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七輪日記
七輪生活だったサーファーオヤジがなぜかバンコク暮らしを経てプーケット暮らしを始めました

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 …どんよりした午後だった。
 
 こう書くとノンタブリの住民は怒るのかもしれない。タイ人は総じて「プライドの異常に高い見栄っ張り」だから、自分の住んでいる地域が「都会である」ことに誇りを持っていたりする。逆に言えばそれこそが「引け目」ということでもあるのだが。
 
 タイで唯一の大都会バンコクに住む多くの人は東京同様に田舎出身者だからなおさらそういう意識が強いのかもしれない。昔の東京人たちの都会を鼻にかける変な上流意識にも似たものだ。同時にバンコクから少し外れた地域の住民もバンコクに隣接していることで無理矢理な都会意識を持っている。
 
 「私たちは都会人」…。ド田舎人の僕からすれば「つまらない意味のないプライド」なのだが、彼らには重要らしイメージ 1い。有名大学卒業者みたいなものか。
 
 バンコクの北側に隣接するノンタブリ県もそのひとつの地域だ。市バス1本か乗り継いでも2本で、しかも1時間ほどで到着するところだから、まぁ、そりゃぁ都会ぶっているのも当たり前なのかもしれない。埼玉や千葉みたいなものなのだろう。しかし、ちょっと奥に入ればそこはもうノンタブリーーーー、な街だった。
 
 プーケットへ自分の荷物を一度では持って行けないから二度に分けるのだが、後に持って行く分をここ数日かけてノンタブリの友人宅に運んでいる。10月まで預かってもらうのだ。たった1年4カ月の生活なのに本や服などなど細々としたものが増えているのだ。
 
 市バスで行ってタイ語でหมู่บ้าน(ムーバーン)と呼ぶ集落というか住宅街の前まで行き、そこから徒歩で約10分。家の前に着くと門は閉まっていた。まぁ、これはいつものことだから勝手にかんぬきを外して中に入る。いつもなら挨拶をすれば誰かの声が返ってくるのだが今日はない。それでもいつも来ているから食堂に上がりこみ、さらに引き戸を引いて屋内に入っていった。
 
 と、そこでは友人のお姉さんが爆睡していた。タイは暑い国だから午後は多くの人が昼寝をむさぼるのだが、おイメージ 2姉さんはまったく起きない。微動だにしない。なので、そこを通り抜けてさらに奥の友人の部屋に荷物を置いた。寝ているお姉さん以外誰もいない。なんとも危なっかしい。まぁ、それでも何か取られそうな物がある家でもないので、危なっかしくもないのか…。
 
 暑い中を来た僕は喉が渇いていた。そこで勝手に冷蔵庫からビール(きのう僕が買って来て置いていたもの)を出して食堂に。扇風機を極大にして涼みながらグビグビとビールを飲み干した。爽やかな午後である。誰も来ないし、誰も起きてこない。
 
 30分ほどして僕は家路についた。あまりゆっくりしていると今度は夕方のラッシュに巻き込まれる。ということで結局、他人の家に勝手に上がりこみ、他人の部屋に勝手に荷物を置いて、他人の冷蔵庫からビール(これは俺の)を取り出して飲んで帰った、ということだが、この間、家人はだれーーーも帰って来ないし、起きても来なかった、ということなのだ。
 
 なんとも、のぉ〜んびりとしたノンタブリの皆さん、だったのである。ノンタブリなどんよりとした午後だった。
イメージ 1 となった。昨年4月から始まったここสะพานควาย(直訳=水牛橋)での生活は、ついに終わりが迫ってきた。
 
 あす30日昼にはノックエアでプーケットへ行く。今回はプーケットに1カ月と少しの滞在。その後、ここ水牛橋に9月5日に一度戻っては来るが12日にはアパートを出て、一時帰国のためにバンコクを出る。それにパソコンはプーケットに置いてくるから、9月には「水牛橋日記」は書けなくなる。
 
 水牛橋日記は1年4カ月で幕を下ろす。「人生70年」とするとその約2%となるから、なかなかの期間だ。ただタイでの生活はまだまだ続くはずで、人生に占める「タイ時間」の割合はもっと高くなるはずだ。
 
 水牛橋はいい街だった。食堂のおじちゃんにおばちゃん、屋台のおねえさん、酒屋の夫婦、市場の肉屋のおばちゃん、アパートの管理人…。いろんな人にお世話になった。お陰で安全に、快適に、健康にすごすことができた。ありがたいことだ。
 
イメージ 2 と同時にいつも眠りこけている犬、けんかしている猫、夜中鳴いているせみ、早朝からうるさい鳥のガーワゥ、そして素晴らしい声を聞かせてくれたトッケー。そんな環境もかなり気に入っていた。ただ海がないのが決定的な欠点ではあったのだが…。
 
 僕の人生の仲では、ここ水牛橋には再び住むことはないのだろうなぁ、と思うと少し寂しい気もする。でももし再びバンコクに住むチャンスがあれば、やっぱり「水牛橋」に帰ってくるだろう。
 
 水牛橋日記は終わるが、30日からは「カタ日記」に引き継がれる。どんなことになるのかまったく分からないが、「バンコクの喧騒」から「南の島」に移るわけだからさらに「のんべんだらり」な内容になるのだろうと思う。
 
 ということで「水牛橋日記」終了です。あぁ、あすの飛行機の預け荷物の重量が25キロを超えないことを願って止まない…。

ステッカー…

イメージ 1 …ができた。三日前に頼んだもの。でも実は二度目の制作だ。
 
 一度目は輪郭がぼやけた感じだったし、デザインもいまいちだった。そこでデザインをやり直し、さらに種類を増やしての挑戦となった。
 
 一気に7種類。ขาดกระดานโต้คลื่นขาดชีวิต(波乗りがなきゃ人生じゃない=No Surf No Life)にขาดเซิร์ฟขาดใจ(No Surf No Life)、หิวทะเลไหม(海足りてる?)、เล่นเซิร์ฟกัน(サーフィンしない?)、เมาไม่โต้(酔ったら「波に」乗るな)…などなど。
イメージ 2
 
 そして特に気に入ってるのがขาดเหล้าชีวาวาย(酒が切れたら死んじゃう)。それぞれ暇に任せて自分でデザインしたものをステッカー屋に作ってもらった。防水加工だからサーフボードや車にも貼れる。もう車は持ってないから、次の生活地となるプーケットで買うであろう「原チャリ」にでも貼ろうかあらり。
 
  まぁ、なんとものんべんだらりな日々である。「のんべんだらり…」。それがคติเตือนใจของผมである。わはははは…、ざまぁみろだ。

一時帰国…

 …が確定した。きょう航空券代を振り込んで予約が確定したイメージ 1
 
 帰国は9月中旬。その2日前にタイを出国してソウルに2泊し、韓国の友人と久々に飲む。ソチュにマッコリ。そしてソウルから直接地元の空港に戻る。インチョン(仁川)はなんとも便利なハブ空港だ。
 
 昨年4月以来、1年半ぶりの地元である。地元の海が待っている。しかも9月中には注文した新しいサーフボードも届く予定だ。そして地元の芋焼酎と地鶏のつまみが待っている。海に飲まれ、焼酎に飲まれる予定だ。
 
 タイへの帰国は10月下旬。それまで1カ月半はもわぁ〜っとする。今でももわぁ〜っとしているが、たまには日本でもわ〜っとするのもいいかもしれない。
 
 まぁ、その前に8月いっぱいはプーケットでもわぁ〜っとするのだが…(汗)
イメージ 1 …しました。今さっき。マレーシアのクアラルンプールからAIR ASIAで。いやぁ約10年ぶり?のクアラルンプールはめちゃくちゃ発展しててびっくり。すっかり日本は追い抜かれている感じですなぁ。
 
 まぁ、そんな「悲観的?」な報告はまた後日に。。。それにしても、いやぁ、楽しかったぁ〜。

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