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上の写真
しょう和17年3月( 1942 ) の展覧会の搬入前. 長男の平吉と.絵描き
真ん中の写真
しょう和18年4月( 1943 ) の海洋美じゅつ展 出品作品前 [ 海 ] 120号
中央は 大 渦巻き の絵らしい.
平吉4才と絵描き 海軍の美じゅつ展か? (海軍 今は,りょう馬伝だが)
下の写真
よく解らないが 軍鶏などの 自然のままの鳥たち ( 昔,鳥は庭先に放し飼いだった. 夜だけ
木造りの檻に入れていた )
* 門脇は 山に篭もってた時, その後も, 子供たちがムズカルと, 投げ飛ばしていたようだ.
妻の 栄さんと夫婦喧嘩した時も, 柔道の技で投げ飛ばしていたそうだ.
昔の人, 特に 戦争帰りは 荒くたかったようだ.
門脇の次女の 民さんは [ 父に怒られた時は, 近くのお寺に連れて行かれて, 松の木に縛られてました]
と言っていた. (2003,平吉62才. 2004,栄93才. 2006,絵描き93才. 2008,民62才 と続けて亡くなった. )
* 我が家も父が厳しく, 小学生の時, 兄と喧嘩して 2人とも全裸で家お追い出されたり, 昔の家の裏の松
の木に縛られたりした. 自家中毒で子供の時, よく死にかけたりしてたが, 親に対する口答えは許されず,
いつも正座が強制だった. 中1の時, 部活のテニスのラケットお2回くらい 目の前でたたき折られ, 土曜
市の夕方, 家出オした. しかし, 夜になり 帰る所も無く, ウロウロしてて 親戚に見つかり家に連れ戻された.
父の怒りは凄くて, 殺されると覚悟したが, みんなのとりなしもあり, [ 今晩は もう寝ろ ]と言われ, そのまま
お咎めのなかったのは, 不思議だった.
* 絵描きの画塾に通ってた小学生の時, 絵描きの家お訪ね, 里さん, 民さん, 上さん,たち絵描きの娘たちと
日本昔話の本など読んでいた. いきなり, 大学生の平吉が [ 後ろオ見てみろ ]と言うので, 振り向くと,
平吉が 抜き身の日本刀お抜いて立っていた. これは 殺られると子供心に思ったが, じょう談だった.
油断も隙もない世の中だと 子供心に思った.
* ある時 画塾に行くと, 画塾の壁一面に マジックで描き殴られた 全裸の男女の絵が沢山貼られていた.
子供心に これは何だろう? 情熱がヒシヒシと感じられる これが芸じゅつか? とか考えていた.
最近, 民さんなどから, 絵描きの助手オしてた とても清楚でやさしく 子供たちの鉛筆お削ってくれてた
お姉さんのような女性と, 絵描きが 互いに全裸で絵オ描きあった その作品だったのだ. と聞いた。
画塾の頃, 父が 絵描きの妻の栄さんや娘たちの 絵描きと別れて 大阪へ帰る云々 の相談オ
家の周りの用事オしていた時 受けていたのオ思い出す.
昔, 絵描きは [ 絵描きは 極道のようなもの云々 ]と話していて, 私の母も妹も [絵描きは怖いとこが
昔はあった ]とよく言っていた. 求導者の厳しさが有り, 本物に近づいたのかもしれない.
私などは, 女に憧れオ今だに持ってて, 甘やかし 助平で 厳しさが足らないのかもしれない.
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