ととろのブログ(新・新・歌舞伎観たまま想うまま)

博多育ち、今は大宰府在住。物心つくやつかぬで歌舞伎になじんで幾星霜(笑)
<夜の部>
八重桐廓噺(やえぎりりくるわばなし)近松門左衛門 作  見取り狂言。
  正徳2年(1712年)五段の人形浄瑠璃として書き下ろした作品。源頼光と四天王(当時人気の題材、頼光物の一つ)に題材をとった。八重桐・・はその二段目に当たる。八重桐という主人公は、宝永から享保にかけて活躍した女武道と“やつし”の芸を得意とした。この狂言にもそれを趣向として取り入れている。
 
(あらすじ)                                                         
煙草屋源七に身をやつした実は坂田蔵人時行が、あるお屋敷で、意に染まぬ相手に嫁がねばならぬので鬱々としているお姫様(源頼光と二世の約束を交わしていたので)の無聊を慰めんと「煙草の言い立て」を面白おかしく聞かせているのを、たまたま塀外で立ち聞いた八重桐が「あの替え歌の文句は、自分と夫とが作ったもの、ではあれはもしや??」と「傾城の祐筆」と言い立てて、興味を持った屋敷の腰元に招かれ、自分が廓勤めをしていた折、坂田蔵人を朋輩の遊女を取り合った様子を【仕方噺】で演じます(煙草売りに聴かせようと)あれは我が妻!と驚く煙草売りの蔵人、親の仇を討つ迄はと納得して別れたのに、なぜそんな話をと言えば、敵は義妹の白菊がすでに敵を討ったと話す「やや、妹に先を越されたか、恥ずかしや」そこへ白菊が。

自分をかくまってくれている源頼光に申し訳ないと蔵人は、切腹しその血を八重桐が口にすれば、自分が八重桐の身体に宿って、やがて生まれる子は、武芸に秀で頼光の恩に報いると言って息絶える。蔵人の臓腑を口にした八重桐は悶絶して倒れてしまう。
そこへ蔵人や白菊を討とうと太田十郎が手勢を連れて現れる。
が夫蔵人の一年を胎内に宿した八重桐は、大力夢想の山姥となり、姫を守って勇壮な戦いを見せる。
 
いつも思うのだが、歌舞伎の特に古典の「あらすじ」を書くのは難しい。江戸時代の人なら主人公などの名前やエピソードも常識として知っていることだが、現代に生きる人たちには???言葉も解らないのが多く、まして義太夫の文句は聞き取れない人の方が多いだろう。慣れてくると味のある言葉が心地よく耳に入ってくるようになるのだが。
 
歌舞伎を観なれない人たちは、細かく説明してくれるイヤホンガイドという親切なものがあるのでそれを頼りに「筋書」で知識を得ながら観ているうちに、だんだん解って来るから不思議なものである。
 イメージ 1
★歌舞伎ことばミニ解説
やつし・・・高貴な人や裕福な人物が落ちぶれてみすぼらしい恰好をして、かっての恋人のところに行く姿のこと。有名なのは親に感動され「紙衣(かみこ)」で登場する上方歌舞伎【廓文章】の伊左衛門。
・見取り(みどり)・・・選りどり見取りの略で「通し狂言(全幕通して上演すること)の対比語。上演時間がだんだん短くなったので、評判の良い有名な場だけを取り出して上演するようになって来た。
現在では「通し狂言」が建前の国立劇場以外の劇場では,歌舞伎公演のほとんどが身取り上演になっている。
 
配役
  八重桐・・時蔵。煙草屋源七(実は坂田蔵人時行)・・芝翫。太田次郎・・松緑。
  腰元白菊(実は時行妹糸萩)・・菊之助。沢潟姫・・尾上右近。腰元お歌・・萬太郎他
 
時蔵さん、流石立女形!このお芝居の特徴である八重桐の「しゃべり」もよかった。長々と元の勤めである廓で、坂田蔵人と知り染めた頃からのことを、身振り手振り表情豊かに独り芝居での「しゃべり」は女方役者の腕の見せ所。
江戸時代は「女性はつましく控えめ」が美徳とされた時代、堂々と長々と喋る女形役者さんに、当時の女性は拍手を送ったことでしょう。
 
芝翫は悪役の太田次郎(松緑、こういう役いいですね)に煙草を次々飲ませ、フラフラにする場面はゆとりある演技で、三枚目上手に演じた萬太郎の腰元と三人、面白い芝居を見せた。
菊之助の白菊は出番は少ないが、敵討ちを果たした凛々しい美女をキッチリと演じて近くで見上げると、やっぱりきれいだなあ。
 
私がずっと前から贔屓の一人、しのぶさんはここでも腰元。昼の部も。台詞なく残念。俳優養成所出身で役者の家の人ではないが、台詞・姿・顔、寂し気だが良い雰囲気と実力を持った女形サン。師事していた先代芝翫さんがなくなって、死骸のある役が回ってきていないようだ。並び腰元では勿体ない役者だと思う。
 
【土蜘蛛】河竹黙阿弥 作。明治14(1881)東京新富座で初演。謡曲「土蜘蛛」を素材とした作品。松羽目物の大曲の一つ。音羽屋の家の芸【新古演劇十種】の一つ。
配役   叡山の僧(実は土蜘蛛の精)・・菊之助。源頼光・・梅枝、平井左衛門尉保昌・・彦三郎(代役)
次女胡蝶・・尾上右近、番卒坂東亀蔵・橘太郎。橋之助、萬太郎他。
イメージ 2
 
(あらすじ)舞台は源頼光の館。家臣の保昌が見舞うところへ、次女の胡蝶が薬を持参、頼光の所望に応じて、都の紅葉の情景を舞う。これに続き比叡山の僧が現れ自分の難行苦行の様子を踊のですが、太刀持ちの音若に怪しまれると(怪しげな影を見たと音若がいう)
千筋の糸を投げかけて姿を消す。二畳台の上で数珠を用いて僧が見せる「畜生口の見得」は、土蜘蛛の精の本性を現す見どころとなっている。
 「間狂言」は能の狂言「石神」を素にした、番卒と巫女の滑稽なやり取り。
その後土蜘蛛退治に頼光と家来保昌・四天王が現れ、古塚の中から姿を変えた土蜘蛛の精と闘い、倒すまでを能を取り入れた所作で表す。
 
・音羽屋のお家の芸に菊之助が初めて挑んだ。初役。立役・女形を兼ねる家としての音羽屋。ずっと美しい女形を見せてくれた菊之助が、
 最近は【髪結新三】など立役にも挑戦している。私としてはまだまだ女形(口跡も姿も良い)を見たいのだが、菊五郎の後を継ぐ者としては
 これから立役や今度の土蜘蛛のようなものも増えていくであろう。初役凄く頑張ったなという感じ、見応えあった。
 
保昌役は左團次さんだったが、休演のため、坂東彦三郎さんが代役。このの役者さんとても口跡が良く姿も良い役者さんで、彦三郎・亀蔵兄弟は以前からマークしていて、もう少し大きい役柄が回ってこないだろうかと思っていたので、休演の左團次さん(も好きな役者さんだが)には申し訳ないけど、彦三郎さんにとっては、良い機会だったと思う。休演された4日から千穐楽迄、保昌役を見事に勤めあげていた。見ていて爽やか。この兄弟踊りも上手だし、所作も品よく奇麗だ。もう少し存在感をこれからもアピールして欲しい。
 それにしても、歌舞伎の場合、誰かが急病で休演した場合、その座組の中で代役が決まると即その役を演じることになるが、急なことなのに、立派に演じられるのには驚くほかない。昼の部の左團次さんの役は、松緑さんが、夜の部は彦三郎さんが替わって演じられた。本役のように見事で会った。歌舞伎役者って凄いなあと感嘆するほかない。
 
左團次さん、歌舞伎座の時も体調が悪いのではと気になっていたので、一日も早いご回復を願う。大きな役や国崩しの悪役など、舞台での存在感が大きい役者サンなので、その天真爛漫ともいえる人柄・日常でもユニークでご贔屓の人達も多い役者さんである。
 
・権三と助十   岡本綺堂作 大場正昭 演出。
     大正15年(1926年)歌舞伎座初演の新歌舞伎。
     作者の岡本綺堂は、【修善寺物語】(市川雷蔵の父市川寿海の当たり役)や「番町皿屋敷」一枚・二枚お皿の数を数えるお菊さんの亡霊で有名だがとても素晴らしい内容の作品を生んだ作家。
 
配役
  駕籠かきの権三・・芝翫、相棒の助十・・松緑、権三女房おかん・・扇雀、
  家主六郎兵衛・・團蔵、左官屋 勘太郎・・彦三郎、他に坂東亀蔵。橋之助、福之助、権十郎など。
(あらすじ)
江戸の著名な大岡越前の大岡裁きのお話。駕籠かきの権三と助十を中心にした、コミカルな長屋に暮らす江戸の庶民たちの笑いと人情に、ミステリアスな部分を加えた物語。
イメージ 3
 
長屋では権三夫婦や助十兄弟の喧嘩騒ぎが日常である。今日は年に一度の長屋総出の井戸浚いの日だが相変わらずの兄弟喧嘩などで姦しい。長屋の暮らし、住人の様子が上手く描かれて、思わず笑ってしまう。
そんな中に旅籠屋の女将が殺害され百両の金が奪われたという事件が起こった・・・・ん長屋の住人が犯人として捕らえられた。大阪から出てきた息子は大家さんを訪ね、「父は絶対に殺しなどする人間ではない。犯人を捜して下さい」と長屋を取り仕切る大家さんに取りすがる。知恵者の大家さんは、色々考えを巡らせた挙句・・・(省略・・笑)
向こう意気は強いが、お人好しで気の弱い権三と助十は、悪事の証拠を見て証人となっていたので、犯人である勘太郎が登場して、右往左往する様子など客席の笑いを誘っていた。
 
大変よく出来た誰でも気楽に見て、楽しめるお芝居ではあるが、う〜ん、博多座20周年の夜の部の最後に〜〜というのは、ちょっと寂しい。
千穐楽夜の部も観に行ったが、大向こうも「音羽屋!」と掛け声も入れられず、なんとなく・・・で終わった感じ。最後は歌舞伎らしい感じの舞台で、盛り上がって終わりたいものだなと思った。
 
沢山の長屋の住民が出演、芝翫さんはじめ皆さんも軽やかな感じで演じていたが、大家さん役の團蔵さん、千穐楽はまあ大丈夫だったが、初日以降中日過ぎても台詞が入っていなかったり、もたついたり、達者な役者さんに似合わないことで、体調が悪いのだろうかと
案じてしまった。この芝居、まとめ役の大家さんが肝心なのだ。まあ、台詞がやたら多すぎるのも役者サンにはお気の毒ではあるが。
 
 大向こうで「音羽屋!中村屋!萬屋!」などと声をかけるのが楽しみなご隠居、今月は何度か足を運ぶこととなった。歌舞伎は出来れば初日頃・中日頃・千穐楽近くと三回は観たいが、カカリ(経費)のことを考えると、いつもは昼・夜一階ずつ3階席5千円也で
観ることになる。たまに1階花道横で見ると、やっぱり最高だなと思う。
今回は後援会に入っている友人の関係で、前から二列目花道横という夜の部。大分からの知人に同行しての一階席も花横の席で、役者さんの顔に流れる汗も、着物の柄も色合いも
勿論脇の方達の表情も、しっかり見ることが出来て幸せだった。
そういう席で観ていると、金額云々という気持ちにもならず、やっぱりいいなと思ってしまう(苦笑)
 次の歌舞伎は11月【平成中村座小倉城公演】迄お預けとなる。
9月の【劇団新幹線、いのうえ歌舞伎・けむりの軍団】やっぱり観ようかな・・・・。
 
イメージ 1










イメージ 2

【昼の部】
金閣寺
イメージ 4
 ・金閣寺(祇園祭礼信仰記)宝暦2年(1757年)大阪豊竹座初演。4段目の「金閣寺」は、大掛かりなセリ上げが評判となり、3年越しの続演となった。翌年には歌舞伎でも上演された。
配役
 此下東吉(真柴筑前守久吉。羽柴秀吉のこと)・・芝翫。
松永大膳・・松緑。
将監息女 雪姫・・梅枝。狩野之介直信・・時蔵。他。
 
古典歌舞伎で、雪姫は難しい三姫の一つ。(八重垣姫・時姫)
 
 主君足利義輝を殺害し天下を狙う大悪人 松永弾正は、絵師狩野之介直信の妻雪姫に横恋慕、牢に繋がれた夫に代わって金閣の天井に竜の墨絵を描くか、もしくば自分の心に従うかと迫っている。此下東吉は、主の小田春永(織田信長のこと)を見限ったと偽って、金閣に幽閉している足利義輝の生母を救うために、大膳野懐に飛び込み、丁度碁の相手などをして、東吉の才知を試す大膳の碁笥を使った難問題にも上手く応える。
 墨絵も描かず、大膳の意に添わぬ雪姫に業を煮やした大膳は、桜の大木に雪姫を縛り付ける。
 江戸時代の著名な絵師雪舟の孫という設定で、かって雪舟がお寺の修行をさぼって柱に括り付けられ、涙で書いた鼠が縄を食いちぎったという故事を上手に生かして、歌舞伎の様式美を醸し出すという趣向は面白い。
 舞い散る桜の花びら、縄で戒められた美しい姫の嘆き・・・足元の花びらで、祖父雪舟に倣って、懸命に鼠の絵を描く姫。その鼠たちが荒縄を食いちぎって姫を助けるという
場面は、錦絵さながら。
 梅枝(時蔵さんの長男)の雪姫は、しなやかでたおやかでなどを気品ある所作で演じた。身体の動きが柔らかで儚い姫の様子をい描き出していた。
夫の非運を救いたいと願う切ない心を、見事に演じて見せ場とした。将来有望な女形、期待したい。
 松緑の大膳も、「国崩し」と呼ばれる大悪人を大きく演じていたが、いつも感じるけど、ただ、この人の台詞明快だけど、語尾がとっても気になっている。松緑節みたいにこういうのが身についてしまうことは、彼にとってプラスなのか?マイナスなのか?気にする私がおかしいのかなあ・・・。
 芝翫は一回り大きくなり、貫禄が出てきたなあと思う。二人の息子達と同じ舞台だが、せりふ回しが親子よく似ていて、ちょっと落ち着かなかった。
時蔵さんの狩野之介を見ながら、前に玉三郎さんの雪姫に付き合って、亡き勘三郎さんが狩野之介に出ていたことを思い出した。色をそえる程度の役だが、懐かしい。

 
【保 名】  扇雀、清本連中
「恋や恋 われ中空に なすな恋」清本の有名な出だしの詞で始まる歌舞伎舞踊。
自害した恋人の死に、身も心も打ちしちがれた安倍保名が、恋人の小袖を手に菜の花の咲き乱れる春の野を夢うつつにさまよう姿を舞うことによって見せる舞台である。
 
 昔まだ私が幼かった頃、この保名をみて、家で母の着物を出して「保名」もどきにウロウロ舞の真似事をしていたのがおかしかったと、祖母に聴いたことがある。本人の私は
小さすぎて全く覚えていないのだが・・・誰が演じた保名だったのだろう?
 
 扇雀さんは、花道の出でも目線だけで蝶を追う所作を見せたが、やはり差し金での蝶々を舞わせた方が、いいように感じた。目線だけでは無理な気がした。
保名はもう少し愁いと儚さが出てる方がいい。扇雀さんは「任」ではないような。廓語りのところなどは、流石女形のたおやかさがあったが。
 
團十郎さん・仁左衛門さん・海老蔵さんの保名をみた。花道の出で観客席にジワがきたのはやはり海老蔵さんだったなあ。などとりとめもないことを思い出していた。
 
イメージ 3
【野晒 悟助】
 江戸の戯作者 山東京伝の原作をもとに、河竹黙阿弥が、元治2年(1865年)江戸市村座で、若き日の五世菊五郎によって初演された。悟助の粋な侠客ぶりが人気を博した。
 
 男を売る粋な侠客でありながら、一休禅師の弟子であり、数珠を話したことがないというユニークな設定。
1幕目は悪辣なやくざからかわら土器売りの親子を救う悟助の颯爽とした男ぶりや、浮世戸平との「達引き」が見せ場。
2幕目は、危ないところを救った大店のお嬢様と、かわらけ売りの娘、二人のきれいな娘に一目ぼれされる色男ぶりや最後の四天王寺山門での大立ち回りが見せ場。
 
【配役】 野晒悟助・・菊五郎、浮世戸平・・菊之助、提婆仁三郎・・松緑、
扇屋娘・・梅枝、土器売り娘・・尾上右近、他に團蔵・橘太郎・秀調・権十郎など。
 
 江戸の若き侠客 野晒悟助の粋な男ぶりを描いた、他愛ないともいえるお芝居である。幾ら好きになったとはいえ、付き合ったこともない男の窮地に、わが身を吉原に沈めて百両という大金を作り、その父親も「娘の気持ちを汲んでくれ」とそのお金を悟助に渡すなんていうのは、今の時代の若き女性からすると、とんでもない考えられないことなのだが、江戸の時代では、女性が好きな人のために身を売るというのは、例えばお軽・勘平のお軽のように「夫の窮地を助ける健気な女房」と称えられた。大事なもののために己を犠牲にするというのは、武士社会においても(主君に対する忠義)尊いとされていたのである。
 
若い人たちに「歌舞伎を観る時は、江戸時代の人になったつもりで観て」と私が常々言うのは、現代の常識でははかることの出来ない恩義・人情・愛情の在り方があったし、それの絡むお芝居は、理屈や時代を越えて、現代の観客の心に響くものもある。
まあ、理屈抜きで初心なお嬢様や娘の恋のさや当てを楽しみ、主人公の男伊達の凛々しさに見とれていればいい、ユーモアもある世話物(町人物)である。
 
傘を使った大立ち回り、見事に主人公に絡む大部屋の役者さん達のトンボなどの見事さを堪能すればいい。沢山の傘が「音羽屋」の字も並びも見事に同じ方向で並んでの、色鮮やかな舞台も見もの。こういう大立ち回りは「菊五郎劇団」ならではの見せ場である。観客からも拍手喝采!ちゃり場もあって、義太夫狂いの悟助子分忠蔵(権十郎)が、義太夫の途中から上手く「長崎は今日も雨だったぁ♪」と歌ったり、橘太郎の下女が「好いとうと」と博多弁使ったり(権十郎さん橘太郎さんはじめ、菊五郎劇団の達者な脇の上手い役者さんが、大勢来演したので、舞台がしっかりとしたものとなった。
歌舞伎は主人公で出来るのではなく、脇役あっての舞台の仕上がりなのである。
 
悟助役の菊五郎さんは、台詞はさすが!粋で歯切れがよくて。
でもでも・・・やっぱりお年だなあと立ち回りなどの時は感じてしまう。
いや、80歳近くなってもこういう芝居が出来ることに拍手を送るべきかも。
菊之助は姿も台詞も鮮やか。悟助との掛け合いの場は、黙阿弥の名台詞と相まって気持ちよく聞き、観た。けれど…菊之助さんはまだまだ女形で観たいなあ!音羽屋は女方も兼ねる家なので、最近男役にしっかりと挑戦しているのは立派だが、女形のすばらしさまだまだ見せて欲しい。
あわや喧嘩、!となる所へよくあるパターン、男伊達の六字南無右衛門が「まあ、まあ、待った、待っておくんなせぃ」と留め男に入り、その場を収めるなんて場は大向こうからも「音羽屋!七代目(菊五郎)!五代目(菊之助)!」と気持ちよい掛け声が入る。
 
梅枝くんも上右近くんもこれから楽しみな女形サンである。【保名】には清元宗家の延寿太夫さんや長男さんが揃って出ていらした。
延寿太夫さんの伸びのある嫋々たる声に聴き惚れた。
尾上右近くんは歌舞伎役者であるとともに、七代目延寿大夫(家元)を継ぐとのこと。多芸な人だ。子役時代は確か岡村研佑という本名だった。達者な子役さんだった。
 博多座20周年記念大歌舞伎【菊五郎劇団】の舞台、手前勝手な私の観劇記である。
 画像は全て【筋書き】(プログラム)から拝借しました。
二人の孫娘、上が卒業制作展、下が音楽祭。春の行事にご隠居と上京。三泊四日と短い滞在だったので「歌舞伎観て歩る記」とはならず、【夜の部】だけ!!



イメージ 1
盛綱陣屋 (近江先陣館 
明和6年(1769年) 大阪竹本座で人形浄瑠璃として初演。翌年に歌舞伎として上演。作者(近松半二&三好松落など) 盛綱陣屋は全九段のうちの八段目にあたる
イメージ 4

 佐々木盛綱・・・仁左衛門。妻早瀬・・・孝太郎。高綱妻篝火・・・雀右衛門。
盛綱母微妙・・・秀太郎。北条時政…歌六。和田兵衛秀盛・・・左團次。 高綱一子 小四郎…勘太郎。 盛綱一子・・・寺嶋眞秀ほか。


平家を滅ぼし,鎌倉に幕府を開いた源頼朝は志半ばで世を去り、その後正室政子が生んだ実朝を将軍にしようとする鎌倉方、側室宇治の方が生んだ頼家を押す京方が激しく対立。こうした源氏一族の争いに巻き込まれた近江の国の名家佐々木家では、兄の盛綱は鎌倉方、弟の高綱は京方と敵味方に分かれて戦うことになる。こういう兄弟の立場の違いから生じる悲劇を描いたもの。

兄の首実検を命じられた盛綱、とらえられて盛綱陣屋に生け捕りにされた高綱の子小四郎は,偽首を父高綱と思わせる為に、「ととさまじゃ!」と叫んで、自らの手で切腹するという・・・祖母微妙と孫とのやり取り、盛綱の心情、いとこ同士である小三郎と小四郎も敵味方。そういう運命の糸が入り乱れ、深い心理描写と共に、江戸時代の観客の涙を誘ったことであろう。

【あくまで主家のため】には我が子も犠牲にする、また子も父のために安んじて死んでいく、そんな時代背景の中での物語は、現代の考え方からすると、理屈では当然受け入れられないのだが、400年経った今も、理屈を通り越して、主家のために子を犠牲にする父。父のために命を犠牲にする子(菅原伝授手習鑑の寺子屋の段など)
そんな切ない凛々しさのようなものが、現代でも繰り返し上演される名作となっていると言えよう。子供を手にかけた父は僧となって、弔いの度に出る、その幕切れの切なさ。
子育てが煩わしくて子供に虐待の結果、殺してしまう現代の親たちがいることを考えると、こういうお芝居の中に描かれる、辛く切ない親の気持ちや愛、それを解っている子・・・どちらが・・・と思えるのも確かである。

盛綱役の仁左衛門さんが観たくて、だから満足だったが、その仁左衛門さんの盛綱とずっと出ずっぱりで台詞も多く、難しい演技を中村勘太郎ちゃんが見事に演じていた。お父さんの勘九郎やおじさんの七之助は出ない舞台なのに。
役者の子は役者!!というけれど、ちょっと見ないうちにこんなに成長したのかと驚くばかりである。
寺嶋しのぶさんの子 寺嶋眞秀ちゃんは、盛綱の一子だから、勝ち組。きらびやかな鎧をつけて登場。台詞は少しだけ。でも音羽屋らしくお行儀のよい舞台だった。
祖母の微妙も、心理的にもとても難しい役だが、秀太郎さんだから安心して観れたな。
イメージ 3
・雷船頭・・いなせな船頭さんと空から落ちてきた雷さんとのからみの踊り。
  幸四郎・鷹之資。(私が観た日) 奇数日は猿之助の女船頭と弘太郎の雷。
 
 隅田川の夏の夕暮れ、俄かに夕立稲光り。空から雷さんが落ちて来た。
怖いお顔の雷さんと粋でいなせな船頭さんの、ユーモラスな踊り。
幸四郎、やっぱり佳い男ぶり。浴衣姿が粋だねえ。
鷹之資の雷さん、素顔が解らぬほどのちょっと怖い容貌(化粧)だが、ひょうきんな雷さんで、踊りの所作が楽しい。鷹之資はなき富十郎さんの息子。富十郎さんは踊りの名手だった、幼い息子にしっかりと踊りの基礎や能など学ばせたと聞いている。年取ってから生まれた子供だけに、先々のことも考えていたのだろう。それでも父の
富十郎さん亡き後、鷹之資は余り歌舞伎座などには出なかったので、案じていたが、安心した。やっぱり踊り、上手いなあ。ご隠居は久しぶりに【天王寺屋!!】と
掛け声聴いて嬉しかった、一階席だったので、掛け声出来なかったのが残念だったようだ。富十郎さんの「浮かれ坊主」良かったなあと思いだしていた。

・弁天女男白波・・・浜松屋見世先より稲瀬川性揃いの場まで。
説明することない、あの「知らざあ 言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が〜〜」の台詞で有名な弁天小僧のお話である。
 イメージ 2
偶数日だったので。

 弁天小僧菊之助・・・猿之助。南郷力丸・・・幸四郎。(奇数日はこの配役が反対になる)
 日本駄右衛門…白鴎、忠信利平・・・亀鶴、赤星十三郎・・・笑也、他。

理屈は要らない、楽しいお芝居。猿之助の弁天小僧、なかなか良かった!
赤星十三郎の笑也、いくつになったんだろう、いつまでも美しく若い女形サンだ。
忠信利平の亀鶴は、声がいい。もうちょっと台詞は柔らかめでいいかも。

滞在の都合で【夜の部】しか見れなかったけど、楽しい芝居見物だった。幕間に食べるお弁当は例の如く「辨松」のお弁当(笑)。

ぐんと若い世代、第三世代というべきか…も、出演。イメージ 5
客席が湧いていた。


上から鷹之資(富十郎さんの長男)
勘太郎(勘三郎さんの孫)
寺島眞秀(菊五郎の孫、寺嶋しのぶの息子)
片岡千之助(仁左衛門さんの孫、孝太郎の息子)

富十郎さんや勘三郎さんがまだ健在だったら、どんなにか!と思うと切ない限りだった。

これからの成長をいつまで見守れるかな?
第三世代にはまだまだ有望な子役たちが。
幸四郎の息子、超美少年 松本染五郎
松緑の息子 尾上左近
中車の息子 市川団子。
               右團次の息子 市川右近、
               彦三郎の息子 尾上亀三郎などなど。




通し狂言
  湧昇水鯉滝 【鯉つかみ】
 愛之助十役早変わり、宙乗り、本水立ち回り相勤め候
と銘打った春の博多座公演。
イメージ 1

とにかく愛之助さん、大奮闘の芝居だった。お疲れ様!
・滝窓志賀之助         ・道具屋清兵衛
・鯉皇子金鯉・鮒五郎     ・滝窓志賀助(実は鯉の精)
・奥方 漣(さざなみ)      ・関白中納言 橘広継
・余呉左衛門           ・奴 瀬田平
・道具清兵屋清兵衛      ・信田静晴



 尾上松也  三役
・俵藤太秀郷      ・篠村次郎公光     ・絵師又平
中村壱太郎  二役
・瀬織津媛           ・小桜姫
他に市川男女蔵、市村橘太郎、大谷桂三、上村吉弥・澤村宗之介他。
イメージ 2


【鯉つかみ】は見取り狂言で、釣家の息女小桜姫は滝窓志賀之助(実は釣家に仇をなそうとする鯉の精)と清水寺の花見で出会い、恋におちるが・・

から始まるのだが、

今回は「通し狂言」として、釣家の先祖、俵藤太が大ムカデ退治をした時に、琵琶湖で鯉王の皇子金鯉が、晴れて鯉から龍に変じる祝宴の最中、大百足の毒血が流れ込み、不浄の地で穢れた身では、登龍出来ず、俵藤太の家を末代まで呪うことを誓う。
という序幕二場を加えることにより
り「どうして鯉の恨みが釣家に?」という謂れ因縁が明らかとなり「とても分かりやすくて楽しめた」との声を聞いた。

歌舞伎の場合は見取り狂言が上演されることが多いが、現代の余り歌舞伎を知らない観客には、前後の繋がりが解らず???の儘で、結局歌舞伎は余り面白くない、解らないということになるのだろう。
 【菅原伝授手習鑑】の中から【車引】の松王・梅王・桜丸の場のみ、とか
 【義経千本桜】の中から【吉野山】(狐忠信と静御前の道行きの場)が上演されると、美しく見応えあるけど「ストーリー解んないよ」になるのは当然である。
今回はそんな観客が舞台の流れで楽しめるようにと「通し狂言」となった。
それはそれでいいのではあるが、歌舞伎のだいご味がちょっと・・。

愛之助さんの十役、ほんとに大変だろう。目まぐるしく早変わりするので、いつ変わったかどう変わったか??解らないままの観客もいたようだ。
宙乗りに、本水使った大鯉との立ち回り、しかし、十役早変わりの必要なあったのかなあ?客席の中での早変わりなど、意表をつく演じ方も加えて、愛之助さん、頑張っていました。

 松也がなかなか良かった。壱太郎も楚々と美しい深窓の御姫様、お得意の役で可愛らしい。
序幕での大百足の動きの(沢山の人が繋がって)面白さや、血で池が真っ赤に染まるところなどは、現代の舞台技術駆使して見応えがあった。いずれにしろ、楽しく面白く見る、美しい紙芝居のような感じだった。    


2018年10月 歌舞伎座 夜の部

最近は以前のように【お江戸の芝居観てある記】をする機会が少なくなったのは、やっぱりトシのせいかなあ。よ〜し来年はもう少し頻繁にお江戸へも、出来れば新装なった京都【南座】へも、足を運びたいものだ。夢が叶えばいいけど・・・。

10月の歌舞伎座に、仁左衛門さんが20年ぶりに夜の部で【助六】を、【揚巻】は七之助が初役で演じるという。これは何があっても観なければ!!
幸い知人のNさんのおかげで、チケット、花横(前から6列目花道から2列目)を入手することが出来た。もう!幸せ感半端じゃないデス! 
 
 歌舞伎座130年、
 芸術祭10月大歌舞伎、十八世中村勘三郎七回追善
イメージ 1

勘三郎さんが突然逝ってもう六年!七回忌がやって来た。月日はいたずらに早く過ぎるものだ。ロビー正面に飾られた写真に、胸が熱くなる。 

イメージ 2











【夜の部】
 宮島のだんまり・・・暗闇の中で、善悪入り乱れた人物が宝物を探り合う。真っ暗な中での動きの場面は、スローモーション・ビデオのような滑稽さもある。「だんまり」が一幕となったり(これはその一つ)、劇の進行中、突然「だんまり」になって、最後に突然舞台が眩しいばかりに明るくなり、役者が正座して「本日これ切り」と芝居は終わりと告げたり・・・歌舞伎における【だんまり】という舞台様式が定着している。
歌舞伎独自の演出である。

「宮島のだんまり」は安芸の宮島、厳島神社を背景に、平清盛・悪七兵衛景清・傾城浮舟太夫・典侍の局などなどが加わって、ストーリーはあってないが如し、様々な役柄やスローな動きや、絵面として決まる所を楽しむ一幕。

傾城浮舟太夫実は盗賊袈裟太郎…扇雀・大江博元…錦之助・典侍の局・・高麗蔵
清盛・・弥十郎他亀蔵、歌女之丞、歌昇・巳之助・隼人など。

・義経千本桜より【吉野山】
  静御前…玉三郎、佐藤忠信(実は源九郎狐)・・・勘九郎。早見藤太・・巳之助
歌舞伎三大狂言の一つ【義経千本桜】の中の、名場面の一つ。
一幕物の見取り狂言として、しばしば上演される。

春爛漫の吉野山を背景に、義経の滞在する「川面法源館」を尋ねようとしている静御前とそのお供を言いつかっている佐藤忠信(実は静香の持つ綾の鼓の皮となった親狐を慕う子ぎつねが変化したもの)との道行き。
大樹の咲き匂う桜のもとで、二人の立ち姿はまるでひな人形のような美しさとなる。
玉三郎さんの美しさと佇まいは、「さすが!」息子程にトシの違う勘九郎と並んでも
遜色ない夫婦雛。玉三郎は緩やかに、勘九郎はその玉三郎について行こうと頑張っての忠信。凛としており、時折狐の本性を見せる所作もなかなか良い。屋島の合戦の様子を語る戦物語、兄の継信が、義経を守って平家の矢に討たれ戦死したことなどを、悲しみをこらえながら静御前に物語るところ、源氏に向かった平家の武者たちの勇敢さと、それにも及ばず敗退した悲しさ、が所作の一つ一つににじんでいて、悲しみが伝わってくる。勘九郎、良い役者さんだなと改めて思う。玉三郎さんの静は・・・ひたすら見入ってしまった。
静御前を打ちとろうと追ってきた、平家方の早見の藤太とその手下たちは、狐忠信に軽くあしらわれて退散。巳之助軽みのある役柄を上手く演じていた。  

・助六曲輪初花桜(すけろくくるわのはつはなざくら)
 助六という作品は、二世團十郎が江戸山村座で、1713年(正徳3年)初演。人気を
 博し、再演が続き、現在の台本・演出となった。市川宗家の荒事【十八番】の代表 
 の一つ。江戸歌舞伎で一番の人気狂言と言っても過言ではない。

”待ってました!松嶋屋!
 花横で見上げる仁左衛門さんの助六は、清元での”出”から七三での所作、所作
  美しさに見とれてしまった。74歳の助六・・・もしかしたら、これが松嶋屋さん最後の助六かも…ちらっとそんな考えがよぎって、なおのこと食い入るように姿・所作・そしてよく通る澄んだ口跡、・・・。
イメージ 3

 

















イメージ 4玉三郎さんが教えて、七之助君の【揚巻】が実現した。艶っぽく美しい、張りのある口跡、権高ともいえる吸いつけたばこの長キセルの扱い方も、髭の意休に対する「悪態」もなかなか良い。初役としては立派だと思う。これから回を重ねて行けば、柿式ある花魁【揚巻役者】として後世に名を遺すだろう。
兄の白酒売り(実は曽我十郎)は勘九郎・敵役髭の意休(歌六、口跡より貫禄あり)
玉三郎さんは十郎・五郎の母満江に。
これまで仁左衛門さんの助六なら揚巻は玉三郎さん。若い頃から【孝玉コンビ】としてその美しさで一世を風靡してきた役者さん。最近は芸の継承をと、若手役者さんを指導し、自分の持ち役や舞姿をビデオなどに収めたりと、今後の歌舞伎界のことを考えている玉三郎さんの姿が報道される、素晴らしいこと、嬉しいことだ。
今月は仁左衛門さんは助六で勘九郎さんに、玉三郎さんは揚巻を七之助さんに。

中村屋一門の弥十郎・亀蔵・鶴松や志のぶさんなどお弟子さん達に加えて、秀太郎さん達が、若い勘九郎・七之助の舞台を脇で支えており、弥十郎さんの通人が最後に花道で「勘三郎の兄さんも観ていることでしょう。息子さん達も立派にやっていますよ」と語りかけた時は、かって18代勘三郎さんが同じ通人役で花道に立った姿や台詞を思い起こし、涙してしまったのは私だけではなかった。周りでも鼻をすする気配があった。

十八代勘三郎さんは、愛された歌舞伎役者。芝居が好きで好きで、常にいろんなことを考えて挑戦。
思いもかけない別れは、切なさ悲しさを歌舞伎好きな私達に嫌という程、感じさせたけど・・・勘九郎・七之助、そして二人の孫、勘太郎・長三郎君たちの見事な成長ぶり(ヤンチャなところも芝居心も勘三郎さんそっくりですよ。
空の上からしっかり見守っていて下さいね。
  
 10月歌舞伎座夜の部、上京した甲斐があったと満足した。

[ すべて表示 ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事