沖縄のあまのじゃくの感想。

地元沖縄を敢えて褒めない自分でも変わっていると思う(・∀・)

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韓国 観艦式 秀吉と戦った将軍象徴の旗掲揚 当初説明と矛盾も
国際観艦式は11日、韓国南部の済州島の沖合で行われ、韓国軍の艦船をはじめ、アメリカ軍の原子力空母「ロナルド・レーガン」など、11か国の合わせて39隻が参加しました。
 
文在寅大統領は、韓国軍の駆逐艦の甲板で、豊臣秀吉の朝鮮侵略の際に水軍を率いて戦った李舜臣将軍に言及した演説をしましたが、駆逐艦には当時、李舜臣将軍が使ったものと同じデザインだというが掲げられました。
 
この旗について韓国大統領府は「未来の海洋強国への意志を表明したもの」と説明しています。
 
ただ、今回の観艦式をめぐっては、海上自衛隊も艦船を派遣しようとしたところ、韓国が各国に対し「それぞれの国旗と韓国の国旗以外の掲揚は認められない」と通達し、韓国内で「戦前の軍国主義の象徴だ」という反発がある自衛艦の旗「旭日旗」を掲げるのを認めなかったため、自衛隊が艦船派遣を見送った経緯があります。(平成301011 NHKニュース)
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南朝鮮で行われた国際観艦式は、当初14か国が参加するはずだったが、日本、シナ、マレーシアが参加しなかったため11か国となった。
 
そしてこの日、旭日旗を認めなかった南朝鮮は李舜臣の旗を掲げたという。
 
各国に自国の旗と太極旗しか認めないと言っておきながらこれである。
 
しかも、日本の公共放送であるNHKニュースの報じ方もおかしいと思わないか?
 
我が国の「豊臣秀吉」を呼び捨てにして、朝鮮を「李舜臣将軍」と称号で呼んでいる。
 
しかも「朝鮮侵略」と報じているが、戦後教育では「文禄・慶長の役」「朝鮮出兵」であり、それをいつの間にか「侵略」に捏造してしまったのだ。

しかし戦前の日本人は「朝鮮征伐」と呼んでいた。歴史事実を見ても「征伐」が正しい。昔の日本人は今と違って正しく歴史を理解していた。
 
当時、スペインがフィリピンを植民地にした情報を聞いた秀吉は、日本が製造できた大量の鉄砲でスペインの東洋侵略を防ごうと、明国に使いをやるのに朝鮮に道案内を頼むと、世界情勢を理解しない朝鮮は拒否した。
 
東洋平和のためには東洋が一つになることが必要であったが、バカな朝鮮にいくら説明しても理解できなかったため、やむなく朝鮮を通って明国に行くことにした。
 
すると朝鮮は愚かにも日本に戦いを挑んできた。白人の東洋侵略の前で東洋人同士が戦うという愚をする朝鮮に、日本軍はやむなくソウルを占領し、平壌まで陥落させた。
 
これに当時、苦しめられていた朝鮮民衆は、朝鮮征伐に来た日本軍に協力し、恨みがあった朝鮮の官吏や両班に反抗し、放火や略奪を行った。そして日本軍を歓迎した朝鮮民衆は道案内に協力するようになった。
 
ただ日本軍は補給が十分でなく、明軍も朝鮮に援軍を送ってきた。水軍では李舜臣が日本水軍を破った。しかしその後、李舜臣は日本水軍とまともに戦わずに逃げ回り続け、最後は流れ弾に当たって死んだ。
 
実は李舜臣は無名で、朝鮮人は誰も知らなかった。この李舜臣の名を朝鮮人に広く教えたのは日本統治であった。
 
つまり日本のお蔭で李舜臣は英雄になったのである。
 
それを南朝鮮はサッカーの試合で李舜臣の大きな顔を掲げたり、今回のような国際式典の場で「日本は侵略国だった」と訴えようと「李舜臣」の名前と旗を掲げてきた。
 
大体、南朝鮮が「未来の海洋強国への意志を表明したもの」とあるが、彼らが海洋強国になれるわけがない。
 
海洋強国になるには桁外れの莫大な資金と長年の海軍ノウハウが必要である。
 
南朝鮮にはその二つともない。あるのはパクリと強姦くらいである。
 
大体、逃げ回って流れ弾に当たって死ぬような運のない李舜臣を英雄にしている国に明日はない。



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--------【講演会のご案内】---------
 「田母神俊雄・西村真悟ダブル講演会 『日本の危機』」
     (保守の会大阪・日本高志会 主催)

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国歌斉唱、海ゆかば斉唱、教育勅語奉読から始まります。
関西の皆さん、大阪で「日本」を熱く語りましょう
日時:10月27日(土) 開場1400〜 講演 14301700
場所:国民會舘 住友ビル12
参加費:事前申込み1,500円(当日2,000円)
懇親会:17301930 ホテル京阪地下1階(参加費3,500円)
お問合わせ・申込み:050-3568-7220(日本高志会代表 六本)

転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」


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111日、尖閣諸島沖の接続水域に入った潜水艦が12日に東シナ海公海上に浮上してシナ国旗を掲げた。
 
はじめの頃、日本人もシナの船が尖閣周辺に来ると大騒ぎしていたが、最近では日本人の反応も当然のように無反応になってきた。
 
シナの思い通りである。
 
沖縄が工作されまくり、北海道の土地がシナに買収されて日本人が知らない間にどんどん国土が奪われていく日本。
 
「朝まで生テレビ」でウーマンラッシュアワーの村本大輔が「尖閣を中国に取られてもいい」と言い、その後もツイッターでこう書いた。
 
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「その前におれも純粋な疑問なんなけど、なぜ侵略してくると思ってるんだろう、歴史からしたら、って言うけど、日本と中国、どっちが多く過去にほかの国を侵略したんだろう。中国の友達と話したらそんなことを言っていた、侵略するわけない、いまイケイケなのに、デメリットしかねーわって」
 
この村本は沖縄極左活動家ともつながっており、特に籠池宅居候(自身ツイッターで公言)の極左活動家の大袈裟太郎(本名:猪俣東吾)との写真もアップしている。もはや、いちお笑い芸人ではなく、反日極左の下っ端と見るべきであろう。

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この村本が「中国の友人」というのはどういう筋の人間か定かではないが明らかに怪しい。
 
「日本と中国どっちが多く過去に他の国を侵略したんだろう。中国の友人と話したら(中国が)侵略するわけがない」
 
はっきり言うが、日本は一度も力で他国を侵略したことはない。朝鮮は合意の上の合邦であり、台湾も条約で割譲されたものであり、満州も条約で得た権益と居留民を守るためであり、満州国は満州人により自発的に出来た国である。
 
それに比べて中華人民共和国は周辺諸国の領土を奪うために常に紛争を起こしてきた。
 
韓国とは蘇岩礁、ソ連とはダマンスキー島、タジキスタンとはパミール高原、インドとはカシミール地方やアルナーチャル・プラデーシュ州、チベットや東トルキスタンへの侵略、他、ベトナム、ラオス、ミャンマー、タイ、西沙諸島や南沙諸島の強奪、そして今、沖縄、北海道、尖閣諸島を奪おうとしている。
 
中華人民共和国は誕生以来、大量虐殺と他国侵略をし続けている極悪国家である。
 
114日は「尖閣諸島開拓の日」である。日本人はよく覚えておきたい。
 
明治28114日に日本政府によって日本領に編入した日である。
 
しかし、この日を制定したのは日本国ではなく沖縄県石垣市である。”市の条例”なのだ。
 
制定したのは平成23114日で、当時、民主党政権であった。
 
制定式典には自民党や公明党や立ち上がれ日本の国会議員が出席したが、当時政権であった民主党議員は誰も出席しなかった。民主党の岡田克也幹事長(当時)には石垣市長から招待状を出していたが、何の返事もしてこなかった。これが民主党である。
 
ついでに言うと「竹島の日」も、制定したのは島根県である。国ではないのだ。
 
しかし領土を守るのは国家の務めである。
 
日本政府は領土を守る強い意志がないのか?
 
今や北海道の土地の買収も含めて早急な対応が必要である。同時に村本某を取り巻く人脈にある通り、スパイ防止法も早急に必要である。

国会議員は国益を守るためにしっかり仕事せよ!

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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陸軍記念日を祝う


日本の国運を賭けた日露戦争。ロシア極東軍司令官クロパトキンは奉天に37万人。対する日本軍の大山巌満州軍総司令官は25万人。この戦いは世界の陸戦史上空前規模となった「奉天会戦」という。
 
31日の総攻撃に旅順から転戦した乃木将軍の率いる第3軍が参加して来ると、旅順以来、乃木将軍を恐れていたクロパトキン司令官は退却して日本は310日に奉天会戦に勝利した。
 
これを記念して戦前の日本では310日を「陸軍記念日」としてお祝いをしていました。戦前の日本人でこの日を知らない人はいないくらいです。
 
しかし、昭和20年の310日、カーティス・ルメイ少将率いるアメリカ軍の東京への大空襲で10万人以上が死亡しました。
 
浅草では円で囲うように周囲に焼夷弾を落として逃げ出せないようにしてから徐々に内側に落として人々を追い詰める皆殺し計画でした。


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後にカーティス・ルメイは310日の夜、我々は広島と長崎で殺した以上の日本人を東京で、焦がして、煮て、焼いて、殺した」と自慢しました。

非戦闘員である民間人を殺すのは戦時国際法違反です。この違法なことを自慢する虐殺犯であります。
 
日本ではこれを「東京大空襲」と呼んでいますが、正しくは「東京大虐殺」と言うべきです。
 
そのルメイは昭和39年、入間基地で航空自衛隊育成に協力したということで勲一等旭日大綬章を航空幕僚長から授与されました。本来、勲一等は天皇陛下が親授されるものですが、陛下は拒否されました。

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カーチス・ルメイ
 
3月10日は次の日が東日本大震災の日であり、今の日本人は遠いことは忘れがちですが、310日の記念日にあえて大虐殺した屈辱を日本人は語り継がなければいけない。

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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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国歌歌わないのは「恥ずかしい」? 大臣発言の背景は
岐阜大の学長が、今春の卒業式と入学式で国歌を斉唱しないと表明した。伝統の愛唱歌を歌うのだという。それに対して、馳浩文部科学相が「国立大学としてちょっと恥ずかしい」と批判した。歌わないのは、そんなに恥ずかしいことなのか
 
馳文科相は21日、記者団に「学長が言及することはちょっと恥ずかしい」と述べた。23日の会見でも、「一つの自主的な判断」としながらも「私が学長なら君が代斉唱が望ましいと思う」と指摘。
 
国立大には交付金として多額の税金が支払われていることに触れた上で、「我が国社会の支援に感謝の気持ちを示す姿勢も儀式儀礼にはある。日本人として、特に国立大学として、こういうふうにおっしゃることはちょっと恥ずかしい」と再び批判した。
 

岐阜大の関係者によると、電話やメールで抗議の声が大学に複数寄せられたという。そもそも、大学は国旗国歌をどう扱わないといけないのか。

 
小中高校は学習指導要領に「入学式や卒業式などでは国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導する」とある。1989年の改訂で事実上義務づける表現に変わった。一方、大学の教育内容については国の統一基準はなく、国旗・国歌についてのルールもない。「大学の自治」の原則があるためで、国は式典の方法などに介入できない。(2016.3.5朝日新聞)
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戦前には「修身」という道徳の教科書があって、小学生から日本がどういう国かをしっかり学びます。
 
そこには、「我が国」「皇室」「伊勢神宮」「編⊃声辧廖崔薹愛国」「国民の務」「男子の務めと女子の務め」「礼儀」「良心」「孝行」「祖先と家」「忍耐」・・・。

今の教育では考えられないようなことばかりですが、よく考えて下さい。これらを教えないということは日本人らしさを教えないということです。
 
修身には「国旗」「国歌」があります。「国旗」はこのように書かれています。

「紀元節に家々で日の丸の旗を立てたのを、子供達が見て、喜ばしそうに話をしている。どこの国にもその国の印の旗があります。これを国旗と申します。日の丸の旗は我が国の国旗でございます。

我が国の祝日や祭日には、学校でも家々でも国旗を立てます。そのほか、我が国の船が外国の港に泊まる時にもこれを立てます。
国旗はその国の印ですから、われら日本人は日の丸の旗を大切にしなければなりません。また礼儀を知る国民としては外国の国旗も相当に敬わなければなりません」
 
昔は国旗国歌は小学4年生で教わりました。
朝日新聞は国旗を理解できないならば、昔の小学生4年生以下ということです。
 
また国歌を歌わないのは、そんなに恥ずかしいことなのか。大学は小中学校と違って国の基準がなく義務化されていないから歌う歌わないは大学が決める」と言っています。
 
大学に国の基準がないのは、大学生になれば国旗・国歌に対する理解があって当然ということです。
 
国旗国歌はどこの国でもあります。国旗国歌を「強制」と言って否定している姿は、他国から見れば信じられないことでしょう。
 
日出る処 日没する処。
 
頼山陽は日本のことを「日出る処」と呼びました。これは神武天皇以来、万世一系の天皇が統治していることを言っています。「日没する処」とは常に日没のようにシナは次々と王朝が入れ替わると言っています。
 
日本は「日の出」(太陽)を大切にする。神社の拝殿も太陽が拝める方向を向いており、太陽に背を向けることはありません。この太陽こそ日の丸、つまり国旗なのです。
 
日教組の強い地域では、小・中・高校で「君が代」を歌いません。歌わなければ当然歌詞も覚えず歌うことができません。そのまま大人になると国歌斉唱が出来ない大人になります。しかも同じ地域の周りも歌えないので誰もが歌えなくて当然と思います。
 
しかし社会に出ると、国歌斉唱する場面ではみんなが歌詞も見ずに声を出して斉唱しています。しかし自分は歌詞がわからないので歌えない。

これが日教組教育なのです。
 
日本人としてこれほど恥ずかしいことはありません。
 
日本は「恥の文化」。恥を知るのが日本人。恥を知らないのはシナ人・朝鮮人です。だから彼らはあんな恥知らずのことばかりできるのです。朝日もひょっとしたらあちらの民族ではないか・・・。

今一度、「君が代」を日本の景色とともに聞いてみたい。



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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

ひな祭りの由来と皇室

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毎年3月3日の、桃の節句に京都市左京区の下鴨神社で行われる流し



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下鴨神社で行われる流し







天皇彌榮(すめらぎいやさか)
拙ブログへお越しくださり感謝をもうしあげます。

今日は「上巳(じょうし)の節句」つまり、「桃の節句」です。
昔の我国には、五つの節句がありました。この節句という行事が、季節の節目の身の汚れを祓う大切なものでした。

人日(じんじつ) → 1月7日「七草がゆ」
上巳(じょうし) → 3月3日「桃の節句」
端午(たんご)  → 5月5日「端午の節句」
七夕(たなばた) → 7月7日「七夕祭り」
重陽(ちょうよう) → 9月9日「菊の節句」
(※「菊の節句」は現在はなくなっています)

上の日にちからもわかるように、「上巳の節句」が、現在の「ひな祭り(桃の節句)」になっています。平安時代、上巳の節句の日は薬草を摘んで、その薬草で体のけがれを祓って健康・厄除けを願いました。
「雛祭り」の「雛」とはもともと雛形のことで、人間の雛形を意味します。
平安時代には、出産の際の死亡率が高かったので、命を持っていかれないよう、枕元に身代わりの人形を置く風習がありました。人形(ひとがた)とは、身代わりという意味で、この風習は、自分の災厄を引き受けてくれた人形を流す「流し雛」へと発展し、今日も残っています。
源氏物語にも、人形流しの故事が描かれています。ここには、「穢れと清め」という日本文化の核をなす観念が見られます。
古代の人々は、人形(ひとがた)を作ってそれで身体を撫で、自分の病や罪・汚れを背負わせて、川や海に流して祓い清め、健康や安寧を祈るという行事を行っていたようです。こうした古代の行事と、子供の人形遊びが結びついたことが、雛祭りの始まりと言われます。


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鳥取市用瀬町の流しびなの行事は4月9日に開かれる。江戸時代から続く伝統の雛祭りです。








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毎年4月29日(祝)に、さいたま市岩槻城址公園 菖蒲池周辺で開催される「人形のまち岩槻 流しびな」




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和歌山市・加太の淡嶋神社で行われる「雛流しの神事」







「穢れ」とは、生命力を衰弱させるもので、「清め」とはそれを祓い清めて、生命力をよみがえらせることです。この生命観は、神道の深底にあるものです。そして、やまと民族は、清らかで明るく素直な心を理想としてきました。それは清明心とも呼ばれていますが、もし「穢れと清め」の観念を否定するならば、日本固有精神・文化の重要部分を破壊することになります。それは、日本固有の伝統を否定し、お国柄を否定することであり、自らのアイデンティティを自ら否定する愚かな行為です。
 
雛人形のひな(ひいな)とは、小さくてかわいいものという意味があります。平安時代、「紙の着せ替え人形」で遊ぶ「ひいな遊び」が行われていました。
今日のような雛人形は、室町時代ごろ宮中や貴族の間で始まり、江戸時代に武家、やがて国民全体に広まったといわれます。
 当初の雛人形は、立ち姿で紙でつくられたようなもので、人形は、はじめは男女一対でした。江戸時代初期の寛永時代(17世紀)に、寛永雛と呼ばれる公家風の雛人形が表れました。これが改良されて、元禄雛、享保雛と、徐々に大型化し、優雅な人形になっていきました。また、雛祭りの習俗が、大名家を始めとする武家にも広まっていきました。そして、18世紀の半ば、1755年頃に、有職故実にのっとった正確な装束を着た人形が、つくられました。これは、有職雛と呼ばれるものです。
 江戸時代の後期には、豪華な装束を身につけた雛人形を祀り、雛壇に調度品を飾る今のようなスタイルが出来上がりました。そして、雛祭りは、商家や地方にも普及し、全国に広がり、国民的な行事となりました。


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前にも述べていますが、旧暦の3月3日は桃の季節でもあります。それだけで「桃の節句」になったわけではありません。昔から桃には邪気を祓う力があるとされ様々な神事に取り入れられていたので、邪気祓いをする上巳の節句が桃の節句になったのです。
また、桃は不老長寿を与える植物とされており、百歳(ももとせ)まで長生きできるよう、桃の節句には桃花酒を飲む風習もありました。
昔から邪気の象徴は鬼とされており(だから節分には鬼を祓います)、邪気を祓う力のある桃には鬼を退治する力もあると考えられてきました(節分に桃を使って邪気祓いをする神事も多数みられます)。これが土台となり、桃から生まれた桃太郎が鬼退治をする民話が誕生しました。
余談になりますが、雛人形を早く片づけないといけない理由 
「節句を過ぎたら雛人形を早く片づけないと婚期を逃す」といった話を聞いたことは有りませんか?
まあ大きなお世話だと言えなくもないのですが、「早く片づけないとよくないことが起こる」という考えには理由があります。
本文でも説明したとおり、雛人形のルーツは、形代(人形)に身の穢れを移してこれを流し汚れを払った、その形代です。本来なら、穢れを移し、これを流すことによって穢れを払い、禍を遠ざけたのですから、その人形をいつまでも飾っておくことは、穢れと禍をいつまでも身近におくのと同じです。
ですから、早くしまわなければならないと考えられたわけです。

今日も皇室は国民から崇敬の念を集めていますが、江戸時代には、今日我々が想像する以上に、多くの人々が皇室への憧れを抱いていました。皇室への憧れは、明治になって初めて、政府が上から浸透させたというようなものではなく、江戸年間に、庶民の間に広く行き渡っていたものなのです。だからこそ、幕末の危機の時代には、天皇陛下を中心とする国をつくろうという目標が、明治維新の原動力となったのです。
 江戸時代には、雛祭りだけでなく、百人一首なども民間で広く親しまれています。また皇室の仁愛や雅に憧れる心は、一部の特権階層や近畿地方など一部地域のことではなく、国全体に浸透していたのです。皇室への憧れが、いかに広く深いものであったかは、江戸時代のあらゆる庶民文学や娯楽の中に、はっきりと表現されています。
 
皇室への憧れ・崇敬の念から、雛人形は、江戸時代後期には、今日のような親王飾りとして完成されていきました。
 お内裏様とは、内裏つまり宮中ですから、天皇陛下のことを意味します。これに対するお雛様は、皇后陛下のことを意味します。そうした雛人形が、全国に広まりました。
 雛祭りは女子の祭であり、健やかな成長、幸福な結婚、子孫の繁栄を願う行事となりました。親王とは、本来、皇子のことですから、お内裏様とお雛様は、皇太子殿下の結婚の儀を表したものといえましょう。より広く言えば、天皇・皇后両陛下がご結婚されたときの姿なのです。
 ちなみに三人官女、五人囃子等の人形は、皇室に仕える女官や雅楽の楽師等に当たり、また、雛壇に飾られる調度類は、結婚の際の嫁入り道具に当たるのです。
 
今日の我々は、皇太子徳仁親王殿下、同妃雅子殿下のご結婚の際に、平安絵巻さながらの装束を目の当たりにしました。また、先帝陛下から皇位を継承された今上陛下のご即位の儀式においても、天皇陛下・皇后陛下に、雛人形の源である「みやび」の姿をご拝顔しました。こうした模様は、世界中の国々に報道され、驚異・賞讃の声が寄せられました。万世一系、天穣無窮の
皇室の「みやび」の文化が、自然と庶民の生活に浸透し、皇室と国民が一つの文化を作り上げているところに、わが国の国柄が表れています。

雛まつりは、桃の節句とも呼ばれる淵源は、古来より、桃は桃源郷という理想郷に生えるものといわれ、邪悪(穢れ)を祓い清める霊力が宿るとされてきました。『古事記』には、妻のイザナミを亡くしたイザナギが黄泉国(よみのくに 死の国)から逃げ帰るときに、追ってくる黄泉醜女(よもつしこめ 黄泉国の女、死の力が擬人化されたもの)に桃の実を投げ付けるくだりがあります。これは、桃のもつ霊力を物語っています。死の穢れを祓う「清め」の力です。
 この話に出てくるイザナギ・イザナミは、日本列島の「国生み」をした男女両神とされます。またイザナギの「みそぎ」(=水による清め)によって、天照大神・須佐之男命や自然の神々が生まれたと、日本神話に記述されています。
 こうして、3月3日の桃の節句に雛祭りを祝うことは、私たちの祖先が建国以来、数千年もの間、語り継いできた神話にも連なり、「日本の伝統」「皇室の伝統」「神道の奥義」を感じることができましょう。
いつまでも、伝統を護り、継承せねばなりません。
 
「お國柄を・・・・」
 
 


思川(おもいがわ)の流し雛は栃木県小山市の夏の風物詩。

転載元転載元: 日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。

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