おけらの いつか青空 脱原発

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今夜、東映チャンネルで、「おかしな奴」(1963年東映)を観た。
題名に続いて、スタッフに、脚本・鈴木尚之と監督・沢島忠と出たのを観てから、「こりゃあ、いいかも」と膝を乗り出すようになってしまった。
いい。
渥美清演ずる三遊亭歌笑(1917年〜1950年)という実在の落語家が主人公なのだが、
これがいい。渥美清の甲高い、しかし口跡のさわやかな声が、実際の歌笑を彷彿とさせている。(聞いたことないのだが、そうだろう。)今なら古典落語でない、「時事問題を取り扱った落語もあり」「色物的な話もOK]になっているが、戦争中から戦後にこうした型破りの落語を作り、大衆的に人気を博したことは、とても画期的だったであろう。いくら面白い顔を売りにしていたとしても、顔だけで人気は保てない。
当然、やっかみ、いやがらせがあったようで、そのあたりも映画ではよく描かれている。
落語会の重鎮で嫌味な男を十朱久雄が演じている。どこにでも、こんな人物は居るものだ。
そういう人間に限って力をもっていたりするので、かなわない。
しかし、師匠や先輩・同輩芸人、ファン(後援会長と自ら名乗る田中邦衛。とてもいい)、初恋の人(三田佳子・好演)、妻(南田洋子・これまた素晴らしい)に支えられ人気者となり大衆的な支持を得ていく。
真打祝いの花が、パンパンや、担ぎ屋のファンから届いているのが可笑しい。
師匠の石山健二郎、兄弟子の佐藤慶、いずれも適役。なんともうまい。
清川虹子が母親役で、これがまた味がある。昔はいい俳優が多かったなあと思う。
特に、召集令状に悩み自殺する兄弟子を演じた佐藤慶は、代表作の一つといっていいのではないか。
哀切である。首をつっている姿に、周辺の人間は「お国のために死ななければならないのに恥知らず」と悪罵を投げる。これはリアルだ。それに反撃する歌笑。彼の人間性をよくあらわしたシーンであり、脚本の冴えを感じた。
この兄弟子の死のシーンもそうなのだが、
私は、この映画の良さは、戦中や敗戦直後の日本を知らない世代の人々に、、
無理なくそのころがどんな時代だったかを教えてくれる作りになっていることだと思う。
つまり、歌笑という落語家の短い一生を描きながら、背景に日中戦争の拡大、敗戦、東京裁判、下山事件などの謀略的な事件、朝鮮戦争を織り込むことで、その30年はどんな時代だったのかが、よく理解できる仕掛けになっている。それぞれの事件の流れを新聞記事挿入で効果的に表して見事である。
戦後の焼け跡、闇市、パンパン、占領軍の米兵、浮浪児、担ぎ屋・・もう知る人もあまりいないが、忘れてはならない史実だ。映画ができた1963年は、戦後18年。
出演者も、スタッフにとってもまだまだ生々しい記憶があったと思う。
その記憶を刻みながら作ったようなこの映画は「反戦映画」の範疇に入るのではないかと思う。
暴走してきた米兵の車にひかれて死亡する歌笑。
その妻が「あそこに歌笑が・・、『もう戦争は嫌だって』言っている」と叫ぶ。
これは、渥美清、沢島忠、鈴木尚之ら、映画を作った人々・戦争体験者の心からのメッセージだと私は受け止めた。

「人情喜劇」の枠に収まらない深さと広がりを感じる力作である。
お薦めの一本だ。


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デモクラテレビの、安保法制関連の番組です。
どれか一つでも、どうぞ。
拡散も、ぜひ。

第1回 安保法制と憲法 小森陽一さんとSEALDsメンバー
http://www.eizoudocument.com/0135komori&sealds.html
第2回 立憲主義と安保法制 樋口陽一さんとSEALDsメンバー
http://www.eizoudocument.com/0139higuch&sealds.html
第3回 沖縄米軍基地と日米安保条約 高橋哲哉さんと学生たち
    ( http://www.eizoudocument.com/0517takahashi&student.html
第4回 ほんとうの戦争の話をしようか 西谷修さんと学生たち
http://www.eizoudocument.com/0140nishitani&student.html
第5回 安全保障法は違憲だ!小林節さんと学生たち
http://www.eizoudocument.com/0142kokbayashi&student.html
第6回 グローバル市民の声が聞こえる!浜矩子さんと若者たち
http://www.eizoudocument.com/0703hama&youth.html
第7回 ガイドラインから〈戦争法〉を見直す 前田哲男さん
http://www.eizoudocument.com/0518lesson07maeda.html
第8回 沖縄戦は終わっていない ジャン・ユンカーマンさんと若者たち
http://www.eizoudocument.com/0519lesson08junkerman.html
第9回 アベ政治を許さない 澤地久枝さんと若者たち
http://www.eizoudocument.com/0144lesson09sawachi.html
第10回 現代の貧困・格差 山田厚史さんと若者たち
http://www.eizoudocument.com/0704lesson10yamada.html
第11回 「日本国憲法」はアジアへの国際公約である 徐京植さんと学生たち
http://www.eizoudocument.com/0146lesson11sokyonshuku.html

デモクラTVでの配信( https://dmcr.tv/mypage/dmcr_spc.php?prog=eizoudoc
18歳のためのレッスン 配信映像リスト
http://www.eizoudocument.com/0020lesson.html
シリーズ「18歳のためのレッスン」DVD
http://www.eizoudocument.com/0143DVDlessonseries.html
18歳のためのレッスン紹介チラシ
http://www.eizoudocument.com/00DVD/DVDlessonflyer.pdf


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今日、地元で「泥の河」をこれで三回目になる上映会をしました。
3回目ですが、初めて観たという方がけっこういらしたので観てていただいてよかったです。
みんな、今のこまっちゃくれた子役にくらべて、きっちゃんを始めとする三人の子どもたちの自然な演技に驚いていました。
小手先の下手な芝居をさせなかった監督の勝利でしょう。
それでも、ちゃんと子供たちに役と設定を理解させて撮っています。スピルバーグが小栗監督に子役の指導を教示してもらったとエピソードが残っています。

私は最後の信男の「きっちゃ〜ん」という声を聴きながら、これは日本版の「禁じられた遊び」だ〜と思いました。
「ミッシェール」と女の子の名前を呼んでいる声で「禁じられた遊び」は終わります。似てますよね。もしかしたら小栗さんは、あの映画に影響されているのかも。
何回みても、いい作品はいいです。「泥の河」はやはり戦後の映画の中の20本には入るんじゃないかしら?
溝口や黒澤、小津さん、成瀬にひけをとらない。しかも小栗康ール平監督35歳の作品。
私と同じ年齢の、その視線での作品。
私達の親世代が戦争でどんなに人生を狂わせられたか、その子どもたちはおとなたちのそれを背負わされたか。
子ども世代の小栗監督の演出には体験してきた世代だからこその真実が宿っています。、
最初に馬車引きの雁之助が明日中古トラックを買うんだと喜んでいたその日に、馬車の下敷きになって死にます。(まず最初に強烈な印象を残しますね)
信男(うどん屋の田村高広の子)の何気なく見ていた前で「ゴカイ採り」のじいちゃんが川に落ちて死にます。
田村と藤田弓子が終戦直後の闇市でしりあい子どもができてしまって(それが信男)棄てられた元妻(八木昌子・・非常に印象に残ります)が、信男に会いたいと言って死にます。
加賀まりこの夫は、腕のいい船頭だったけれど仕事中に無理をして死んでいます。
加賀まりこ演ずる舟に暮らす娼婦は、それしか生きられない最底辺の暮らしです。水上生活者は東京にもたくさんおいででしたが。
満州、シベリアと命からがら生きて帰れた田村高広の主人公も、「スカみたいな」しがないうどん屋のくらしです。
それでも登場人物の中では「成功」している部類。
「もう戦後は終わった」と政府は言い立てている(昭和31年の)新聞が写されます。
(朝鮮)戦争で神武景気となったらしいけれど、しかしほんとうはそんなでなくて庶民の戦後は続いていたと映画では告発していました。
おとなたちには、それぞれに戦争の影が色濃く刻印されています。
ふつうの庶民の戦後を描いて、こんな悲しい映画、成瀬己喜男の「浮雲」くらいでしょうか。
でも、「浮雲」には恋愛というロマンがあります。戦後の混乱の中で貪欲に精力的に生きる人々が登場します。
「泥の河」には、哀切極まりない暮らしそのもの、しかない。飽くまでも「スカ」である人々の暮らしだけ。
田村高広は文字通り、「日本の父」を演じ切りました。あれほど慈愛に満ちた父親を演じる事ができる人が他にいるでしょうか。(「64」の永瀬正敏、佐藤浩市・・頑張っていましたが、まだまだ。)
特にきっちゃん姉弟によせるまなざしのやさしさ。涙なしには見られません。もちろん藤田弓子もいい。
知性とやさしさ、です。(選挙のキャッチフレーズみたい。)
父親の坂東妻三郎は、戦争中に小林多喜二の小説をフロシキに包んで隠し持っていたと、「時代を撃て 多喜二」(記録映画・池田博穂監督・・山本薩夫の弟子)で、田村高広本人によって語られていました。
田村高広がいま生存していたら、今の日本をどうみたでしょうか。
 
この映画は小栗さんの作品で一番いい。私は初公開の時に新宿で見ました。それから何回も見ているのですが初見の時の感動は語れない位。
会社が嫌でイヤで辞めたいとき、会社を二日休んで、その2日目に新宿に観に行きました。観終わって「もう少し頑張ってみよう」と決断できた思い出の作品です。
この監督は私と同い年だな、と直感しました。その通りだった。
「赤銅鈴之助」のラジオ放送が流れていました。若乃花、栃錦の相撲中継をそば屋のテレビでみんなが見ていました。あの頃の見慣れた風景です。
赤銅鈴之助にしのぶちゃん役で藤田弓子が出演していましたから、小栗康平さんは配役にしゃれていたのだと思います。
しのぶちゃん役だったころの藤田弓子はおそらく12〜3歳。「泥の河」のかの女は35,6歳。そんなところも、もう一つの面白さ、ですね。
 
さて、今度みんなで観ようと思っている「日本列島」です。
熊井啓作品ですが。
彼の一番の問題作は「地の群れ」かも。これは議論になる作品。共産党の50年問題をバッチリ扱っています。
原作は井上光晴で、これが問題作。被爆者、部落民、朝鮮人、共産党員・・マイナーな苦しむ人々満載の作品。考え込むこと確実です。
熊井作品を一つひとつ辿るのもいいかも。
実は、25年前に地元で映画祭なる簡単なかまえのイベントをしました。いまほど著作権が煩くなかったので。
その時、山田洋次、岡本喜八、熊井啓、(そういえば椎名誠の「うみそらさんごのいいつたえ」も入れた)の作品を上映するにあたって監督たちから一言をいただきました。
どの方も丁寧なメッセージをくださって、日本の映画監督のすばらしさを実感しました。
 
中でも熊井啓さんは「映画と毒薬」というご著書まで送ってくださいました。実はその本は私はすでに買い求めて読んでいたのですが、
その温かな対応にとても驚きました。
そうそう「海と毒薬」は調布にお住まいだった木村威雄さんの美術が素晴らしい作品です。
木村さんは日本の映画美術の歴史をつくったおひとりで、最晩年は映画監督として2本つくりました。(特に「夢の間に間に」だったか、はとても良かった。井上芳雄の「夜のプラットホーム」の歌唱が印象的です。調布が舞台になっています。長門裕之、有馬稲子の最後の映画かな。)
岩波ホールで上映しましたね。これもいい作品です。私の地元にいらしていただきお話を伺ったことがあります。
その時「僕は、誰も作ったことがない、観たことがない映画をつくりたい」と仰っていました。
謎のような言葉でしょう。いまでも私の頭の中をまだリフレインしています。それってどんな映画?と。
「海と毒薬」での解剖シーンで血液を床に流しているのですが、それをリアルにえがくための努力を語っていらっしゃいました。
今でも日活のアキラや裕次郎の映画をみると、あのキャバレーシーンの美術・装置は木村さんだろう、などと思って観ています。
確か千田是也の兄弟である伊藤熹朔(舞台美術家)の弟子です。
木村威雄さんの土台には戦中、戦後の革新・新劇運動あり、です。
私は「大好きなカルト映画」で「けんかえれじー」を挙げているのは映画を愛し続けた木村さんへのオマージュからです。
「海と毒薬」は、戦争中の九州大学の人体実験を描いて、渡辺謙と奥田英二共演作。これも凄い作品ですね。
先だって、その証拠を九州大学で展示しようとしてストップがかかったこと、テレビで伝えていましたね。まだまだ加害を告白するのに弱い日本です。
 
熊井啓監督の第二作目・「日本列島」は今を考えるうえでも、とても良い素材だと思います。
 
 

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TBS 報道特集 

スタッフ、出演者のみなさんへ 

 
いつも素晴らしい「特集」をありがとうございます!
先ほど、貴番組拝見いたしました。
舛添都知事が知事の座に座り続けるのは無理だということは、すでに決定的と思います。
それにも拘らず、それをご本人も表明できないのは「参議院選挙に有利な時」を見計らった
与党(自公)の思惑からだろう、というところを猪瀬前知事から言わせたこと、とても良かったです。セコイ舛添都知事であることは確かですが、「そんな自公こそもっとセコイ」です。政治が国民、市民のためにないということが、舛添不祥事そのもので、またそれをめぐる与党の動きで証明されました。
国民を馬鹿にしている姿勢に怒りが湧きます。
参議院選挙でしっかりと結果が出ることを切望します。
 
また、ヘイトスピーチに関しての特集、とても良かったです。
拝見していて何度も涙を流してしまいました。
在日韓国人の母子の勇気とやさしさ、その背景にあるだろう差別とのたたかい・・・
よくぞ、お二人の心によりそって、その行動を伝えて下さいました。
何よりも、公演使用を不許可にした川崎市の英断、そしてそれを支持した川崎市民の勇気。
わたしの友人もあの輪の中に居た、と連絡くれました。
警官がヘイト主催者の抗議に対して「これが国民世論なのだ(から仕方ないでしょう)」と説明する姿に、在日韓国人の崔さんの「ステージが変わった」ことが示されていました。
私の住むまちにも在日外国人が多数いらっしゃいます。自分の問題として突き付けられた思いです。
 
実は、69日に開催された「報道の自由」・参議院院内集会に私は参加させていただきました。
毎日新聞が中庸リベラルを基本姿勢として編集されてきたと岸井さんが仰っていました。
なるほど、と思いました。時として不満も感じること多々あったことを告白いたします。
しかし、いまその「中庸リベラル」が左に感じる程、安倍政権は超右翼です。メデイアのみなさんのご奮闘に期待を寄せる所以です。良心的番組づくりに努力されているみなさんを、応援します。
どうぞ、どうぞ圧力に負けないで、社会正義のためにご活躍ください。
             

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スポットライト〜世紀のスクープ
ネットの感想を読むと、欧米社会に於いてカソリック教会の影響力の大きさを日本人(若者なのだろうが、中高年だってどうか)は全く理解していないのだな、と思うことしきりだった。退屈だった、起伏がなくて眠ってしまったという感想、日本で言えば創価学会の不正を暴くような話か、と全く見当違いな意見が見られた。
私は、よくぞハリウッドが、カソリック内部の腐敗をここまで描いたと感心してしまったのだが。
かつて「キリスト最後の誘惑」だったかいろいろな国、地域で上映禁止になった事件がおこった。ミュージカル映画の「ヘアー」も同様だったか。
カソリック社会では、キリストを「人間らしい」者として描くことはタブーである。
何よりも、カソリック教会の神父たちの6%もが「幼児性愛常習者」であり、それは禁欲を強いられる彼らにとって一定避けられない必然ともいえる病弊である。それを隠ぺいして来たのは一国、一地域の教会、一神父ではなく、バチカンだ、とまで言わせている作品が登場したことは衝撃的な事件ではないか。
これぞボストン・グローブ紙の「スポットライト」担当記者グループの奮闘あったからこそ。同時に、この事件を映画という世界に届く文化的手段で表現したスタッフ、キャストの奮闘と、この作品を最高の作品賞に選びだしたアメリカアカデミー賞関係者にエールと喝采を送りたい
物語はシュレーバー演ずる編集局長が転勤してくることから始まる。
彼はユダヤ教徒である。だからだろうか、ボストンという保守的な街でのある神父の幼児への「いたずら」を取り上げたコラム記事に注目する。
そして、それを深く掘り下げることをスポットライト担当記者たちに指示する。その後の記者たちの煩悶、それぞれの家族との葛藤が描かれる。丁寧な描写がなされている。教会の地域権力と結びついた秘密の壁は限りなく厚い。それにめげずに、壁をすこしずつ崩していく記者たちの姿は美しい。ジャーナリストの本来あるべき姿だ。日本に彼らのようなジャーナリストがどれだけいるか。
教会周辺の子ども達は今も神父たちに犯され、あるものは精神障害に、あるものは自死する事件が数々起こっていることが明かされていく。
記者たち自身はたまたま運よくそうした神父に出会わなかっただけということに気づいていく。放置され続ければ息子たちが犯されない保証はない。敢然とカソリック教会システムの腐敗に挑む記者たち。
あと少しというところで、2001年、あの「9.11」が起こる。この運の悪さ。アメリカ社会は9.11一色となる。カソリックの腐敗どころではない、アメリカを救え!だ。これも事実だろう。映画ではきちんとそこを描いている。こんな時に教会の悪を暴き出して何になる。まして読者の53パーセントがカソリック信者であるボストンの地域紙に於いてである。
だが・・・。映画には感動的なラストが用意されている。

記者を演じた俳優たちが誰も素晴らしい。特にリーブ・シュレーバー、マーク・ラファロ、マイケル・キートン、トウッチ、そして助演賞の女優レイチェル・マクアダムス・・そして少年時代に神父からレイプされた体験を語る俳優たちの上手さ。狡猾な弁護士、地域の名士たちの作る壁。最終的に記者に味方する友人弁護士。ここは泣かせる。見事な集団劇である。(マイケル・キートンがアカデミー賞を受けた前作とガラリ雰囲気を変えてとっても素敵なのに驚く。役者やの〜、である。)
どの俳優に演技賞を与えても良いと思った。
また、粒寄りのセリフも素晴らしい。もう一度見て、セリフをしっかり受け止めたい。
 
「何かあるとは思っていた。」「だがお前は?」「お前は何をしていたんだ。」
「私たちは毎日闇の中を手探りで真実を探している。そこに光が差して真実を探り当てる。
私たちの仕事はそんな記事を書くことだ。」
「(20年前に事実を掴んでいて座視してしまった)あなたは誤りを冒した。
(それを償いたいなら)次を書くことだ・・。」
もう一度見たいと思うのは、こうしたセリフをもう一度反芻したいからだ。そういえば、この記者たちの奮闘していた2000年に私はこの地ボストンに行ったのだった。ちょうどゴアとブッシュのテレビ討論が放映されていてホテルで視たことを思い出した。貴重な体験だったと今更ながら思う。(副島正彦氏の著作は、2001年のこの事件があって初めて世に出されたのではないかと考えた。)(2016.4.21)

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