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七輪日記
七輪生活だったサーファーオヤジがなぜかバンコク暮らしを経てプーケット暮らしを始めました

書庫昔日記(ベトナム)

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 ベトナムにホッ・ビッ・ロンという食べ物がある。名前の発音からはどんなものか想像できないのだが、それは半分孵化したアヒルの卵をそのままゆで卵にしたもの。言ってみれば、アヒルの雛をこの世に生を受ける寸前で卵ごと釜ゆでにして食べる料理、ということだ。

 なんとも残酷な感じはするが、まぁ、鶏の炭火焼をさんざん食ってる僕が言えることじゃない。それに実はそう残酷とも思っていない。むしろ、生れる前に食べてしまうのだから、生れた後に食べてしまうより残酷ではないのかもしれない。

 サイゴン市内でも街角にてんびん棒に卵と七輪を前後に架けて歩くおばちゃんたちがいる。ちょっとグロテスクな雰囲気と味の想像がつかないことで最初は敬遠していた。それから3日後、ベトナム南西部のフーコック島を訪れた。そこの安バンガローに泊まっていて食堂に行くと、なんとそこにアヒルが4羽、「ガーガー」鳴きながら歩いてくるではないか。

 これはやはり運命である。そう勝手に決め付けて女性従業員にホッ・ビッ・ロンがあるか、聞いてみた。答えは期待に反して「NO」。「だめよ。このアヒルは子供を増やして売るんだから」。なるほど、いろんなアヒルがいるようだ。しかし、その女性は「あす買い物に行った時、買ってきてあげる」と言ってくれた。「何個?」。「じゃ、2個たのむ」。

 翌日昼過ぎ、彼女が買ってきたことを伝えてくれたので、夕食で食べることを告げた。さて夕食である。まずビールを頼み、それを半分飲んだ所で出てきたのが2つの卵。皿の上に仲良く並んでいる。別の皿にはガラスのコップが載っている。さらに塩コショウと何かの香草が付いてきた。

 どうやって食べるのか分からずモジモジしていると、お節介焼きの下働きのおばさんが、熱い卵をガラスのコップの上に乗せ、卵の頭の部分をスプーンでコツコツと割り始めた。殻を慎重に外にはがし、スプーンが入るほどの穴を開けると、一緒に出てきた塩コショウを少々。そこでスプーンが僕にわたされた。

 見ると穴の奥にひなの足らしきモノが見える。「おー、きついなー」と思いながらも、覚悟を決めてスプーンを入れ、少し回してみた。すると今度は、ひなの目(になったであろう所)が、うらめしそうにこちらをのぞいてきた。

 「こりゃ、たまらんなぁ」「まいったなぁ」と呟いていると、おばさんは「早く食え」とばかりに仕草でせかしてきた。肉の部分を少しだけかき取って、そのスプーンを目の前に持ってきた。そこですかさず、おばさんが香草をそのスプーンの上に乗っけてくれた。今度は「これと一緒に食べろ」のジェスチャーだ。

 もうしょうがない。食べるしかない。まぁ、でも鶏肉なのだから。一口目を食べた。

 ほーっ。なんだか変な感じ。嫌な感じではない。不思議な感じ。まずくはない。卵か、いや鳥肉か。何とも不思議な味わい。塩コショウと香草の香りが絶妙に効いている。いや、こりゃうまい。

 予想に反してスプーンがどんどん動く。確かに食べている最中に足やら頭やら、くちばしさえも出てくる。ぐりぐり卵の中をかき回すのだからかなりグロテスクな感じではある。雛(になったであろう物体)もたまったものではないだろうが、しかし、骨さえも、これがまたコリコリとうまい。スープも鳥のうまみに塩味がマッチしていい。

 ただ、羽毛が出てきた時には一瞬ひるんだ。それでも口に押し込んだら、これが意外に気になるものじゃなかった。ちょっとだけ舌で羽毛を確かめたが、もぐもぐ。ごくっ。

 初体験の食べ物を食べていることに自分は少し凄いことをしているつもりで興奮している。だが、冷静になって周囲を見回すと、僕以外は全員がここの従業員、というか家族経営みたいな小さな宿なので、みんなここで生活しているベトナム人ばかり。客は僕しかいない。

 だから当然、僕が特別なことをしているなんて思ってない。みんなそれぞれに普段通りに何か食べて話をしているだけで、こちらを気にする様子もなし。かなり寂しい反応にはちょっとがっくりした。だが、うまいのだ。うまい。ペロリと2個を平らげた。

 これは後で聞いた話だが、ホッ・ビッ・ロンはベトナムでは精力をつける食材とも言われているらしい。一方、一緒についてきた香草(ラウ・ラム=日本名・においたで)は体温を下げる働きがあり、女性の避妊に効果があるとされる。だから都会の食堂で男がホッ・ビッ・ロンを食べていて、その前で女が香草をつまんでたりすると、その夜は、なんだか大変なことになるらしい・・・(汗)。(まぁ、いずれの効果もデータがあるわけではないらしいのですが・・・)

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 ベトナムの南西のシャム湾にフーコックという島がある。カンボジア領の島まで数キロという近さから、海軍の拠点ともなっている。だからだろう北側の一部と南部の数カ所が軍専用地として立ち入り禁止になっている。ベトナム南部のホーチミンからはプロペラ機で約1時間の距離だった。

 夏の終わり。東南アジア一帯はだいたい9月末までが雨季(もちろん一概には言えない)なので観光客は少ない。特にこのフーコックという辺境の島まで足を伸ばす人はほとんどいないらしい。島に到着後すぐに会った客引きの兄ちゃんも「この島に今いる日本人はあんただけだよ」と断言したほどだった。

 何しに来たのか?実は何の理由もなかった。ただ地図をみていて、ベトナムの辺境にある島に目が止まっただけ。調べてみるとどうやら行けるらしい、と分かったから来てみただけなのだ。

 しかし、やはり雨季なのだ。ず〜〜っと雨だった。まぁ、そんな季節と知って来たのだから誰を恨むわけにもいかない。でも、知り合いになった客引き兄ちゃんはなかなかいいやつだった。バイクで島中を案内してくれたし、一緒に夕食もつきあってくれた。一度などは大雨が降り続く中、彼の原チャリで島探検に出た。
 
 豪雨なのに安いビニール合羽を着て「行くぞ」と言う。そうなると、もう行くしかない。昼過ぎ、僕は後ろのシートにまたがって出発。彼の運転はうまかった。両側に胡椒畑を見ながら進み、雨が強まると、知らない農家でちょっと休憩させてもらいながら行く。

 それでも舗装道路はほんの一部。ほとんどが未舗装の赤土のドロドロ道だからぜんぜんスムーズじゃない。それに北東部の海岸へ行く途中の道はもう道ではなくほぼ川、いや川というより湖のような状態で、ついには僕はバイクを降りて歩き、彼が必死にバイクを進めるという状態に陥った。

 僕が「もういいよ。帰ろう」と言っても、彼は聞かない。「いや、きれいなビーチがあるんだ」と進んでいく。さすがアメリカを敗北させたベトコンを生んだ民族の末裔だ(もちろん彼の先祖が戦時中に北ベトナムにいてアメ公の北爆を経験したかは知らないし、南部にいてベトコンとして活躍していたかもわからないが・・・)。全然めげない。それどころか笑顔で進んでいく。こんな豪雨の中で「きれいなビーチもなにもあったもんじゃない」と思うのだが、彼はどうしても見せたがる。行くしかない。

 小さな島でも、そんな道路事情ではさすがに遠く感じる。それでもやっとこさビーチにたどり着いた。もう時間は午後3時を回っていた。だからもちろん太陽は少し傾き、それ以上に黒い雨雲が低く垂れ下がって雨は激しさを増しているから、辺りは薄暗くなっていた。

 だからもう白い砂浜のビーチもへったくれもあったものではない。それでもとにかく合羽姿で全身ずっぽりと濡れた僕はその浜に立った。まぁ、それだけだったのだが・・・。そして、彼はニコニコと得意げに笑っていた。さすがベトナム民族は強い。北爆の雨に比べれば「なんのその」。普通の雨くらいに負けるはずがないのだ。

 納得・・・。

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おこりん坊将軍
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