々の暮らしだけ。
田村高広は文字通り、「日本の父」を演じ切りました。あれほど慈愛に満ちた父親を演じる事ができる人が他にいるでしょうか。(「64」の永瀬正敏、佐藤浩市・・頑張っていましたが、まだまだ。)
特にきっちゃん姉弟によせるまなざしのやさしさ。涙なしには見られません。もちろん藤田弓子もいい。
知性とやさしさ、です。(選挙のキャッチフレーズみたい。)
父親の坂東妻三郎は、戦争中に小林多喜二の小説をフロシキに包んで隠し持っていたと、「時代を撃て 多喜二」(記録映画・池田博穂監督・・山本薩夫の弟子)で、田村高広本人によって語られていました。
田村高広がいま生存していたら、今の日本をどうみたでしょうか。
 
この映画は小栗さんの作品で一番いい。私は初公開の時に新宿で見ました。それから何回も見ているのですが初見の時の感動は語れない位。
会社が嫌でイヤで辞めたいとき、会社を二日休んで、その2日目に新宿に観に行きました。観終わって「もう少し頑張ってみよう」と決断できた思い出の作品です。
この監督は私と同い年だな、と直感しました。その通りだった。
「赤銅鈴之助」のラジオ放送が流れていました。若乃花、栃錦の相撲中継をそば屋のテレビでみんなが見ていました。あの頃の見慣れた風景です。
赤銅鈴之助にしのぶちゃん役で藤田弓子が出演していましたから、小栗康平さんは配役にしゃれていたのだと思います。
しのぶちゃん役だったころの藤田弓子はおそらく12〜3歳。「泥の河」のかの女は35,6歳。そんなところも、もう一つの面白さ、ですね。
 
さて、今度みんなで観ようと思っている「日本列島」です。
熊井啓作品ですが。
彼の一番の問題作は「地の群れ」かも。これは議論になる作品。共産党の50年問題をバッチリ扱っています。
原作は井上光晴で、これが問題作。被爆者、部落民、朝鮮人、共産党員・・マイナーな苦しむ人々満載の作品。考え込むこと確実です。
熊井作品を一つひとつ辿るのもいいかも。
実は、25年前に地元で映画祭なる簡単なかまえのイベントをしました。いまほど著作権が煩くなかったので。
その時、山田洋次、岡本喜八、熊井啓、(そういえば椎名誠の「うみそらさんごのいいつたえ」も入れた)の作品を上映するにあたって監督たちから一言をいただきました。
どの方も丁寧なメッセージをくださって、日本の映画監督のすばらしさを実感しました。
 
中でも熊井啓さんは「映画と毒薬」というご著書まで送ってくださいました。実はその本は私はすでに買い求めて読んでいたのですが、
その温かな対応にとても驚きました。
そうそう「海と毒薬」は調布にお住まいだった木村威雄さんの美術が素晴らしい作品です。
木村さんは日本の映画美術の歴史をつくったおひとりで、最晩年は映画監督として2本つくりました。(特に「夢の間に間に」だったか、はとても良かった。井上芳雄の「夜のプラットホーム」の歌唱が印象的です。調布が舞台になっています。長門裕之、有馬稲子の最後の映画かな。)
岩波ホールで上映しましたね。これもいい作品です。私の地元にいらしていただきお話を伺ったことがあります。
その時「僕は、誰も作ったことがない、観たことがない映画をつくりたい」と仰っていました。
謎のような言葉でしょう。いまでも私の頭の中をまだリフレインしています。それってどんな映画?と。
「海と毒薬」での解剖シーンで血液を床に流しているのですが、それをリアルにえがくための努力を語っていらっしゃいました。
今でも日活のアキラや裕次郎の映画をみると、あのキャバレーシーンの美術・装置は木村さんだろう、などと思って観ています。
確か千田是也の兄弟である伊藤熹朔(舞台美術家)の弟子です。
木村威雄さんの土台には戦中、戦後の革新・新劇運動あり、です。
私は「大好きなカルト映画」で「けんかえれじー」を挙げているのは映画を愛し続けた木村さんへのオマージュからです。
「海と毒薬」は、戦争中の九州大学の人体実験を描いて、渡辺謙と奥田英二共演作。これも凄い作品ですね。
先だって、その証拠を九州大学で展示しようとしてストップがかかったこと、テレビで伝えていましたね。まだまだ加害を告白するのに弱い日本です。
 
熊井啓監督の第二作目・「日本列島」は今を考えるうえでも、とても良い素材だと思います。
 
 

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