ドしろうと芸術論

アートを本音で語るどしろうとのつぶやきです。

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シュールだ、フロイトだ、自動筆記だ、ヒッピーだ、、、、と、まるで世は終末感や世紀末感と未来へのざわめきに酔っていた、1900年から2000年の間、ひたすら、廃れ行く民家や里山、土壁や屋根を描きつづけた男。
その数、1000枚を越すという。

向井潤吉(1901-1995)。

    



花にも山にも、たいして興味を持たない私が、まして、一枚の絵も描いたことのない私が、この人の絵を観ると、なぜおののくのだろう。
リアリズムだのキュビズムだの、へんてこりんな括り言葉を知ったかぶっても始まらない、この絵らに潜む、沈黙からくる恐怖に似た感動はなんなんだ!

じっくり自分の心と向井の作品と、対話してみよう、、、そう思い付いて、6枚の絵を並べて、(図書館の画集からカラーコピーしたやつ。ごめんなさい。売りません)休日を過ごすことにした。

さあ、時間はたっぷりある。
どうだ、かよさん。
こんな家が欲しいのか?
こんな家に住みたいのか?
買ったっていくらもしないが、住むとなれば、見た目ほど、いいもんじゃないぜ。
              


虫も鼠も、鳥も、カビも、みな自分のねぐらと思って、何百年も住み着いている。
それらと共存して、邪魔しないように、ひっそりと生活しなきゃならんのだぜ。
夜には、座敷童子も、フクロウも、山に迷った旅人も、ふいに音づれることだろう。

では、この人は、何故、もう見たくもないような、廃屋や、くずれた壁を、描きつづけたのだろうか。
単なる郷愁か。
滅びへの哀惜か。
そんなものじゃあ、描き続けることはできないだろう。
この人の生きた時代背景は、満州事変、226事件、日中事変と、まさに戦争一色。従軍を希望して、中国、フィリッピン、ビルマに渡り、戦争の記録画も残した。
そこで、彼は破壊される民家、文化、人の姿を眼に焼きつけたのだろう。

ふと、思った。
日本の静かな郷。この絵の郷は平和なのか、戦争中なのかもわからない。
山を描いても、曇った空や、山桜、石段を描いても、人はひとりもいない。
ひっそり、小屋があるだけ。
生活の匂いもない。
ただ、山や空に、この小屋は溶け込んでいて、目立ちもしないが、消えてもいない、というのを感じた。

もしかしたら、この人は、こういう、自然と人間と、生物と静物の、永い共生と時間というものを、描き残そうと思ったのではなかろうか。まるで文明論のようだが、ソコが、この人の絵の凄みになっているのではないのか。無心に克明に描くということは、そのもの自体を超えてしまう事がある。ある魔界の一線がある。

生活の匂いがしない、というのは、そこが彼の真骨頂であり、まさにー古い新しさー静かな抵抗なのではないか。
匂いがないからこそ、そこに想像させる、暖かな囲炉裏、わずかなお粥、団欒のズーズ−弁、ろうそくの揺らぎ、明日への不安と漲るエネルギー!

私がこの人の絵に惹かれるのは、日本画の持つリアリズムの衝撃−古さを語って古さを壊すーこのエネルギーに当たってぶちのめされるからではないのか!

この人は、さんざん民家を描いたあと、新聞配達などをしながら必死で資金を作り、パリに行って、新しい絵画に衝撃を受け、沢山の洋画を描いて、持ち帰ったが、<これは偽物だ>と自己評価していたころ、アトリエが火災にあい、全部焼失したらしい。(惜しい。)そして、また、日本の里山と古民家を生涯描き続けた。

西洋のごてごてした絵もいいものだが、日本のこうしたひっそりと、繊細な、しかし激しい反抗とメッセージを秘めた絵には、やはり、おののいてしまう自分がある。


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香代子
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