…は多分、10年ぶりの訪問だった。前回はまだ会社員だったころ、無理矢理に休みを取ってマレーシアのパンコール島へ行く途中に1晩だけ立ち寄った。だから実はほとんど思い出はないし、記憶もない。まぁ、バンコク同様に東南アジアのひとつの街という感じだった。
だが、今回到着してみると、なんとも街中は綺麗だ。ごみもほとんどない。なんだか韓国のソウル市内を思わせるような清潔さを感じさせられた。特に10年前はまだ建設中だった高架鉄道KLrapidが市内を軽快に走り抜ける様子は、市内の清潔感、そしてそびえるツインタワーと合わせて先進国そのものだった。ちなみにこのKLrapidはコンピュータ制御の無人運転だ。
バンコクをAirAisiaで飛び立ち約2時間後、KL中心部から車で約1時間南に離れた国際空港に到着。黒川紀章設計の個人的には「ちょっと趣味悪い」と感る豪華なターミナルに降り立つと思いきや、入れられたのは本ターミナルからかなり離れた格安航空用の鉄骨プレハブ造りの「格安ターミナル」だった。
さすが格安用だけあって入国審査もものすごい人の列で、ゆうに1時間は待たされてようやく入国。この時、スタンプを確認するとなんと「90日」のビザなし滞在許可だった。タイは現在「30日」しかもらえないからかなり羨ましい。
空港前から高速バスに乗る。1時間半後、高架鉄道のKLSentrl駅に着くと、同行のタイ人のそのまた友人のそのお姉さんが迎えに来ていてくれた。一緒に高架鉄道に乗り終点一つ前のTamanBhagia駅で降りる。そこにはお父さんが車で迎えに来てくれてちょっと雨がふっていたものの何の不便もなく友人であるタイ人のその友人の実家に到着した。
人間関係がややこしいのでちょっと説明する。僕は日本人の無職男でバンコクに住んでいる。そしてもう16年ほど前に知り合ったタイ人の友人がいる。そのタイ人はフランス資本のコンピュータ会社で働き、その会社は日本も含めて世界中に支店があり、世界中に従業員がいる。当然、世界中に転勤する。
だからそのタイ人には世界中に友人がいて、ここマレーシアにも同僚がいる。その同僚はオードリーというマレーシア華僑の女性。以前、彼女がバンコク勤務していた時、僕は彼女の超豪華マンションのシャワーを使わせてもらったことがある。とは言えその時、オードリーは不在で実はきょうまで会ったことがなかったのだが…。
で、そのオードリーが現在の勤務先であるオーストラリアのシドニーで、同僚のパトリックというオーストラリア人と結婚した。結婚式自体は既にオーストラリアで済ませていて、今回はKLでの披露宴を開くことになった。そこに僕の友人でもあるタイ人が呼ばれたのだが、なぜか僕も来てもいいことになり、お言葉に甘えて出席させてもらったのだ。
オードリーには両親と姉が3人いる。末っ子の結婚とあって両親もかなり喜んでいた。そのうちお母さんはさすがにおしゃべりだ。73歳とは言えめちゃくちゃ元気で、そかも強烈に速い英語でがんがん話してくる。半面、お父さんはかなり無口。中国語の新聞を静かに読んでいるタイプ。オードリーの姉3人もこれまた母親に似てものすごいスピードの英語で話してくる。7歳と12歳の甥2人も元気だ。こちらも英語だけの映画やテレビ番組を楽しみ、英語で喧嘩をしている。
ということでマレーシアは完全無欠の英語国だ。マレー語ももちろんあるが共通語はむしろ英語と言っていい。旧宗主国がイギリスであることもあるのだが幼稚園から英語教育が始まるし、街中で英語が必要だから自然に話せるようになる。その上、この華僑の家では家の中では北京語と広東語も話している。つまり4つの言語を自由自在に操るのだ。驚愕である。マレーシア全体でも街には英語、マレー語、中国語、そしてアラビア語が表示されている。国自体がインターナショナルだ。
オードリーの両親の世代は当然、漢字も読める。さすがにオードリーの世代は漢字は読めなくなっているらしいが、話すだけなら十分に使えるのだから、マレーシア華僑は英語と中国語という2大言語を制しているといって言い。それがこの国の発展を強く支えているように感じた。ちなみに大英連邦の一員であるマレーシア人はイギリスへ行く際、ビザは不要だ。
さて、僕の友人のタイ人も英語はネイティブ状態で、もう一人バンコクから参加したタイ人もこれまた英語がペラペラ。そんでもってオードリーの結婚相手はオーストラリア人だから、向こうの親戚一同はもちろんオーストラリア人で英語を話す。
そんな中に戦後日本の惨憺たる試験用の英語グラマー教育しか受けてこなかった日本人無職中年男が入れられたのだ。話せるわけがない。
−みんな何言ってるんだ!? −みんな何がおかしいんだ!? …
「私は貝になりたい」、という映画があったと思うが、そんなこと思わなくても、僕はすっかり貝になってしまっていた。
それでも話さない訳にはいかないから記憶のかなた、いや記憶の範囲外のどこに行ってしまったかわからないような英単語を必死に探しながら話す。しかし、ダメなのだ。必死に探して見つけた単語がどれもこれもタイ語なのだ。英語の単語のつもりが気付くとタイ語になっている。
文法もそうだ。英語で話そうとしてもタイ語の語順になってしまったりする。特に修飾語は英語は日本語同様に前から修飾するがタイ語は後ろから修飾するのでひっくり返ってしまう。最後はタイ人の友人にタイ語で話してそれを英語に通訳してもらう始末だった。おぉーぃ、誰か日本が話せませんか〜?いるわけない…。
だが、そこは披露宴会場。酒がある。場に馴染むには酔っ払うしかない。ということでワインをひたすら飲ませてもらった。これが旨い!もちろんオーストラリアワイン。バンコクではワインを買うたびにその値段の高さと味の甘さに閉口していたのだが、ここのワインは僕の好きな少し渋みのある辛口ワイン。旨い、旨い。そこに高級な中華料理がバンバンやってくるからやめられない。
お陰で英語力のない日本人無職中年男はあっさりとその「言葉の壁」を乗り越えてしまった。もちろんよく分かっていないし通じてもいないが、最後は「乾杯〜!!!」と言えばいいのだ。
それにしてもマレーシアという国はすごい。国民の高い語学力はこの国のこれまでの急激な発展を支え、今後のコンピュータ社会になった世界の中でものすごい力を発揮するのだろう。タイ人の友達をして、「歴史上タイも植民地になっていないからタイ人の多くは英語が苦手なのよねぇ。羨ましいわぁ」と言わしめる国マレーシア。
日本の外国語教育はそんな国々と張り合える人材を育てているのだろうか…、とかなり自虐的に考えさせられた。えらそうな大学を卒業しても英語一つも離せないヤツばかり…って。経済的にはまだ先進国だが、現実は「言語途上国」、いや、「言語行進国」、いや、「言語未開国」か。経済的にもこれからあっさり抜かれる可能性は高い。
いやその前に日本でしか通じない日本語を母国語に持つこの田舎大学卒の中年オヤジは、タイでしか通じないタイ語を「ひぃひぃ」言いながら勉強している。他の国では一言も通用しない2つの言葉…。や、やばくねぇ?「乾杯〜!」なんて言ってる場合ではなく「完敗〜!」なのかも知れない。