沖縄のあまのじゃくの感想。

地元沖縄を敢えて褒めない自分でも変わっていると思う(・∀・)

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御国(みくに)


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天皇、皇后両陛下 御尊影 (沖縄行幸啓)







君が代


日本という国家民族の分裂を避けるための畏くも天皇陛下の神聖なる本来の役割は、 百年に一回や二回しか果たされる機会はありません。 しかし国家の真の危機においては日本民族を一つにまとめる崇高なる存在は、 畏くも天皇陛下をおいて他には一切存在しないのです。
ボン大学教授O・カロン氏は、 二千数百年に亘る天皇陛下とやまと民族の深き魂の絆の伝統に驚き

「このような不思議は世界に類例がない」
「陛下と国民とは自ら意識するか否かに拘らず、
客観的にはただまことに偉大というしかない」
「これは日本の誇りであると同時に人類の誇りである。
これこそは日本の美しい歴史に養われた偉大な民族性の実証である」と述べています。

かつて織田信長も足利氏も豊臣氏も徳川氏もいかなる権勢を誇れども何人たりとも侵すことのできなかった神聖なる至高の存在、その至高の存在を戴いてきたからこそ、日本という国は有史以来その独立と独自の文化を継続させることができたので

国という字は「玉を囲む」と書きますが、玉とは天皇陛下を意味する言葉です。
国から玉がなくなれば、空っぽの外枠しか残らない。 往古の昔より先人はそれをよく理解していたのです。
 肇国以来、二千数百年の長きに亘り、天皇陛下こそが日本民族という一族の「父」であり、魂の依り所でした。そして皇室は世界の全ての王室の中でも比類なき最古の王朝であり、それゆえ日本は最古にして最長の国家だということができるのです。
 
シナの歴代王朝が興亡を繰り返したことは、真の「聖なるもの」が存在せず、偽史によって捏造された神聖性などは永続しないことを証明しています。
現在の日本人は、このような自国の素晴らしき伝統を忘れ、愚かにも中共のインチキな「四千年の偽史」を有難っている有様です。
国家の存立には「聖なるもの」の存在が必要であることは人類の歴史が証明しています。
「聖なるもの」が存在しない国や否定してきた国は内戦を繰り返し、貧困の混乱が続いているのです。

私たち現在の日本人はこの真の「聖なるもの」を内なる誇りと共に大切に護持し、次代へ向けて継承せしめる責任を、二千六百六十余年間の全ての先人先祖に対して負っているのです。

日本民族が國體を護持するかぎり、天壌無窮なのです。
先にも述べましたが、国という字から玉を外せば、御国は成り立たないのです。




菊栄親睦会


菊栄親睦会 御尊影


皇室とは、一口に言えば、「畏くも天皇陛下を中心とするひとつの家」です。
現在は畏くも今上陛下と皇族から成っています。しかし、ここで注意いただきたいのは、皇族には畏くも今上陛下が含まれていないことです。畏くも今上陛下におかせられましては、一人別格のご存在であらせられます。上御一人
(かみごいちにん)とも称します。
皇族は太皇太后陛下、皇太后陛下、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下、親王殿下、親王妃殿下、内親王殿下、王殿下、王妃殿下、女王殿下から構成されており、皇太后とは先帝の皇后を、太皇太后とは先々帝以前の皇后をいいます。現在の皇族は、合わせて20方であられます。

皆様ご存知のように、皇族には姓がありません。署名なさるときは、お名前だけを書きあそばされます。
ただし、実際には「○宮さま」と呼ばれることが多いのですが、この呼称には2種類あります。ひとつは愛子内親王殿下の「敬宮」(としのみや)という御称号です。この御称号は、いまは皇子、皇女と皇太子の御子様にだけつけることになっており、秋篠宮家の眞子内親王殿下、佳子内親王殿下には御称号はありません。
もうひとつは「秋篠宮」「常陸宮」という宮号です。
これは皇族が結婚されるときに畏くも天皇陛下から下賜されるもので、御称号とは性格が異なるものなのです(宜仁親王殿下は独身ですが、40歳を前に先帝陛下より桂宮号を受けられました)。
職業は、一般国民と違って皇族には職業選択の自由はなく、勤務されるのは公益を目的とする非営利団体に限られ、畏くも今上陛下天皇のご許可が必要です。
その場合でも、ご公務優先のため、一般同様にお勤めすることはできません。
畏くも今上陛下と皇族はご自分の持ち家をお持ちになれません。
戦後、皇室財産が国有化されたことにより、宮内庁が管理する国の施設に住まわれることになりました。
婚姻についても、皇族男子の場合は皇室会議(皇室の重要事項を審議する最高機関・皇室典範第5章)にかけられることになっています。皇族女子の場合は、婚姻は自由ですが、一時金支給のための皇室経済会議(皇室経済について国会の場とは別に皇室経済会議という意思決定機関があり、総理大臣、財務大臣、衆・参両院の正副議長、宮内庁長官、会計検査院長の8人の議員からなる)が開かれます。女子は一般国民と婚姻すると皇族を離れることになり、昭和天皇の内親王方や三笠宮家の内親王方、近くは
紀宮(のりのみや)清子(さやこ)内親王殿下がご結婚により降嫁あそばされ、皇族の身分をお離れになりました。

現在の宮家は秋篠宮家、常陸宮家、三笠宮家、三笠宮寛仁親王家、桂宮家、高円宮家の6宮家ですが、戦前は14の宮家がありました。大東亜戦争後の昭和22年、皇室財産が国有化されました。
『昭和財政史』によれば、終戦前後の皇室の財政規模は約2,500万円と推定されています。うち450万円が政府の一般会計から支出されていた。この450万円という額は明治43年度から昭和22年度まで完全に固定され、その後の財政規模の拡大にともなう差額は山林・有価証券・農地などの皇室独自の財源からまかなわれていた。終戦後には皇室が自らこの差額を調達することは不可能となり、長年固定されていた皇室費を一挙に数倍に増額することは、敗戦直後の極度に逼迫した財政のもとではとうてい合理的な説明がつかなかったのです。
11宮家51名の皇籍離脱は、形式上はGHQより押付けられた現行の皇室典範の第11条第1項「その意思に基き、皇室会議の議により」、第11条第2項「やむを得ない特別の事由があるときは、皇室会議の議により」もしくは第14条「その意思により」または第13条「皇族の身分を離れる親王又は王の妃並びに直系卑属及びその妃は、他の皇族と婚姻した女子及びその直系卑属を除き、同時に皇族の身分を離れる」によってそれぞれ行なわれた。
多くの宮家の維持が困難となり、先帝陛下の弟である秩父宮、高松宮、三笠宮を除く11宮家51人の皇族が、一度に皇籍を離れあそばされて臣籍に降下されることになったのです。

その宮家とは、閑院宮(かんいんのみや)、東伏見宮(ひがしふしみのみや)、伏見宮(ふしみのみや)、山階宮(やましなのみや)、賀陽宮(かやのみや)、久邇宮(くにのみや)、梨本宮(なしもとのみや)、朝香宮(あさかのみや)、東久邇宮、北白川宮、竹田宮です。
そもそも「宮家」とはどういったご存在なのでしょうか?以下に述べてみたいと思います。

江戸時代は伏見宮、桂宮、有栖川宮、閑院宮の四つの世襲親王家があり、それぞれの当主が天皇と養子縁組をして猶子(ゆうし)となり、親王宣下(せんげ)を受けて親王になるのが通例となっていました。親王宣下とは、皇兄弟・皇子女・皇孫などに、親王の称号を許す宣旨(せんじ)を下すことで、世襲親王家とは、代々親王宣下を受けて親王を出すことができる宮家のことです。
つまり、世襲親王家とは、皇統の存続が危ぶまれる際に皇位を継がれるよう準備された家でした。
事実、第118代後桃園天皇で系統が途絶えたときには、閑院宮家から出られた光格天皇が皇位を継承されています。世襲親王家は、鎌倉時代、亀山天皇の皇子恒明親王を初代として成立し、その後室町時代まで6代にわたって続いた常磐井宮(ときわいのみや)がはじまりです。
幕末になると、これらの世襲親王家に加えて、僧籍にあった伏見宮邦家親王の第一子、晃親王と、第四子、朝彦親王が還俗し、国事に参与すべく、それぞれ、山階宮、中川宮(のちの久邇宮)を創立あそばされた。明治維新後、皇統維持をより安定させるために、華頂宮(かちょうのみや)、梨本宮、北白川宮、小松宮などの新しい宮家が創立されます。また、明治22年、皇室典範の制定により皇位継承が男子に限られ、皇室の血統を守る必要性が強まったため、賀陽宮、東久邇宮、朝香宮、竹田宮、東伏見宮などが設立されました。
宮家のうち、竹田宮、北白川宮、朝香宮、東久邇宮の妃は明治天皇陛下の皇女です。大正に入ると、昭和天皇の弟である秩父宮、高松宮、三笠宮の3直宮家が設立されましたが、一方では嫡子が生まれなかったため、桂宮(現在の桂宮家とは異なる)、小松宮、有栖川宮、華頂宮の各宮家が絶えてしまいました。
皇籍離脱後は、それぞれ宮号から「宮」の字を除いたものを名字として名乗られ、民間人としての生活を始められました。財産税の賦課を受けてほとんどの方々が資産の多くを失い、長く経済的な困窮に苦しまれた方がいる一方、資産の一部を確保して一定の生活レベルを維持できた者、事業を興して成功された方、皇室・旧華族・神道などに関係する職に就いたりして、社会の名士として活動を続けた方もおられ、その後の運命はさまざまです。旧皇族方は世間の注目を避けて静かに生活された方がほとんどでしたが、、最近では賀陽正憲氏、竹田恒治氏など外交官に就かれた方、竹田恒泰のように積極的に著作や講演などで活躍し、マスメディアに登場されている方もおられる。なお、プリンスホテルの社名は、ホテルの建物が旧皇族の手放した土地に立地していることに由来しています。

戦前は「皇族親睦会」と呼ばれていた皇族および旧皇族による組織が昭和天皇の叡慮で、「菊栄親睦会」と改称あそばされ、11宮家51人がそのままメンバーとなっています。冒頭の御尊影にもありますが、今も、その子孫や結婚によって皇籍を離れた元内親王、結婚して皇族妃となられた方がこの菊栄親睦会の会員、その家族、親族が準会員となり、皇室と最も近い親戚筋として交流を持ちながら、皇室を支える役割を担っています。





畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方におかせられましては、いつまでもお健やかにと願ってやみません。




尊 彌榮 彌榮 彌榮

日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・

天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳

転載元転載元: 美し国(うましくに)

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皇室あっての日本です。

ナイス

2012/12/3(月) 午後 9:30 [ 鳳山 ]

素晴らしい記事です!
感動

2012/12/4(火) 午前 10:37 トマト王子

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嵐山さん
なんだかんだと右も左も尊ぶのが皇室。

ナイス、コメントありがとうございます

2012/12/4(火) 午後 10:47 あまのじゃく

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トマト王子さん

いつもコメントありがとうございます。

2012/12/4(火) 午後 10:48 あまのじゃく

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>なんだかんだと右も左も尊ぶのが皇室。


琉球土人はその皇室を敵視し、当時の皇太子殿下の殺害まで計画した野蛮な劣等種族だけどな

2012/12/7(金) 午前 4:51 [ アヒャ ]

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アヒャさんは九州の方ですね・・)

皇室関係への嫌がらせはやめて下さい

自分の記事へはOKです^^)

2012/12/7(金) 午前 8:22 あまのじゃく


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