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今朝も涼しい朝になりました。
昨日から町内の小中学校(とはいえ、小学校2校と中学校1校しかありませんが...)は一足先に2学期となりました。
またまた町内の横断歩道では保護者の方々が黄色い旗をもって交通安全指導をなさっています。
さて、来週の月曜日、29日は只見線が全通して40回目の「お誕生日」なんです。
本来ならば盛大にお祝いしてあげたいところですがなんせ先日の豪雨で線路は寸断されたまま...
働き盛り「アラフォー」としては悲しい限りかと思います。
せめてもの慰めは40周年の記念列車が8月28日に長岡〜大白川で往復で運転されることでしょうか?
(本来ですと長岡〜小出〜只見〜会津若松で片道運転されるはずでした。)
今日はちょっと懐かしい写真をご紹介します。
国鉄監修「時刻表」の1981年7月号の表紙です。
もちろんこの写真の場所は会津川口駅です。30年前の県立川口高校の生徒さん達ですね。
タブレットを持った駅員さんの姿も見えます。タラコ色の車両は今も只見線を走るキハ48ですね。
そしてその隣のツートンカラーの車両はかつての準急用の車両のキハ55あたりでしょうか?
私が初めて只見線を走破したのもちょうどこれくらいの時期です。(きっとこの写真の2年くらい前だと思います。) 今は亡き只見線の急行列車「奥只見」で会津若松から小出まで乗りとおしました。
この急行、最後まで非冷房で残り、しかも冬季間は運休になるというカワリモノの急行でした。
で、私が乗った時、会津川口を出ると次は只見までノンストップのはずなのですが会津川口を出てからその走り方がちょっと異常でした....急にエンジン音が激しくなって急にガンガン加速したかと思うとだんだんスピードが落ちていって止まりそうに...そしてまた急にエンジン音が激しくなって急に加速して...の繰り返しだったんです。
「いったいなにごとぞ!?」と、思って運転席をのぞいてみれば運転手さん、気もちよさそうに居眠りを...だから段々とスピードが落ちて...で、ハッと目を覚ますとあわてて加速していたわけなんです。そして只見には定刻よりも20分も早く着きました。 今だったら大問題ですよね。 でも、乗客も誰もなんとも思っていないのかみんなうつらうつら...私も驚いたものの、なんだかそのマッタリとした空気になんだか妙に納得させられていました。(笑)
今ここでこのことをばらしてももう時効ですよね!?
世の中は移り変わっていますがここ、奥会津にはそのマッタリとした空気は今も変わらず流れています。
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