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沖縄戦70年戦没者追悼式
沖縄は、23日、戦争末期に20万人を超える人が亡くなった沖縄戦から70年の「慰霊の日」を迎え、最後の激戦地となった沖縄本島南部の糸満市では、沖縄県主催の戦没者追悼式が開かれました。70年前の沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい地上戦が3か月続き、沖縄県民の4人に1人が犠牲になりました。
沖縄戦で祖父母と父親、それに当時2歳だった弟の家族4人を亡くした糸満市の77歳の男性は「ここに刻まれた人は、戦争がなければ亡くならなかった人たちだ。戦争は戦争中だけでなく、戦後も病気や飢えで人々を苦しめる。戦争があってはならないと70年たって改めて思う」と話していました。
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こういう慰霊は亡くなられた方々はどう思うのでありましょうか。
今、国会では集団的自衛権、安保法制を議論していますが、野党始めメディアの報じ方はまるで「戦争になる」ように言います。特定秘密保護法案の時も「戦争になる」とキャンペーンしていましたが、法案成立しても日本は戦争になっていません。
沖縄追悼式の日、翁長知事が「基地反対」と言うと大きな拍手をされている場面をNHKは報じていました。慰霊に関係のない基地の話をして、それをNHKが取上げる。そして「戦争はあってはならない」と、まるで集団的自衛権に当てつけのように報じるNHK。追悼を政治利用して、「戦争は悲惨だから安保法制などいらない」と言いたいのか。知事もNHKも本当に慰霊する気持ちはないといえます。
「ここに刻まれた人は、戦争がなければ亡くならなかった人たちだ」と言う。戦争で亡くなられた方々を「犠牲者」と強調して言い、「平和を願う」と言う。これでは「あなた達のような犠牲者にはなりたくない」と言っているようなものです。慰霊でこれほど失礼なことはないのです。 「戦後70年」と言います。この「戦後」とは「戦前」と分ける意図がみえます。日本分断です。つまり「戦前と戦後は全く変わったのだ。戦前の封建的な軍国主義ではなく、戦後は平和な民主主義になったんだ」というのです。
しかし、日本は分断されていません。なぜならば125代連綿と続く皇統があるからです。つまり戦前と戦後は繋がっているのです。
これは昭和天皇の昭和21年の『新日本建設の詔書』にあります。「日本には明治天皇の五箇条の御誓文がある。米国の薄っぺらな民主主義よりも君臣一体のすばらしい国柄があるではないか。今一度、明治の原動力・五箇条の御誓文に戻って、日本人らしく生きていこう」ということです。日本はずっと繋がっているのです。
本当の慰霊とは何か。亡くなられた方々の声なき声を感じることからはじまるのではないか。「我々もあの時代に生きていれば同じことをした」と感じて、「我々子孫のために尊い命を捧げて頂きありがとうございます」と言えるのが本当の慰霊です。そして「よく戦ってくれました」と言う。これが誠の慰霊ではないか。 それを無視して「あなた達は犠牲者だった」「あなた達は悲惨だった」と言い、「平和」と言いながら「基地反対」と飛躍する。これでは亡くなられた方々は「我々の精神が何も理解できていない。情けない。こんな子孫のために戦ったわけじゃない」と嘆かれているでしょう。
平和はもちろん大切ですが、平和を願って国滅ぶでは、能がなさすぎます。大和民族の誇りが許さないのです。
平和は願うが、一旦、国の存続が危うくなり、植民地支配されていた他のアジア諸国のように、奴隷同然にされることを拒み、日本人は戦うことを選んだのです。
この精神を取り戻すのが、戦後の呪縛から解き放たれて、「戦後」が終わるのです。いつまでも戦後ではいけないのです。
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2015/6/24(水) 午後 1:12