…以下の世界だ。また日本の首相が変わった。使えない政治屋たちが次々に順番を待って名誉職によじ登る汚い姿にしか映らない。まったく使えない。
そんな中、先日、タイの元首相で不正蓄財などの罪でタイでは犯罪者として手配されているタクシンが日本を訪れた。日本の法律からすれば、外国の犯罪者にはビザを出さないはずだが、「タイ政府から要請された」としてビザを発給した。一方、タイ政府は「要請はしていない」と言っているようだから、どっちが嘘をついているのか…。
とにかくそのタクシンは日本の主要な政治家と懇談し、東北の地震被災地も訪れた。その映像がタイのテレビで流れる。そこにはタクシンとともに安倍晋三らが卑屈な笑いを浮かべながら映っていた。
一方はクーデターで政権を追われ国外逃亡を続けながらも、ついに7月の選挙で妹を首相に就けて実質的な最高指導者に返り咲いたタクシン。その横にいるのはたった1年で自ら政権を投げ出した安倍晋三。あまりにも役者が違いすぎる。
菅直人が、「政権にしがみついている」とマスコミはやいのやいの言っていた。しかし、首相を投げ出すような安倍や福田よりはどれだけましか。別に菅が好きなわけではないが、安倍や福田のようにさっさと政権を投げ出すような輩よりは全然いいと感じていた。
で、また首相が変わった。反小沢票をまとめて党首選で逆転勝利した増税論者の野田佳彦。結果は、菅のやりたかったことを継続するだけの人が首相になっただけ。だからやっぱり何も変わらない。
小沢はマニフェストにこだわりすぎで、僕個人は必要ないと思っている「子供手当て」や「高速無料化」の継続に執着している。そこは大嫌いだが、マニフェストの「1丁目1番地」である公務員改革を遂行していく構えは評価している。それなしに日本の財政も、政治も、福祉も、労働も、農業も、なにもかにも改革なんてあり得ないと思うからだ。
財務省や経産省、厚労省の「使い走り」や「小間使い」にしか使えないような首相を何代変えたって何も変わりはしない。むしろ「小沢首相」の方がましなはずだが…、とさえ思っている。
さて、こんな順送りの首相。地方政治では市町村議会も県議会も議長も副議長も名誉職みたいなもんで、これまた順送り。能のある人がなればまだしも議会事務局のメモすらまともに読めない人だって何期か当選回数を重ねるだけで「議長様」になれるのだ。これまた何の意味もない。
この日本の首相の状況にアメリカの報道官は、「(野田は)知らない。(ここ数年では)何人目の首相か?」と記者団に尋ね返したという。まさに誰がなっても同じ。アメリカからすれば「地方議会の議長がまた変わった」くらいのレベルの話なのだ。
そんな首相に日本国民はやっぱり、「地方の整備を」「景気回復を」「高速をつくって」「農業に支援を」と相変わらずな「国民の声」とやらを送っている。「公務員改革の断行を」という要求はどこの新聞のHPにも書かれていない。それは触れてはいけないことなのか?アンタッチャブルになっているのはなぜ?マスコミの談合?
そんなこんなでつくづく思う。タイにはまだ「変わる可能性」を感じられる。でも今の日本には、もちろん自公政権時代を含めて、そして中央も地方も、「変われる可能性」をまったく感じられない。悲しい現状である。
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