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沖縄では新聞に「告別式」の欄があります。
八重山でももちろん掲載されています。
石垣みたいな小さいコミュニティーでは、
その亡くなった人になんらかの関係があったりします。
例えば、「〜のおじいさん」「〜の身内」
また、しょっちゅう顔を合わせていた人など。
小学生の頃は、葬式といってもあまり実感なくて
隣のおじぃ亡くなった時は遺体に触れたこともありましたが、
80歳まで生きたその穏やかな眠り顔のほうが印象に残ってます。
中学あたりから「死」について真剣に考え、恐怖しました。
同級生がバイクを無免許運転して事故で亡くなったり、
不良の暴行事件で脳挫傷で亡くなった事件もありました。
そういうのがきっかけで真面目に考えたのですが、
いくら考えても答えなど無いだろうし、
宜保愛子の「死後の世界」などが流行ってて、それをみてもいまいち
ピンときませんでした。
その内、焦らなくても「その日」は確実に来るからいいさー
と考えなくなりました。
昔の人も色々考えたようで、「ぐそー(あの世)」思想ができ、
お盆にはアンガマーが祖先の霊として家を訪ねたり、
十六日祭では「紙銭」を燃やしたりして祖先の霊を弔う行事になってます。
弔うというよりは、墓に集まって賑やかに過ごすので私はあまり寂しい感じはしません。
この墓に入ってる先祖も、昔からこういうことをしてたのだろうなぁと、
感慨深くなりますし、私の死後もきっと子孫達がこうやって賑やかに
集まってくれるだろうと思うと、なんとなく安心します。
「死」はいつも突然やってくるもので、たまにニアミスも起します。
地下鉄サリン事件がおきた駅を、私は初めての東京見物で三回くらい通ってました。
もう少し延泊しようと思ったのですが、当時高校生だったので諦めて帰りました。
友人はしばらく残ってましたが・・・
サリン事件はその二日後だったと思います。
巻き込まれていた可能性は無いとは言えず、あとで非常に驚きました。
(友人はまだ東京にいましたがその電車には乗ってなかったので助かりました。)
更に沖縄でアメリカ人に車でカスられそうになったこと、
やんばるの川で溺れる寸前だったこと、
原チャリで追突したときは、本当に時間がスローモーションになって
冷静に「死」という言葉が浮かんだことを覚えています。
「死」を見つめることは「生」を見つめることだと思います。
「生」を見つめるからこそ、人は精一杯生きていけるのだと思います。
この連休中、海での事故もあったようです。
そういう痛ましい水難事故や、
JRの事故、インドネシア大津波などのニュースを聞くにつけて、
日々無為に生きてる自分を反省しています。
しかし焦らず、弛まず、怠けず、
「覚悟」は持って日々精一杯いきていけば良いと思います。
※石垣の人は沖縄本島を「沖縄」と呼んでいます。 (=・ェ・=)
「何故?」と指摘されると理由はわかりませんが・・・ 文化なのでしょう、多分。
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