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本日(2008/12/11)付けの日本経済新聞の社説に、相も変わらぬ一方的な見解が載っていた。
「政府・与党が地方の道路整備などに充てる一兆円程度の新たな交付金の創設を決めた。
2009年度から道路特定財源を一般財源化する政府のこれまでの方針を事実上、反故にする内容だ。」
一般財源化した部分を新たな交付税で道路整備に充てるのなら、
単に看板の掛け替えに過ぎないと批判している。
確かにそうではあるが、しかしそもそも、道路整備に充てる為として車ユーザーから徴収した税金を
一般財源化して、別の分野に充てる等ということは、国家としての詐欺行為に近いのではないか。
目的税の税金に余剰が出るというのなら、余った分の自動車税を下げることこそが子供にもわかる道理であり本筋であろう。
そうした論議も含めて、マスコミはもっと多元的なものの見方で、公平に報道すべきではないだろうか。
その社説では、こうも述べている。
「(道路予算の)予算を精査し、経済効果が大きい事業に重点化すべきだ。
経済情勢からみて景気対策が必要とても、通行量が極端に少ない道路を作るためにお金をばらまいても効果は小さい。
同じ公共事業に使うにしても、大都市部など優先すべき事業は他にある。」
この主張には、戦後の地方経済を一身に支え、地方雇用のセイフテイネットそのものであった公共工事が、小泉改革以降完全に破綻し、地方経済そのものが崩壊している惨状への認識や配慮等は、当然に全く入ってはいない、これは机上の空論であり、暴論であるという他はない。
これこそが日本でも一流の経済新聞と言われる新聞社の社説の”程度”なのである。
小泉改革以降、経済効果や、費用対効果の大きい事業、即ち大都市部に重点的に軸足を移した結果がこそが、地方経済と雇用の破綻を招いた根本的な原因だという反省などは、微塵も持ち合わせてはいないのである。
そうした地方や弱者を顧みない政治家やマスコミの主張が幅をきかす限り
経済効果の少ない、無駄の多い地方には公共工事は絶対に回っては来ないのである。
地方では、大幅に削減された貴重な公共工事すらも、公正性、透明性の名の下だけで一般競争入札が強行され、目論通り、公正な、しかし金額だけの過当な競争が支配して、地方雇用の根幹を支えてきた優良な業者が今完全に壊滅しようとしている。
建設会社は続々と倒産し、従業員は路頭を迷い、首切りをされた若者が限界集落から怒濤の如く流失をしている。地方経済の崩壊を食い止めることこそが、今取るべき最重点の且つ喫緊の政策なのでは無いのだろうか。
首脳会合宣言を踏まえ、既に各国政府は公共投資を主眼とする経済政策に乗り出している。
中国は4兆元(約54兆円)の内需拡大策を発表し、鉄道、道路、空港などの重要インフラや住宅、農村の整備を進める。
韓国も09年に景気浮揚策として14兆ウォン(約8820億円)を投じる計画を明らかにし、
うち4兆6000億ウォン(約2900億円)はインフラ投資だ。
ドイツも500億ユーロ(約5兆9000億円)の景気対策を打ち出したほか、
米国ではオバマ次期大統領が景気刺激策として250億ドル(2兆3300億円)をインフラ整備に充当する方針を示した。
各国とも、機動的かつ弾力的な内需拡大策として、積極的な公共投資へと動いている点が共通する。
しかし日本では、特に小泉改革以降マスコミ主導による
公共工事は無駄の象徴、公共工事は安易なばらまき、特に地方工事は経済効果が乏しいとして、誤った公共工事不要論が幅をきかせてきた。
日本の主要マスコミは、日本沈没寸前の今もって尚、公共工事は諸悪の根源とする姿勢を変えていない。
経済復興のためにやむを得ない程度、最低限の金額だけを効果の大きいところに、重点的に精査すべきという姿勢であり、
それが、前述の日経新聞の「社説」にも表わされている。
日本では、別枠で財政出動を上積みするため、雇用対策が検討されているが、
労働力の産業関連分析の00年データを使った内閣府の試算によると、1兆円の公共投資による雇用創出効果は13・6万人に及ぶという。
国際競争力を維持し、「荒廃する日本」を回避するためにも、公共事業抑制策は大幅な転換期を迎えていることは間違いないが、
それを世界各国に見習って、速やかに英断出来るかどうかは、政治家とマスコミの公共工事悪者論の”反省”にかかっていると言って過言ではない。
それが出来なければ、日本は滅亡してしまうという事である。
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