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七輪日記
七輪生活だったサーファーオヤジがなぜかバンコク暮らしを経てプーケット暮らしを始めました

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คนไทย…

 …、まさに「タイ人」である。僕がタイ人と付き合い始めて早くも20数年が経ってしまった。いや、それは嘘だ。20数年間、毎年のようにタイにやって来てはいたが、それはすべて数週間単位の短期旅行だった。
 
 だから、もちろん文字は読めないし、言葉も「買い物タイ語」がせいぜい。タイ人との間で深い意思疎通なんてあり得ない。タクシーに乗ればボラレ、値段交渉はすべて英語と身振り手振り、クイッティアオ屋の注文もできずに、食べたいものが食べられない。
 
イメージ 1 タイ人の友人はいるものの僕がタイ語を話せないから、できた友人はみな英語が達者。いや達者と言うレベルではなく、みんながみんな外資系企業で働き、日常の仕事が英語という人ぞろい。こちらの脆弱な英語力をカバーして余りある力を持つ人ばかり。こちらはその人たちにおんぶに抱っこで甘えていた。だからタイ人の本当の考え方や感覚はストレートには伝わってこない。相手の二重、三重のフィルターと、こちらのアンテナの非力さが障壁になっていた。
 
 今年4月。そんな「欲求不満」な20数年を超えてついにここクルンテープに拠点を構えた。もちろん嬉しいし楽しい。毎日、タイに居ることができて、タイ人と関わることができるのだ。「のんべんだらり」を座右の銘に掲げた僕が憧れた国にいるのだ。そして来週には2度目のビザ更新時期を迎えるから半年間連続のタイ滞在となる。これまでは短期の「旅行」でしか滞在できなかったタイだが、それがようやく「生活」しているタイに変わってきた感じも出てきた。
 
 喜ばしい。だが、しかし、である。「生活」してみるとこれまで「憧れの国」だったタイと、「実感する現実」のタイとのギャップを感じ始めているのも確かだ。「そんなん聞いてないよ!」「マジかよ!」「ふ〜ん、そういうこと…」などと思わされることもずいぶんある。
 
 いや、もっともこちらは毎日学校に通ってはいても、脳みそのキャパの関係上、会話は未だ殆どできないアンポンタンだから、「何をお前ごときが」と言われるのは分かっている。ここに住んで何年にもなる人もいる。中には数十年と言う人もいるから、僕ごときの「半年生」が何かを結論付けるようなおこがましいことを言うつもりはない。
 
 しかし、ようやくの半年を迎えた個人的な感想としてちょっとずつ書いてみようと思う。題して「คนไทย(タイ人)」
。当然、これは半年目での個人的な受け取りだから、今後どんどん変化していくのは当然のこと。途中経過としての「とりあえずの一旦」である。来年の今頃、再来年の今頃、10年後、20年後に、この内容を読んで独り赤面する日を夢見て書いてみようと思う。そしてもちろん、未だ一方的な「片思い」であろうタイへの愛情をいっぱいに込めてである。
 
 ということで、今回は「まえがき」としました。はい。

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おこりん坊将軍
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